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「地域のための医療」維持のため働きやすさを模索する医療の現場から

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画像: idambeer/AdobeStock(※)

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一般企業における働き方改革が進む中、過重労働である医療の現場においても、勤務医の残業時間は過労死レベルを踏まえて2024年度から「年960時間」の上限時間が定められています(2019年3月に厚生労働省の有識者検討会がまとめた「医師の働き方改革に関する検討会 報告書」(PDF) [外部リンク]。


しかしながら、地域医療機関においては、2035年度までの特例として、これが「年1860時間、月100時間(例外あり)」となっています。その理由は、急激に労働時間を減らすと地域医療の提供に支障が出てしまうためとされていますが、「非常勤医師派遣の大幅な縮小を招き、患者の生命に直接関わる非現実的な上限時間だ」との声もあります。


24時間365日患者のために使命を全うする医療機関の特殊性と、医師の過重労働。人手不足の問題などを踏まえて、地域医療現場における働き方を、現場の人々はどのように考えているのでしょうか。



■医療従事者と医療機関の役割分担/機能分担


湘南鎌倉総合病院は、1988年、地域住民の「総合病院を実現させる会」86,000人の署名活動をもとに鎌倉市に設立された病院です。「生命だけは平等だ」という理念を掲げている徳洲会の第25番目の病院であり、救急患者を絶対に断らないことで知られています。



湘南鎌倉総合病院(※)

湘南鎌倉総合病院(※)



当病院における、働きやすい職場を実現するための具体的な取り組みについて、院長の篠崎伸明先生にお話を伺いました。



篠崎 伸明先生(湘南鎌倉総合病院 院長)

篠崎 伸明先生(湘南鎌倉総合病院 院長)



――地域医療の現場には医師の長時間労働の問題があります。どのような改善策が考えられるでしょうか?


篠崎 最も大きな原因は、高齢化が進み、医療を必要とする患者の数が増えてきていることです。急性期を診る医師だけではなく、その後の慢性期、療養期のケアに当たる医療従事者も不足しています。医療界ではまだまだ人手をあてにしなければならない状況ですから、IT化への遅れも大きな課題です。


医師や看護師が必要な仕事に集中できるように、ナースプラクティショナー(医師の指示を受けずに一定レベルの診断や治療などを行う看護資格者)や、ドクターズクラーク(医師事務作業補助者)、看護補助者などを増やしていく体制も必要です。


さらに、病院側が機能を分担するということも必要です。この病院でも、超急性期から急性期、回復期、慢性期まで、かつてはすべての患者を引き受けていたのですが、今では地域の医療機関で連携し、患者の病状や回復状況に合わせて治療を分担する体制になっています。ここ鎌倉市では幸いなことに連携がうまく機能していますが、そのためには、医療機関同士の信頼関係、そして同時に病院と患者の信頼関係があることが大前提になります。


そうした仕組みは、もちろん職員の負担を減らすことにもつながっていますね。



――働きやすい職場を実現するための制度を設けたそうですね。


篠崎 4年前から、救急外来(ER)の医師に関してはシフトを3交代の8時間勤務にしています。時間通りに終わって、オンとオフがクリアで、とくに家庭を持つ女性にとっては働きやすい仕組みですから、女医の率が高いですね。これは今後、他の診療科にシフト制を敷くためのモデルケースとして捉えています。


また、従来の医療は主治医制で、1人の患者に1人の主治医が付き、そしてチーム医療があるという体制でした。これを1人の患者に3人くらいの主治医を置き、連携して患者のケアをするようにすれば、医師のオーバーワーク軽減につながると思います。まだ具体化できていませんが、実現すれば、医師も看護師のように2シフトにしたり、救急外来のように3シフトにしたりすることも可能になるでしょう。



――この病院には、職員が24時間利用できる保育園も併設されています。


篠崎 保育園を設けている病院はたくさんありますが、24時間保育を提供しているのは珍しいと思います。当院の保育施設は200人までの子どもを受け入れることができ、現在は170人ほどが利用しています。どの職種でも利用でき、医師、コメディカル、看護師660人の約1/5が利用しています。勤務中だけの利用にとどまらず、たとえば当直明けで疲れている看護師が子どもを預けたまま帰宅し、少し休んでから迎えに来るというような利用の仕方も可能です。また二重保育にも対応しており、2箇所の幼稚園と提携しています。幼稚園が終わる頃にこちらのバスが子どもを迎えに行き、その後、親が引き取りに来るまで預かります。さらに、小学校に通う子どもには学童保育も提供しています。保育はもちろんですが、産休、育休を取得した職員や、家庭に入っていた再就職希望者ののための職場復帰オリエンテーションも毎月行っています。



