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LGBTフレンドリーの追求から「個になめらかな社会」の実現へ ~株式会社JobRainbow 代表 星賢人氏インタビュー

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星賢人氏

星賢人氏


日本のLGBTの割合は11人に1人と言われています。つまり社員が11人いれば1人、55人いれが5人はレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーかもしれません。


しかし社会はまだLGBTを完全に受け入れているとは言いがたい状況です。LGBTが生きづらい、働きにくい社会や職場に欠けているのはダイバーシティの観点です。どうすれば職場のダイバーシティを進められるのか。株式会社JobRainbowは、「個になめらかな社会を」の理念を掲げ、LGBTに特化した求人媒体を運営する人材紹介会社。創業者であり、自らもゲイであることを公表している星賢人氏にお話を伺った。



■1割が声を上げ、9割の意見を変えていくような社会


――星さんがLGBTを意識するようになったのはいつ頃ですか。


中学生の頃でしょうか、男子校だったのですが、思春期を迎えて周囲が異性の話で盛り上がってるときに、自分は同性の方が気になっていたので「おかしいな」と思っていました。当時はLGBTという単語も知らず、女性になりたいとも思っていませんでしたから、テレビでオネエ系タレントなどを見てもピンときませんでした。ただ、人とは違うんだとは思っていました。周囲から「おかま」「おネエ」などと言われ、部活でも「女々しい」としごかれて、学校に行くことが嫌になり、中学2年の終わりごろから学校には行かなくなりました。登校せずにネットカフェで過ごすようになり、ネットを通してLGBTの方がたくさんいることを知りました。ネットゲームで友達もでき、カミングアウトしたときに「お前はお前だから」と受けとめてくれた人もいます。ネットの向こう側に自分を理解して認めてくれる友人ができたことから、前向きになることができ、通学を再開できました。



――進学は。


立教大学に入学してLGBTのサークルの代表を務めました。そこで初めて、ゲイ以外のLGBT、レズビアンやトランスジェンダーの人々と出会い、多くの人が悩んでいる現実を知り、LGBTの課題に気づきました。それまで、自分だけがすごく不幸ではみ出し者と思っていたのですがそうではなかった。円形脱毛症やリストカットの跡を隠すために、ずっとウィッグをかぶっている人、夏場でもずっと長袖を着ている人がいたり、友達として普通に楽しく話しているのに、じつは悩みを抱えている人がたくさんいました。トランスジェンダーであることが理由で家を追い出され、風俗店で働いて学費を自分で稼いでいる人もいました。LGBTとはセクシュアリティというひとつのアイデンティティに過ぎないのに、それだけで判断されていた。


そういったことを解決しなければいけない社会の課題と捉えるようになりました。



――そこで東京大学の大学院で研究された。


今、世の中でLGBTというワードを目にすることが増えていますが、それは、人種差別や男女差別がだんだんなくなってきたからということではないと思います。インターネットという匿名性の高い交流の場ができたことにより、マイノリティーの声が世の中に届くようになったんです。リアルの世界では可視化されていません。


日本人の8.9%、11人に一人がLGBTのはずなのに、その実感をほとんど感じることがないから、話題にもなっていなかった。そんな中で当事者がSNSなどで声を上げるようになってきました。当事者だけのコミュニティーの中だけでなく、「こんな理不尽なことがあった」とツイッターなどで広く社会に発信して共感され、リツイートが1万超になったりして、マイノリティーの声がだんだん大きくなっていることを感じます。


1割のマイノリティーだけで社会を変えていくことは難しいですが、1割が声を上げ、9割の考えを変えていくような社会になってきている。メディアと社会の関係が大きく変わってきているんです。



――なるほど。


そういった当事者の声が伝わるようになった変遷を、情報学の観点から研究し、シアトルの大学で1年間ジェンダーやセクシュアリティを学び、現地のNPO法人の活動に参加してフィールドワークも行いました。


メディアではどのようにセクシュアリティが語られていたのか、過去の文献を社会学的に調査しました。たとえば昔の「広辞苑」を見ると、同性愛は「異常性欲」のように書かれています。また、江戸時代までは男性の同性愛は男色として一部受容されていましたが、明治以降に西洋の価値観が入ってくることによってそれが変わってしまう。西洋の医学書にて、同性愛は「精神疾患」に分類されていました。


