ウィルクハーン・ジャパン株式会社のオフィス家具ショールーム (Wilkhahn Forum Tokyo)にて撮影
オフィスチェアは高級になるほど、様々な機構が組み込まれています。中でも、シンクロ機構(シンクロロッキング)の有無は、エントリークラスとミドルクラスを分ける1つの指標とも言えます。ミドルクラス以上のオフィスチェアには、各社名称はいろいろで若干のメカニズムの違いはありますが、その多くはシンクロ機構に相当するメカニズムを搭載しているためです。
しかしながら、オフィスチェアに関心の高い一部の人を除くと、一般にはその機構の役割はあまり知られていないようです。シンクロ機構は、エルゴノミクス(人間工学)デザインとセットになって、背筋を直立しても、椅子の背に寄りかかって休んでも「健全な着座姿勢を維持する」(*1)ことが出来るのです。
*1) 「時代を造形するウィルクハーン-そのデザイン、思想、パートナーシップ」(2005, ルドルフシュヴァルツ・ウィルクハーンジャパン著 ウィルクハーン・ジャパン・野口智美・中津留靖子監訳, 宣伝会議) より引用
ちょうど、前回の取材、
「ドイツのオフィス家具メーカー ウィルクハーンのオフィス家具ショールーム (Wilkhahn Forum Tokyo) に行ってきました (外苑前駅 徒歩3分)【ショールームに行こう!】」
にて、シンクロ機構搭載の元祖ともいえる、ドイツ、ウィルクハーン社のオフィスチェア「FS-Line (FSライン)」を試座することができましたので、この機会に解説したいと思います。また、シンクロ機構をさらに進化させた3次元シンクロ機構(トリメンション)搭載のチェア、「IN (イン)」も試座してきましたので、そちらもレポートします。
では、「FS-Line (FSライン)」を見てみましょう。
斜め前から。
斜め後ろから。
特徴的なチェア背面シェルのS字カーブは、ヒトの身体の背骨のアーチに沿ってフィットするようエルゴノミクス(人間工学)デザインが行われています。
「FS-Line (FSライン)」は、今から38年前の1981年に世界で初めて、座面と背面が連動してリクライニングするシンクロ機構を採用したチェアです。
ウィルクハーン社はドイツの高級オフィス家具メーカーになります。バウハウスに始まるドイツ、モダニズムの伝統が息づくシンプルで機能性高いデザインはまったく古さを感じさせません。
では、シンクロ機構はどのように動くのか、写真で確かめていきたいと思います。
チェアに上半身を直立に座ります。執務姿勢です。
分かりやすくするために、取材者の身体を青で縁取りしました。
取材者の背中のラインが、チェアのS字カーブに沿っていることが分かります。座った時の背中と腰から伝わる感覚でも、背中から腰まで支えられている感触があります。
画像提供: ぺかまろ / PIXTA(ピクスタ)(※)
ヒトの背骨は横から見ると立っている状態ではS字カーブを描いています(イラストは参考図です)。執務するため背を直立して座る時は、上半身が立っている際と同様のS字カーブを保てるようにすることが人間工学的に望ましいとされ、作業用いすの条件として、「背もたれが第四腰椎(ベルトの付近)のあたりをしっかりと支えるような構造になっているものがよい」(*2)とされています。
*2)「インテリアの人間工学」(小原二郎監修 渡辺秀俊・岩澤昭彦著, 2008, ガイアブックス)より引用
シンクロ機構搭載のチェアは、シンクロ機構搭載だけでなく、同時に人間工学に基づいて設計されており、背中を直立させた執務姿勢時に、腰や背中をきちんと支え、上述の「健全な着座姿勢を維持する」ことができるように作られているのです。
また、背面は寄りかかるとリクライニングしますが、執務時にちょっと寄りかかっただけでリクライニング開始すると困りますので、簡単に後ろに倒れないよう、強度を調節可能なスプリングで反力を持たせてあるため、執務時に姿勢が保てるようになっています。現在のリクライニング機構付のチェアからすると当たり前の機能ですが、発売当時は必ずしも一般的でなかった機構です。
それでは、しばらく執務して疲れてきたので、チェア背面に寄りかかり、リクライニングしてみます。
後ろに身体を傾けるとシンクロ機構が作動します。