――女性医師や女性職員の離職率を下げ、新規採用もしやすくなりますね。


篠崎 おかげさまで若い看護師が増えています。保育園に預けられることで、出産後、子どもの首が座ればすぐに職場復帰できますから。また、男性医師の中にも育休を取る人も少しずつ出てきています。今後はそういったことが当たり前になっていくでしょうね。



――働くことにプライドを持てるような職場環境を作る


篠崎 当院では、ただ働きやすいというだけではなく、働くことにプライドを持てる職場環境を作ることを心がけています。


患者第一の病院として地域のために貢献し、患者から信頼され、感謝され、期待されている病院だということを感じながら働いてもらうことが大事です。当院の周りには多くのマンションがありますが、住人の方から、「この病院があるおかげで、周辺マンションの資産価値が下がらない」と言っていただいたことがあります。


病院勤務はハードワークで、給与が高いだけでは長続きしません。実際、「仕事がきついから」という理由で辞めた医師が、「やはり患者の期待や、やりがいを感じられる場所で働きたい」と戻って来たケースもあります。


最近では、当院も世界的な評価をいただけるようになりましたが、あくまでも地域を第一に考える地域医療機関であり続けたいと心がけています。アメリカやヨーロッパの医療機関に見学に行くと、世界的に名の知られた病院でも、最初に担当地域の説明から始まります。スタートは普通の地域病院だったという歴史を大切にしているわけです。


当院設立のために30年前に署名をしてくれた方の大半は亡くなっていますが、地域に育ててもらった恩返しとして、ブレることなく、最初の理念を引き継いで行かなければならないと考えています。



――大学病院や専門医療機関とは異なる、地域医療の病院としての理念ですね。


篠崎 行政も偏在問題などを踏まえて地域医療を守る方向で動いていますが、当院も所属する340名ほどの医師の1割を、つねに医師の不足している地域、離島やへき地に応援に行かせています。初期研修医は2ヶ月間の離島・へき地研修が義務付けられていますが、そこで患者から頼りにされる経験をして、初めて医師としての社会的責任を感じ、戻って来てからも真面目に勉強しようという意欲を持つようになりますね。



――医療現場における働き方改革とは?


篠崎 働き方改革といっても、一般の企業のように「時短」ということにはなりません。無理に時短を行うと、外来診察を減らすとか、病状の説明時間を短縮するなど、業務を縮小することになります。軽症では救急車を呼ばないように患者にアドバイスする受診抑制などは大きな間違いであり、本当は重症なのに、我慢したために死に至ってしまうケースなどもあります。そういったことは患者第一の理念に反しますので、職員は違和感を覚えることでしょう。


当院ではER急性期訪問医療サービスを行っています。これは、ER(救急外来)を受診した患者さんのうち、入院の必要はないが短期的な医療が必要で、かつ通院困難な患者さんの自宅を訪問して診療を行うサービスです。これは一見、働き方改革の流れに逆らうような、医療従事者の負担を拡大するサービスですが、救急外来の3シフト制ができたために無理なく実現できました。


医療は患者あってのサービス業です。患者のためになるサービスを拡大しながら、医療従事者の負担増にはならず、地域病院としての理念も守って行く方法を、病院として追求していきたいと思います。



――篠崎先生のお話伺い、医療現場における働き方改革とは、単に労働時間を短縮することではなく、やりがいなどに大きなかかわりがあることが見えてきました。



⬛「働きやすい病院」から、「働きたい病院」へ


就労環境評価・認証サービスを提供しているイージェイネットというNPO法人があります。同法人では、2006年から、病院で働くすべての医師・医療従事者の就労環境向上を目的として「働きやすい病院認証」(HOSPIRATE)のサービスを行っています。


具体的には、まず病院が経営方針・制度など病院の取り組みを自己評価し、サーベイヤーによる書類審査・現地審査の評価結果を各分野の有識者により構成された評価委員会が検討。評価基準をクリアすると、その病院は「すべての医療従事者にやさしい病院」と評価されます。2019年8月現在、全国で25の病院が認証されています。


上に紹介した湘南鎌倉総合病院も、2年にわたりこの認証を取得しています。


同法人代表理事の瀧野敏子氏に、医療従事者の働きやすさの条件などを伺ってみました。瀧野氏は、医療法人社団ラ・クォール会理事長・院長を務め、「社長のための健康サバイバルマニュアル」(悠飛社)などの著書もあり、講演活動などもしています。



瀧野敏子氏(特定非営利活動法人イージェイネット 代表理事)(※)

瀧野敏子氏(特定非営利活動法人イージェイネット 代表理事)(※)



――イージェイネット(Ejnet)を立ち上げた経緯は?


