池原真佐子氏(2019年7月27日、第5回女性起業チャレンジ制度グランプリ授賞式にて)
男女雇用機会均等法成立から30年以上、働く女性の数は増えましたが、国内の女性管理職の数は欧米に比べるとはまだまだ少ないのが現状です。管理職登用は女性の意欲を引き出すことにつながりますが、結婚や出産といったライフイベントのためにキャリアを放棄せざるを得ない女性も多くいます。女性上司が少ないために相談もままなりません。
そうした中、企業にメンターを派遣する会社があります。企業幹部のコーチング、人材育成、コンサルを軸とした事業や女性への社外メンター派遣事業を展開する株式会社MANABICIA(マナビシア)(東京都港区)はそうした会社の先鞭と言えます。代表の池原真佐子氏に、女性のキャリア論や働き方のダイバーシティについて伺いました。
――池原さんは大学で成人教育について学ばれたのですね。
早稲田大学の専攻は「教育学部社会教育専攻」でした。現在は社会教育から「生涯学習」に名称が変わっていますが、つまり学校を出た後に、職場やコミュニティの中でどう学びなおしていくかということに特化した学問分野です。最近は「リカレント教育(大人の学び直し)」として注目されている分野ですが、私が在学していた当時はまだマイナーな分野で、「社会教育」と呼ばれていました。ここでは、再教育の中でもコミュニティにおける学習を専門にしていました。私は移民の研究をしていましたので、成人した人間が異なる環境で仕事を得るために、どのように文化を学びなおすかということを研究していました。
――その分野に興味を持った理由は。
両親が教師ということも影響したと思います。教育とは人間の内的な投資であり、どんな境遇でも、教育を受ければチャンスがあるということに興味があり、それまで自分がしてきた勉強とは異なる「生涯教育」という概念を両親から聞いて、大人になっても変われる、大人になっても学べるのかと画期的だと思いました。これは今の私にもつながっている興味です。
――そして大学院に進まれた。
担当教官がアボリジニの識字教育をやっており、私自身、オーストラリアの中でも移民政策が進んでいるアデレード地域で、各国からやってきた大人の移民が新しいスキルをどのように学び、どのように人とのかかわりを通して新しい文化体験をし、どのように仕事を得ていくのかといった研究です。単に教材で英語を学ぶ以上に、周囲との関係性からの学びはどのようなものかということです。
――起業されるまでの経緯は。
学生の頃は起業など考えたこともありませんでしたが、研究を通して社会的な事業にはずっと興味をもっていましたので、大学院に通うかたわら、いろいろなボランティアをして、NPO、NGO活動にかかわるようになりました。
そうした経験の中で、いくら良いことをしてもアピールが下手だと何も伝わらないということを感じたことから、ある機関の広報部でインターンをして、そこで初めて、自分たちの活動をどのように世に伝えるかということに興味を持つようになりました。その流れでPR会社に就職し、そこで数年働くうちに、教育の現場へ行きたいと思うようになり、ある教育系NPOがプログラムオフィサーの募集があり、そちらに転職しました。PRの仕事はとても楽しいものでしたし、女性も活躍できる職場でした。独立する方も多かったですね。いずれは自立したいという気持ちも少し芽生えていました。
――どんな事業をされているNPOでしたか。
異文化教育を推進している団体で、異文化交流のプログラムや、世界の日本語学習者に向けたコンテンツ作成、日本語の先生の教育などをしていました。そこでスタッフの教育の重要性を実感するようになりましたが、予算が限られているNPOではスタッフの教育までなかなか手が回っていませんでした。外部研修で良いものがあれば導入したいと思っても、それをすぐに受け入れてもらうことが難しい場面もありました。社会人になって組織で働き始めた後も、人は学び続ける必要があると強く思ったのです。
