新型コロナウィルス感染症が蔓延し、人々が新しい生活様式、新しい働き方にシフトせざるを得ない状況が続いています。そうした中で、コワーキングスペースもいつのまにかすっかり身近な存在となっています。新型コロナの感染拡大が深刻な大阪でもコワーキングスペースの数は増え続けていますが、大阪ならではの取り組みもみられるようです。
「みんなの仕事場」では、これまでにもさまざまなシェアオフィスやコワーキングスペースを取材してきました。
みんなの仕事場 - コ・ワーキング
コワーキングというワークスタイルが日本に登場したのは2010年頃です。「コワーキング」は、場所を共有しながら比較的独立した環境で働く人の働き方を指しています。以前よりあったレンタルスペースに、オープンなシェア空間のついたものとしてはじまりました。
その後、従来型のシェアオフィス中心のものや、シェア空間中心のものなどバリエーションが広がり、上記記事で紹介したように多様化し、利用者も増えて施設数は増加し続けています。
「コワーキングオフィス 新たな働き方のプラットフォーム」(CBRE)
コワーキングスペースを最も利用する人はフリーランスですが、その数は年々増加しており、今や労働人口の24%、1,670万人を占め、経済規模も28兆円と伸張しています(「Lancers」調べ)。「フリーランス先進国」と言われるアメリカでは、労働人口の35%がフリーランスと言われており、日本でも副業解禁などの動きから、さらに伸びていく可能性があります。
また、ここ数年、働き方改革によるワークスタイルの多様化、インターネットや通信環境などのITインフラの普及と進化によって、「テレワーク」が浸透してきました。コワーキングスペースは、オフィスを離れたワークスペースの大きな選択肢となったのです。
しかし、2020年、新型コロナの感染拡大が世界を覆いました。人との接触機会を減らすために、日本でもいよいよテレワーク導入が本格化し、全企業の2割程度に導入されました「令和2年情報白書」(総務省)。
一方、コワーキングスペースは東京23区や大阪市・名古屋市などの大都市圏だけでなく、青森県、山形県、石川県、そして岐阜県など施設がなかった県にも誕生しており、関西は東京に次いで施設数が増えています。
コワーキング.com登録スペース数より独自に作図
本記事執筆時点(2021年5月31日)において、特に大阪府では、コロナによる重症者数を減少させることができず、緊急事態宣言下にあります。原因としては、前回の緊急事態宣言解除が早すぎたこと、高齢化率や三世代同居率の高さ、高齢者施設数の多さなどが指摘されていますが、こうした状況の中で、大阪市内のコワーキングスペースでは、どのような工夫がされ、どのような利用のされ方をしているのでしょうか。
大阪市の中心街にあるコワーキングスペース「ONthe UMEDA」(※)
大阪の中心地・梅田に位置するコワーキングスペース「ONthe UMEDA(オンザ ウメダ)」を訪れました。
パソコンを開く人、本を読む人、原稿を修正する人、打ち合わせをする人、そしてリモートでミーティングをする人。多くの利用者が出入りし、様々な「仕事」を快適に行っている傍らで、スタッフの伊森香南さん(学びと共創事業部)にお話を伺いました。
――コロナの影響はどのように受けていますか。
伊森 リモート会議やウェブ面接用に「TALK BOX」をお一人で利用されるケースが増えています。また午前中に使用される方が増えました。在宅勤務になった方が、自宅の椅子やネット環境などが仕事に適していなかったりして、ここで仕事をされることが多いようです。周囲にがんばっている方がいると自分もがんばろうという気持ちになるのかもしれません。
リモート会議用のスペース「TALK BOX」(※)
――ここは開放的で、快適な空間ですね。
伊森 地下街「ホワイティうめだ」にも直結しているので、さまざまなビジネスのシーンに対応できるスペースとしてお使いいただいています。コロナの感染拡大以降は法人利用が増えました。立地が良いため、打ち合わせや人に会うという利用の仕方に適しています。
ローテーブルのあるロフト席は「心のカウンセリング」のワークショップに使われる会員様なども居られて、ユニークなスペースとなっています。学生の方は、個室でウェブ面接や就活用の勉強をされています。
――コワーキングスペースというと、フリーランサーが多いというイメージがありますが。
