株式会社ガイアリンク 千野将氏(取締役副社長)
コロナ禍の中、さまざまなオンライン体験サービスが登場した。コミュニケーションが不足したり人間関係を構築しにくかったりするリモートワークのデメリットを克服してくれる"バーチャル職場"は、その本命とも言えるものだ。ゲーム「あつまれ どうぶつの森」でもお馴染みのメタバースが、今後、世の働き方を大きく変えるかもしれない。2021年7月にアメリカ発のバーチャル空間サービス「Virbela」(バーベラ)を日本国内でリリースした株式会社ガイアリンクの千野将氏にお話を伺った。
――「Virbela(ヴァーベラ)」について教えてください。
Virbelaは、「メタバース」(metaとuniverseを組み合わせた造語)と総称される3D仮想空間です。仮想世界に多くの人が集まって仕事をしたり、勉強をしたり、出会ったり、幅広い使いができる場として利用されています。
開発したのは、アメリカの不動産会社eXpワールドテクノロジーズ(本社:米国ワシントン州)です。親会社のeXp Realty社では、社員がアメリカ全土からVirbelaのバーチャル網でバーチャルに集まり、各地域の情報を集約してお客様に届けしているそうです。つまり不動産仲介の店舗をなくして中間マージンを一切排除したんです。
当社は設立時からeXp社と交渉して、2021年7月に日本国内公式販売代理店(リセラー)として正式に日本でのスタートをリリースしました。
――御社自体、Virbela上で働いているそうですが。
我々ガイアリンクの登記上の本社は長野県ですが、実質的な本社はバーチャル空間上、つまりこのVirbela上にあります。PCとWi-Fiがあれば自室からゼロ秒で出社できます。
役員含めて約10名の小さな会社ですが、Virbelaの中で業務やミーティング等を行っています。私自身、山梨からアバターで出社していますし、社員も長野、山梨、東京、神奈川、大阪、メキシコと世界中からアバターで参加しており、直接会う機会はほとんどありません。全員が仮想空間の中のアバターでコミュニケーションしています。
通常のリアルなオフィスに出社したのと同じ感覚で仕事ができる(※)
ガイアタウンのメンバー(※)
――Zoomなどのコミュニケーションツールとはまったく異なりますね。
コミュニケーションツールとして、今はZoomのシェアが圧倒的ですが、最近、不特定多数の相手と自分の顔を見ながら話したり、仕事で使ったりするのは脳に良くないと指摘する研究者もいます。モニターに映し出される顔が大きすぎて、脳が「交尾」や「対立」につながる状況と解釈するのだそうです。その点、Verbelaは各自がアバターという自分に見立てた人形になっているので、自分の顔は見えません。リアルではTシャツと短パン姿でも、アバターが着替えてスーツを着ればOKです(笑)。女性にも好評です。
千野氏のアバター(※)
――Virbelaの具体的な操作を教えてください。
ジェームス・キャメロン監督の映画「アバター」で下半身不随になった主人公がアバターになって動き回っていますが、あの感覚に近いです。
この空間で必要なのはPCとWi-Fiだけです。私は机の上にノートパソコンを置いてバーチャルの空間を操作しながら、違うパソコンで別の作業をしています。ガイアタウンの中から話しかけられたら「何でしょうか」とアバターで答えます。
操作は簡単で、パソコンの十字キーの上を押すと進みで、下を押すと後ろに下がって、左右で方向転換します。もう一方の手は使いません。
――片手で操作できるんですね。会話は?
