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ポストコロナの「心地よい空間」と「これからの働き方」~建築家 堀内幸子氏インタビュー

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堀内幸子氏

堀内幸子氏


今、テレワークやリモート会議が増え、働き方そのものが大きく転換期を迎えている。そのような時代に、「居場所」「働く場所」としての建築や空間はどうあるべきなのか。建築家・堀内幸子さんは施主の話をとことん聞き、そのアイデアと経験を惜しみなく目の前の物件に注ぎ込む。堀内さんのお話を聞き、建築家は建築を作る「だけの」人ではない、ということがわかった。



■「どうすれば心地よくなるのか」を考え、全体から細部まで手がける


――これまでに手がけられた作品をご紹介ください。


私は自分の仕事を「作品」とは思っていません。どちらかというと「工務店さんの仕事の続き」のように考えています。この場所(中小企業診断士事務所でカレー屋さん)のように、オーナーさんとコンセプト段階から一緒に考える形で進めています。気づいたことがあれば工事中でも新しい見せ方を提案する、ということも意識的に行います。



インタビュー場所は「ときどきカレー屋さんになる」ユニークな中小企業診断士事務所だった

インタビュー場所は「ときどきカレー屋さんになる」ユニークな中小企業診断士事務所だった



この場所は、物件決めからオーナーさんとご一緒にしました。以前美容室だったレトロなビルの1室を改装して、元々スパイスカレーマニアだったオーナーさんが計画しておられた「ときどきカレー屋さん」の空間を設計デザインさせていただきました。普段は中小企業診断士のオフィスとなっています。


これまでで一番印象的な仕事は、以前務めていた会社で設計を担当した、京都府にある木造三階建の旅館の改修工事です。築百年あまりの物件でした。その旅館に職人さんたち10~20人と寝泊まりして工事を進めました。お客様や職人さんと一緒になって改修できたことが大変印象に残っています。



堀内さんが前職で手がけた旅館「神風楼」(※)

堀内さんが前職で手がけた旅館「神風楼」(※)



古い木造建築ですので、窓枠なども微妙に歪んでいました。新しい窓は、その個々の歪みに合わせて個別に型を作っていきました。


今は大きな会社の野菜のカット工場の新築工事を手がけています。


個々のお客様ごとに志向やコンセプトがまったく違います。今は建築や設計に関する専門的な情報もインターネットに載っていますので、お客様側からも工事のやり方やコスト面に関して様々なリクエストを投げかけられます。ですので、まずはきちんと「聞く」ところから始まります。



――各所とのネットワークも盛んですか。


今、別の建築家が建てている物件の室内インテリアを手がけています。そのような分担で仕事をすることもあります。建築家によってはカーテンやソファー選びなどが得意でなく、「色」の選択が苦手な人もいますが、私はグレイッシュな色(グレー系の色調)が好きで、そのあたりの色の組み合わせは得意かもしれません。


この場所は、SNSでリノベーションのプロセスをオープンにしていました。古民家を解体することを知人から聞いて現場に行き、その古民家の「梁」の部分でここのカウンターとベンチを作りました。古い棚もその古民家にあったものです。偶然ですが、そのようなネットワークがあり、フットワークを軽くできたことで形になった空間です。



古民家にあった古い家具を再利用(※)

古民家にあった古い家具を再利用(※)



――「建築家」の仕事の領域とは何でしょうか。


私はリノベーションの仕事の割合が多いこともあり、自分では「建築家」とはあまり名乗っていないのですが、「領域」も特に決めていません。お客様からのご依頼も様々で、 例えば、一昨年から百貨店の空間装飾も手がけていますが、別の現場では新築工事の設計もやっています。空間において装飾的なところから構造的なところまで幅広く設計・デザインするのが私の仕事の特長だと思います。



――「ワークショップ」も行っておられますね。


この場所の壁は、ご近所の皆様に塗っていただいたものです。西宮神社の夏のお祭り「夏えびす」に合わせて知人友人や子供さんに来ていただき、塗ってもらいました。



ペインティングのワークショップ(※)

ペインティングのワークショップ(※)



オフィスの物件でも、社員の方々にペイントしてもらったこともあります。自分たちの居場所作りに関わることで、仕事場に愛着が生まれてくる効果もあると思います。


学校では「創造力」を学ぶ機会はあまりありませんが、考えながら手を動かしてものができあがるプロセスを体験することは、感性を育む大切な機会になると思います。



――働く空間を演出する際に心がけていることは?


オフィス・居住空間に関わらず、一人ひとりが心地よくなれる空間をつくることです。お客様ごとにニーズやコンセプトが違いますので、私は「どうすれば心地よくなるのか」を考えます。


オフィスの場合は、「心地よさ」の先に「収益を生み出す」という目的がありますので、そういう意味では機能面などで住居とは違う工夫や演出をしています。



■機能性に「遊び」を付加した美しさ

堀内幸子氏



――コロナ禍によって、人と人との距離も大きなテーマになっています。


現在取り組んでいるオフィス物件では、フリーアドレス的なレイアウトをリクエストされています。また、ソファー席などの少し休める場所や、少人数でミーティングのできるスペースも作っています。


コロナ対策ということでは「換気」も大切な要素ですが、換気設備の導入には大きなコストもかかりますし、室内の風圧変化で音の問題が生じたりドアの開閉に支障が出たりする場合もあります。窓を開けることで換気は可能なのですが、密閉空間などでは意外と難しい問題です。



――堀内さんが手がけた空間には「遊び」があり、どこか楽しそうな印象です。そもそもオフィス空間に「遊び」は必要でしょうか。


これまではオフィス空間での「遊び」の要素は、コスト高にもつながり、優先順位は低く考えられがちでした。最近では、バランスよく「遊び」の要素を入れてほしいというご要望があります。私の方から色や素材などで少し「遊ぶ」ことを提案する場合もあります。