「お店」も、ひとつのメディア、プラットフォームです。1950年頃から会員制の男性同性愛者が集まるバーやクラブが活発になりました。雑誌も生まれ、コミュニティーが形成されました。今はそのようなn対n(複数対複数)のリアルの場所は消失し、アプリやオンラインで1体1で出会うようになっています。


いろいろなメディアを研究した上で、では現在の日本ではどんなメディアのありかたが求められているのかと考えたとき、1体1ではなく、n対nのつながりをつくりたいと思うようになりました。


そのひとつの形が、当社の「JobRainbow」というLGBTリクルーティングプラットフォームです。



■LGBTをめぐる情報の非対称性

星賢人氏



――「JobRainbow」は2019年度 の東京都革新的サービス優秀賞を受賞しました。


マイクロソフト日本法人様、クラウド会計ソフトのfreee様など約350社のLGBTフレンドリーな企業が掲載されており、アクセス数も2020年6月現在で月間47万人、約100万PVと過去最高を更新しています。企業の採用もコンスタントに続いています。


このプラットフォームを作ったきっかけは、LGBTの先輩が当事者であるがゆえに就職をあきらめたりする姿を見て、助けたい、自分たちの世代で終わりにしたいと個人的に思ったことです。


社会ではごく普段の会話の中にも、男らしさ、女らしさの押し付けが隠れています。「お前ホモかよ」「彼女いないの?」とか。それが当事者をとても傷つけている。だからLGBTフレンドリーな会社で働きたいと思っても、そういう情報はなかなかありません。じつはLGBTフレンドリーな会社はどんどん増えているのですが、当事者に情報が届いていないんです。そこには大きな情報の非対称性があって、フレンドリーだと伝えたい会社もあるのに、受け取りたい人には伝わらないという状況がありました。


そこで、「すべてのLGBTが自分らしく働ける社会」を創造するために、「JobRainbow」を作りました。最初は口コミサイトとして、B(企業)の情報をC(個)が共有する仕組みで、性別を「男」か「女」かの二者択一に絞らない企業の取り組みなどを紹介してきました。



――「LGBTフレンドリーな会社」というのは、具体的にはどのような会社ですか。


ひとことで言えば、その想いがある会社です。


結局、当事者が求めているのは、そもそも「特別扱いしない」ということです。マイナスからのスタートをゼロにしてく取り組みをしている会社がLGBTフレンドリーということだと思います。たとえば異性婚で認められている福利厚生制度を同性婚でも受けられるようにしているとか、トランスジェンダーの心の性に応じたトイレの使用が認められているとか、基本的な部分における「平等」に取り組む姿勢がある企業です。これをやったからOK、というものはなく、いくら制度が整っていても、社員の理解がなければその制度は使われないでしょうし、上司に理解がなければ誰もカミングアウトできません。LGBT用の設備がなくても、ひとりひとりの社員が理解していれば、解決することはたくさんあるんです。当事者には個々のニーズがありますから、むしろそちらの方が働きやすいことだってある。


だから、LGBTを「理解したい」「取り組みはじめよう」と一歩踏み出したら、その会社は「LGBTフレンドリー」だと言えると思います。



――想いだけでいいのですか?


それで全然構いません。最初は間違えることもいっぱいあるかもしれませんが、前向きにそれを改善していけばいいのですから。



■「個になめらかな社会」の実現へ向けて

星賢人氏



――以前に比べれば、社会は多様性を受け入れる形に近づいているようにも感じます。


そうでしょうか。自分の世代ではまだまだです。家族にも受け入れられていない方が多い。日本ではLGBTの割合は8.9%と言われていますが、身近な存在である家族にでさえカミングアウトしている方は10%以下です。


参考:電通報「11人に1人がLGBT層 LGBTを取り巻く最新事情」(2019/03/28、LGBT調査2018No.1 吉本 妙子)[外部リンク]



――LGBTの受け入れが進む企業、進まない企業の差は。


とくに理解してもらえないという層はありませんが、世代が若いIT業界などは会社自体も歴史が浅いところが多いため、柔軟性があり、変化が速く、多様なものを受け入れる土壌がありますので、LGBTの受け入れ速度も速いようです。


また、ホテルや飲食など、人に対するホスピタリティが重要なサービス業界は、顧客の側にもLGBTがいらっしゃるわけで、接する側として理解をもつ必要があるので、受け入れも進みやすいですね。


