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なぜ今「職住近接」が注目されるのか?見えてきた働き手と企業それぞれの事情

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画像:Hafiez Razali / Adobestock(※)

画像:Hafiez Razali / Adobestock(※)



かつて、社会科の教科書には「ドーナツ化現象」という言葉が載っていました。日本の経済発展とともに、郊外へ住宅地が広がって都心に住む人がいなくなり、ドーナツのように都心部が空洞化するというものでした。しかし、ここ数年は都心部にタワーマンションが多く建てられるようになり、都心に暮らす人も増え始めました。都心回帰ともいうべき現象も見られます。



都心部に住人が戻ってきた背景には、ワークライフバランスが重視される昨今にあって、「毎日、片道30~1時間も満員電車に揺られながら通勤するのはしんどい」という人が増えてきたからと考えられます。


職場と住居が今までよりも近くなれば、通勤によるストレスが軽減できるとともに、家族と過ごす時間が増え余暇が生まれることから、職住近接に注目が集まっています。 今回は、この職住近接について取材してみました。



■国も後押しする職住近接の現状


職住近接とは文字通り、「職場」と「住居」が近いことを意味します。国土交通省は、「職住近接による子育て、家庭の団らんなどの時間的なゆとりや文化、ショッピング等を重視した生活を求める街なか居住へのニーズは強く、(中略)都心地域においては、居住を含む多様な都市機能が高度に複合した魅力ある市街地への更新を図る必要がある」と記しています。



参考:国土交通省「令和元年版国土交通白書」(外部リンク)



それでは実際に、職住近接はどれくらい進んでいるのでしょうか。


住宅・不動産ポータルサイト「LIFULL HOME'S」に掲載された都内主要ターミナル駅に通う人を対象に行った「どこの駅から通ってるの?ランキング」によれば、東京、新宿、渋谷、池袋のビッグターミナルから、「意外と近いエリアからのアクセス」が最上位を占めていることが分かります。


東京、新宿、渋谷、池袋の各駅を日々利用する通勤・通学客がどこから来ているのかを調べたところ、東京では清澄白河、森下、神楽坂(牛込神楽坂を含む)、新宿は中野富士見町、新中野、東高円寺、渋谷は三軒茶屋、西太子堂、若林、池袋では中板橋、大山、板橋区役所前となりました。ベスト3はいずれも各ビッグターミナルからわずか数駅、3〜5km圏内の駅ばかりという結果です。


同ランキングは、「ビッグターミナルから数駅の『隣接エリア』にベッドタウンが形成されており、駅間の移動は15分程度、ドアtoドアでも30分程度で目的地まで到着可能なエリアに居住するケースが多いということがわかります」と分析。「アクセス最上位にはビッグターミナルにほぼ隣接する駅、地域的に連続するエリアにある駅の名前が数多く登場しています」と指摘しています。


参考:LIFULL HOME'S「どこの駅から通ってるの?ランキング」(外部リンク)




■職住近接を社内制度に取り入れている企業の実態


実際に職住近接を後押しする制度を設けている企業について、事例を見ていきます。


サイバーエージェントは家賃補助制度「2駅ルール・どこでもルール」を導入しています。これは勤務しているオフィスの最寄駅から各線2駅圏内に住んでいる正社員に対し、月3万円、勤続年数が丸5年を経過した正社員に対してはどこに住んでいても月5万円の家賃補助を支給する制度です。


クックパッドは「住宅手当・近距離奨励金」を設け、会社から2km圏内に引っ越す社員には近距離奨励金として20万円、さらに別途、毎月3万円を上限とする住宅補助を支給しています。


ドワンゴは近距離手当として、歌舞伎座タワー(中央区銀座)を起点として、半径5km圏内に居住する場合は月額30,000円を支給しています。ただし、近距離手当支給者には通勤交通費手当は支給しません。



高度経済成長期から平成初期までのバブル経済にかけては、大企業の多くが福利厚生の一環として、自前で寮や社宅を保有していました。ところがバブル経済の崩壊と、その後の景気悪化を受けて、企業が業績悪化から経営を立て直すリストラの一環として、寮や社宅などの保有資産を売却する動きが加速しました。


株式会社都市未来総合研究所の清水卓主席研究員は、「最近、民間企業の寮・社宅のあり方を見直す動きがみられます」と、バブル経済の崩壊以降は低下傾向が続いてきた企業の寮・社宅の導入率において、変化の兆しが出てきていることを指摘しています。




国内の生産年齢人口が減少を続けるなか、幅広い業種で人手不足が顕在化しており、企業における人材確保は経営上の重要な課題と位置づけられています。また雇用後の離職率が高止まるなか、離職抑制や社員の早期育成も課題となっており、これらに対応する人材の確保や囲い込みの一手段として、寮・社宅を新設する事例が近年みられます。職住近接の面では、本社近くに新寮を整備したり、通勤時間を30分程度に短縮できる場所に新たに寮を設置する例がみられます。

(株式会社都市未来総合研究所 主席研究員 清水卓氏)


参考:みずほ信託銀行不動産トピックス2019年7月「最近の民間企業における寮・社宅 新設の動き」(外部リンク)




