在宅勤務の社会的拡大を背景に、自宅内で簡単に組み立てられる防音ブース「おてがるーむ」が人気だ。ユーチューバーなどの需要もあるという。製造・販売しているのは福岡に本社を構える防音製品専門企業「ピアリビング」。世の中で防音への関心がまだ高くなかった2001年に起業、今後は海外での販売も視野に入れる。代表取締役の室水房子氏にお話を伺った。
――御社が「防音」に特化した製品を扱うようになった経緯は。
もともとは福岡で夫と内装工事の会社をやっていて、経営がうまくいかず倒産寸前まで追い込まれていたんです。2001年頃、そんな中でお付き合いのあった建材メーカーに「仕事はないですか」と聞いたら、「景気が厳しいから紹介できる仕事はないけど、売るものならあるよ」といただいたのが、そのメーカーの防音商品のパンフレットでした。そこで、子育てのかたわら生活費を稼ごうと(笑)、ネットオークションに個人出品したら、なんと、ひと月で100万円ほど売れました。
――たまたま任された商品だったのですね。
その商品はメーカーの社内で20年も埋もれていたものだったそうです。床に敷く防音カーペットなのですが、バブル期に製造されたこだわりの品質で原価が高いので値段も高く、販売店ではあまり扱ってもらえなかったと。
ところが私が出品したら大変反響があって、こちらは一介の個人出品者だというのに、問い合わせもすごくたくさん来ました。「社宅住まいで下階から子どもの音がうるさいと言われて追い出されそう」とか、「階下の方と生活時間帯が昼夜逆で音のことで苦情が来た」とか。
――まさに「音の悩み」というニーズを発掘されたと。
当時、大手メーカーは一般向けの防音には消極的で、防音製品と呼べるものはあまりなかったんです。人が感じる音には個人差がありますから、音が小さくなっても効果を感じない方から苦情が来たりしますし。
私が売ったその商品は1枚1.5キロあって重く、配送が大変でした。1箱数千円も送料がかかるのですが、お客様に請求できませんからあまり利益になりません。そこでまた建材メーカーに相談したら、「200ケース単位で仕入れるなら」と言われました。それであちこち交渉して、販売ルートを確立したのが、今のピアリビングの前身となりました。
当時は有名モールへの出店料5万円を出せず、審査でも落ちてしまい、自力でホームページを作りました。なかなかお客様にたどり着いて貰えないので、オークションサイトからリンクを張って、ひたすら売って、月1000万円、年間1億2千万円ほどの売上になりました。本業の内装会社のわずかなスペースに商品を積み上げて5年ほど続け、2006年にようやくショッピングモールに出店できました。
――ネット販売が当たったわけですね。
当時はネットバブル期で、他に売るものがなかったということもありますが、出せば売れる時代でした。でも内実は赤字企業で、どこのメーカーに頼んでもなかなか商品を卸してくれません。そのうち内装業でつながりのある会社が建材を卸してくれるようになり、次は吸音材と遮音材、ロックウールやグラスウールを売りました。第1弾は床に敷く防音カーペットでしたが、今度は隣室との壁に貼る防音材です。
当時はDIYブーム前で、自分で部屋を防音しようという人は少なかったのですが、実際に壁に貼っている設置例をサイトに掲載したところ、全国から注文が殺到しました。
地元の福岡でも、ピアノ室や、病院内の保育室など施工依頼が来るようになりました。だんだん広がって事例が増えたので、次はオリジナル商品を開発しました。遮音シートを貼るのに、壁を傷つけるのに抵抗のある方も多いので、つっぱり棒を利用することを思いついたんです。壁の前に立てる衝立てシートを掲載したら、JRから20枚の注文がありました。
主婦ならではのアイデア「つっぱり棒」で簡単に設置できる吸音内装システム「ファインヴェールシステム」(※)
――新型コロナによって、問い合わせが増えているそうですが。
緊急事態宣言で全国の学校が休校すると、サイトアクセスが非常に増え、ゴールデンウィークにピークになりました。子どもが家にいる時間が増えると駆けまわりますから、苦情も増えるわけです。高度経済成長時には防音にうるさい人は稀でしたが、今では多くの方が近所の騒音を気にするようになりました。