マイク付きヘッドホンをお勧めしています。右から話しかけられると右から声が聞こえ、遠くにいるアバターの声は遠くなります。
Zoomなどでは、参加者が同時に喋りはじめると声が被って何を言っているか分からなくなりますが、Virbalaではまるでその場にいるような感覚を味わえます。
例えばYouTubeでもライブを発信できますが、受け取る側の声は聞こえません。チャットだけです。Virbalaならお客さんもアバター同士で話せるし、ステージの演者に歓声を送ることもできます。隣席の人が叫んでいればその声も近くに聞こえます。
――リアルの"自分"がアバターの後ろに控えているというイメージですね。
そうなんです。自分にそっくりのアバターを作ることも技術的には可能なのですが、ビジネスに特化したアバター仕様となっています。PCのキーボードの矢印キーだけで、自分のアバターをバーチャル空間の好きなところに行かせることができます。リアルで行うことをそのままアバターでやっているだけ、ということですね。
GAIA TOWN全景(※)
――実際のビジネス応用例を教えてください。
7月にVirbelaのシステムを使った日本向けのプラットフォーム「GAIA TOWN」をオープンしました。アバターがいる仮想空間で展示会やセミナーを開催したり、オフィスを設けたりするための会場をお貸ししています。例えば国際不動産カレッジ(JARECO)にも一部屋お貸しして、開講式や月次セミナーなどでご利用いただいています。今まではリアルなセミナーやZoomセミナーをしていたそうですが、もっと直感的にコミュニケーションできてストレスのない空間を求めていたそうです。このように単発的なミーティングに留まらず、多角的に交流できる空間として好評をいただいています。
――大学の講義でも使われているそうですが。
スタンフォード大学ビジネススクール、イギリスのサンダーランド大学などでは2020年のコロナ下でずっとVirbelaで講義をしていました。日本でも東京理科大学工学部で200名規模の学生がポスターセッション(学術発表会)で使っていますし、他の教育機関様からも多くのお問い合わせをいただいています。
――業界などで向き不向きもあると思いますが。
我々はVirbelaを中小企業にとって有用なソリューションと考えていたのですが、蓋を開けてみれば学術教育、医学・医療関係からのお問い合わせが多いですね。先日もある製薬会社様で、大人数の社内カンファレンスで使っていただきました。結果重視で、着地点を極めるのに適しているようです。
――ガイアタウンの中にはどんな施設があるのですか。
「ライブハウス」や「講演会場」など、いろいろなコンテンツがあります。最近、「オフィス」「セミナールーム」「教室」が毎月1、300円(1人当り)で使えるようになりました。10名ぐらい入れる部屋を家賃1万3000円程度で手に入れられるという感じです。
これまでの「オフィス」という概念を変えたい会社は、すぐに問い合わせをしてきます。今は自宅のオフィス化にお金をかけている人も多く、テレワークの浸透にともなって、いろいろ発想の転換をしています。
教室(※)
セミナー・講演会場(※)
イベント会場(※)
オフィス(※)
展示会場(※)
リモート取材中の千野氏(※)
――メタバースは、最近叫ばれているDXの最先端になりますね。
少子化による労働力の不足などを踏まえ、内閣府は、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を2050年までに実現するとコミットしています。たとえばアバターを介して自分の脳波をロボットに飛ばして介護を行うような、実現すれば大きなインパクトをもたらす「ムーンショット」の壮大な計画です。
――バーチャル空間を参加者が共有するメタバースは、これまでにも、古くは1990年代の富士通「habitat」、2003年頃に世を風靡した「セカンドライフ」などがありましたが。
「habitat」も「セカンドライフ」もやはり早すぎたのではないかと思います。しかし、最近ではFacebook社がメタバースへの参入とともに社名変更をするなど、時代の波は確実に動き出しているところがありますよね。
――Virbelaに着目したのはなぜですか。
私たちが考えているのは働く場所そのものをデジタル化することです。これから確実にアバターが介在する世の中が来ると考えました。少なくとも当時は、Virbelaに匹敵するサービスは存在していませんでした。コロナの感染拡大の中で、Virbela以外のサービスもリリースされましたが、Virbelaは10カ国語に対応し、操作性なども含めて北米を中心に世界中で評価されています。
――日本ではDXが遅れていると言われますが。
「DX」という言葉に縛られすぎていると思います。コロナ禍でDXが必要と言われていますが、同じことは10年、20年前から言われてきました。マシンスペックが貧弱でも何とか仕事になることを言い訳にハードウェアの刷新すら後回しにしている会社が多いのが、日本の現状です。当然、クラウド化も相当遅れています。
私はコロナ前にはよく海外出張していましたが、タイ、フィリピン、シンガポールなどはかなり進んでいます。Wi-Fiは街中に張り巡らされていますし、50代、60代の方でもパソコンを使いこなしている印象があります。残念ながら、日本=ハイテクノロジー、勤勉な民族というイメージは完全に過去のものになっています。