リクライニング時の身体を赤色で縁取りしました。
リクライニングした状態でも、背中から腰にいたるS字カーブはキープされていることが分かります。
この動作をよりわかりやすくするために、直立姿勢の画像とリクライニング姿勢の画像の2枚を合成してみます。
その2枚の写真を合成すると、シンクロ動作がはっきりします。
リクライニング時は、背中が後ろに傾きますが、同時にシンクロ機構が働いて、背の傾きに応じて、座面後方が少し下に下がっているのが写真から分かります。このとき、座面前方は基本的に高さが変わりません。これが背座連動しているシンクロ機構なのです。
シンクロ機構は、背面が後ろに傾くと同時に座面も連動して後ろに少し倒れるところがポイントです。その背座連動によって、座っているお尻は前にずれることなく、腰と背中のサポートをキープしたまま、執務姿勢から軽休息姿勢に切り替えることができるのです。
つまり、シンクロ機構のチェアは、直立の執務姿勢を取れる執務チェアと、軽休息姿勢の取れる安楽チェアの2つのチェアモードの切替があるようなものです。座り変えなくても、その場で休んだり執務姿勢に戻ったりできる、しかも、「健全な着座姿勢を維持」しながら、それを意識させずに(!)なのです。それゆえ、長時間の執務でも疲れづらいと言われるのですね。
あと、シンクロ動作時に座面前方の高さが変わらないのもこの設計の重要点です。単純にデザインすると座面前方が持ち上がってしまうのですが、そうなると、太もも裏が押し上げられて圧迫されることになるので休息姿勢が妨げられるのです。
また、背座がシンクロせず、背面のみがリクライニングするタイプのチェアでは、リクライニングすると座っているお尻の位置が前方にずれ、腰と背を支えるよう設計されている位置から背中がずれてしまうのです。そうなると、背中はS字カーブではなく、丸くなり、あまり健全な姿勢とは言えなくなります。もちろん短時間ではあまり差は出ないのですが、長時間執務をした時に体感的な差が出てくるようです。
ちなみに、リクライニングした軽休息姿勢から、執務姿勢への復帰も、シンクロ機構に入っているスプリングの力で簡単に戻すことができます。「健全な着座姿勢を維持」しながら、執務姿勢と軽休息姿勢を最短で切り替えができるというのがこの機構の最大のメリットなのです。
背座連動するシンクロ機構は、言葉だけだとなかなか伝わりづらいのですが、実物で写真を撮って説明すると、分かりやすいですね!
同社の世界初 3次元シンクロ機構(トリメンション)搭載のチェア「ON (オン)」。
では、シンクロ機構を解明したところで、その先の世界も見てみましょう。
画期的な「FS-Line (FSライン)」発売の約30年後の2009年、ウィルクハーン社が世に送り出したのが、世界初、3次元シンクロ機構(トリメンション)搭載の「ON (オン)」です。
前後だけでなく、左右の動きにも追従するという驚愕のメカを搭載。前後左右の動きを組み合わせると360度リクライニングするという、さすが世界初シンクロ機構を搭載しただけあって、考えてもみなかった展開です。
開発意図を同社ウェブサイトの説明を引用すると、
着座姿勢を重視する従来の考え方ではなく、着座時にも身体にちょうどいい刺激を与えるため「動く」ことに注目。 ドイツ国立ケルン体育大学との協働により、5年の開発期間を経て、ONチェアを完成させました。
(同社ウェブサイトより)
同社の「FS-Line (FSライン)」は、良い着座姿勢を追及するものでした。それがさらに進化して、身体にちょうどいい刺激を与えるために動く方向へ進んだチェアをウィルクハーンはリリースしたのです。
このチェアは動きが画期的で面白いので、ぜひ見てみましょう。
3次元シンクロ機構のテストは、その「ON (オン)」の3次元シンクロ機構 (トリメンション)を受け継ぎ、よりカジュアルでスポーティなモデルとして2015年に発売された「IN (イン)」で行いました。
その「IN (イン)」はこちら。
斜め前から。
斜め後ろから。
スポーティな外観。
メカがゴテゴテと張り出すこともなく、すっきりとした座面部からは、これで左右にも動くようには見えませんが、、、
この直立姿勢で手が届く最先端がグリーンのラインになります。こちらのラインが基準です。
