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経営者に聞く!

奈良のとんかつ店が始めた「自己否定型CSR」は、企業が社会的責任を果たすための新たなヒントになるか?

画像: tumsasedgars/AdobeStock (※)

画像: tumsasedgars / AdobeStock (※)



企業がCSR活動を行う目的は何だろうか。ほとんどの大企業が方針を立てて取り組んでいる一方で、中小企業での取り組みは伸びず、あくまでも事業が主でCSRは従にとどまることによる閉塞感も広がっている。活動の効果を測定できないため、予算も社内理解も得られないと悩む担当者も多い。今回は、そうした悩みを解決するヒントになるかもしれない、ビジョン達成のために、あえて自己否定するような活動をとる「自己否定型のCSR」の取り組みを紹介する。



■閉塞に陥りやすい企業CSRの現状


そもそも、CSRとは何か。その認識や理解は、多くの場合ぼんやりしたものにとどまっているのではないだろうか。CSR関連部署に所属しているのでなければ、不祥事などの問題が起こった際に、企業統治や法令順守をめぐって語られるキーワードというイメージにとどまっているかもしれない。


もともとCSRはドイツやフランスなどヨーロッパで生まれた考え方で、企業が利益を追求するだけでなく、社会へ与える影響に責任をもって行う適切な意思決定を指している。自発的な活動として、企業自らの永続性を実現し、持続可能な未来を社会とともに築いていく活動がCSRだ。


地域に商品やサービスを提供したり、地球環境の保護活動を行うことによる「社会への利益還元」の取り組みもあるが、利益の一部を寄付することで社会的責任を果たそうとするメセナなどとCSR活動は、本来別なものである。


ヨーロッパには古くから「ノーブレス・オブリージュ」という考え方があり、企業は社会的な存在であり、存続しつづけるためには社会の発展が必要不可欠という社会的な認識がある。CSRは、企業活動の根幹として必要なコストであり、未来に対する投資と位置づけられ、深く根づいている。


1990年代のアメリカでは、利益追求だけでなく、法律遵守、環境への配慮、コミュニティへの貢献などが企業に求められるようになった。企業は株主のものとする考え方から、株主への説明責任としてCSRの認識が進み、2000年代にSOX法が成立するなど、企業の社会的責任が法律で定められるようになった。


利害関係者(ステークホルダー)への説明責任の代表的な活動は、IRである。従業員、顧客、取引先、さらには地域や社会全体といったステークホルダーに対して、人権、品質、雇用創出、環境などへの配慮を表明する。


一方、日本では、1970年代から「企業の社会的責任」への取り組みが始まったが、企業イメージの向上を目的とした慈善活動などの取り組みが多い。しかし、"本業"の事業活動によって株主の利益を最大化することこそが経営者の主な仕事であり、CSRはあくまでも従とされていることが多いようだ。また、大企業にくらべると、中小企業での取り組みはまだまだ少ないのが現状だ。



2017年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)(ホームページ掲載のものを加工 ※)

2017年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)(ホームページ掲載のものを加工 ※)



さらに、昨今では、ESGの考え方がグローバルに広がりつつある。これは企業の中期的な成長には環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の3つの視点を経営に組み込むというもので、年金積立金管理運用独立行政法人が、運用にESG投資の考え方を反映させていると発表したことをきっかけに、各企業でESG対応が加速し、事業活動とESGの連動が重視されている。



日本企業の多くにとって、CSRの目的は、「評価」や「評判」といった企業の付加価値、すなわち企業イメージの向上とされる。


しかし、明確なKGI/KPIがない取り組み目標では、活動の効果を測定できず、そのためCSR活動を社内に浸透させることも、経営者の理解を得ることも難しい。担当者はつねに次のような課題に直面している。


・投資に対するリターンを証明できない

・売上に貢献しないため予算が得にくい

・社内の理解が得られず、全社的な活動に結びつかない

・役員などの個人的なコミットによるものが多くなる



これらを解決するような自発的なCSRの取り組みは容易ではなく、中長期的なCSR的経営などはほど遠いというのが多くの企業の現状だろう。経営状況によっては、むしろCSR予算など簡単に削られてしまうからだ。


ここで、こういった現状を打開するヒントになりそうな、一風変わった取り組み事例を紹介したい。



■奈良のとんかつ屋さんが取り組んだこと

とんかつ店「まるかつ」(※)

とんかつ店「まるかつ」(※)



奈良市のとんかつ店「まるかつ」は、いわゆる行列ができる人気店として地元でも有名だ。場所が郊外であるにも関わらず、週末だけではなく、平日もお昼時や夕方などは満席となることも多い。


繁盛店の同店も、少し前までは閑古鳥がなき、店主の金子友則さん(以下、金子店長)の頭には「閉店」の文字もちらついたという。売り上げ不振の原因は、唐突な路線変更による値上げが急激な客離れを招いたことだ。



そんな同店が息を吹き返したのは、2018年の春頃のこと。金子店長の思いを綴った文字だらけのユニークなチラシを、新聞に折り込んで配布したことがきっかけだという。とんかつ店なのにとんかつの写真がなく、B4サイズ両面にびっしりと文字が並ぶ、飲食店のものとは思えないチラシだった。ところが、そのチラシが絶大な効果をもたらし、チラシを握りしめて多くの客が押し寄せた。


