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少子高齢化に伴う労働力人口が減少し、終身雇用制度が崩壊しつつある中、働き方改革をどのように推進していったら良いのでしょうか? その道を模索する際に、日本と状況が類似する他の国での働き方からヒントが得られるかもしれません。
たとえば、同じ技術大国であるドイツ。
2017年の実質GDPランキングは、日本が3位、ドイツは4位と近く、「製造業」は、日本では22%、ドイツでは24%とほぼ同じ割合を占めており、両国とも自動車産業が主要です。
経済産業省「2019年版ものづくり白書」(PDF) (※)
ともにものづくりの国として知られ、「made in Japan」と同様に、「made in Germany」もまたクオリティの高さを表す看板です。国民性の点でも、ドイツ人は日本人に似て勤勉であると言われます。 ところが、公益財団法人日本生産性本部の調べでは、2017年のOECD加盟諸国の時間当たり労働生産性は、ドイツが7位で69.8ドル、日本は20位で47.5ドルと、ドイツが日本の1.5倍になっています。
日本生産性本部「OECD加盟諸国の時間当たり労働生産性(2017年/36カ国比較)」を元に「みんなの仕事場」運営事務局で作成(※)
こうしたドイツの生産性が高い理由はどこにあるのでしょうか? 現地で働く人々に、ドイツと日本の働き方の違いについてインタビューしました。
まずは、日本とドイツの自動車産業の現場で働いている方にお話を伺いました。
ドイツ南部の自動車部品サプライヤーで営業部のマネージャーを務める日本人のAさんは、日本の子会社からドイツ本社に海外赴任しています。本社の従業員は80,000人。2018年のセールスは130億ユーロというグローバル企業です。
ニュルンベルク郊外の公園で子どもたちと遊ぶ人々。「日本では、子どもたちと遊ぶ時間はほとんどとれなかった」(Aさん)
――日本の子会社に比べて、ドイツの本社での働き方が良い点はどんなところですか。
Aさん ドイツでは、労働者は労働法によって厳密に保護されていて、ワーク・ライフバランスがうまく実現できています。日本にいたときと比べると、ドイツにいる今の方が、家族とともに過ごす時間がたくさんあります。私だけがそうなのではなく、ほとんどの従業員は、自分や家族とのプライベートな時間を十分持てます。
――日本は生産性が低いと指摘されています。同じ会社のドイツ本社と日本支社とで、仕事の進め方などに違いを感じますか?
Aさん ドイツのビジネス分野全般に言えることですが、仕事の効率を上げることができるソフトウェアやオートメーションシステムの点では、ドイツは日本より優れていると思います。ただし、私が見るかぎり、日本のほうが業務品質、作業品質、デリバリー品質、製品品質は高いのではないでしょうか。
日本はドイツよりも生産性が低いと言われますが、そう単純には比較できません。
たとえば、日本には地震や台風などの自然災害が頻繁にありますから、自動車メーカーは工場の免震耐震補強をはじめ、緊急時供給システムのようなBCP対策に巨額の投資をしています。倉庫でも、安全対策のため、フォークリフトのパレットをヨーロッパのように高く積み重ねることができません。
日本では震災時の倒壊の恐れを考慮して工場、倉庫内の積載高さを制限しています。すなわち、平たくしか積めないので、収納効率が良くありません。したがって、当該費用は原価として収益性を悪化させる要因となり、また生産性にも影響を及ぼします。
また、単純に計算された数字には現れないような高い仕事のクオリティが日本にはあります。
――仕事の進め方やコミュニケーションのとり方には違いがありますか?
