今井了介氏
コロナ禍で窮地に陥った飲食業界から、救世主のように言われているアプリがあります。食事代金を飲食店へ先払いし、実際にその店舗へ出向いて食事をする「さきめし」というサービスです。飲食店を支援するために生まれた「さきめし」は、類似サービスとは異なり、店舗からの手数料を取らない仕組み。音楽プロデューサーという畑違いからIT系スタートアップGigiを起業し、ユニークなサービスを急拡大している今井了介氏にお話を伺いました。
――まず、Gigiが展開しているサービスをご紹介ください。
最初にスタートしたのは、アプリを通して支払いをし、人に食事をごちそうする「ごちめし」です。続いて先払いで飲食店を支援できる「さきめし」を2020年、今年2021年に、企業が飲食店を指定して「社食」として利用できるようにする「びずめし」を開始しました。
どれも飲食店のお食事を誰かにご馳走するサービスです。
例えば「ごちめし」では、スタッフの誕生日に、「あのお店の食事を先に購入して送っておくので、よかったらお友達と食べてね」と労をねぎらったりできます。遠方にいる人でも、アプリを通してご馳走できるわけです。
――音楽プロデュースの仕事とは縁がなさそうですが。
私は音楽プロデューサーの仕事をずっとやってきたのですが、10年前の東日本大震災の際に、音楽だけでは人を救えないことの辛さに直面しました。
災害時に必要なのは、まず生きていくための衣食住、住むところ、着るもの、食べるものです。音楽を聴く余裕などありません。衣食住で自分ができることは何か。一生懸命考えたのですが、飲食店を開業するとか、アパレルブランドを立ち上げるとか、どれもピンとこなかった。6年くらい、ああでもない、こうでもないと悩んで、これだ!とたどり着いたのが「ごちめし」だったんです。
――どんなところからアイデアが生まれたのでしょう。
2018年の正月に、帯広の「結(ゆい)」という定食屋を経営する本間さんという方が、地元の高校生たち向けに考えた「ゴチメシ」という仕組みがあるという記事をネットで読んだんです。地元のおっちゃんたちが400円でカレーを食べて、「ゴチメシ置いてくよ」と、もう400円を置いていく。すると「ゴチメシあり」というボードを見て、部活帰りの高校生が無料で食べられるという仕組みです。
これをITサービスにしたら面白いのではないかと考えて、帯広に行きました。本間さんは「ゴチメシ」の商標を登録していませんでしたが、音楽プロデューサーとしての著作権意識がありますしたので、ご一緒できないか直談判に行ったんですね。
「音楽やっているよう分からん人が東京から来た」って顔をされていて、最初はよくわからない様子でしたが、スマホの画面を見せて説明したら、ようやく理解されて、「すごくいいじゃない」と言ってくださって、ほっとして「よし頑張ろう」となりました。
――IT企業の立ち上げは、それまでの音楽プロデュースの仕事とは全然違ったのでは。
音楽の仕事でも様々な経営者とお会いしますから、その中で吸収してきたものがあります。自分がITスタートアップに携わることになるとは予想していませんでしたが、自然と勉強できていたんでしょう。
音楽の仕事もそうですが、今回の起業も「面白いに違いない」と思って始めたものです。工夫はたくさんしたけど、血が騒ぐので苦痛はありませんでした(笑)。クリエイティブに携わる人間として、何をやったら新しくて、みんながハッピーになるか、と悩んでいる方が多くの時間を占めました。
――お仲間集めにも苦労されなかったそうですね。
ファウンダーの4人は、いろいろな仕事で面識があった方々です。みんな気の合う人たちですから、「こんなアプリ作りたい。絶対面白いと思う。どう思いますか、一緒にやりませんか」と言ったら、「めちゃめちゃいいね!」と0.1秒で決まりました(笑)。
――そしてすんなり設立?
事業計画書の段階では、外部の方々から、パパ活や出会い系の温床になると何回も言われました(笑)。
開発には時間もお金もかかるし出資の相談に金融機関や投資家に相談に行くと、飲食店から手数料を取らず、利用者が手数料を10%負担するというレアなビジネスモデルに、「誰が手数料10%もかけて人にご馳走するのか」と言われました。
金融機関からは「上司にご馳走されたことないし、したこともないから分からない」と融資を断られたし、投資家からは「もっと利益率上げないと会社は持たない。お店から手数料取らないと絶対うまくいかないから投資はできない」と言われました。
――それでも「手数料ゼロ」は絶対条件だったのですか。
そうです。各社のいろいろなサービスを研究して自分で利用もしてみて、お店からお金をとらない仕組みがあってもいいはずだと思っていました。コロナ禍の前でしたが、お店側を応援するサービス、お店側の力になれればいいと思っていたんです。
結局、もともと作りたかったものをそのまま作りました。切り口が面白いこと、誰もやっていないことだからワクワク度がすごいです。それに勝てなかった(笑)。それに、お店の人に話をするのに「手数料は取りません」と言い切った方が気持ちいい(笑)。
細かく刻んでいくよりは、大きな事業スケールを描きたかった。まだ1年半ほどのサービスですから、出資者はいつでも募集しています(笑)。
――サービス開始後すぐにコロナ禍になり、経営危機に陥った飲食店を救う画期的なサービスとして話題になりました。
企画を練り、システム開発して、テストマーケティングして、と準備を続けてきたのに、サービスインしたらすぐにコロナ禍が始まりました。そんな中で、より飲食店支援の意味合いが強い「さきめし」をサービスインしました。これは先払いで飲食店を利用できるというものです。お店のニーズと、お店を応援したいというユーザーのニーズがあり、多数の店舗が登録してくれました。
問い合わせも増え、処理しなきゃいけないタスクも増えたのに、スタッフが全然足りない。社内のわちゃわちゃが止まらなくなりました(笑)。
そうしてお店とのつながりができ、「どうすればアフターコロナでもファンが増え、経営が回っていくか」を考えて、次の社食サービス「びずめし」が生まれました。
