axle御茶ノ水 外観
自動車業界に「アクスル(axle)」という言葉があります。これは自動車の動きを支える中心部である「車軸」のことで、前輪の車軸をフロントアクスル、後輪の車軸をリアアクスルと呼ぶそうです。
新型コロナ感染症の拡大防止のために緊急事態宣言が発出されていた連休明けの5月7日、東京御茶ノ水エリアに「axle 御茶ノ水」という施設がオープンしました。
その名が示す通り、大企業とベンチャー企業の「出会い」「交流」を目指す新しいオフィス空間であり、シェアオフィス・コワーキングスペースも備えています。
新築ビルではなく、1966年に中央大学学生会館として建造されたもので、のちにトヨタ自動車が買い取り、「トヨタお茶の水寮」として使われていたものを、トヨタグループの東和不動産が買い取りリノベーションしました。
今回はこのトヨタグループのインキュベーション施設、そしてそこに新オフィスをオープンさせたトヨタコネクティッドを取材しました。
まずは運営担当を務める青山純也氏(東和不動産 事業開発部 企画グループ)に施設内を案内していただきながら、お話を伺った。
――この施設ができた経緯を教えてください。
青山 東和不動産はトヨタグループ17社のうちの1社です。自動車産業が100年に一度の大変革期と言われる今、当社も次の100年を見すえてこれまでにない取り組みを進めています。グループ会社全体でベンチャー企業との協業を考えていく中で、これまで挑戦してこなかったインキュベーション施設を作り、不動産業として次の100年の産業を育てる場所にしていきたいと考えています。
青山純也氏(東和不動産 事業開発部 企画グループ)
――東和不動産は、これまでどのようなオフィスを手がけてきたのでしょうか。
これまでは主に名古屋地区を中心に事業を展開しており、ミッドランドスクエア、桜通豊田ビル、センチュリー豊田ビル、シンフォニー豊田ビル、クロスコートタワーなどを手がけています。また、名古屋市が公募した「旧那古野(なごの)小学校施設活用事業」(なごのキャンパス)の契約事業者に採択され、コワーキング・シェア・プライベートの3つのオフィスを手がけています。
今回のaxleやなごのキャンパス(名古屋)など、新たにこういったインキュベーション施設に挑戦をしています。
――axle御茶ノ水の施設のコンセプトは?
青山 「axle」は車の車軸という意味があり、ベンチャー企業との交流によって新しいイノベーションを起こしていく4つのコンセプト、DIVE(多様な属性・規模の企業や個人を受け入れ)、MEETUP(多様な人との出会いや交流を生む仕掛け)、CREATIVE(新しい発想を生み出す環境)、DRIVE(プロジェクトの発足及び推進支援)がサイクルを生み出していくための施設です。
axle御茶ノ水のコンセプト(ホームページより ※)
施設の内装はモノトーンで統一しています。これは施設で活動する方々が白いキャンパスにどんどん色を着けていき、建物や私たちスタッフなどの「黒子」がそれを支えていくという意味をこめています。
また、エントランスのある2階と、シェアオフィスのある地下1階には、アートオブジェを設置しています。
ベンチャー企業を表す「白い卵」のアートワークは館内のあちこちに設置しているのですが、このオブジェは、ベンチャー企業が支えあって新しい産業が飛び立っていくことを表しています。
これからの100年、大企業とベンチャー企業が交流して新しいインダストリーが生まれていく場所を目指した「コネクティッド インダストリーズ スペース」というのがデザインコンセプトです。
――建物の構成を教えてください。
青山 上から順に紹介していきますね。
まず、屋上はワークスペースとしても利用できるテラススペースになっています。
4階から6階まではオフィスになっており、トヨタコネクティッドの東京オフィスになっています(後段のトヨタ・コネクティッドインタビューを参照)。
3階も小規模オフィスやプロジェクトルームを配置したオフィス専用フロアです。テナント会員が利用できる会議室もあります。
2階オフィス通路
プロジェクトルームというのは、少人数のスタートアップ企業や短期プロジェクトにご利用いただくための家具つき個室事務所です。各室4Kモニター、ホワイトボードが設置されており、24時間365日利用可能です。
――この建物はもともとトヨタ役員の寮だったそうですね。
青山 ここは1966年築で、もともとは中央大学の学生会館だったものをトヨタが1980年に社員寮として買い入れたものです。それを2019年に東和不動産で買い取り、リノベーションを行いました。
天井高などもかなり低かったため、天井を剥がしてスケルトンにして、配線などはあえてそのまま天井だけで走らせています。コンセント位置などは制限されてしまいますが、そういうところは下を這わせて持ってきたり、かなり工夫して配線が出てこないようにデザインや家具の位置などを決めています。
2階はエントランスになっており、アクティビティが生まれやすいように、ラウンジ、フリーアドレスのワークスペース、少人数向けのプロジェクトルームや会議スペースがあり、様々な交流が行えるようになっています。奥には120名を収容できるイベントスペース、18時以降、入居者の方が利用できるバーエリアもあります。