瀧野 Ejnetとは「Enjoy joy(女医)net」の略で、元々は女性医師のキャリア形成・維持・向上を目指すことを目的としていました。かつて、女性医師は医師全体の5〜10%に過ぎず、出産を期に辞めても大勢に影響はありませんでした。しかし今では20代医師の1/3が女性ドクターです。彼女たちが辞めてしまうと、医療業界にとって損失であるだけではなく、患者にとっても困ったことになります。


家庭を持った女性医師、女性職員が働きやすい、就労環境の優れた病院は男性職員にとっても働きやすいはずです。そのような就労環境を実現できれば、人手不足の解消、優秀な人材の確保につながり、病院経営が改善・向上し、持続可能で豊かな医療が可能になるというグッドサイクルが生まれると考えています。


病院で働くすべての医師・医療従事者の就労環境向上を目的とした「働きやすい病院認証」サービスは、この発想が元になっています。実際、認証がリクルートに役立っているという病院からの声も聞かれます。"



「病院の就労環境評価・認証サービス(HOSPIRATE)」ウェブサイトより(※)

病院の就労環境評価・認証サービス(HOSPIRATE)」ウェブサイトより(※)



――医師、医療従事者にとって、働きやすさの条件とはどのようなことでしょうか?


瀧野 やりがい、ワークライフバランス、公平な処遇の3つです。


政府主導の働き方改革では長時間労働の是正ばかりが叫ばれていますが、医師の就業時間を一般事務職と同じように測るのは合理的ではありません。新しい術式の研究や技術の習得など、スキルアップを目指す医師を時間で縛ってしまうと、医療のイノベーションの芽を摘むことにもなってしまうからです。やりがいを感じられ、自分のライフスタイルに合わせたワークライフバランスが取れていて、自分の仕事が的確に評価され、相応の処遇を受けていると感じられることが働きやすさにつながるのです。



――病院側が、医師に働きやすい就労環境を提供するために行うべきことは?


瀧野 イージェイネットの病院評価では、「トップのコミットメント」、「ソフト面」、「ハード面」、そして「コミュニケーション」の4点を「評価の視点」としています。



「働きやすい病院」(ホスピレート)の評価項目(※)

「働きやすい病院」(ホスピレート)の評価項目(※)



まず、トップがコミットして経営方針を決め、組織や仕組みを作り、就労環境を整えることが重要です。それからコミュニケーションは病院側と職員、そして職員間のコミュニケーションを円滑にすることが大事ですね。



――どんな施策がありますか?


瀧野 病院では、えてして職種間でスタッフが対立していることがあります。看護師と薬剤師の仲が悪かったり、放射線技師と医師がうまく意思疎通が図れないというようなケースですね。そこである病院では、アイデアマンの院長が紅白玉入れ大会を発案し、全職種のスタッフを揃えることをチーム作りの条件にしたそうです。これは大きな成果をもたらして、翌週には、今まで廊下ですれ違っても知らん顔をしていたスタッフ同士が、挨拶をして話をするようになったそうです。別の病院でも同じような例があり、全職種のスタッフをダンスメンバーに入れて、患者さんをオーディエンスにAKB48の「恋するフォーチュンクッキー」を踊ったそうです。このダンスの練習を通じてスタッフたちが仲良くなり、コミュニケーションも円滑になったとか。ちょっと聞くと笑ってしまうようなことですが、職場の雰囲気がよくなり、働きやすさにつながった好例だと思います。



――「働きやすさ」から「働きたい」に認証ブランド名が変わるそうですね。


瀧野 2019年、イージェイネットでは、「働きやすい病院」評価・認証を一歩進め、患者に豊かな医療を提供する「やる気」にあふれた職員が「働きたい病院」を作るための「働きたい病院」評価・認証サービスを始めました。従来からの評価項目に「職員の思い調査」を付け加え、具体的には病院の全職員に20問程度のウェブアンケートを実施します。実際に働いている人たちが働きがいを感じているか、仕事に誇りを持てているかを調査しますので、経営側、管理者にとっては、もしかしたら怖いものになるかもしれませんね。








医療現場における働き方改革は、単なる合理化や時短のみで実現すべきものではありません。イージェイネットの瀧野氏が語った「医師の就業時間を一般事務職と同じように測ることは不合理。医療のイノベーションの芽を摘んでしまう」という意見は、医療現場における働き方改革が、他の職場と同じではないということを示しています。「患者のためになるサービスを拡大しながら、医療従事者の負担増にはならず、地域病院としての理念も守っていく」という湘南鎌倉総合病院の篠崎先生の考え方に、働き方改革に対する発想の転換を感じさせられた取材でした。






取材協力

特定非営利活動法人イージェイネット[外部リンク]

湘南鎌倉総合病院[外部リンク]








編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2019年7月24日、8月14日




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