株式会社都市未来総合研究所 主席研究員 清水卓氏

株式会社都市未来総合研究所 主席研究員 清水卓氏




――東京の湾岸エリアなどで、タワーマンションが開発され、東京駅周辺に通勤する世帯の入居者が増えているようですね。



東京駅近くの丸の内や大手町といった会社に通勤する人たちが、東京の東側、つまり江東区や荒川区などに職住近接を求めてマンションを購入する傾向は続いています。いわゆる「パワーカップル」と呼ばれる人たちです。都内では東京駅や新宿、渋谷、池袋などのターミナル駅に直結する沿線の20-30分圏内にあるマンションを購入する層は、職住近接を意識しているとみられます。こういったマンションの購買意欲は、あいかわらず強い状況が続いています。

(同上)




■職住近接を実践する会社員に本音を聞いたみた


次に、都内で職住近接を実践している方にお話を聞いてみました。



会社の借り上げ社宅制度を活用しているFANTAS technology株式会社のお二人。左:前野亮平さん(コンサルティンググループ サブマネージャー)、右:大洲智香子さん(同エンゲージメントマーケティンググループ)

会社の借り上げ社宅制度を活用しているFANTAS technology株式会社のお二人。左:前野亮平さん(コンサルティンググループ サブマネージャー)、右:大洲智香子さん(同エンゲージメントマーケティンググループ)



不動産テックベンチャーのFANTAS technology株式会社(東京都渋谷区)は、「働きやすさ支援制度」として、全社員を対象としたフレックス制を取り入れています。コアタイムに出勤していれば、早く退社したい日は早く出社するといった調整が可能です。各人の生活状況(子育てや介護)に合わせ、時短勤務で働いているメンバーも数人在籍しています。


自社管理の分譲マンションであれば会社から家賃補助が出る場合や、借り上げ社宅制度もあることから、会社近くに住む社員もいます。コンサルティンググループ・サブマネージャーの前野亮平さん、エンゲージメントマーケティンググループの大洲智香子さんはそれぞれ、都内の勤務先から自宅まで10~15分程度の借り上げ社宅制度を活用したマンションから通勤しています。



――会社の近くに移られる前は、どちらに住まれていたのですか?


前野 以前は電車で30分以上かかる、23区内の南部に住んでいました。今となっては懐かしい話ですが、かつて繁忙期に終電を逃しては、タクシーで帰るというようなこともありました。とにかく通勤時間を短くしたいという思いがありました。


大洲 私は都内の北部に住んでいて、自宅の最寄り駅からは乗り換えなしで会社の最寄り駅まで来られたのですが、電車に乗っている時間は長かったです。自宅から駅までの歩き時間も入れると、玄関を出てから会社に着くまで1時間10分くらいかかっていました。満員電車は遅延したりすることもあり、乗っている電車が1回徐行運転になると、予定通りの時間に着かないことなどが頻繁にありました。



――今は、会社からドアtoドアで10~15分の圏内にお住まいだそうですね。


大洲 会社の最寄り駅から乗り換えを含めて約10分で着く駅のそばに住んでいます。


前野 私は会社の最寄り駅から数駅の近場に住んでいます。



――会社の近くに住もうと思われたきっかけは?


前野 通勤時間を短くすることで、仕事に集中しやすくなると考えました。家が遠くても、通勤時間中にスキルアップのための勉強や仕事ができるという人もいますが、私はそういうことができないタイプです。通勤時間は極力短くしたかったというのが、会社の近くに住もうとした動機です。


大洲 通勤時間のストレスを減らしたかったのが一番です。座れば勉強などができるのですが、以前通勤していた電車は、基本的に満員の中で立っていなければなりませんでした。前野と同じように、通勤時間を短縮したいという思いは強くありました。当時は営業だったので夜が遅くなることもあり、そこから1時間かけて帰るとなると、かなり帰宅時間が遅くなってしまうということがありました。



――通勤時間が短くなったことによるメリットをどう感じていますか?


前野 睡眠時間が確実に長くなり、朝の時間を有効活用できるようになりました。例えば仕事に役立つ読書などです。マネジメント関係などの本や、お客様から薦められた本を読んだりすると、自分の中の引き出しが増えるといいますか、話題が豊富になり、営業のトークに使える場面が増えます。例えばお客様の趣味の話になった場合、関連する本を読んでいれば一緒に盛り上がることができます。また、通勤時間が短くなった分、起床時間も以前よりは遅らせることができるメリットもあります。



前野亮平さん(FANTAS technology株式会社 コンサルティンググループ ブマネージャー)

前野亮平さん(FANTAS technology株式会社 コンサルティンググループ ブマネージャー)



大洲 満員電車で立っていると、私は身長が高くないので、周りに圧迫されている感じがありました。ラッシュ時でも乗車時間が数分であれば、耐えられます。通勤による心身の負荷が大幅に軽減されましたね。フレックスを利用すれば、前後の時間、例えば病院に寄ってから出社することも可能です。宅配物の受け取りなどでも身動きがとりやすいこともあります。平日の就業前や終業後に美容院に寄ることもできます。休日は予約が取りにくいですし。家が遠いときは、帰りが遅くなるとご飯を作る気力もなかったのですが、自炊することも多くなりました。睡眠時間も増えて生活リズムが整うようになりました。上司から課題図書が出ている時に、それを早めに帰宅して本屋で買って家で読んだりできます。時間の有効活用ができています。



――仕事とプライベートの区切りが曖昧になるといったデメリットは?


