画像: Adobestock / FOTO SALE(※)
バブル崩壊後、多くの企業において「社内報」は経費削減の対象として簡素化や発行回数の削減対象になっていきました。
しかし、そんな「社内報」が、ここ数年、日本企業で見直されています。
デジタル化の進展にともなって、スマートフォンで内容を見られたり、新たなコミュニケーションツールとしての役割も期待されています。ウェブサイトで一般向けに公開されたりしており、経済団体やシンクタンクによる社内報表彰が毎年行われており、応募企業も年々増加しています。
今回は、新型コロナ感染症対策によって経済活動が停滞する中、社内報が果たしている役割や効果などについて、識者の見解や企業の先進的な取り組みを紹介していきます。
ウィズワークス株式会社のシンクタンク、社内報総合研究所(東京都新宿区)所長の浪木克文氏に、社内報の歴史や最近の動向について伺いました。
社内報総合研究所の浪木克文氏(※)
――最近、社内報が見直されていると聞きましたが。
浪木 新型コロナウイルス感染症対策として、自宅などに居ながらリモートで働く人の割合が高まっています。また、以前から派遣労働者の活用やパート・アルバイトの雇用などによって、雇用形態が多様化されていくなかで、企業へのロイヤルティー(帰属意識)を保つのが難しくなっています。
こうした中で、企業のロイヤルティーを保つツールとして、社内報が見直されているのではないかと考えています。端的に言えば、若手の離職防止にも、社内報が一役買っているという側面もあります。
――多くの企業で、社内報は景気変動によってコスト削減の対象になってきました。
浪木 おっしゃる通り、過去には2008年秋のリーマン・ショックや、2011年春の東日本大震災などの大きな景気変動を受けて、カラーだった社内報がモノクロになったり、発行回数を減らされたり、休刊になるといったことがありました。
ただ、今の新型コロナウイルス感染症による経済活動の停滞によって、社内報がコスト削減のターゲットにされているかというと、現時点ではそうとも言い切れません。というのも、紙やウェブ、動画、社内イベントといった「インターナルコミュニケーションツール」としての社内報が、多様化しているからです。
――もう少し詳しく聞かせてください。
浪木 在宅勤務が広がることで、自宅に居ながら社内の情報を共有したいというニーズが高まっています。すると当然、パソコンやスマートフォンで見られるようにウェブに対応した社内報が必要になります。当研究所の調査では、社内報をウェブだけで見られる企業が全体の15%程度、紙とウェブ両方で見られる企業が45%程度にも達しています。
もちろんインターネット上に社内報をあげると情報漏洩の恐れがありますので、閲覧する際には個人のIDやパスワードで認証するといった方法が採られています。むしろ、紙の社内報だと電車内などに置き忘れるリスクもあるので、ウェブ社内報の方が安全だという声もあります。
比較的情報セキュリティーがしっかりしている企業が、ウェブ対応をしている印象がありますね。また、社外の人に見られてもいいような情報だけを掲載する、さらには広く一般向けに社内報を公開している企業も出てきました。
――社内報のデジタル化はいつ頃から始まったのですか。
浪木 インターネットが普及した2000年頃が第1弾で、当時は社内イントラネットに紙の社内報をPDFで共有する方法が主流でした。第2弾が2012~2013年頃で、HTML(ウェブページにコンテンツを表示するためのコード)で作成するようになりました。制作は外部の業者に発注するなどして行っていました。
そして第3弾が、ここ2、3年で広まったCMS(コンテンツ・マネジメント・システム)の導入です。CMSを使えば一般の社員がコンテンツを作成することができるので、社内でスピーディーにつくれます。特にここ最近では、パソコンでもスマホでも見られる「レスポンシブルデザイン」が、主流になりつつあります。
――社内報のコンテンツ(内容)にも変化はありますか?