金子店長は「自分の思いを正直に書いたのがよかったと思う。あのチラシで救われた」という。同店の売り上げは少しずつ回復し、5月の大型連休には家族連れなど多くの客が同店を利用するようになった。


そんな中、金子店長は気にかかっていたあることを思いつく。それが無料もしくは出世払いでとんかつを食べられる「まるかつ無料食堂」だった。



金子店長は、以前から、お金がなくて困った人が同店を訪れると食事や弁当を提供していたという。


「後で本当にお金を払いに来てくれる人もいましたし、払えなくなった人もいました」 その経験から、無料で食事ができることを告知することに決めた。


2013年に「子どもの貧困対策法」が成立し、実施主体もNPOやボランティア団体、企業と様々、活動内容も様々の、いわゆる「子ども食堂」の活動が始まっている。調査によれば、全国で2200か所、参加した子どもも年間100万人を超えるという。そうした動きをめぐって、貧困家庭の問題、子どもの虐待や孤食などの報道に触れるたびに、金子店長の中では、「お金がなくても自分のとんかつでよければ食べて欲しい」という思いが強くなっていたという。



ただし、迷いも生じた。


一般客に有料で食事を提供している飲食店が、無料で食事を提供することをおおっぴらにしてもいいのか。


せっかく息を吹き返してきた同店の客が離れていきはしないか。


店長が最終的に無料食堂の実施を決断したのは、ある明確なきっかけがあった。


同じ年の2月、福井県をはじめとする北陸地方で、豪雪のため多くの車が立ち往生したり、スーパーなどから食料品が消えたりする被害が発生したことは記憶に新しい。


豪雪被災をを知った金子店長は、始めたばかりのツイッターでいち早くこんなツイートをして、被災地の人々を勇気づけた。



「福井県の皆さん!豪雪たいへんだと思いますがどうかご無事で。雪があけて奈良に来ることがあったら「福井県民」とわかるものご提示で全メニュー半額にします!※2018年桜咲く4月末まで」(2018年2月7日早朝のツイート @marukatsunara )


ツイートはすぐに拡散され、思わぬ反響の大きさから、半額の対象となる地域を石川県、富山県、新潟県にまで広げ、期間も5月末まで延長した。多くの被災者が金子店長の好意に勇気づけられたツイートへのリプライ(返信)は、今でも読むことができる。


「最終的に北陸地方から260名もの人々が来店された。中には当店に来るためだけに奈良に来られた方も多かった。思いは通じるのだと、こちらが勇気をもらった」(金子店長)。


ちなみに、期間後も北陸地方から多くの客が同店を訪れ、感謝を伝えているという。


この体験が、金子店長に無料食堂の実施を決断させた。善意は通じるという確信があったという。


そして、5月4日の早朝に「まるかつ無料食堂のお知らせ」と書いた貼り紙を同店の外壁2カ所に掲示した。



金子店長が掲示したお知らせ

金子店長が掲示したお知らせ



さらに同日夕方にはこのようなツイートで利用を呼びかけた。


「まるかつ無料食堂、本日よりコソッと開店(アホな店長がまた何か始めましたので見てやってください)」(2018年5月4日夕方のツイート @marukatsunara )


このツイートが多くの人々の共感を呼び、瞬く間に拡散されていった。


中には「貧困者をダシに目立とうとしている」「売名行為だ」という批判もあったというが、ほとんどは好意的な反応で、その日を境に、同店の取り組みに共感した人から応援する声が届き、奈良市をはじめ、全国から大勢の客が訪れることになった。


この取り組みは多くのメディアでも取り上げられ、同店の知名度も上がっていった。


無料食堂の利用者は延べ200名ほど(2019年6月10現在)。悪意のある利用者は2組だけあったが、ほとんどの利用者は感謝や喜びの表情を浮かべているという。


「少しでも元気が出たり、だれかを信じて頼ってみようとするきっかけになれば」と金子店長は語っている。



「まるかつ」金子店長

「まるかつ」金子店長



■CSRとしてのまるかつの取り組みの成功要因


本来なら、もちろん有償で料理を提供するのが飲食店の経営だ。まるかつの場合、それを無償で提供し、それが通常の客にも受け容れられている。


この取り組みは、企業や店舗の役割を「自己否定」しているとも言える、実施するには、経営者としての勇気を要する"攻めた"事例と言える。


なぜ「まるかつ無料食堂」の取り組みは一定の成功を収めることができたのか。


そこに、これからのCSRについてのヒントを見出してみたい。



1. 自発的に取り組んでいる

無料食堂を実施するまでの経緯は上述の通りだが、この取り組みは第三者からの押しつけなどではなく、あくまでも金子店長の個人的な思いから発した企画である。取り組む当事者自身の"願望"が動機となっており、それが実施してから起こる様々な障害を乗り越える原動力にもなっている。