そこで、そもそも自分が成人教育を学んでいたことも思い出し、コンサルティング会社に転職し、人材開発の仕事を始めました。この会社では素敵な先輩方にたくさん出会いましたが、もっと人材開発というものを極めたいと思い、働きながら、INSEAD(インシアード)という経営大学院で、MBAではなく、コーチングの修士をパートタイムで取得しました。このときは月に1回ほど、勤務していた大手町から大学院のあるシンガポールに飛んでいましたが、とても楽しかったです。そこで得た知見を社会の中で活かしたいと思うようになり、INSEADの卒業間近に起業しました。
――ご自身が女性として働く中で、日本の組織での働きにくさを感じたことはありましたか。
いろいろな節目で感じていたと思います。PR社では女性が多く、女性向けの商品などを担当していたので部署は全員女性で、働きやすい良い会社でした。しかし、当時は激務でしたから、女性が結婚者出産した後に長く働き続けるイメージをあまり具体的に持つことはできませんでした。
また、コンサルティング会社に就職してから結婚をしたのですが、子どもがいない、という状況を周囲から様々意見いただくのが苦しかったですね。子どもはどうするのかということをいろいろな節目で聞かれます。「要らない」と振りきってしまう勇気ももてず、壁を感じました。
そこでINSEADに在学中、組織開発やエグゼクティブコーチングのサービスを提供するMANABICIAを立ち上げましたが、起業のきっかけは、INSEADで様々な女性に出会い、より自分自身の可能性を試してみたいという思いがあったからです。しかし起業して数年後に妊娠、臨月期に夫が海外に転勤になったことはとても大きな転機でした。私は夫婦で話し合い、日本に残る決断をしたのですが、「どうしてついていかないのか」「仕事より家庭ではないのか」などと多くの人に言われ、そこで初めて、「キャリアを大事にしたい女性には様々な壁がある」と痛感します。そこで、女性の働き甲斐を支えたいと思いました。大学時代の研究から会社員での仕事、そして起業した後の様々な経験と、今までしてきたことがすべてつながったと思ったのです。
(画像: 株式会社MANABICIA)(※)
――パートナーと離れて出産し、育てながら仕事をするのは大変だったでしょうね。
ワンオペ育児をしながらの仕事は、日本では行政のサポートもありますので、ベビーシッターやヘルパーさんの確保にはあまり苦労せず、大変は大変でしたが、「子どもを持つママ」としてそれほど悩んだことはありませんでした。
しかし、育児中のママの支援やサービスはたくさんあっても、女性がキャリアにおいてチャレンジをしたいと思うとき、その女性たちの気持ちを支える仕組みがないことに気づきました。特に、育児に限らず様々なライフイベントを経てもキャリアを継続している女性にとって、ロールモデルが少なすぎると思いました。中にはロールモデルがいなくても自走できている方もいらっしゃいますが、しかし、男性とは異なる社会的な役割を多く持つ女性にとって、やはりロールモデル的存在、さらには相談に乗ってくれる人は不可欠です。メディアには華やかなロールモデルが多く紹介されていますが、キラキラ過ぎて、参考にならないと感じることも。そこで、日本にはもっと様々なタイプの素敵なロールモデルがたくさんいるはずですから、その方々にアクセスできて話ができたら、悩みで心が折れそうな方もやる気になるのではないでしょうか。
――そこで社外メンターという事業を始められたのですね。
いろいろな仕組みを試行錯誤するうちに、「社外メンター」という言葉に集約されていきました。メンターとは、少し先をいく人生の先輩で、自分の経験から助言してくれる存在ですが、ロールモデルにもなりうる。また、メンターというと、社内の先輩というイメージがもたれることが多いですが、社内にはロールモデルがいないことも多いので、「社外メンター」という形で、様々な場所にいる多様なメンターを社会でシェアするのはどうかということを考えました。そこで、MANABICIAの2つ目の社内事業として立ち上げました。
――メンターをマッチングするという仕組みはユニークですね。
この新規事業の立ち上げ当初は、社外メンターという具体的なものは見つけられておらず、ロールモデルになるような方をお呼びしてワークショップや座談会を開いたり、インタビューを掲載して質問できるプラットフォームを作ったり、いろいろ試しました。そこで、ようやく、今の「社外メンター」という形に落ち着きました。初期の頃の「メンター」の方々は、私のネットワークの中で素敵な女性たちにお願いをし、事業を開始しました。