――どんな商品が人気ですか。
カーペットが一番売れて、次は防音カーテン、防音壁です。通常は2週間ほどの納期なのですが、人数を増やして増産しても間に合わず、1か月待ちになるほど注文が殺到しました。例年、2月3月からだんだん増えてきて5月がピークになるのですが、今年は9月になっても件数が衰えず、前年比3割増しほどが続いています。
――どのような環境の方が購入されるのでしょう。
昔は家庭の主婦層が多かったのですが、今はやはりテレワークの影響で男性が多いですね。近所の騒音というより、やはり家庭内防音の需要が高いですね。ビデオ会議に家族の声などが入ってしまうという相談とか。家庭内ではカーテンなどで工夫されている方も多いです。
――今ではさまざまなアイデアに基づく製品が揃っています。何人ぐらいの方がいらっしゃるのですか。
私は「あれをやろう―!」と言ってるだけのことが多いんですが(笑)。社員は現在20人ほどでやっています。
――吸音パネル製パーティション「ココスペース」は、まさに在宅勤務を想定して開発されたような製品です。
在宅で仕事をする方は本当に増えました。オフィスであろうと家であろうとワークスペースが必要ですから。「ココスペース」は、コロナとは関係なく2年前から作っていたものです。材質は吸音材として使用している硬質フェルトです。空間全部をふさぐわけではありませんが、話す声を吸収して弱くするだけで効果があります。視界も防ぐので仕事に集中できるし、飛沫感染も防げます。家の中でのテレワークに最適で、PC作業やノートをとるスペースも考えて広めに作りました。オフィスの机の大きさと同じくらいになります。コワーキングスペースでの利用を想定してPC画面や手元資料が外から見えないようにしました。切り込みを入れて腕を伸ばしたり、配線もできるようにしてあります。厚みもあるので倒れたりすることもありません。
すべての会社にテレワーク制度が導入されたわけではありませんが、今後は働く場所はどんどん多様になるでしょう。
快適集中パーティーション「ココスペース」
――多様化といえば、使われ方も仕事用に限らないとか。
子だくさんの友人に「ココスペース」を送ったら、ちょっかいしあったりして、ちっとも家で勉強しなかった兄弟が急に別々に勉強を始めたそうです。子どもにとっては秘密基地感覚ですからそれもいいのでしょう。「こんなに集中してくれるとは思わなかった」とお母さんに言われました。
愛犬のサークルとして使っている人もいます。犬の生活音も結構ありますから、そこに入っていてもらうと、静かになってちょうどいいようです。ペットということでは、最近は鳥を飼う方が増えているようで、インコなどは傍で電話できないほど鳴き声がうるさいのが、防音カーテンを鳥籠にかけてあげると防音できます。カーテンは高い声に効果があるようです。
――競合製品もあると思いますが。
あとから類似製品がすぐ出てくるのはいつものことなので、あまり気にしていません。「次行こう、次!」という感じです。
――「おてがるーむ」についても教えてください。
「おてがるーむ」はダンボール製の組み立て式防音ブースです。オフィスでもリモート会議が増えていますから、広い会議室ではなくこのような個室の必要性が高まっているんです。ちゃんと換気のことも考えて作ってあります。
組立式防音ブース「おてがるーむ」(※)
――女性ひとりでも組み立てできるそうですね。
材質選びの段階から、女性でもひとりで簡単に組み立てられることを想定して作りました。この製品に関しては、夜泣きしている赤ちゃんと一緒に入って過ごしたいという声もありました。
――赤ちゃんの夜泣き対策ブース。こちらも意外な使われ方がありますね。
そうなんです。楽器を演奏される方からの問い合わせも多いですね。ある楽器メーカーによれば、楽器そのものよりも防音室の方が数は売れていると。楽器演奏をしない時はテレワーク用に使うのだそうです。在宅時間が増えて楽器を買う人も多いようです。ちなみにコロナ禍で2番目に売れているのはウクレレだそうです。