たとえば、このテーブルは3分割できるんです。3つ合わせるとそら豆のような不思議な楕円形になり、端の2つを合わせると「ハート型」になるように設計しました。角を取ると自由な場所に座ることができ、その場に応じた距離をとることもできます。



3分割できる「遊び」を取り入れたテーブル(※)

3分割できる「遊び」を取り入れたテーブル(※)



――機能的でありながら意味のある面白い形ですね。機能性を追求していくと自ずと「美しいもの」になるのでしょうか。


機能性と美的な感覚のバランスも、お客様の志向やコンセプトによって様々です。特にオフィス空間の場合、機能性が大切になります。形状が動作を促すアフォーダンス理論など、言語を介さずに「形」が正しい動きに誘導するデザインについても勉強してきました。機能的でシンプルで使いやすいものは美しく、そこに余計なデザインや機能を加えてしまうと美しいものにはなりません。



――「余計」ということでいうと、昨今の断捨離ブーム、ミニマリスト的なライフスタイルについてはどう思われますか。


個人的には「必需品」だけしかない生活は、好みではありません。今は「量から質」の時代にシフトしていますが、それが正しいかどうかは人によると思います。私の部屋には本や雑誌、旅の本や参考書などがたくさん並んでいますが、それが心地いいのです。


最近では住宅でも「半完成」の状態で引き渡し、そこからご自身のDIYなどで完成されるケースがあります。量よりも質にこだわって作っていくという形ですね。



■在宅時間が増え、気にしていなかったことが気になるように

堀内幸子氏



――RIADOという社名の由来を教えてください。


この名前で仕事をして10年ほど経つのですが、先日、初めてこの名前に込めた思いを正確に言い当てた方がおられました。


「リャド」というのは、モロッコの昔の古い邸宅を改装して宿泊用に営業している施設です。そのようなリノベーションや再生の仕方が好きで、自分の仕事の屋号に取り入れ少し発音を変え「リアド」としました。



――新型コロナウィルスの影響はありましたか。


コロナ禍と直接の関係はないのですが、昨年9月、事務所を大阪市内の中崎町から2キロ離れた南森町に移しました。移転前は事務所と自宅が近かったので、休日も関係なく深夜まで仕事をしていたのですが、仕事場が少し離れたことで家に居る機会と時間が増えました。世間が「時短」や「テレワーク」という風潮になりましたので、それに合わせて事務所と自宅でバランスよく過ごすようになりました。


私の場合、コロナ禍でも仕事量は以前とあまり変わっていません。不要不急の外出が制限されているため、住宅・職場に関わらず、身の回りの空間に少し手を掛けてみようという方が増えているのかもしれません。



――働き方が多様化している今、どのような空間を作り出していきたいですか。


私自身は在宅時間が増え、これまであまりやらなかった料理に時間をかけるようになり、意外と楽しいと気づきました。調味料や道具も揃え始めたので、キッチン周りの空間をうまくレイアウトしたいという思いが強くなっています。


そんなふうに、在宅時間が増えたことで気にしていなかったことが気になったり、新しいことを始める人が増えていると思います。会社にいる時間の方が長かった人も徐々に在宅時間が増えています。そういう意味では、働く場所と生活空間のデザイン面での違いは減っているのかも知れませんね。



――そのような多様な現場で、堀内さんの「引き出し」が発揮されていくことになりますね。


コロナ禍にご縁があり、リノベーションのお手伝いをさせていただいたお客様がいらっしゃって、お客様の好きな色合いをベースに一緒に色や形を決め、気分の上がる空間を作り上げていきました。社会全体の気持ちが沈みがちな時期でしたが、気持ちが軽くなったとおっしゃっていただき、こちらも気持ちが軽くなりました。



(※)

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――堀内さんは、旅行好きで留学経験もおありですが、一番印象に残っている場所はありますか。


モントリオールでは、ノートルダム寺院大聖堂のステンドグラスによる真っ青な空間に圧倒されました。空間が感動を与えるものだと実感しました。


カナダで見たオーロラも忘れられません。くっきりしたものは年に数回しか出ないそうなのですが、年末カウントダウンの瞬間に偶然大きなオーロラが出てきて、本当に感動しました。大自然の美しさと雄大さには絶対にかないませんね。



――近頃は「ワーケーション」も広まってきました。


私は浜辺が好きです。先日、湘南の海岸近くに打ち合わせに行ったとき、つくづく「こんな場所で仕事がしたい!」と思いました。ワーケーションという働き方から生まれる面白い発想が増えてくるのかも知れませんね。



堀内幸子氏



「建築家」とは「建てて築く人」。堀内さんはオーナーの考えるコンセプトや思いをとことん聞き、アイデアと企画を建てて夢を築く人だ。その空間は心から落ち着く優しい場所である。中小企業診断士事務所がスパイスカレーの「Effectuation Curry」に変身するとき、ぜひ再訪したい。






プロフィール


堀内 幸子(ほりうち さちこ)

1975年福井県生まれ。京都芸術短期大学専攻科(現:京都芸術大学)建築デザイン学科卒業。イタリア留学から帰国後、株式会社オレンジポイントにて木造旅館改修、新築住宅などを手がけ、株式会社GOSiZEにて旅館、ホテル、住宅などを手がける。

2011年、建築設計事務所RIADO設立。店舗、オフィス、住宅、展示会、百貨店などを手がけている。2012年、タチカワブラインド「カラーコーディネートコンテスト」準グランプリ受賞。


建築設計事務所RIADO[外部リンク]





編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局(※の画像を除く)
取材日:2021年2月17日

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