――社内メンターと、マナビシアが派遣する社外メンターの違いは何でしょうか。
社内メンターは社内事情についての知識があるので話しやすいという良い面があります。逆に、女性のキャリアというものはプライベートに密接にかかわっていることが多いため、社内の人には話しにくいという面もあります。また、当社が派遣しているメ社外ンターはトレーニングを経ていますから、メンターとしてのスキルが高く、また、社外だからこそ話しやすい、幅広い視野を提供できるという利点があります。
――ロールモデルになりえる「社外メンター」の条件は。
企業に派遣する場合と個人にマッチングする場合では若干違いますが、共通しているのは、まず企業での勤務経験があることです。あとは、メンタリングスキルです。メンタリングスキルとは、傾聴力や深掘り力の「コーチングスキル」と、助言ができる「アドバイススキル」、改善点の指摘ができる「フィードバックスキル」から構成されます。それから、次世代への熱い想いがある方が大前提です。 メンターは単にキャリアが素晴らしければなれるわけではありません。メンターに求められるのは、自慢話や武勇伝を話すことではありません。メンターとして相手に寄り添い、導くことができるスキルが必要になります。あとは、メンティ(メンタリングを受ける人)との相性も大事です。
当社のトレーニングを3カ月受けていただくことも条件です。ウィメンズキャリアメンターアカデミーというスクール事業も展開しており、一般にもそのトレーニング内容を公開しています。(条件が合う方には奨学金制度もあります)
トレーニング修了後、一定の要件を満たし、審査に合格すると公式メンターとしてHPに掲載し、顧客とのマッチングが可能になります。
ウィメンズキャリアメンターアカデミーのウェブサイト(※)
養成講座の様子(画像: 株式会社MANABICIA)(※)
――トレーニングではどのようなことをするのですか。
3日間、3カ月に分けて行いますが、女性に特化したキャリア論。ベーシックなキャリア論は男女ともに同じですが、やはり男性と女性でキャリアのライフコースが異なります。男性は結婚する際に、仕事を辞めるかどうか悩まないでしょう。女性特有のライフイベントとキャリアの影響、心理状態は男性と女性とで異なります。そこで、女性ならではのキャリアに紐づいた心理、キャリアの理解が必要になります。それに加え、メンタリングスキルを構成する「コーチング」「アドバイス」や「フィードバック」のスキルを徹底的にトレーニングしていきます。
――女性のキャリア論としては、「ガラスの天井」なども指摘されていますが、どのような問題意識をもっていますか。
目指すところは、「様々な事情を持つ人が働きがいを持てる社会」です。数はたくさんいるのに組織の中では意思決定層が男性よりも少なくマイノリティという立場に立たされている女性が働きやすくならないと、その先にいる男性ももっと苦しくなるでしょう。男女というラベリングを超えて、様々な人が働き甲斐を持てる社会になればと思います。いろいろな事情を持ちながら働き甲斐を得るという意味で、働き方改革にも通じるかと思います。
――女性側ではどのような意識をもつことを求められていますか。
今までは「女だから上に行く必要はない」、もしくは「女なのに上に行きたいなんて」、というハードルがありましたが、そうした心理的・社会的なハードルを取り除きたいですね。
男性の管理職が良かれと思って行った「配慮」が女性の可能性を狭めているケースもあります。女性側でも、自分自身のキャリアをしっかりと考え、男性上司の間に横たわっている無意識のバイアスを自ら取り除くための細かくコミュニケーションが必要になるでしょう。男性自身がそこに気づくように働きかけることも同時に必要ですが。
その意味でも、女性の意識改革は、男性の意識改革と同じくらいに重要です。女性が能力を活かして自らのキャリアを自分らしく創っていくためには、女性も男性も、変わっていかねばなりません。
