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IT技術の進歩や、スマートフォンなど情報端末の普及によって、企業は様々な範囲に及ぶデータを大量に取得・蓄積できるようになりました。購買履歴や仕入履歴、来店履歴、営業履歴、WEBアンケートや閲覧履歴など、今まで取得できなかった膨大なビジネス行動データは、「ビッグデータ」と呼ばれ、今後の企業活動の重要な経営資産と位置づけられています。
ビッグデータが注目されるようになったのは、2010年頃より、テクノロジーの進化によって、データを使ってできることが爆発的に増えたためです。スマートフォンが登場したことで、消費者の日々の活動データを取得できるようになり、それを記録するデータベースの容量も日々増加しています。こうした大量のデータを組み合わせて分析するには、かつてはスーパーコンピュータなどが必要とされましたが、CPUやメモリが進化することによって、膨大なデータを安価に処理・活用することができるようになりました。
しかし、ビッグデータは、単に量が多いというだけでなく、様々な種類や形式が含まれる非構造化データ・非定型的データから成り立っています。そのままの状態では有効に活用できないことも多く、単一の手法や方法論で解析することは困難とされています。どうすればビッグデータを活かすことができるか、その技術として注目を集めているのが「データサイエンス」という分野です。
データサイエンスはもともと1960年代からあった学問で、様々なデータの共通点を見つけ出し、そこからある結論を導くために用いられてきましたが、近年では、データ解析よって企業に有用なソリューションを提案する技術を指すマーケティング用語として用いられることが多くなっています。
複数のデータから数値上の規則性や不規則性を把握する、統計学と関係の深い領域の学問ですが、データサイエンスは、それだけにとどまらず、集まった膨大なデータの解析結果をもとに、物事の因果関係を分析したり、シミュレーションを行ったりすることで、アイデアを生み出したり、仮説を立て予測したりなど、企業のビジネスに様々に応用できるようになってきているのです。
データサイエンスを駆使して、大量の雑多なデータの中から共通パターンや知見を明らかにし、企業にブレークスルーを与える分析者は、「データサイエンティスト」と呼ばれています。2009年頃から使われ出した職域名で、Googleのハル・ヴァリアン博士は「今後10年で最もセクシーな職業」と呼びました。
参考:「Data Scientist: The Sexiest Job of the 21st Century」(ハーバードビジネスレビュー)[外部リンク]
データサイエンティストは、様々なデータ分析手法を駆使し、構造化されたデータだけでなく、テキストベースのデータ、マシンデータ、センサーデータ、ソーシャルメディアデータなど、大量の非構造化データにアプローチして、企業戦略に寄与する分析結果を報告し、これに基づいた提案を行います。
統計学の理論を軸に、コンピュータにデータを反復学習させ、共通パターンを見つける「機械学習」、巨大なデータベースから有用な情報を抽出する「データマイニング」、履歴データにもとづいて将来発生する結果を特定する「予測分析」、音声認識や画像の特定、予測などのタスクをコンピュータに学ばせる「ディープラーニング」、制約条件の中で最大の成果を導く「最適化」、機会学習法を利用して、コンピュータに自力で幅広い情報を学習させる「コグニティブコンピューティング」などが、データサイエンティストが用いる分析手法です。
こうした中、企業や自治体の中には、いち早くビッグデータを分析・活用し、業績向上や都市計画の策定に成果を上げている事例が現れてきています。
何をどうやって成功しているのか、いくつか簡単に紹介します。
参考:「楽天の執行役員がビッグデータでEコマースの売上げを急伸させた秘策を公開」(流通BMS.com)[外部リンク]
レコメンド(オススメ)機能を活用するだけで30%の売上向上が可能と言われている通販業界。その大手企業である楽天は、更新頻度の短縮と、ジャンルを細分化したランキングの導入を試みて、大きな成果をあげました。ランキング頻度が高いほど売上は増加し、ジャンルが細かいほど全体の売上があがるという分析結果に基づいた改善です。
参考:「楽ビッグデータの高速分析で、隠れていた課題や問題点を可視化 回転寿司業界のNo.1を支える迅速な経営判断と店舗オペレーションを実現」(アシスト)[外部リンク]
回転寿司チェーンのスシローでは、すべての寿司皿にICタグをとりつけ、レーンに流れる寿司の鮮度や売上状況を管理しています。どの店で、いつどんな寿司がレーンに流され、いつ誰が食べたのか、どのテーブルでいつどんな商品が注文されたのか、などのデータを毎年10億件以上蓄積。需要を予測し、レーンに流すネタや量をコントロールしています。
参考:「ヤクルトの売り上げを大幅に伸ばしたデータアナリティクスの秘密」(ITmediaエンタープライズ)[外部リンク]
オランダにおけるヤクルト商品は、1つのカテゴリに150点もあり、互いに店頭で顧客を奪い合っていました。効率化を図るためにデータ分析を行った結果、商品のうち「15本パック」と「7本パック」は購入する顧客層が異なることがわかり、2つを併売すればどちらも売上が増加することを発見しました。その後も分析と改善を繰り返し、同社の売上は20%も増加しました。