伊森 全体では法人プランの利用比率が高いです。打ち合わせで待ち合わせたり、営業先に向かう前に立ち寄って資料をまとめる場といったタッチダウン的な利用も多いです。ただし、フリーランスの方、個人の方、副業で使用される方、自習される方など、利用者は多種多様です。会社の福利厚生施策の一環として、仕事帰りに資格取得学習の場として利用されるケースもあります。パズルを毎朝楽しんだり、編み物をしたり、将棋のレッスンをしたり、多様な使い方をしていただいているのもこの施設の特徴です。朝見かけた方が夜までいらっしゃったり、一度外に出てまた戻ってこられたり。大阪への出張中に利用される方もいらっしゃいます。リモート会議の利用も増えました。
――イベントなども積極的に行っているとか。
伊森 この場所の特長は、仕事や学習の場を提供しながら、利用者同士が交流したり、「学び」という情報を得られるという、ステップアップの機会を提供していることです。ここを発信拠点にしてイベントを開催したり、このスペース自体をメディアとして使っていらっしゃるフリーランスの方などもいらっしゃるんです。
今後も人と人をつなげる「ご縁作り」の仕組みをもっと活性化していきたくて、運営スタッフみんなで考えています。
――入口付近にギャラリーがあるのがユニークですね。
伊森 作品の展示や販売ができ、ここも発信と学びの機会になっています。一般のギャラリーや画廊はもともと作品を見るつもりの人しか来ませんが、ここは表通りにも面しているので、様々な方々に見ていただけます。最近では学生デザイナーも参加した、ガーナ産の食品や化粧品を展示するSDGsに関する「むすび展」という企画を持ち込んでいただき、実施しました。
ギャラリーで開催された「むすび展」(※)
――そういったイベントも利用者同士の接点になると。
伊森 コロナ禍によって人と接する機会も減っている中、偶然の出会いから新しいプロジェクトや仕事が始まったり、ご縁が広がっていることは本当にうれしいです。起業したい人が、中小企業診断士やキャリアコンサルタント、マーケティング専門家などのさまざまな専門家の会員様にアドバイスしてもらえる「起業研究室」というプログラムも昨年度に行いました。
スタッフとの会話で癒されたとか、多様な学びがあって刺激を受けたというお声もたくさんいただきます。温かみのあるスペースと思っていただいているのはうれしいですね。
伊森 香南 さん(「ONthe UMEDA」学びと共創事業部スタッフ)
梅田は大阪の中心地ですから、そのスペースをめぐっては日々激戦が繰り広げられています。そうした場所に「ONthe UMEDA」を開業したのはどのような意図があったのでしょうか。運営する株式会社まなれぼの代表取締役、吉川聡さんに伺いました。
吉川 聡 さん(株式会社まなれぼ 代表取締役)
――コロナの経営的な影響はいかがですか。
吉川 「ONthe UMEDA」は2019年12月にオープンしたのですが、残念ながら当初想定した利用者にはまだ達していません。大阪が緊急事態宣言の対象地域になるたびに利用者が減り、収束の兆しが見えるとまた戻るという繰り返しになっています。一方では、緊急事態宣言の間に利用し、終わると退会する方もいます。在宅勤務でのリモート環境が整っていないということかもしれません。
ただし、コロナによって「テレワーク需要」は大きく伸びました。もともと集中ブースを設けていましたが、コロナ以降はご利用が増えました。また、小会議室の短時間利用なども新しいニーズです。そのあたりをもっと開拓していきたいです。
在宅勤務の浸透によって生まれたオフィスの空きスペースをどうするかという問題があちこちで起こっており、都心のオフィスは縮小傾向にあります。日本はまだ職住近接社会になっていませんので、住宅地のターミナル駅にもこのような連携スペースがあってもいいのではないかと思います。例えば午前中は自宅やその近くで仕事をし、午後からは梅田のONthe UMEDAで人と会ってから夜に会食する、といったワークスタイルです。
――大阪ならではのコワーキングスペースとして、どんな存在を目指していますか。
吉川 大阪という街には、「緑が少ない」「大学生が少ない」「多面的で豊かなのにステレオタイプの情報発信しかできていない」という特徴があります。この事業は、私が大阪のまちづくりに関心を持ってきた者として、何とか大阪を活性化したいという想いから始まったものです。