2.無理なく継続できる体制がある

無料食堂を利用するのは1週間に平均1~2組程度である。同店にとって経営上の負担にはなっていない。従業員は配布された「対応マニュアル」を参考に、多くの利用者に対応し、利用者にも不安を与えない配慮が行き届いている。


3.利用者の利益がはっきりしている

利用者にとっては、「無料でとんかつが食べられる」「弁当が持ち帰れる」という非常にわかりやすい利益がある。「出世払いも可能」と明記されていることから、利用者の心理的負担も軽減されていると想像できる。


4.関係者への配慮がある

同店に掲示された「まるかつ無料食堂」の案内文からは、金子店長の様々な配慮が伺える。


「まるかつのお客様へ いつも本当にありがとうございます。皆さまに支えていただいているおかげさんで、こういうアホなことができます。心配させてすみませんが、ご理解よろしくお願いします。不快に感じられましたらお詫びします。すみません。」


このような配慮が多くの共感を得ることにもつながっているのだろう。



5.共感を得られる社会的背景がある

信じられない人も多いと思うが、現代の日本でも貧困による餓死者はいる。子どもの虐待や孤食の問題も多い。「相対的貧困」に陥っている家庭も多く、テレビ番組などでも頻繁に特集されており、現代人の共通課題といえる。このような背景が「たまにとんかつを食べて元気になる」ということの価値を想像しやすくし、取り組みへの共感を生む土台になっている。


そして、ベースには「お互い様」という、もしかしたら私たちが利己的になり日頃忘れてしまっている価値観がある。



6.言葉を尽くして説明している

同店のホームページには「カネコ店長より」と言うコーナーがあり、金子店長の取り組みへの思いがそれなりの長文で紹介されている。そういった情報提供の姿勢から、利用者や同店の客を安心させる。また、飾らずに書かれた文章からも真摯な姿勢で取り組んでいることが想像できる。



7.本来の商品、サービスの品質をおろそかにしていない

もちろん、とんかつ店にとって最も重要なのは、無料食堂のような取り組みではなく、本来の商品である「とんかつ」や接客などのサービスの品質だ。


無料食堂の取り組みを優先し、本来の商品やサービスの品質の低下を招いてしまうと、その取り組み自体を批判されかねない。


実際に同店を利用してみると、驚くほど多くの顧客サービスであふれていることに気づかされる。SNSやネット上のレビューから伝わってくる料理自体への評価も高い。記者の個人的な感想になるが、食材へのこだわりも感じられ、コストパフォーマンスにも優れた良点と言える。


金子店長は「まだまだ至らない点は多いが、料理と接客で来店してくださるお客様の喜びと笑顔のきっかけになりたい。それができないなら無料食堂をやめるしかない」と話している。



接客中の金子店長

接客中の金子店長



■「自己否定型CSR」は広がりを見せるか


まるかつの取り組みをひとつのCSR活動として捉え、とんかつ店としての自己否定につながるようなその取り組みを、かりに「自己否定型CSR」と名づけたいと思う。


自己否定型CSRの取り組みは今後増えていくのだろうか。


奈良市内には、まるかつの取り組みを受けて、同様の無料食堂を実施する飲食店も出てきている。貧困者を対象とした無料美容師という活動に取り組んでいる美容室もある。


また、切り口は異なるが、奈良県橿原市の自動車整備店、瀬川オート商会では、「高齢者ドライバーによる事故多発」という別な社会問題に関する取り組みを行っている。


同店では高齢の客には新車への乗り換えを無理に促さずに、むしろ免許の返納を検討することを促進しているという。


自動車整備を行う店が免許の返納を勧めるということは、顧客の自動車離れにつながる、まさに「自己否定型」の取り組みであると言える。


瀬川オート商会代表の瀬川英隆さんは、「これからは自動車を売るのが仕事ではない。安全な車社会を作っていくのが仕事と思っていたい」と話している。


高齢ドライバーを無理に説得するのではなく、「会話をするようにしている」というが、本人の家族と一緒になって返納を考えるように促すことは、恨まれることも覚悟しているという。



免許を返納する顧客に花束を贈呈する瀬川オート商会の瀬川社長(※)

免許を返納する顧客に花束を贈呈する瀬川オート商会の瀬川社長(※)






CSRは、欧米から輸入される以前から、じつは日本人にとっては馴染み深いはずの考え方である。江戸時代の商家に代々引き継がれてきた家訓など、商工業の底流に通じる考え方でもあるからだ。そこには、社会や地域のために、利益を二の次に店が貢献する精神がある。


たんに企業イメージを向上させることによって「自社の顧客を増やす活動」と捉えていては、結局、マーケティング活動の域を出ない。


自然災害の被災や貧困問題、高齢者ドライバーの事故といった社会性の高い問題に、自分たちができることを企業や店舗が取り組む。そのビジョンを達成するためには、あえて自己否定するような活動も選ぶ「自己否定型CSR」が、これからのひとつの方向として定着するか、今後を見守りたいと思う。


顧客とは何か。自社の存在意義は何か。そして個人は何のために働くのか。そんなことを考えさせられる取材だった。






取材協力

まるかつ (外部サイト)

瀬川オート商会 (外部サイト)









編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2019年6月8日




         

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