参考:「ビッグデータ分析で「顧客時間」の拡大に挑む、無印良品のO2O戦略」(クラウドWatch)[外部リンク]
無印良品では、利用者の拡大に伴って収集した、オンラインと店舗購入、さらにSNSでの発言にまたがる数千万件の購買データを分析。商圏分析の結果が視覚化され、それまでエリアマネージャーの感覚に頼っていた商圏分析を、データベースを元に判断できるようになりました。新規出店が既存店に与える影響予測や、オープン後の検証まで行えるようになっています。
参考:「今更聞けないビッグデータの基礎と業界別の活用事例15選」(CodeCampus)[外部リンク]
千葉県柏市では、道路に設置されたカメラや、ナンバープレート識別センサーから交通状況の監視を行い、自動車のCO2算出に取り組んでいます。これに、市営の乗合バスや、自転車共同利用サービスの運営などを組み合わせることで、CO2を5万トン削減したスマートシティを実現する計画です。
参考:「ビッグデータを価値につなげる活用事例15」(IT Readers)[外部リンク]
過去数百万件にわたる修理履歴や機器の型番データと、コールセンターに寄せられる修理依頼の内容を組み合わせることで、ケースごとに必要となる部品を自動的に割り出し、修理作業員が行う作業を自動化することに成功しました。サービス業で人件費のウェイトが高いことを考えると、非常に有効な活用例と言えるでしょう。
参考:「Jリーグの試合組み合わせにも データ分析の意外な活用事例とは」(logmi)[外部リンク]
タクシーの空車率は、実は約50%と高く、ベテランと新人の間で空車率にかなりの差があることがわかりました。そこで、新人の空車率の改善に着手。タクシーの営業ログからベテラン運転手が乗客を捕まえた地点を見つけて、道路の地図や天気の情報とマッチングさせ、予測モデルを構築しました。「ある道路で、雨の日の月曜日の午後13時に何人ぐらいのお客様が期待できるのか」といった、詳細な集客予測が可能になりました。
参考:「Jリーグの試合組み合わせにも データ分析の意外な活用事例とは」(logmi)[外部リンク]
サッカーの試合日程を決めるには、ホーム/アウェイ、平日/休日、移動距離等、様々なファクターが混在しており、非常に複雑な作業です。Jリーグではこれを公平に決定する解析エンジンを開発。1月の天皇杯決勝から数日のうちにスケジューリングしています。
IT関連の調査会社IDC Japanは、2016年の国内BDA(ビッグデータ&アナリシス)テクノロジー/サービス分野の市場規模を8,860億6,100万円と試算しており、その後も、平均10.8%で成長し、2021年には1兆4,818億8,400万円に及ぶという予測を発表しています。
参考:「ビッグデータ分析関連市場、2021年には1兆4,800億万円規模――IDC予測」(bp-Affairs)[外部リンク]
こうした状況の中で、優れたデータサイエンティストは多くの企業の間でひっぱりだこになっており、慢性的な人材不足にあるのが現実です。
データサイエンティストは、様々な分析手法の単なるエキスパートであるだけでなく、改善のためにどんなデータに着目するか、分析時間を短縮するにはどうすればいいか、多数の不要データが含まれる(ノイジーな)ビジネスデータをどう組み合わせ、どんな統計ツールを適用していくのかなど、データに取り組むトータルなセンス・能力が必要になります。問題解決のため、演繹法と帰納法、ロジックツリーやピラミッドストラクチャー、MECEといったロジカルシンキングのスキルも要求されます。
さらに、分析するデータが関わる業界や、対象サービスに特有の専門知識にも長けていなければ、必要な分析結果にフォーカスすることはできないでしょう。クライアント企業のビジネスモデルへの理解もなければなりません。
このように非常に多岐にわたる資質・素養が求められるため、当然ながら、これらを実際にできる人材はきわめて少ないというのが現状なのです。
医師や弁護士のようにデータサイエンティストの能力を認定する資格はなく、人材不足と相まって「自称」で仕事ができたり、人材を担保する組織もなく、大半がフリーランスであったり、高額の報酬を得ている人ばかりではなかったりという現状から、本当のデータサインティストのスキルを持つ人はいない、とまで言われることもあるようです。
参考:「データサイエンティスト(本物)は決して幻の職業などではない - 六本木で働くデータサイエンティストのブログ」[外部リンク]
あまりにも急速に進展した分野であるがゆえに、データサイエンスには、まだ様々な評価と憶測がつきまとっているのが偽らざる現状と言えそうです。
しかし、事例からも明らかなように、データサイエンスには、業種業態によらず、産業全体に及ぶ大きなポテンシャルがあることは確かです。今後も、意識する、しないに関わらず、われわれ消費者の行動ひとつひとつがビッグデータの一片として蓄積されていく流れはもはや変わりようがありません。
この膨大なデータの中から、どんなヒット商品やサービスが生まれるか、ときに注視してみることがビジネスパーソンとして大切な素養ではないでしょうか。
編集・文:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
制作日:2018年8月2日
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