私は若い時から都市計画やまちづくりに関心があり、地元大学や企業と地域が「あべのハルカス」でつながる学びのプロジェクト「ハルカス大学」の立ち上げのお手伝いもしました。その後、大阪・京橋の大阪ビジネスパーク(OBP)からのご相談を受けて、「ともに学び、楽しみ、働く」をコンセプトとする「OBPアカデミア」をオープンさせました。ここでは会員様の情報発信の場として講座やイベントを年間1000回ほど行い、出会いとつながりを発生させ、集まる人の力で街を活性化しました。
その後、2018年に梅田の活性化で大阪地下街さんよりお声がけがありました。以前、大阪市が設置したベンチャー支援施設の立ち上げにご協力したことがあり、その窓口であった町野さんが現在代表を務める大阪地下街株式会社がONthe UMEDAの事業会社です。地下街と直結しているこの場所を活性化し大阪の人と街を元気にしたい、という共通の思いで開始しています。
ここは大手都銀の梅田支店だった場所で、梅田の中でも一等地です。天井高も4mある開放的なスペースでしたので、ぜひトライしたいと申し出ました。
「ONthe UMEDA」でも、会話や対話によって人が出会って交流する要素をもっと増やし、何らかの事業や遊びを生み出していきたいと考えています。モノ・コトで街のコアとして活性化に役立てるという点が、最大の特徴です。
――人同士の出会いをまちづくりのきっかけにするということですね。
吉川 一時、多くの大学が郊外にキャンパスを移しましたが、結果的には都市部に戻ってきています。街には多様な機能が含まれていますから、いろいろな人に会って様々なものを知らないと大学に行った意味が半減してしまうからだと思うんです。しかし街に引き寄せられる魅力がないと、人は集まってきません。ハード面だけでなく、そうしたソフト面の充実ニーズが増していると思います。
――賑わいの創出も大切ですね。
吉川 人と人とが出会う場所やその情報は、東京の方が豊富かもしれません。大阪にもそういった場所や人はありますが、その情報があまり流通していないのです。その結果、人材が流出し、特に優秀な人は東京や海外に行ってしまいます。
街は「人」で構成されているものですから、大阪が元気であるためには、面白い人がずっと大阪に残ってがんばってくださることが必要なんです。面白い人が「ONthe UMEDA」にいるから大阪でがんばろうと思っていただけるようにしたい。そういう場所や事をいくつも作れれば、東京のメディアに依存しない大阪独自の街の情報発信も可能になり、大阪の街自体がもっと魅力的になるのではないでしょうか。
――発信基地としてのコワーキングスペース?
吉川 多くの方がリモートワークやこれまでにない時間の過ごし方を体験し、自宅でも仕事ができるということを実感し、企業の側もこれまでのような固定的なオフィスや、固定的な働き方を支える組織をキープし続けるのはリスクだということを認識したと思います。
今後はもっとフレキシブルな組織や働き方を志向する企業が増え、大阪市内でもオフィスの床面積は極端に減っていくのではないでしょうか。本社オフィスは必要でも、全従業員が9時から5時まで過ごすオフィスは必要なくなっていくと思います。実務に応じてオフィスの使い方や設計が最適化され、残りの時間を使って家や家の近くで仕事ができる。職住接近が広がり、対応しない企業は生き残れないでしょう。そういう時代に入っていると思います。
――利用者には、どのようにコワーキングスペースを活用してほしいですか。
吉川 私は、仕事は「成果」だと思っています。30代くらいまでは組織や集団の中で仕事のやり方などを学ぶことには意味がありますが、ある程度の年齢以降は、仕事における時間の使い方などは自分で選択できた方がいいと思います。
しかし、私も含めて、家にずっといると怠けてしまいますし、一人では生きていけないので、人とつながる必要もある。だからこのようなスペースを活用していただき、成果を出したり結果を出したりするときのプロセスに寄与できると嬉しいです。
――それがコワーキングスペースの役割ですか。
吉川 実はコワーキングスペースというものを日本で初めて作ったのは神戸の伊藤富雄さんという方です。伊藤さんがスタートさせた施設はその後も確実に増加しています。当時の日本企業はピラミッド構造の「組織ありき」、仕事の進め方も上意下達型が中心でした。高度成長にはそれが最適だったわけです。ところが1990年代以降、仕事の進め方が「目的ありき型=プロジェクト型」に移行し、「組織ありき」ではうまくいかなくなりました。