いろいろな業界で変化が起きていると思います。日本ではLGBTフレンドリーの取り組みは、まだまだボトムアップ型というよりは、トップのコミットメントがないと基本的に進みません。一方で継続的で実のある取り組みにするためには現場の理解も必要です。このようにスタートはトップのコミットメントでも、そこからボトムアップの取り組みに変換していくことを、企業は考えなくてはなりません。



――SNSなどで批判的なコメントをされることもあるようですが。


それで心が折れたりすることはありません。むしろ元気が出てきます(笑)。僕に批判的なコメントを送ってくる方は、LGBT当事者が多いんです。現実に苦しんで、虐げられているからこそ言いたくなるのでしょう。僕自身は、LGBTの中でも多数派であるゲイで、しかも男性です。レズビアンは、まず「女性」というジェンダーとしてのマイノリティに苦しんでいますし、トランスジェンダーは見た目をはじめ、実際に社会でトイレなどのハード面での不便さを日々経験していますから、そうした方々からすれば、ゲイがLGBTに取り組んでいるだけで「お前は苦労してないだろう」と怒りを覚えざるを得ない状況にあるのだと思います。ですから、その個人に反論するのではなく、その人たちが僕を批判せざるを得ない社会そのものを変えなければならない。世の中の構造的な格差に眼差しを向けると、闘志が湧いてきます(笑)。



――JobRainbowはひとつの社会貢献になっていると思います。


そう言われるのはおこがましいと思うんです。世の中のビジネスはすべて「課題解決」ですから、人に褒められることをしている感覚はあまりないですね。人材業界という大きなマーケットの中で、他の企業と手を取り合い、時には競合しながらやっていきます。「弱者を救済してやる」という上から目線がイヤなんですね。我々はビジネスとしてお客様に適切なサービスを提供し、適切な対価を頂いています。ボランティアでやってしまったら、正当な対価をいただけません。そうすると優秀な人材を雇えなくなり、事業も大きくできないし、よりよいサービスを提供できませんから。



――LGBT支援の先は。


起業当時は、「すべてのLGBTが自分らしく働ける社会」を目標にしていましたが、今はそれをさらに深めて、「個になめらかな社会の創造」ということを掲げています。


「個」は、LGBTに限らず、ジェンダーギャップに悩んでいる方、育児や介護、外国籍の方、障がいのある方なども含まれます。「個になめらかな社会」とは、そういう人たちを包摂し、生きやすくなる社会です。


LGBTが困っていることは、「男性はこうあるべき」「女性はこうあるべき」という社会の狭いカテゴリーにフィットしていないと生きづらい、苦しいということです。世の中がひとりひとりにフィットする柔軟性、なめらかさを持った社会であれば、誰もが生きやすいはずです。


たとえば9割の人が翼を持っている社会では、あらゆるものが翼がある前提で作られているから、翼のない人は「障がい者」になります。つまり個人が障がいを持つのではなく、社会の側がその人を障がい者たらしめているんです。


生きづらさの根源は同じです。LGBTのサポートだけでなく、障がいやジェンダーギャップ、地球環境まで含めて、SDGsに配慮した会社をどんどん紹介できるようにしていきたいと思っています。世の中の生きづらさを、テクノロジーを通じて解決することに取り組んでいきます。



■「いつか来る」を「5年後」に引き寄せる

星賢人氏



――具体的には、どんな事業の構想がありますか。


人材業界に軸足を置いて、ユーザー側のコミュニケーションアプリ開発を進めていきます。 企業向けにも展開していきますが、問題は、採用意欲はあってもダイバーシティの素地がない場合がほとんどで、入社してもすぐ辞めてしまうのではないかというリスクを感じている会社が多いことです。


日本ではわかりやすくダイバーシティに取り組んでいるのは都心に拠点を置く大企業がほとんどですので、地方の中小なども含めて幅広く育てていくことが必要です。ダイバーシティの価値を感じていただけるように、売上や社内組織のコミュニケーションを可視化する「D&Iクラウド」というサービスを提供しています。


これはeラーニングとリサーチを掛け合わせたようなもので、社内の意識調査をし、理解度を測ります。たとえば営業部門のアンケートでLGBTの理解度が低いことが分かれば、LGBTのeラーニングを実施し、そこで得られたデータをベースにアクションに移すというPDCAサイクルを回すためのツールです。