Aさん 日本の職場では当たり前の「報連相」は、ドイツでは根づいていません。たとえてみれば、ドイツのスタイルは「水泳のメドレーリレー」であり、日本のスタイルは「陸上競技のリレー」のようなものだと思います。水泳のメドレーリレーでは、自分の決められた区間を泳ぎきってから次の選手が泳ぎ始めますが、陸上のリレーでは、走者が次の走者と一緒に走りながらバトンを渡しますよね。ドイツでは、誰もがその仕事のプロフェッショナルであり、責任がはっきりと定義されています。日本ではまわりの人との連携が密で、仕事の受け渡しや連絡に時間をかけ、丁寧に行われるという違いがあります。
――日本では、周囲と連携して仕事を進めますが、ドイツではジョブディスクリプションがあって、各人の責任の所在が明確なのですね。
Aさん そうですね。また、ドイツには各種工程を効率化するITツールがたくさんありますが、ビジネスの状況はつねに変化していますから、それですべてをカバーすることはできず、個々の従業員がそれを補われなければなりません。ITを使う人間の仕事のクオリィも問われることになります。
たとえば、日本でもお馴染みのハンバーガーショップ。入り口にあるタッチスクリーンパネルでの注文はとてもスムーズなのですが、店員が商品をしばしば間違えるために受け取りカウンターが混雑してしまうのです。そうしたことはドイツではよくあって、システムは整っていても、人間の仕事が日本人より少し雑という印象があります。
日本人は仕事が丁寧でクオリティは高いのですが、社内で連絡が緊密な分、時間がかかってしまうこともあり、生産性という点では低くなってしまうのではないでしょうか。
日本企業では、仕事のクオリティは高いが、時間がかかってしまうということがあります。対して、ドイツでは役割分担がはっきりしていて権限移譲も進んでいるようです。日本の働き方の長所を生かしつつ、効率の良い仕事の仕方を進めるにはどうしたらいいのでしょうか?
次に、ドイツのリクルート会社Career Management GmbHのキャリアコンサルタントのフェリチタス・ヴィスカルディさんに、日本とドイツの働き方について伺いました。
ヴィスカルディさんは日本で育ったドイツ人で、日本とドイツの労働事情に精通しています。
フェリチタス・ヴィスカルディさん(Career Management GmbH キャリアコンサルタント)(※)
1999年に設立したCareer Management GmbHは、国際的な環境で活躍する人材と在欧日系企業の架け橋になることをめざすリクルート会社です。フランクフルトを中心に、デュッセルドルフ、ミュンヘンなど、各主要都市に密着したコンサルタントの豊富な経験を武器に500社以上への斡旋実績があり、国際的な環境で自分の可能性を広げたい人材と企業の出逢いを支援しています。
――ドイツをはじめ、海外で仕事をする、日本とは異なる魅力やメリットは何でしょうか。
F.V.さん たくさんありますが、ひとつあげるなら、仕事とプライベートの境界線がはっきりしているということです。個人が働き方を自分で選択でき、社会もそれを許容しています。
どの階層の従業員でも、認められた権利の範囲内であれば、自己裁量で仕事を調整できますから、日本に比べて平均残業時間はとても少なく、1~2週間の長期休暇も取得しやすい環境にありますので、心身のバランスがとりやすいということがメリットです。
――デメリットもありますか?
F.V.さん 逆に、自己裁量が大きい分、与えられた仕事で成果を出して組織内で存在意義を示すことが重要になります。日本では新卒採用されてから一人前になるまでに一定の猶予期間がありますが、ドイツではより早い段階で結果を求められます。超えるべき壁は日本よりも高いでしょう。
――語学以外で必要なスキルは?
F.V.さん まず、OAスキルはどんな国でも必要なスキルとして一番に挙がります。とくにパワーポイントに関しては、社内外を問わずプレゼンテーションで必ず使われます。また、SAPなどのERPについての知見があれば、仕事の幅が広がるでしょう。
第2は貿易についての知識です。国外の相手と折衝する場面が頻繁にあるため、支払い条件(L/C)、 インコタームズ、関税などについては最低限押さえておきたいところです。この知識があるのとないのでは、社内で任せられる仕事の役割が変わってきます。
第3に、これは職種にもよりますが、統計の知識です。欧米では、個人の感覚に頼らない、数字に則った意思決定を行うことが普通ですから、そのための分析に統計が日常的に用いられます。とくにSPSS(統計解析ソフトウェア)に精通していれば、非常に有利でしょう。
――日本企業とドイツ企業では、仕事の進め方はどのように違いますか?