フリーアドレスのワークスペース
1階はオフィス、会議室、イベントスペース、パーキングスペースになっています。パーキングには時間貸やカーシェアもございます。
地下1階はオフィス、プロジェクトルーム、シェアオフィスです。
ここは天井も高く、スタンディングデスクのスペースと、人数に応じてフレキシブルに対応できる座席があります。オープンキッチンやカフェマシン、フリーアドレス席などを完備しています。
シェアオフィススペースの入り口
――全体的に苦労されたところを教えてください。
こういった施設を初めて手がけたので、開発チームのメンバーで様々な類似の施設を見学に行って、一番必要とされているものは何なのかを検討しました。
昨年10月末に先行で行った名古屋の「なごのキャンパス」の経験も生かしております。たとえば「なごのキャンパス」ではコワーキングスペースにローソファの席を取り入れたのですが、小ミーティングの需要が多いことから、axle御茶ノ水ではビッグテーブルや4人くらいでまとまれる席を地下1階のシェアオフィスに多く設置しております。事例を調べながら、axleの空間を利用していただける方にとって良いものに決定していきました。
――施設のキーワードは「コネクティッド」ですが、それを意識した施設運営もしているのでしょうか。
6月中に2回、施設がランチを提供して、Zoomで皆さんに集まっていただき、オンラインランチ交流会を開きました。自己紹介していただいて、今考えていることやこの施設の使い方について話していただくというものです。
2階のキッチンスペース
6月からスタートしたオンライン・イベントは、運営をお手伝いいただいているパソナJOB HUBさんに企画していただいています。すでに全4回のイベントをオンラインで開催しており、各業界のトレンドや今後の動きを発信して施設の皆さんにご覧いただきながら、ニューノーマルな時代のベンチャーやインキュベーションの在り方を考えていただく企画などが進行中です。
2020年7月6日現在のホームページ。(オープニングイベントは8月で終了。9月以降は不定期でイベントを開催予定とのこと)(※)
2階エントランス横のバースペース。オープニングイベントのZoom中継はここから送られている。
――施設オープンが緊急事態宣言下になったことはアンラッキーでしたね。
青山 ゴールデンウィーク明けということで5月7日にオープンしましたが、コロナの影響で、地下1階と2階のご利用、ドロップイン利用(ここでは「1日利用会員」と呼んでいます)をかなり制限しなければならなくなり、イベントスペースなどを含めて5月、6月はほとんど稼働できていない状況です。ただ、3階以上のオフィスフロアに関しては、不特定多数ではない入居なので5月7日からのオープンになりました。
――運用方針の見直し状況などはいかがですか。
青山 大きく2つの面から見直しを行っています。まずソーシャルディスタンス維持のため、不特定多数の方が集まる地下1階では席の間にアクリルパネルを立て、着席できる席もひとつおきにしています。さらに検温など、他ビルの施設管理で行われていることは網羅すべく、早急に準備を整えているところです。
ワークスペースにはアクリル板が設置されている
もうひとつはイベントで、様々な人々が集まるコミュニティを作るためのスペースを用意したのですが、今となってはリモートワークやオンラインワークも増えているので、オフィスの在り方やコミュニティの作り方を考え直していかなければならないと思っています。
音響設備、4面スクリーン、プロジェクター完備のイベントスペース。最大120名を収容可能。
――運用面まで考えると、この施設は東和不動産としても新たなチャレンジですね。
青山 そうですね。僕自身は技術部に所属して、2年間、プロパティマネジメント、ファシリティマネジメントなどを務めてきましたが、この4月からこのaxle御茶ノ水に配属になって、コミュニティを作るためには考え方をワークプレイスマネジメントに変えなければならないということがわかりました。
先行している「なごのキャンパス」でも、さらに幅広い社会貢献や地域交流も考える施設になっていますが、まだまだ社内の蓄積も少ないので、今はここで一緒に働いくパートナー企業の皆さまと協力しながら、どうあるべきなのかということを考えて、社内にも展開しています。その蓄積をもとに、今後の施設についても考えていくことになるだろうと思います。
――東和不動産にとっても、協力会社などとの「コネクティッド」が重要になるわけですね。
青山 今までは、どのくらいの面積のものをどういうふうに貸し出すかという「面積貸し」の仕事でしたが、コロナの影響でリモートワークの比率が高まるなどオフィスの在り方が変わっていきますので、今後はコミュニティやサードプレイスのような働く場づくりにも積極的に取り組んでいきます。ここから先が僕たちの挑戦なのかなと思っています。
――今では多くのシェアオフィスがありますが、どのような特色を出していきますか?