すっと身体が傾きます。これが3Dシンクロ機構 (トリメンション)のチカラ。 傾いた指先にもグリーンのラインを引きます。
2枚の写真を合成してみると、緑の矢印の間隔が伸びた分です。かなり遠くまで手が伸びます。遠くのものが取れて便利(!)なんて使い方もできたりしますが、重要なことは、椅子に座っているのに身体が自由に動かせるということなのです。
ちなみに、このメカニズムのポイントは、背面下部にある2本の金属パーツにあります。座面と背面を接続していますが、こちらが後方にリクライニングする機能に加えて、左右独立しても動くので、左右にも傾く仕掛けです。横にリクライニングしたときには片側1本の金属パーツに上半身の全体重が載ってきますので、その負荷にも耐えられるよう肉厚のアルミダイキャストパーツで組まれています。
この3次元シンクロ機構(トリメンション)をフルに使うとこんなこともできてしまいます。
「メッチャ動ける~!」
北斗百裂拳的な動きもできました。
ドイツ国立ケルン体育大学と協働してできたというのも何となく納得できます。
いかがでしたでしょうか。 オフィスチェアのシンクロ機構について本記事で「スッキリ」いただけましたら取材者としてこれ以上の喜びはありません。過去にもオフィスチェアの特集記事を書いてきましたが、シンクロ機構についてもっと分かりやすい記事にできたらと思っていましたが、取材で訪問したウィルクハーン・ジャパン株式会社の協力により実現しました。ありがとうございました!
今回の撮影をしましたのはウィルクハーン・ジャパン株式会社のショールーム、「Wilkhahn Forum Tokyo (ウィルクハーン・フォーラム・トウキョウ)」です。
見学ご希望の方はこちらからどうぞ。↓
こちらのショールームは、事前予約制です。同社のサイトから予約できます。
ウィルクハーン・ジャパン株式会社 Wilkhahn Forum Tokyo (ページ下部にある「ご予約フォーム」のボタンをクリック)
所在地: 東京都港区北青山3-3-5 東京建物青山ビルB1
最寄駅: 東京メトロ銀座線「外苑前」駅徒歩3分/東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線「表参道」駅徒歩5分
営業時間: 平日 午前11時~午後5時(予約制) 土日祝日は閉館
サイト: ウィルクハーン・ジャパン株式会社 Wilkhahn Forum Tokyo(リンク)
※見学には予約が必要です。ウェブから見学予約できます。
展示製品: オフィス家具(チェア、テーブル、他)
*1) 「時代を造形するウィルクハーン-そのデザイン、思想、パートナーシップ」(2005, ルドルフシュヴァルツ・ウィルクハーン・ジャパン著 ウィルクハーン・ジャパン・野口智美・中津留靖子監訳, 宣伝会議) より引用
*2)「インテリアの人間工学」(小原二郎監修 渡辺秀俊・岩澤昭彦著, 2008, ガイアブックス)より
*参考) 「The Office Swivel Chair by Klaus Franck and Werner sauer」(1998, Elke Trappschuh, Verlag form)
ドイツのオフィス家具メーカー、ウィルクハーンの日本総代理店。ウィルクハーンは、ドイツ、ハノーファーに近いバッド・ミュンダーの街に本拠を構え、チェアを中心とした高級オフィス家具メーカーとして知られる。
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2017年8月3日
※シンクロ機構(シンクロロッキング)について。
現在では多種多様なオフィスチェアが、様々なオフィス家具メーカーから発売されています。シンクロ機構についても、背座連動する点は共通するものの、各社それぞれ動作の工夫や狙いがあり、機構名称も異なります。そのため、本記事で論じている「シンクロ機構」については、ウィルクハーン「FS-Line (FSライン)」についてのみ対象としています。
3次元の動き!座りの定義を変えるドイツ・ウィルクハーン社の次世代チェア。
2016年11月17日のリニューアル前の旧コンテンツは
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