浪木 昔は社内報に「誰それが結婚しました」「子どもが生まれました」などといった個人的な情報を載せていましたが、最近ではプライベートな情報を載せることを嫌がる社員もいるそうです。また、大企業では全社ではなく、グループ会社ごとの「グループ報」の発行に移っている傾向があります。
内容については経営理念や中期経営計画、ナレッジ(知識)の共有、モチベーション(意欲)の向上、昔からもある新入社員紹介などです。最近、ナレッジやモチベーションアップといったコンテンツが入ってきているのは、若手の離職防止を意識しているからだと考えられます。また、ウェブ上で外部に情報を公開している企業は、採用も意識している様子がうかがえます。
――浪木さんが見かけた面白いコンテンツを紹介してください。
浪木 ある企業では、社内報の担当者が、早朝から出社してきた別の社員に取材をして、その内容を午前9時にはアップしたという例がありました。スマホを使って最短15分ほどで一つの記事ができあがるそうです。また、今日のランチメニューを早朝に載せたり、動画を活用したりしている企業も増えてきています。
――社内報のコンテンツや伝達方法が多様化するなかで、企業の取り組みも活発化しているということでしょうか?
浪木 当研究所が中心になって運営している「社内報アワード(注)」の応募数は、ここ5年で122社、149社、191社、195社と年々増えており、今年は既に220社(取材時点)と過去最高を更新しています。
社内報は会社を構成する人と組織のエンゲージメント(信頼)を高め、持続的に企業価値を向上させるツールとして、今後も活用されていくとみています。
注) 社内報アワードの応募条件は対象期間内に発行・配信され、従業員を主な読者対象とした社内報(紙)/Web社内報/動画社内報/周年誌・記念誌などのインターナルコミュニケーションツール。審査は「社内報部門」(紙)、「Web社内報部門」、「動画社内報部門」「特別部門」の4部門で行う。入賞基準はゴールド賞85点以上/シルバー賞80点以上/ブロンズ賞75点以上。これまでの応募総数は延べ約2,000社。
社内報の表彰制度は、経済団体も運営しています。
経団連事業サービス社内広報センターは「経団連推薦社内報審査」を毎年行い、優秀と認められる社内報を表彰しています。経団連推薦社内報は、経営に役立つ社内広報活動の推進を目指し、編集者の日ごろの活動を評価・奨励することによって、社内報の向上を図ることを目的に、1966年から実施されています。
この表彰制度では、「雑誌・新聞型社内報」、「イントラネット社内報」、「映像社内報」、「特定テーマ」の4部門で、企画・内容や文章表現などを総合的に評価し、優秀な作品を表彰しています。
「雑誌・新聞型社内報」は、日本国内で企業、事業所、団体などが発行する紙の雑誌・新聞型の社内報が対象です。「イントラネット社内報」は、日本語を基本とするWEB(イントラネット、SNS活用などを含む)社内報のことで、パソコンややスマートフォン、タブレットなどの情報機器を通じて、社内広報活動の一環として従業員らに情報提供されるコンテンツが対象です。
2019年度からは、これまでの「特別賞」に代わり、独自の特長や優秀と認められる作品には「企画賞」、編集面などで特に努力が認められる作品には「奨励賞」が選ばれるようになりました。
最近は企業の事業領域が拡大し、従業員の構成や意識が多様化していることから、ウェブを含めた複数の社内報を活用する企業が増加。複数の社内報を連動させるなどして、社内広報活動を充実させている企業を表彰する「審査委員特別賞」も新設しています。
2019年度は優秀賞として、ANAホールディングスの「ANA TIMES」(月刊・グループ報)、ナブテスコの「なぶてすこ」(隔月刊・単独社内報)、マクロミルの「ミルコミ」(季刊・単独社内報)、大日本印刷の「DNP Family」(季刊・グループ報)が選ばれました。
次に、自社のウェブサイトで社内報を公開しているエン・ジャパンの事例を見てみましょう。
エン・ジャパンが運営するensoku!(エンソク)という社内報では、社内の出来事を社員一人ひとりが毎日更新するいわば日記のような内容を丸ごと外部に公開しています。
『「ワクワクする情報を社内に埋もれさせておくのはもったいない」こんな社員の声から生まれました』(同社ウェブサイトより)
「例えば、エン・ジャパンで働く社員のお友だち、ご家族が見た時にも、会社のことを知ってもらえたら、こんなにうれしいことはありません。ちょっとした日常のことから社内イベント、採用情報まで、遠足気分で楽しくお届け」(同サイトより)しています。
「ensoku!」には専属ライターや担当者は置いておらず、実際に社内で働く社員一人ひとりがレポーターとして活躍しているそうです。
内容はバラエティに富んでいて、社員の日常から仕事、チームのトピックス、同僚の紹介など、社員それぞれが体験したことや感じたことをありのままに発信しているのが特徴です。
ensoku!の編集長を務める白石勝也氏に、社内報をウェブで公開している狙いや運営体制などについて伺いました。
エン・ジャパンの白石勝也さん(※)
――社内報の運用はどういった体制で行っているのでしょうか?