メンターと遠隔でセッションを行う(画像: 株式会社MANABICIA)(※)
――今はドイツと日本を行き来しながら会社を経営されているそうですね。
夫の転勤でドイツにおります。ジェンダーギャップ指数は、日本に比べるとドイツはかなり上位です。首相が女性ということもあるでしょう。ドイツ人の働き方は男女ともにワークライフバランスを重視している印象で、リモートワークが非常に発達しています。私自身ももちろん、日本の仕事をリモートで行なっています。
また、育児との両立という面では、ドイツでは労働者が非常に守られており、男女ともに育児休暇が取りやすいと聞いています。とくに私のいるバイエルン州は男性の「両親休暇」(産後の育児休暇にあたるもの)取得率が4割と高い地域です。幼稚園のお迎えなどに行くと、たくさんのパパが来ています。ワークシェアがうまくいっているのではないでしょうか。
――社外メンターの派遣を始めて2年とのことですが、手ごたえはいかがでしょうか。
当初は「何それ?」という感じでしたが、「こういうものが欲しかった」という声をいただくようになり、手ごたえは感じています。メンターの講座修了生は、3時間で学べる基礎編や、3ヶ月かけて学ぶ理論実践編を含めると、この2年で200人をはるかに超えています。講座修了生が講師として自分で講座を開催できるようなフランチャイズ展開も導入しています。全国から集まってきた受講者が地元に帰って基礎講座を開いているわけです。企業の導入も増えてきていますし、個人でメンタリングを広めてくださる方もかなり増えています。
――今後はどのような展開を構想していますか。
まず大企業だけでなく、中小企業や地方の企業にメンターの派遣を広げていきたいと思っています。中小企業や地方企業には女性人材がもともと少ないと思いますが、その方々がキャリアを積むサポートをしていきたいです。また、メンターになりたい方、メンタースキルを活かして講座を開きたい方を日本全国に広げていきたいですね。
池原真佐子氏
「社外メンター」が全国に広がれば、メンターとつながった個人個人の働く環境だけでなく、広く、家庭や地域のコミュニティにも良い影響を与えるのではないでしょうか。そして、「ダイバーシティ」は今後、職場や生活、あらゆる場面で大切な価値観となりつつあります。「メンター」の果たす役割はさらに大きくなるでしょう。
プロフィール
早稲田大学・大学院で成人の教育を専攻。政府系の国際団体やNPO/NGO等でのインターンを経験。PR会社へ就職。女性向け美容製品やアート、ファッション、NGOのPRに関わる。教育関連のNPOへ転職、教育ワークショップの企画、運営に従事。再度転職し、コンサル会社で人材開発に従事。国内外の拠点の研修開発、講師の育成を行う。在職中にINSEADのパートタイムの修士コースに入学、国際通学しながらコーチングの修士を取得(Executive Master in Change )
2014年にMANABICIAを立ち上げ。企業幹部のコーチング、人材育成、コンサルを軸とした事業を開始。2018年、経験豊かな女性をメンターとして育成し、企業に派遣・マッチングさせる「育社外メンター」事業(Mentor For)開始。5回女性起業チャレンジ制度グランプリ / ワーママ・オブ・ザ・イヤー2018受賞 / 英ユニリーバDOVEの欧州・南米プロモーションに選出(2017)。その他、日経新聞や日テレNews、ファッション誌等のメディア掲載も多数。
「自信と望むキャリアを手に入れる 魅力の正体」(大和書房:日本と韓国で発売)[外部リンク]
Mentor For(株式会社MANABICIA / マナビシア運営)[外部リンク]
メンター養成スクールWomens Career Mentor Academy(株式会社MANABICIA / マナビシア運営)[外部リンク]
編集・文:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2020年1月30日
2016年11月17日のリニューアル前の旧コンテンツは
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