他には、ユーチューバー向け需要もあります。「おてがるーむ」の吸音材は、外の音が入って来ないだけでなく、中の音も吸収もしすぎないので、声を録るのに非常に向いているという感想をいただいています。夜中に配信するのに、隣室にいる家族の耳を気にする必要がなくなったと喜ばれています。
――「おてがるーむ」はまだバージョンアップしていきそうですね。
もっと広いものや、耐久性の高い素材も考えています。「軽くて簡単に使える」がこの製品のコンセプトですが、さまざまな需要があることがわかったので、改善していきます。
――今後の展開について教えてください。
2017年から東京神田と博多にショールームを作って、拡大していこうと考えていた矢先に新型コロナで中断せざるを得なくなりました。
今、オンラインで「防音相談」をやっています。防音したいお部屋を家の中で移動しながらスマホで映していただいてご相談にお答えするのですが、これが好評で、全国からご相談がありますね。今まではショールームにいらしていただき、お部屋のことを口頭で伺っていたのですが、それがオンラインで映像で見せていただけるようになり、障害物があるときの防音壁の設置などについてもすぐに説明できます。
今までは都心で利用されることが多かったのですが、今後はリモートで仕事をする人が増え、地域は関係なくなるような気がします。
30代以上のお客様が多いですが、引退して趣味を楽しむために防音室を作りたい方なども多いですね。
――海外展開にも積極的ですね。
防音で日本一、世界一になりたいです。音で悩むお客様に真摯にお応えしていきたい。
今やりたいと思っているのは、海外向けにもオンライン防音相談を提供することです。
中国ではすでに2017年にホームページを開設していまして、2019年2月からジンドン(京東)で販売もしています。その実績を見て、東急ハンズの社長がシンガポールの東急ハンズ(サンティックシティ)でのポップアップストアを依頼してくれて、現地のリフォーム会社に製品を置いています。今、海外向けのサイトを作っているところです。今後、東南アジアの国々でも一気に音の問題がクローズアップされると思うんです。
中国でも当社のSNSを配信してくれているパートナー企業があり、近く販売も開始する予定です。中国人は声が大きいので、防音のニーズはあまりないのかと思ったら、SNSで12,000人もフォロワーさんがつきました。在中日本人だけではなく、中国の方でも音で悩んでいる方が多いようです。日本人は自分が騒音源になっていることを気にしますが、中国では逆に外の工事や車の騒音などを気にするパターンが多いですね(笑)。
「快適空間工房」という名称を日本と中国で取得。サイトも解説した。
――防音に隣接する分野のアイデアはありますか。
今、新しいコンセプトとして環境製品を考えています。とある大学と共同開発を進めてきた製品をもうすぐ販売します。当社の防音レースカーテンは以前からUVや花粉にも効果があることがわかっていたのですが、今度の製品では、PM2.5に効果があることが実証されました。中国では空気のことを気にする人が多く、日本製空気清浄機がとても売れています。それで環境性能をもつ防音レースカーテンがいけるのではないかと期待しています。
室水氏が防音カーペットを取り扱いはじめた当時の「子どもが走り回る音で下階から苦情が来る」という悩みは今も同じだが、20年前から変わったのは、今では在宅勤務用、動画配信用、赤ちゃんの夜泣きと、防音製品の需要が多様化したということだろう。周囲を遮断した防音ルーム内でYouTuberが世界に向けて動画を配信するなどといった使い方は、かつては想像もつかないものだった。福岡の小さなスペースからスタートし、今では海外での防音相談も行うピアリビングの、日本発の防音解決グッズの展開に注目したい。
プロフィール
株式会社ピアリビング 代表取締役
1968年生まれ。福岡市在住。
趣味 飲むこと、歌うこと、パソコン、カメラ
株式会社ピアリビング[外部リンク]
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2020年10月29日
2016年11月17日のリニューアル前の旧コンテンツは
こちらからご確認ください。