大洲 通勤時間が短縮されたことで、家を出て会社に向かっている時には「よしっ!」という感じで、仕事にすっと入ることができます。私の場合は通勤途中に乗り換えもあるので、ぱっと切り替えができます。会社と自宅が同じ沿線ではないので気分も変えられます。なんと言っても会社を出て15分後くらいには家に居られるというのは大きいです。しいて難点を挙げるとすれば、家賃補助があるといっても郊外に住むより賃料負担が増すことです。


前野 私は会社と同じ沿線に住んでいますが、同じ駅ではありませんので、仕事とプライベートの切り替えはできています。それに会社が近いと、今日すべき仕事を終わらせてから帰ることができます。



――前野さんはデメリットを感じられてない?


前野 職場が近いと仕事に集中しやすいので、成果につながりやすいのは確かです。「家賃が上がったから、その分頑張ろう」というマインドになる。住む場所を変えたことによって、自分を追い込んで仕事に集中できるという面はあると思います。以前住んでいたところよりは肉体的にもだいぶ楽になりました。あえて気になるところを挙げるとすれば、自宅の周辺に人がいつも多いところくらいでしょうか。



――定時で帰宅できる日の過ごし方はどんな感じでしょう?


大洲 当社は定時出社が10時ですから、自宅を9時30分くらい出て、20時前には家に帰ってこられます。これが電車で1時間以上かけて通勤していた以前の住まいだと、8時半頃に家を出て、帰宅時間は21時前になっていました。



大洲智香子さん(FANTAS technology株式会社  エンゲージメントマーケティンググループ)

大洲智香子さん(FANTAS technology株式会社 エンゲージメントマーケティンググループ)



――職住近接で生まれた余暇をどう活用していますか?


大洲 宅建やFPなどの資格を取ろうと考えています。資格を取るための勉強の時間が確保できるからです。仕事から帰りがけのカフェなどで勉強をしています。まずは、宅建の資格取得を目指して勉強しています。


前野 フレックスを活用して、平日にも早く上がれるときは趣味の野球を球場で観戦できるようになりました。ゴルフの打ちっぱなしに行ったこともあります。自宅の最寄り駅から歩いていけるところに、ゴルフ練習場があるので。



――都心部に実際に住んでみて、感じたことは。


前野 以前は都心などは住むところではないと思っていましたが、意外に住みやすいことが分かりました。スーパーも近くにありますし、うちは犬を飼っているのですが、散歩もしやすく近くに公園もあります。


大洲 今住んでいるところは都会のイメージがあり、ガチャガチャしているのかと思っていたのですが、同じマンションにお子様連れの家族の方も多かったりして落ち着いています。近くに保育園もあります。自宅から4駅くらい歩いて行ける距離にあるので、いろいろな駅まで自転車で出かけられるので便利です。



――職住近接を実践するには会社のサポートも必要になりますね。


大洲 そうですね。そもそも手当が出なければ、職場の近くに住もうとは考えなかったと思います。フレックス制も含めて、プライベートと仕事をうまく両立して、業務効率も上げつつプライベートも楽しめるので、働きやすさという意味ではとても制度が整っていると思います。



■働き手と企業双方にメリットがある職住近接


国土交通省による「都市鉄道の混雑率調査」(平成30年7月)をみると、三大都市圏主要区間の平均混雑率は、東京圏が163%、大阪圏が125%、名古屋圏が131%となっています。その中でも混雑率が180%を超えている路線が11もあります。混雑率は東京メトロ東西線が199%、JR東日本京浜東北線が186%、JR東日本総武緩行線が197%、JR東日本埼京線が185%などとなっています。



三大都市圏主要区間の平均混雑率(国土交通省「都市鉄道の混雑率調査」(PDF)、平成30年7月)(※)

三大都市圏主要区間の平均混雑率(国土交通省「都市鉄道の混雑率調査」(PDF)、平成30年7月)(※)



ラッシュ時を避けたオフピーク出勤やテレワークなど、働き方改革のさまざまな取り組みが官民で進められていますが、こうした状況を見るかぎり、通勤ラッシュが改善されているとは言えません。働き手にとっては、職住近接が「通勤地獄」から解放される有力な手段になるということが分かります。


人手不足や生産性向上といった課題を抱える企業にとっても、福利厚生の一環として職住近接を支援することは、従業員の勤労意欲の向上や、ワークライフバランスの実現による離職率の低下といった効果を期待できます。都心部は賃料が高く、郊外に比べて混雑しているといった問題もありますが、職住近接は企業と働く人の双方にメリットがあり、今後も広がっていくものと思われます。







取材協力

株式会社都市未来研究所

FANTAS technology 株式会社




編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2020年1月20日、30日

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