――企業が飲食店を指定して「社食」として利用できるようにするサービスですね。
コロナ禍により、多数の企業の出社率が20~30%、多くても半分ほどになりました。利用者が減った社食をやめ、社員にオフィス近辺の「びずめし」登録店に食べに行ってもらい、それを会社が一部負担する方がコスト的にはいいでしょう。
社食だと全支社にないという企業も多いですが、「びずめし」なら全社員に公平に食事を提供できます。ワ―ケーションでも、在宅勤務でも、近隣の登録店で食事ができるわけです。
――飲食店がある地域にお金を落とすことにもなりますね。
はい、地方活性化というメリットもありますから経済をまわし、共存していく社会にふさわしい仕組みだと思います。
実際にどのように社会に受け入れられていくか、これから問われていきますが、自分たちとしては時代に合った仕組みと思います。お食事を贈ったり贈られたり、感謝したり、感謝の気持ちを受け取ったり、そういう文化が根づくといいと思うんです。
――食の分野では、他にどんな構想がありますか。
「社食」や「こども食堂」は、最初から事業プランに入っています。海外向けのプランはコロナで少々止まっていますが。「さきめし」以外は予定通りです。「さきめし」のおかげでスケールのスピードがぐっと速まりました。サントリーさんにも賛同いただき、よりオフィシャルに世間に認知され、いろいろな企業や自治体の信用も少しずつ得られるようになりました。
お店から手数料を取らないモデルだからこそ応援してくれる方もたくさんいたと思います。
――「さきめし」はコロナ下の飲食店支援ですが、コロナ後も続けますか?
「提供している側が言うのもなんですが、「さきめし」はいずれ終了することがゴールです。コロナ禍における飲食店支援ですから、「さきめし」がなくなれば飲食店に平穏が戻ったというサインなんです。
先日も大きな地震がありましたし、今後も災害などが起こったら「さきめし」が役に立つ場面はあるかもしれませんが。
――「さきめし」は、飲食店が当面の資金を確保できる一方、経営危機を先延ばしにしている側面もあります。
「利益の先食い」という言われ方もされます。でも、だったらもっと早く潰れればよかったのかといえば、そうではないでしょう。お店側に対策を考える時間をもたらしてくれます。
また、3000円のお食事チケットを贈られた人の大多数実際にはお店で7000円程度使うというデータも出ています。
ネガティブな見方をされることも多いのですが、それは感情が動いているということです。声を荒げてくる人ほど、ちゃんと説明すると大ファンになってくれます。関心がなくて何も言ってくれない人が一番響かないんです。
――昨今は健康経営の必要性も指摘され、社食でも健康志向のメニューを工夫していますが。
そういったことは企業の方針に合わせます。お酒を出すお店は入れないとか、メニューの指定もできるようになっています。利用企業が店舗やメニュー、いくらまでお食事代を補助するかなど選択できるわけです。
――一連のサービスはSDGsにつながると指摘されています。
最近はSDGsが目的ではなく手段になっているような例もありますが、うちの場合は、地域経済をサスティナブルに回すことにつなげられる、最も具体的なサービスだと考えています。SDGsに関心のある経営者に話すと、「すごくいいね」と言ってくれます。
――類似する飲食店向けサービスは気になりませんか。
競合はやめよう、コラボしましょうという声が多いんです。一歩引くことで、もっとスケール化できます。音楽の仕事を続けてきたからわかるのですが、それが広がっていく、ヒットするための条件なんですね。
「ごちめし」というサービスは、「寄付」という概念に基づくものです。このサービスを利用してよかったと思う方が増え、コロナにも関係なく定着していけば、新しい価値観が生まれるでしょう。人間は忘れる能力に異常に長けているのですが(笑)、こういう時期だからこそ、どれだけ定着していくか、させておけるかが課題ですね。
平成という時代は、新しいものを生み出す人より、資金を調達して大きな会社を買って金持ちになる人たちにみんなが憧れた時代でした。カーボンオフセットの話をよくするのですが、先進国ほど車をたくさん使ってさんざん二酸化炭素を出してきたのに、今、途上国に二酸化炭素を出すな、という。そんな自分に甘く人に厳しい時代を終わらせなければならない。
「自分」は一歩引いて、その分誰かが潤うような時代になればいいなと思います。自身の発展は、その先にこそある、と。 そんな新しい価値観を作ることにワクワクしています。
生き生きとパワフルな今井さんの最近の日課は、社会貢献へつながる「ごちめし・さきめし」ビジネスをグローバル展開する時期に備えて、朝5時半に起床して英会話を学ぶことだそう。音楽業界と飲食業界というまったく異なる分野で「ワクワク」を成功させ、さらなる「ワクワク」を追い求める今井さんが、今後また違う分野であっと驚く展開を見せてくれるのが楽しみです。
プロフィール
Gigi株式会社 代表取締役
1971年 東京都生まれ
安室奈美恵「Hero」、TEE / Che'Nelle「Baby I Love You」などを手掛けた音楽プロデューサー。
1999年に手がけたDOUBLEの「Shake」のヒット以降、多くのアーティストの楽曲・プロデュースを手がける。
2019年には楽曲「Hero」でJASRAC賞金賞を受賞。
Gigi株式会社を2018年9月に設立。
2019年「ごちめし」、2020年3月「さきめし」、2021年2月「びずめし」サービスを提供。
「さよなら、ヒット曲」(ぴあ)[外部リンク]
株式会社Gigi[外部リンク]
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局
取材日:2021年2月18日
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