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「生き方」としてのオーガニック。6次産業化とダイバーシティで拓く農と福祉の未来 ~プラスリジョン 代表 福井佑実子氏インタビュー

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プラスリジョン 代表 福井佑実子氏

プラスリジョン 代表 福井佑実子氏


新型コロナ感染症の蔓延は、多様な働き方への選択肢を増やした。しかし障がい者にとっては働き方の課題がまだ多く残されている。ダイバーシティが当たり前な社会を目指し、「農」と「食」をテーマに、有機的に福祉の問題と正面から向き合ってこられた株式会社プラスリジョンの福井佑実子さんにお話を伺うために、丹波に設けた拠点「ORGANIC HOUSE」を訪ねた。彼女は「農」と「福祉」、農村部と都市部、そして人と人とを「オーガニック」の自然な手法でつなげ続ける人だった。



■拠点を丹波に移したのは、「農村と都市のハブ」になるため


――株式会社プラスリジョンの事業の柱を教えてください。


オーガニックのフィールドで障がい者の働く場をつくることを目指しています。


創業時は、民間企業の障がい者雇用促進をサポートすることでスタートし、並行して、「農業」と「食」に特化したオーガニック食品事業「カフェサンテ」を開始しました。農業の中でも特に「オーガニック」と「6次産業化」を中心に置き、最初は有機農法でできた野菜を使ったお弁当事業を開始しました。



――障がい者の雇用促進と有機農業の事業は相性が良いのでしょうか。


障がいのある人たちを含む多様な人たちの働く場を創ることを考えたとき、日本に残る産業は何なのかということを創業メンバーで話し合いました。


これまで障がい者の働く場所というと製造業などが多かったのですが、今後製造業は国外に出ていきます。通信業やIT関連事業などは日本国内に残るが、私たちの領域ではない。しかし農業や食の分野は残ると考えたわけです。私たち自身、農業や食は大好きなジャンルでした。


農業には従事者の不足や耕作放棄地の拡大という課題があり、福祉の現場には働きたい・社会参画したい・自立したいという課題があります。双方が補完し合うのが、「農福連携」です。


農福連携は、オーガニックの原理のひとつである「公正の原理」に相当します。誰もがフェアに公正に行え、多様な人が参画するという原理です。そういう意味ではオーガニックは農福連携を含むのです。


さらに、農業の中でも有機農業が残ると考えました。特に有機農業分野での加工食品事業は、規模は小さいとしてもなくなることはないと考えたのです。



――有機農業が残ると思ったのはなぜ?


農林水産業の世界では、輸入農産物との価格競争が激化しています。輸入農産物は流通で期間を要しますので、作物に農薬や防腐剤を使うことがありますが、消費者の中には安心安全な作物を望む層が一定数いますので、この有機食品市場に参入することを決めました。私自身、起業するまでは忙しく働いていて、家には寝るためだけに帰るという生活で、きちんとしたものを規則正しく食べることが大切なニーズでしたから。



プラスリジョン 代表 福井佑実子氏



――拠点も、神戸からここ丹波に移されましたね。


丹波市は有機農業が盛んで、世界的にも有名な有機農家さんがいらっしゃって、野菜などが感動的に美味しかったので、教えていただくために創業前から通っていたんです。


オーガニックを突きつめるためには、農村部と都市部を結ぶ必要があります。「産消提携」と言いますが、産地と消費地を結ぶことで真に持続可能な生産と商品の可能性が高まるのです。


オーガニックをテーマにした事業を続ける中で、農村部と都市部の双方にハブが必要だと感じました。都市側のハブは比較的すぐに整いますが、農村側のハブはなかなか難しい。創業当初は、私が通うことでハブになれるとも思っていたのですが、大変なことも多く、結局拠点を移すことにしました。私自身、畑を耕したり果樹を植えたりする農的な暮らしへの憧れが膨らんでいきました。



――ハブというのは人ですか。仕組みですか。


都市部のハブは「消費者を束ねる人」ですが、農村部におけるハブは「複数の農家を束ねる人」です。


これからは、生産者・消費者という対立項ではなく、農村と都市が相互に支え合う「プレイヤー」にならなければならないと思っています。都市部の人は消費者ではなく参画者になり、生産者も参画者と一緒に農業を守っていくというフェーズ。しかしワンチームでそれを行うには、消費地のハブと同じだけ農村部のハブが重要なのですね。農村部には「まちづくり」や「地方創生」をテーマに活動されている方はいても、オーガニックがテーマの人はあまりいません。私は自分自身もプレイヤーになりたかったので、その役割を担うために丹波市に移転したわけです。