アメリカにはフリーランサーが7,000万人いて、組織のあり方や仕事の進め方に関しても日本よりかなり進んでいます。インターネットが社会のインフラとなった今、技術革新によって社会構造が変化する中で、個人と個人が結びついたり、個々で仕事をしたりするスタイルが日本でも増えてきたんです。プロジェクト型の方が早いし、結果も良くなるからです。
余談ですが、今の官庁や一部の大企業はまだ「組織ありき型」のままだと思います。現在も、様々な企業から、これまでのような組織ややり方では限界なので社内にコワーキングのような組織を入れていきたいというご相談を受けています。今後もこのようなスペースの需要とマーケットは広がっていくと思います。
――そのような中では、コミュニケーションが重要になりますね。
吉川 プロジェクト型の仕事の理想は、出会いをきっかけにして新しい仕事やプロジェクトが連鎖して生まれてくることです。
そもそも人間は社会的動物で、同じ空間にいる他人の影響を受けやすい。常々言っているのですが、「人は一人では生きていけない」んです。コワーキングスペース内では、「暗黙の了解」的に皆さんがそれぞれがんばっています。そこにいる人によってスフィア(sphere)のようなものが自然に醸成されるのかもしれません。そのためには会員様の質も重要になります。そこでスタッフがまずその場の空気を作る。極端に言うと、その空気をご理解いただける方にご利用いただくわけです。どんな方でも受け入れていると、スペースの意味がなくなります。厳格なルールはありませんが、暗黙知的にスペースの空気感を感じ取ってくださり、この場所を選択いただきたいと考えています。
――単なる場所貸しや不動産業ではないということですね。
吉川 そうですね。私たちが考えるコワーキングスペースは、不動産事業ではなく、有機的な人と人とのつながりを創造する場です。何かことを起こそうとしても、出会いなしの一人ではなかなかできません。このスペースで出会い、仲間を集める中から事業や遊びを生み出してほしいのです。
――「まなれぼ」という社名を付けたのは、やはり「学び」を大切にしたいから?
吉川 私たちは「学びの姿勢」で仕事をし続ける会社でありたいと考えています。人間はずっと学び続けることが大事で、人生100年の時代に40歳以降も学び続ける人とそうでない人では、貧富の差も含めて人生に違いが出てくると思います。心身の健康やウエルビーイングということにもつながります。私自身、大学までで学んだことより社会に出てから学んだことの方が多い。
インターネットのおかげで、今、知識を入手することは難しくなく、それをどう活かしていくかが問われます。私はそうしたことを「まなび」という言葉に集約させています。そして、学びの効果は9割以上「聞く側」に依存します。どのように聞くのか、どのように学ぶのか、学びの姿勢やモチベ-ションが大事なのです。
――「学び」もまた、貧富のように二極化して格差化するのかもしれませんね。
吉川 そういう学びの姿勢のある方に集まってほしいという思いで、最初の施設は「アカデミア」と名づけました。「ONthe UMEDA」もそのコンセプトを引き継いでいます。私たち自身もどんどんアップデートしていきたいので、アドバイスやリクエストがあればぜひ教えてください。
よく、地域活性化には「よそ者・若者・ばか者」が必要だと言われます。大阪はいわゆる「地域」ではありませんが、活性化の起爆剤としてはそのような要素も要るのでしょう。
吉川さんは、利益優先型で「合利的」に過ぎてしまった社会を、多様な人の連携と学びによって「合理的」な社会に戻し、進化させていく人でした。
「ONthe UMEDA」では、連日のようにセレンディピティ(偶然による幸運)が起こり続けています。日々のステップアップとアップデートを求める人の出会いと情報のスポット、つまり「街の装置」として機能しているのです。
働き方がより自由になっていく中、今後も多様なワークスタイルの「居場所」としてのコワーキングスペースは、広く、深く進化していくものと思われます。「ONthe UMEDA」の若いスタッフの笑顔と元気が、利用者が行き交うジャンクションを明るく照らしているように感じました。
ONthe UMEDA[外部リンク]
株式会社まなれぼ[外部リンク]
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局
取材日:2021年5月15日
2016年11月17日のリニューアル前の旧コンテンツは
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