青山 僕たちは、どういう人たちが集まる場所を作るか、どういう人たちと繋がれる場所を作るか、という建物そのものの付加価値を高めていくことを考えています。トヨタグループの一員として、インダストリーということに共感していただいたり、そこと結びつきたい人々にこの施設を使っていただきたいと強く思っています。
このaxle御茶ノ水の4~6階は、トヨタコネクティッドのオフィス「Global Leadership Innovation Place」(GLIP)になっています。
同社は、トヨタ自動車の豊田章男社長とトヨタ自動車の執行役員でトヨタコネクティッドの友山茂樹社長が2000年に設立したガズーメディアサービス株式会社を起源とする、トヨタのコネクティッド分野を牽引する会社です。企業理念は「限りなくカスタマーインへの挑戦」。ITを活用した最先端技術とものづくりのDNAでサービスの開発・提供を行っています。
axle御茶ノ水6階のトヨタコネクティッドオフィス入り口
インタビューに対応してくださったのは、林万由弓氏(コーポレート管理部 企画・総括室 室長)、西村淳氏(先行企画部 事業戦略室 企画・戦略G GM)のおふたりです。
――トヨタコネクティッドというのはどのような会社ですか。
林 当社は2000年10月に創立して今年20周年になります。トヨタ自動車の豊田章男社長と社長の友山とが、ITを使ってお客様との接点を作るために作った会社です。当初社員は24人で、ガズーメディアサービスというベンチャー企業としてのスタートでした。
車載ナビを通じてトヨタ車やレクサス車のお客様との接点を作るコネクティッドセンター業務やトヨタ自動車をはじめとするグループ会社のWEBサイト制作、近年では、車の運行に伴うビックデータを活用してサービスに転換するなど、新たなモビリティサービスの企画・開発・運用を行っています。
トヨタコネクティッド 林万由弓氏
――alxe御茶ノ水にオフィスを移転することになった経緯は?
林 東和不動産さんから東京のトヨタ自動車の社員寮をリノベーションしてベンチャー企業と交流する場を作るという計画を聞いて、当社にも東京のベンチャー企業とのつながりを作るために新たにオフィスを作りたい意向がありましたので、ちょうど良いお話だということで、ここに移転することになりました。
――この「GLIP」では何名の方が働いているのですか。
林 営業部隊を中心に30名ほどでスタートしていますが、これから増員していく計画になっています。今年4月にNTTデータさんと業務提携をしましたので、開発部門にも力を入れていこうと思っています。
――ベンチャー企業と協業していくために、どのようなイノベーション体制になりますか。
西村 どのようにベンチャー企業と連携してイノベーションを創出できるか、具体的な進め方については現在計画中です。お客様の役に立つサービスを提供するために、常に自社だけで最先端技術を作っていくのではなく、既に様々な技術をお持ちのベンチャー企業と連携し、新たなビジネスの創出も進めていきたいと考えています。
トヨタコネクティッド 西村淳氏
――従来は名古屋まで来てもらわなければならなかったわけですね。
西村 これまではお付き合いするのは名古屋の会社が多かったのですが、ベンチャー企業の数は東京のほうが圧倒的に多いですし、海外のベンチャー企業やパートナーも東京のほうがアクセスしやすいということもありますので、ここGLIPを拠点として連携を強化していきたいと考えております。
今までも東京にオフィスを構えていましたが、GLIPのようなコンセプトはなく、通常の執務スペースのみだったため、新しいことはなかなか実現できませんでした。これからはこのGLIPにベンチャー精神を持った仲間を集い、イノベーションを創出するための輪を広げていくことができると思っています。
カフェスペースはドライブインを模している。
――どんな分野とつながっていきたいというビジョンなどは?
西村 私たちが目指しているのは「豊かで心ときめくモビリティ社会の創造」ですので、モビリティという領域を中心に考えていますが、スマートシティに領域を広げると医療や飲食等の分野も考えられるので、私たちとしても可能性を広げていく必要があると思っています。今後GLIPで様々な方々と会ってお話をして、どういったつながりを持てるか、私たちの培ったノウハウや情報、技術とベンチャー企業の技術やアイデアを掛け合わせることで、新しいシナジーを生めればと考えています。
――ベンチャーはどういう形で募集をされるのでしょう?