――丹波での生活はいかがですか。


農家さんが持ってきてくださる食べ物が本当においしいです。人が少ないので、自然に癒される機会が増えました。自分の生活の隣に四季折々の時間があることはとても贅沢です。ご近所同士で助け合いながら生活している感じで、現金を使わなくなりました。食物は物々交換で調達できますし、自動車もオーガニックのネットワークでめぐってきました。100%ではありませんが、オフグリッド的な生活ですので、光熱費もあまりかかりません。スタバもありませんので、どなたかの家で打ち合わせします。私はもともと、かつてのアメリカのヒッピーのような貨幣以外での価値交換で成立する生活に憧れていましたので、今の生活がうれしくて楽しいです。私見ですが、ここでは「お金持ち」が貧しいという感覚です。



■障がい者雇用のショーケースをつくりたかった

プラスリジョン 代表 福井佑実子氏



――ダイバーシティが叫ばれつつも、企業での障がい者雇用がなかなか進まないのはなぜでしょうか。


企業にとって、障がい者雇用は未知のことですから、怖がったりリスクを懸念するケースが多いんです。そういった人のために、障がい者と協働で高品質なものを作る現場を私たちが実際に事業化し、一種の見本、ショールームとしての役割を持たせたいと考えました。


障害には、知的障害・身体障害・精神障害・発達障害という種別があります。創業当時の2008年頃は、まだ発達障害に対する理解はあまり進んでおらず、私たちは福祉施設とタイアップして、厚生労働省の研究下で、障害特性を整理し、それが活きる合理的配慮のある現場を作りました。実際にやってみて分かったのですが、発達障害のある人が働きやすい現場は、誰にとっても働きやすい現場になるんです。



――具体的にはどのような現場ですか。


たとえば食品加工の現場は食品衛生基準をクリアするために現場の管理基準を高めなければなりません。具体的にはハサップ(HACCP)という工程管理ガイドラインがあります。福祉の現場にも自閉症の人たちが行動しやすいようにするティーチ(TEACH)という視覚提示や工程細分化の手法があり、私は両方知っていましたので、ティーチの手法をハサップに応用しながら、高品位な現場管理基準をつくりました。障がい者雇用の課題と、有機農業の推進に対する課題を合わせることによって標準化でき、同時に解決できるのではないか考えたわけです。



――カフェサンテ事業について詳しく教えてください。


当初行ったのは、農家さんの規格外で不格好だけれども本当においしい野菜たちを使った、「贅沢野菜のバランスランチ」というお弁当事業です。都市部の企業からのオーダーで、農村部の有機野菜を使ったお弁当を、障害のある方々と一緒に作ってお届けしました。



贅沢野菜のバランスランチ(現在は提供終了 ※)

贅沢野菜のバランスランチ(現在は提供終了 ※)



障がい者雇用を促進し、使われていなかった野菜を衛生面・安全面に配慮しながら廃棄も出さないようにするものなので、「ゼロ・ウェイスト」の事業です。完全事前注文制ですから、流通消費でも余剰は生まれません。お客様の中心は外資系大手企業の女性などですが、塩分2g以下に抑えていたので、糖尿病や塩分摂取などでドクターストップのかかっている男性もリピートしていました。夕食用と併せて2食分購入する方もいらっしゃいました。


口コミで広まりましたし、マスコミやメディアにもたくさん取り上げていただきました。オーダーも順調に増え、事業も伸び、お弁当を作っていた障害のある方々が能力を伸ばし、企業に就職していくという実績も重ねました。



――「6次産業」を踏まえた事業ですね。


「6次産業」というのは、1次産業(生産)×2次産業(加工)×3次産業(流通・小売)を掛け合わせた農林水産省の造語で、2次・3次視点を包括的に捉え、農林漁業者の所得向上や地域活性化を目的としています。「道の駅」や観光、グランピング事業をする農家さんなどが6次産業の例になりますが、弊社の事業も6次産業化事業で、主に加工現場に付加価値をつけて利益を生み出す仕組みです。


農業では後継者が不足していることは明白です。日本の国の持続可能性を考えたとき、農業で生計を成り立たせることは大切なことで、6次産業化はそのひとつの方策になります。かりに狭い農地しか耕せなくても、6次産業化で事業を成立させられる可能性が広がりますから。


世界的なSDG'sの流れで、人の多様な働き方がクローズアップされています。農業や食の分野は世界共通です。多様な方々が参画する6次産業化は世界からも注目されていますし、今後も事例は増えていくでしょう。