F.V.さん 日本企業では意思決定に関わる人数がドイツよりも多いという特徴があります。社内のコンセンサスに基づくボトムアップが一般的な日本企業での仕事の進め方です。ポジションが低くても意思決定プロセスに関与できるチャンスがあるため、社内のモチベーションも高まります。
これに対して、ドイツをはじめ欧米企業の仕事の進め方はトップダウンです。意思決定に関わる人数は少なく、アプローチはよりスムーズになり、効率が良くなります。
――どちらの方が効率の良い仕事のしかただと思いますか?
F.V.さん 意思決定プロセスの面では、欧米のほうが効率がよいと言われています。また、欧米企業は日本企業に比べてプライベートと仕事のメリハリがついているため、仕事後に余計な付き合いなどがありません。効率という観点では欧米企業のほうが高いといえるでしょう。ただ、仕事のやり方は各国の文化に応じて異なるものですから、効率が良い欧米のやり方が日本に適するとは言えないでしょう。
――日本では、ジョブディスクリプションが明確でなく、誰が仕事の責任をもっているのか曖昧だという指摘があります。
F.V.さん それは文化的な違いだと思います。人類学者ルース・ベネディクトは『菊と刀』という本で、日本の文化は「恥の文化」であると書きました。体裁を保ったり、恥を避けたりする慣習が深く根ざしており、そのことが、誰かひとりではなく、集団で話し合いながら仕事を進め、責任も分散させる、ということにつながっているのだと思います。
これに対して、ドイツ人は何よりも効率を重視して仕事をしますので、日本人が見たら図々しいように感じるかもしれません。ドイツ人はたとえ失敗しても、それを恥とは思いません。もちろん、プロジェクトが失敗したときの責任はとりますが。これは、集団の中での体裁より自己の考えを優先する、ドイツ人の「個の文化」に依拠している特徴と言えるかもしれません。
こうしたことは文化の違いですので、互いのやり方を取り入れることは、一朝一夕には難しいでしょう。日本には、出る杭は打たれる、みんなで話し合って解決する、という社会風土がありますから、権限移譲を進めても、実務が思うように進まないと思います。
とくに大企業の場合、社内文化を変えることは巨大戦艦の向きを変えるようなもので、組織が大きければ大きいほど舵を切るのに時間がかかり、船長や操舵手ばかりでなく、乗務員全員の意思統一が必要になります。
権限委譲を進めるなら、社内の意思や社内風土をそれに統一することが不可欠です。自己裁量によるプロジェクトの成功体験などが社長や部門長にあれば、社内文化を変えることもできるかもしれません。若い社員にとっては、海外駐在や新たなプロジェクトの立ち上げにかかわることは、グローバルな仕事の進め方を身に着けるための大きな糧になります。
ヒューマンリソースの立場から考えると、日系企業で権限委譲を進めるには 、次のような意識改革が必要になると思います。
1.社内の上層部が自らの経験などを通じて「権限委譲」に寛容であること
2.若手社員に権限を与える制度が整っていること
後者を実現するには、トップダウン×ボトムアップを組み合わせたアプローチが必要になるでしょう。
失敗が許される小さな権限委譲が経験の場として与えられるようにすることも大事です。
Career Management GmbH社員の皆さん(※)
2つのインタビューを通して、生産性の違いにつながるドイツでの働き方が見えてきました。
昨今、日本でもRPAの導入は進みつつありますが、ドイツでは、ITツールの導入が大企業だけでなく、中小企業まで拡がっています。
事務部門ではSAPなどの次世代ERPによって基幹情報をリアルタイムで一元管理し、RPAがオフィス業務を代行、自動化し、製造部門では産業用ロボットが効率的に作業するという流れに進みつつあります。筆者の知人であるドイツ人は、南ドイツの片田舎にある、社長が80歳近くで従業員50人足らずの金属加工会社の工場で働いていましたが、そうした村工場でもSAPが導入されていました。
2018年のソフトウェア企業世界ランキングでは、Oracle, Microsoft, IBMといったアメリカ企業が優勢な中、ドイツ企業のSAP社が4位と健闘しています。