白石 エン・ジャパンのサイトコンテンツを編集するライター数人と、広報からなる十数人のプロジェクトメンバーがメインです。加えて、各部署から手をあげてくれた「レポーター」と呼ばれる社員が、これまで約300人以上います。専任担当はおらず、全員が本業との兼務で日々の投稿と、レポーターの更新頻度を上げるために毎日のメルマガ配信や、月に1回のランキング発表を実施しています。
――外部にも社内報を公開していますが、ステークホルダーや外部の方からの反響はいかがでしょうか。
白石 SNSなどでは、「社外に発信している社内報は珍しい」「風通しの良い会社ですね」などのありがたい言葉をよくいただいています。
――記事を書く(投稿する)人をどのように選んでいるのですか。掲載上のNGルールなどもあるのでしょうか。
白石 投稿したいと思った個人や組織は、誰でも「レポーター」になることができます。レポーターの投稿頻度は特に決まっておらず、あくまでも自由意思で投稿する形式です。執筆時のルールも特にないですが、書き始める前に法務確認済みのマニュアルを渡します。「機密情報が映りこまないようにする」などのNG行為を一覧にして、分かりやすく伝えています。
――「ensoku!」というタイトルの由来について教えてください。
白石 子どもの頃、遠足がすごく楽しみだったことをイメージして決めた名前です。仕事はもちろん辛いこともありますが、記事を読んで明日会社に行くのが楽しみになってもらえたら、遠足に行く前日のようにわくわくしてもらえたら嬉しいなと思い、ネーミングしました。
(※)
――エンソクによるマーケティング上の成果などがあれば教えてください。
白石 中途入社者の8割以上がエンソクを読んで就業意欲が高まったと回答しています。また入社前の内定者から、このエンソクやYouTube社内報を見て、「早くこの人たちと一緒に働きたい!」という声をもらうこともあります。
――社内コミュニケーションの円滑化や従業員のモチベーション向上につながっていますか。
白石 一例として、産休・育休中のとのコミュニケーションに役立っています。仕事を休んでいる期間のことが写真付きで分かり、復帰後に浦島太郎状態になることを防げるためです。実際に「休んでいる際の会社の様子が分かるのがうれしい」という声も多数寄せられます
ビジネスSNS「Wantedly」を運営するウォンテッドリーでは、2020年4月21日に、有料プランを利用する企業向けに、自社の従業員限定で記事を公開できる社内報機能の無償提供を始めました。
ウォンテッドリーは、会社の展望や価値を浸透・促進させるために従業員特典サービスを提供していますが、今回の社内報機能はこの従業員特典の第2弾となります。
同社のプレスリリースによれば、これまでは記事投稿機能「Feed」によって、会社のメンバーや会社のストーリーを作り、外部へ発信することに特化してきましたが、今回の社内報機能は、それをさらに強化して、自社のメンバーだけに記事を配信し、ストーリーを伝えることができるとのことです。
ひと昔前までの社内報といえば、新入社員紹介、社員の動静、社内行事、部活動などが主要なコンテンツでした。それが、ここ数年のデジタルツールの発達や、雇用形態や働き方の多様化を背景に様変わりしてきているようです。
何よりも大きな変化は、一般の従業員が情報の発信源となり、スマートフォンなどを使って、会社からのお仕着せではない「生の声」を投稿できるようになったことでしょう。
若手の離職防止やモチベーションアップに社内報の運営主眼を置く企業も増えています。 今後はよりSNS感覚で社内報運営が広まっていくことが予想されます。
エン・ジャパン株式会社 [外部リンク]
ウィズワークス株式会社 [外部リンク]
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2020年4月16日
2016年11月17日のリニューアル前の旧コンテンツは
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