農水省が今年度出した「緑の食料システム戦略」では、2050年までに有機農業の取組面積割合を全耕作面積の25%にするとしています。現状有機JAS認定圃場は0.2%ですから、大変高い目標値です。有機農業の実践は、脱炭素社会と生物多様性を守ることに非常に有効なのです。



――カフェサンテ事業は終了しているとのことですが。


お弁当作りは食材や食品の品数が多く、食材ごとに調理や加工をするため相当大変で、少し限界を感じましたので、管理アイテムが少なく、常温管理ができ賞味期限が長く、9時から5時までマイペースで取り組める事業に切り替えました。


それが「オニオンキャラメリゼ」という、淡路島の有機玉ねぎの飴色炒めです。レトルトになりますので、常温保管もでき、お弁当づくりのような時間的制約がなくなりました。



オニオンキャラメリゼ カレーセット(現在は提供終了 ※)

オニオンキャラメリゼ カレーセット(現在は提供終了 ※)



食品の品質管理を厳格に行い、トレーサビリティで一番厳しいとされる「大地を守る会」さんの品質管理指導を得てお取引していただける基準でスタートしました。スタートで一番厳しい基準をクリアしたので、その後は百貨店や食品商社ともお取引いただけました。不良品もほとんど出さず、10年間でのべ約15万食以上の販売実績をあげました。


今は、障害のある人が働くショールームとしての役割もひととおり果たし、「オニオンキャラメリゼ」事業もいったん終了しています。一番の成果は、商社、量販店、料理教室、そして上場企業などのお取引企業での障がい者雇用が進み、障がい者雇用率も向上したことです。皆さんが私たちの現場を見に来られ、その手法を持ち帰ってくださりました。障害のある方々が関わった商品も、やり方を間違えなければ高品質で不良品を出さないようにできる。そこでできた商品が一般にも流通し、販売の実績にもつながる。障害のある人たちが戦力になるということを見ていただけたわけです。



■「福井さんがやっていることがほんまのオーガニックなんやで」

プラスリジョン 代表 福井佑実子氏



――具体的に、どのように不良品率を抑えたのですか。


ハサップ式で管理しているので、問題が起こった場合はその商品がどの日のどのロットのものかすぐ分かりますので、原因を分析して再び問題が発生しないように対処できます。ただし、障害がある人が関わったことが原因による不良はありませんでした。それを証明できたことは私たちの誇りでもあります。


私はむしろハサップで管理された現場は、障害のある人たちだけで行った方が安全なものづくりができるのではないかと思っています。発達障害のある人たちは、「曖昧なこと」が多い現場がストレスになることがあり、障害が「ある」状態になります。でもルールに忠実である特性は、抽象的な指示がない食品加工の現場と親和性があり、障害の「ない」状態になるのです。


障害は個人に属するものではなく、個人と社会との接点にあるものです。「見る」ことに障害があっても、眼鏡をかければ障害が「ない」状態になる。環境を整えることで障害を「ある」から「ない」に変えることができるのです。障害のあろうとなかろうと、嫌いなことは続きません。やりがいのある仕事があり、合理的配慮のあるハードとソフトの環境が整っていれば、能力や集中力は発揮できるのです。



――具体的に、どのように環境を整えましたか。


ハード面では、機械や器具を使いやすくしたり、指示をわかりやすくしたりしました。ソフト面は福祉施設側でトラブルの芽をきちんと摘んでくださり、繊細な個々人の(仕事の)成長速度を把握し、無理のない支援計画を立てていただきました。環境が整い、役割と舞台の提供ができたら、障がいの有無に関係なく業務遂行できるのです。



機械導入で一定の厚さにスライス 右:自立して作業ができる充填補助具(※)

機械導入で一定の厚さにスライス 右:自立して作業ができる充填補助具(※)



道具の置き場所にもラベルを貼って整理(※)

道具の置き場所にもラベルを貼って整理(※)



――なるほど。


仕事中にカウンセリングの時間も設けましたが、効率重視の現場ではそのようなことはできないでしょう。しかし長い目で見れば不良品が少なく人の定着率があがるので、生産効率も悪くなかったと思います。生産性や効率は大事なのですが、働く人たちが自己肯定感を取り戻し、幸せそうに働いていけることを評価軸にして、違う価値の生み出し方ができたと思います。