そのSAP社の元社長ヘニング・カガーマン氏は、産官学連携で進められているドイツの「インダストリー4.0」の生みの親。この国家プロジェクトによって、ドイツの製造業は、これまでのオートメーションを超える自律的な「スマート工場」による、徹底的なコスト削減とさらなる効率化を目指しています。
Aさんのお話にあったように、ドイツではワーク・ライフ・バランスが重視され、無駄に勤務時間が引き伸ばされることはありません。労働法や会社によって労働時間と休憩の取り方が厳密に定められていて、有給休暇の消化も義務づけられています。多くのドイツ企業に普及している「労働時間貯蓄制度」とは、たとえば2時間残業すると、別の日に2時間早く帰ることができるので、平均8時間以上の労働時間を上回ることがありません。決められた時間内で集中的に働き、プライベートを充実させる時間の使い方に対する意識も、生産性に関係していると言えます。
Aさんは、日本で生まれドイツで育った帰国子女ですが、仕事の仕方は日本式なので、ドイツで上司である副社長をファーストネームで呼ぶのに慣れるまで時間がかかったそうです。ドイツ企業では部下が上司に遠慮なく自分の意見を主張でき、日本のような無駄に長い御前会議もなく、効率よく話し合いが進みます。日本の 報連相スタイルは仕事の丁寧さを表していますが、その分、時間がかかって生産性が低くなることは否めません。
ヴィスカルディさんが指摘した日本人のメンタリティという問題もあります。「和を以って貴しと為す」に代表される日本人の「みんなで話し合って解決する」メンタリティは、周囲と異なる自分の意見を率直に主張しづらくします。
この点は、人材育成(教育)の過程が日本とは大きく異なることと無縁ではないでしょう。
ドイツでは、幼児期から自分の意見をはっきり言うように教育され、集団より個を尊重し、効率性と機能性が重視されます。10歳になるとギムナジウムに進学して大学進学を目指すか、大学進学を前提としない学校へ進学するかを選ばなくてはなりません。このため、ほとんどの若者は大学で何を学ぶかという強い目的意識を持っています。大学に進学しない場合は、16歳くらいで職業専門学校に進み、目指す仕事に応じたスキルを身につけます。自分の適性を見きわめ、明確な目標をもって学んでいくことが、プロフェッショナルな意識とスキルに結びついていきます。
一方、日本の大企業では大学のブランドを重視した一括採用を行い、採用後も勉強してきたことや成績などとは関係なく配属を決め、転勤や転属を繰り返すことで総合的な人材育成を行ってきました。こうしたシステムは高度成長期にはうまく機能しましたが、その前提である年功序列や終身雇用は時代遅れのものになりつつあります。
ドイツ人にとって自分の仕事において権限や責任を獲得することはごく普通のことですが、日本では権限は移譲するものであり、「任せて任さず」的な微妙なやり方で部下に任せていかなければ、うまくいきません。こうした違いが、生産性という数字の差に表れているように思います。
もちろん、仕事の丁寧さやきめ細やかなサービスなどは、生産性を越えて日本人特有の優れている点です。欧米人にとって驚異的なものとして映る日本の電車の定時運行や、サービス業でのおもてなしの精神などは、日本ならではの長所であると言えます。
ヴィスカルディさんが言うように、ドイツをはじめとする欧米の仕事のやり方をそのまま日本に適用することは難しいかもしれません。しかし、「働き方改革」によってワーク・ライフ・バランスが見直されつつある今、個を重視した働き方を一人ひとりが意識することで、生産性の向上につながっていくのではないでしょうか。
ドイツ南部の自動車部品サプライヤー(営業部マネージャー Aさん)
Career Management GmbH(キャリアコンサルタント フェリチタス・ヴィスカルディさん)
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局(※印の画像を除く)
取材日:2019年10月15日・11月2日
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