国内でDXが進まない理由は、貪欲さや好奇心と、新しいもののリスクを天秤にかけて、リスクの方が勝っているからでしょう。ところが、世界から見れば、そのことのほうがよほどリスクなんです。ガイアタウンでの海外とのやり取りを見ていて、すごくそれを感じます。
――企業でDX進展の障壁になっているのは何だと思いますか。
ITリテラシーなどととひとことで言われますが、今後、中間管理職の方々は特にそういったことを意識する必要があると思います。年配者と若手とでかなり乖離があります。10代前半から30代前半は、「あつまれ どうぶつの森」などでアバター同士のコミュニケーションが当たり前になっています。私がプレゼンでよく言うのは、「その人たちがこれから入社してきますが、御社はその準備ができていますか」ということです。
意外なことに、Virbalaは大企業ほど評判がいいです。大企業は「自分たちが積極的に自らを劇的に革新させていかなければならない」という使命を自覚されていて、「これを機に本格的にDX化をテコ入れする必要がある」と考えていらっしゃるようです。歴史伝統のある会社はやはりしっかりしていて、物珍しくて問い合わせるのではなく、これからこういう世界が確実に来ると認識されています。「どうしたら自分の業種でも使えるか」という発想です。できない理由ではなく、できる理由を探す企業がアプローチしてきます。「アバターって何ですか」「メタバースって何ですか」という方にプレゼンすることはほとんどありません。同じ周波数の方が集まってくるんですよね。
――情報を常にチェックしている企業は行動も早いと。
DXと言っても、大半の方にとっては、何をどうやったらDXになるのか、何から手を付けていいか分からない。ZoomやTeamsを使ってミーティングしたりお客様と商談することももちろんDXですし、今はコミュニケーションツールとしては、Zoomのシェアが圧倒的ですが、向こう3年以内に、国内企業の20~30%が当たり前にメタバースを使う時代になると思っています。週3日はリアルに出社するけど、2日はメタバースで出勤するような未来です。
――DXに後ろ向きな会社には、どのように勧めますか。
シンプルに、「楽をしたい方はDXした方がいいですよ」でいいと思います(笑)。人間は楽をするために火を開発し、道具を開発し、飛行機もインターネットも開発してきました。これ以上楽になっちゃいけないと思う人もいるかもしれませんが、私はそうは思いません。せっかくの文明の利器でもっと楽にして、その分、社員や自分はプライベートを充実させる方が人間として豊かになれるのではないでしょうか。
――今後の展開を教えてください。
まず最初のチャレンジは、この12月2~3日に控えている、自社初の開催となるイベントを成功させることです。「START DX SUMMIT2021」と称してDX関連の企業が出展したり、一般の方は無料で参加して基調講演なども聞けるコンテンツを準備しています。
ポストコロナを見越して、「誰もが主役になれる世界を作る」というコンセプトを伝えていくことが、我々の使命だと思っています。
まずは国内10万ユーザー達成を目標にしていますが、GAIA TOWNという島はそのデモワールドと位置づけているんです。企業ごとの専用ワールドなども作れますし、これまでは埋もれていた産業や人、会社がバーチャル空間の中だからこそ実現できることを世の中に伝えていく使命があると思っています。
Virbelaのシステムを販売する当社ガイアリンクの特約販売店も募集しはじめています。「世界を変えたい」という熱い思いをもつ方も大歓迎ですが、今後は、人に優しいビジネスをやりたい方、考えている方とパートナーになりたいと思っています。リアルではコミュニケーションを取りにくいけど、この空間なら自分を解き放てるかもしれない方、セカンドチャンスを狙いたい方などと新しい時代を作っていきたいですね。
また、当社でも今後は積極的に障がい者雇用に力を入れていきたいと考えています。車椅子がないと移動できないような優秀な人材を積極的に雇用したいんです。
山梨からガイアタウンに参加する千野氏
※
アバターなら、空を飛ぶことも、世界遺産を訪ねることも可能だ。障がいのために出勤がままならない人でも、バーチャル空間なら能力を発揮できる。
千野氏も指摘したように、Facebookが社名を「Meta」と変更したことも追い風になるだろう。メタバースはもはや映画の中の絵空ごとではなく、確実に現実のものとなりつつある。バーチャル空間のオフィスと、現実のリアルなオフィスは、どのような関係をもつようになるだろうか。
2019年設立。バーチャル展示会やバーチャルオフィスをはじめとした新時代をけん引するツールに着目し、またこれからの時代を支える新しいツールを開発・提供する。 バーチャルワールド「GAIA TOWN」を2021年7月にオープン。バーチャル空間活用を検討中の団体・企業へ向けた体験ツアーも積極的に行っており、10月にはバーチャル教室空間(Classroom)の月額定額レンタルをスタート。「バーチャル職場」の利用拡大を目指す。 12月にはDXに特化したバーチャルイベントを開催予定。
コーポレートサイト https://www.gaia-link.net/ [外部リンク]
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2021年10月12日
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