――うれしかったエピソードなどはありますか。


創業期に、「福井さんがやっていることがほんまのオーガニックなんやで」と言ってくれた方がいるのですが、オーガニックとは働き方のことでもあるんです。世界ではオーガニックとは食べ物だけではなく、事業に多様な人々が関わっているビジネスモデル自体のことです。畑から食卓までの有機的なバリューチェーンのこともオーガニックなのです。それで、さらにオーガニックに興味をもちました。


それまでも障害のある方々と共に働くことができると思っていましたが、実際にやってみて、自己肯定感を回復する現場に居合わせたことで、私たちの事業は間違いではなかったことを証明できました。今後も障害のある人が自然と参画した方が持続可能性が高まるという検証を積み重ねていきたいと思います。



■オーガニックとは「生き方」を選択すること

プラスリジョン 代表 福井佑実子氏



――コロナ禍で、福井さんの働き方も変わりましたか。


もともとどこでも仕事ができるようにしていましたが、コロナ禍で現場までの移動が制限され、オンラインでの確認が増えました。6次産業化プランナーや有機JAS検査員として畑にも出向きますが、これはオンラインだけでは難しいです。どこででも仕事ができるようになった反面、人とのつながりという意味では、直接会った方がいいことも多いと気づきました。リアルの価値が高まっています。TODOはオンラインで管理できても、何かを創造したり決めたりすることは、オンラインでは向いていないのかもしれませんね。


私自身は「暮らす」、「遊ぶ」、「働く」の境界線がどんどんなくなっています。これからはきっと社会がそんな感じになっていくのではないでしょうか。私の仕事場でもあるこの場所を最大限使っていきたいと思います。



――この「ORGANIC HOUSE」は、今後はどうなっていくのでしょう。


昭和の雰囲気が残る「ORGANIC HOUSE」。多様な人が集まりとしての場づくりが始まりつつある。


昭和の雰囲気が残る「ORGANIC HOUSE」。多様な人が集まりとしての場づくりが始まりつつある。

昭和の雰囲気が残る「ORGANIC HOUSE」。多様な人が集まりとしての場づくりが始まりつつある。



小さな公民館のようなコモンスペースにしていこうと思っています。町の人たちがちょっとしたことでワイワイガヤと集まることができる場になるといいですね。ここが農村部の人と都市部の人とが混ざり合うスペースにもなればいいなと思います。オーガニックをテーマに海外と農村部とのゲートウェイになるといいと思っています。オーガニックの勉強会やワークショップもしたいですね。


梅林に行ったり、農家さんのところに行ったりして誰もいないときは、もったいないんです。



――梅林というのは?


自治会から梅林を借りていて、これから草刈や剪定、梅の実を使って6次産業化したいと考えています。もっと梅を植えてもいいかもしれませんし、日本ミツバチも飼いたいです。


コロナ禍でアドバイス業の比重が高まっていますが、私自身もっとプレイヤーになって、新しい産消提携の形、都市と農村を結ぶモデルを作っていきたいです。この場所と畑を得たことで、ようやくプレイヤーになれるのではないかと思っています。



――最後に、福井さんにとってオーガニックとは何でしょうか。


私たちの生き方です。「ライフスタイル」ではなく「生き方」と言ったほうがしっくりときます。「DO」ではなく「BE」なんです。この暮らしを将来世代に残すために、今日の買い物、今日の食べ物を選択すること。スーパーで買い物を済ませるのに比べると、「産消提携」は面倒くさいのですが、それは「生き方」を選択することなんです。



プラスリジョン 代表 福井佑実子氏







福井さんの話を聞いて、「壁」というものは、乗り越えなくても迂回すればいいと分かった。速度や効率だけで乗り越えようとすれば、取り残される人や事がある。福井さんは、丁寧に時間をかけてダイバーシティで社会課題を紐解いているSDG'sの実践者だ。自然豊かな「ORGANIC HOUSE」を四季折々に訪ねてみたい。






プロフィール


福井 佑実子(ふくい ゆみこ)

株式会社プラスリジョン、代表取締役。

民間企業、国立大学産学連携組織勤務を経て現職。「融合」をキーワードに分野横断的ネットワークを活かしながら障害のある人の働く場づくりを事業的手法で確立することをめざす。農業分野との融合事例として、「オニオン・キャラメリゼ(玉葱飴色炒め)」をプロデュース。大阪府第 4次福祉計画策定委員(2010~2011年)、農林水産省6次産業化プランナー(2012年〜)、ユニバーサル社会づくり賞・兵庫県知事賞(2013年)。


株式会社プラスリジョン[外部リンク]




編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局(※の画像を除く)
取材日:2021年3月31日

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