――新型コロナウィルスの影響は受けていますか。


影響は大きいですね。当社は12月決算ですが、緊急事態宣言時は営業もできませんでしたし、毎年ヒカリエで行うイベントも延期になって数千万円の売上がなくなりました。


ただ、オンラインで研修をしたり、また企業へ向けてオンライン採用の指導なども始めることで、だんだん回復しており、7月現在では前年同月比でプラスの成長ができています。



――社内ではどのような経営者ですか。


就活の内定を断って自分の会社を作ったので、社会人1年目から自分のスケジュールを自分で決める日々でした。仕事をしても誰も評価してくれませんし(笑)、定時とか関係なく仕事していて、頭の片隅につねに仕事のことがあります。


社長業は向いてませんね(笑)。いろいろな方にお会いする機会があって感謝しています。


ただ、自分が働いている理由は、会社のミッション・ビジョンを実現するためであり、だからある意味ではミッション・ビジョンに雇われていると思ってます。毎日、劣等感や物足りなさなど、ネガティブな感情も襲われますから、尋常じゃないストレスがあります(笑)。


ウェットな組織と見られがちですが、社員を評価する時はプロセス以上に数字と結果を見ますね。社会的な事業、と外からも中からも見えてしまうからこそ、そこに甘えを生み出さないよう意識しています。社員からは厳しい人と思われているところもあるかな(笑)。皆、LGBT関係なく採用した優秀な社員で、一緒にミッションを体現し、世の中で実現してくれる人材に仲間に入ってもらったと思っています。仲間と一緒に挑戦することは、自分にとって、生を実感することにつながっています。ユーザーがハッピーになって、社会全体が変わっていく空気を感じると、本当にやっててよかった、次も頑張ろう、という気持ちになります。ちょっとだけアメ、基本はムチです(笑)。



――LGBTをめぐる法整備などについてはどう考えていますか。


2020年6月に、国の指針としてパワハラ法(労働施策総合推進法)が発表されたことは大きいです。就業規則やLGBT相談窓口の整備などについてなど、お問い合わせを多くいただきました。


海外では差別を是正する法案ができ、パートナーシップ制度から同性婚を認める法へつながっていく流れが多く、日本でも、今後、法的平等が得られる法律ができるべきだと思います。トランスジェンダーの戸籍性別変更など、日本は要件が厳しく、浸透するにはまだまだハードルが高いです。いろいろ議論はありますが、10年後には同性婚は絶対可能になっていると思うので、どうやったらそれを5年後にできるか、と考えたいんです。


「LGBT」という言葉など、ない方がいいと思うんです。いろいろな人が当たり前に働いて、障がいという言葉もなくなる時代が来るかもしれません。テクノロジーの発達で、腕がなければ義手をつけて、変わらず働くことだって未来では当たり前になっているでしょう。数十年後の未来から見たとき、男女差別が過去にあったなんて、未来人からしたら不思議に写るかもしれません。そういう社会がいつかは来ることは想像できるけど、5年後に来るかというと分からない。だからそれをいかに早くできるか、JobRainbowが存在することで、そういる未来を近い将来に引き寄せていきたいと思っています。



星賢人氏

星賢人氏





社会的関心が高まり、経営方針に配慮を掲げたり、研修や福利厚生で対応をしたりする企業は増えていますが、2020年6月に行われた厚生労働省の実態調査によれば、現実的には、LGBTに配慮する具体的な取り組みを実施している企業は全体の約1割にとどまっています。7月に刊行された『LGBTとハラスメント』(集英社、神谷悠一・松岡宗嗣著)の腰帯には、「部長、『ウチにLGBTはいないから』は通用しません!」というキャッチコピーがありました。ビジネスの現場から意識の変革を進め、日本におけるダイバーシティ&インクルージョン(多様性の受容)が今後も進展していくことを期待したいと思います。






プロフィール


星 賢人 (ほし けんと)

株式会社JobRainbow 代表取締役CEO

1993年、千葉県出身。両親と姉の4人家族。東京大学大学院情報学環教育部在籍中に起業。LGBTリクルーティングプラットフォーム「JobRainbow」運営。米経済紙フォーブスが選ぶ、世界を変える若者30人「30 UNDER 30」に選出される。


JobRainbow[外部リンク]



編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2020年7月28日

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