西村 ベンチャー企業との出会いの形はいろいろあると思いますが、現在具体的なプランを計画しているところです。すでに繋がりが出来ているベンチャーの方もたくさんくいらっしゃいますが、GLIPという場をつくったので、交流イベント、ハッカソン、ガレージを使ったイベントなどを開催してトヨタコネクティッドやモビリティに興味がある方々に来て頂き、お互いの関係をゼロから築き、共に新しいイノベーション創出に向けて活動が出来ればと考えています。
林 すでに決まっているのは、ベンチャー企業の方々に自由に来てもらえるスペースをオフィスの中に作るということで、現在構築を進めています。
――今回、オフィスのオープンが新型コロナ感染症の影響をもろにかぶってしまいました。
林 本当はゴールデンウィーク前には入居するつもりで進めていたのですが、まさにこれからというときにオフィスを開くことができなくなりました。
――ウィズコロナを意識した対応はありますか。
林 GLIPのコンセプトのひとつに、国内だけではなく海外ともタイムリーにつなげるということがあります。今、感染症防止のために誰もが在宅で仕事をするようになりましたが、さらにそれをシームレスにして、本当に対面しているような感じで仕事をできないかということは考えており、そういった設備も入れていこうと思います。
――リモートワークはもともと行っていたのでしょうか。
林 本社ではコネクティッドセンターの運営などがあり、サービス継続のためには全員が在宅勤務にはできなかったのですが、東京オフィスのメンバーはオリンピックやパラリンピック期間中の対応のこともあり、在宅勤務はテスト的に実施していました。
――コロナによって、これまでのようなコミュニケーションが難しくなっていますね。
林 感染防止のために半強制的に在宅勤務になり、結果リモートワークでも仕事ができることに皆が気づいたわけですが、やはり対面することによって話が進んだり、表情や温度を感じることで仕事が進んだりすることはあると思いますので、使い分けをしていけばいいのかなと思っています。
当社の考え方は「ヒューマンコネクティッド」がベースになっており、会話をすることによって初めて生まれるサービスもありますから、出社しやすい環境をつくり、メリハリをつけて仕事してもらえればと思っています。
――まさにこのaxleという施設、このオフィスが体現している「コネクティッド」が、貴社のベースになっているのですね。
林 豊田章男社長と当社社長の友山がやりたかったことは、ITを駆使してお客様との接点を作ることでした。当時は製造業の枠からはみ出てしまうビジョンで、なかなか認められませんでしたが、今ようやく世の中が追いついて、豊田章男社長、社長の友山がやりたかったことが実現されているのだと思っています。
――グループの中ではわりと自由な立場にあるのでしょうか。
林 受け継がれているDNAは変わりません。ただ、いろいろチャレンジをさせてもらっていると思います。このオフィスづくりにしてもそうですし、ベンチャー企業の皆さんにも、トヨタだからと身構えずに一緒にチャレンジしていきましょうとアピールしたいです。
――受付スペースや執務エリアのアートの意図について教えてください。
林 受付(エントランス)に描かれているアートはトヨタコネクティッドの創業からの歴史です。来社いただいたお客様に我々の歴史を知っていただきたいのと、我々が歴史を語れるようにと本社にも同じアートを設置しています。ただ、本社のアートと少しイメージが違って見えるのは、それぞれの場面の見える角度を変えて描いているからで、「視点を変えて見る」を伝えたいメッセージとしています。
6階フロアの受付スペース壁面に描かれた圧巻のアート。トヨタコネクティッドの歴史を表している。
林 執務エリアにも、豊田自動織機からトヨタ自動車が生まれ、トヨタ自動車からトヨタコネクティッドが生まれるまで、そしてトヨタコネクティッドが描く未来を、その重要なキーとなる場面を切り取りアートで表現しました。私たちはこれからも先人たちが守ってきた価値観や思いを大切にしていかなければいけない、それが豊田章男社長、社長の友山の思いでもあるので、そのDNAをアートを使って感じ取れるようなオフィスにしたいと思いました。
執務エリアの壁面にもアートが描かれている。
――どの場面をアートに盛り込むかは皆さんで考えたのですか。
林 そうですね。広報メンバーを中心に「TPS」「改善」「カスタマーイン」「イノベーション」を軸にキーメッセージを考え、アート制作チームの方々(OVER ALLsさん)と一緒にどの場面を切り取るのかにこだわりました。
Over Allsさんには本社にもトヨタコネクティッドの歴史アートを描いていただいたので、今回の新しいオフィスでもOVER ALLsさんのアートを取り入れたいと最初から思っていました。
コロナ禍によって社会にリモートワークが広がり、オフィスと働く人の関係が変わる中、オフィスと自宅の間に位置するシェアオフィスやコワーキングスペースの意味も見直されつつあります。トヨタコネクティッドの林氏が述べたように、イノベーションが生まれるためにはコミュニケーションやつながりは欠かないものです。ウィズコロナ、アフターコロナの時代にaxle御茶ノ水がその現場となることを期待したいと思います。
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編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局(※の写真を除く)
取材日:2020年6月29日
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