松尾力氏(MIC株式会社 マーケティングディレクター)
販促物の印刷会社が、「デジタルとフィジカル」を両輪にPOP制作から業務改善コンサルまでをトータルでフォローする「フルサービスカンパニー」として生まれ変わった。MIC(旧水上印刷株式会社)は、POPの仕分け作業からシステムを駆使した物流の効率化までを支援する。DXで見逃されがちな「人の手」を強みに、現場の無駄を省く徹底したフォローでクライアントの課題解決に取り組む、同社マーケティングディレクターの松尾力氏にお話を伺った。
――印刷会社としての創業は1946年と老舗ですね。
もとは印刷会社ではありますが、実は印刷の売上比率は高くなく、むしろ様々な顧客の課題解決サービスを展開しています。僕は前職の経産省から7年ほど前に転職したのですが、当時はまだ印刷業の面が強い企業でした。印刷業界の市場はこの30年で約2分の1になっていますが、当社は10期連続で増収を続けています。売上も従業員数も10年で2倍以上になりました。
――今の主事業は?
2006年頃まではカメラフィルムのパッケージ印刷が主力でした。それがデジタルカメラの普及で一気になくなり、いろいろとビジネスモデルを探して種をまいたのが、この5年ほどで芽が出たことになります。今では売上のうち印刷事業が占めるのは30%ほどで、それ以外はクリエイティブ業務やフルフィルメント業務などです。コンサルティング事業やBPO事業、システム開発業務なども増加しています。
――どのように発想を変えたのでしょうか。
お客様の課題解決をしていくうちに、自然に現在のビジネスモデルに変わりました。 そもそも僕らの仕事である「販促物の印刷」は、お客様がやりたいことの一部でしかありません。重要なのは、最終的に商品を売るということ。そのためには、どんなターゲットにどのように認知されればいいのか、そして、そのためにはどんなオペレーションが必要か。
たとえば、コンビニエンスストア。当社では全国に1万店以上を展開する大手コンビニチェーン様の物流を請け負っています。各店舗には毎週さまざまな販促物が届きますが、それをきちんと届けるのは想像するよりずっと難しいんです。レジの台数も窓の数も大きさも店舗によって異なるので、必要な販促物は違います。それをすべて店舗に合わせて送っています。こうしたことを「フルフィルメント」と呼んでいます。販促物を作って終わりではなく、いかに効率よく、現場が必要とする場所に届けるかという課題の解決ですね。
大手コンビニチェーンのあらゆる店舗販促物(最大600万ピース/週)の企画~デザイン~製造~配送をフォローしている(※)
――具体的に教えてください。
フルフィルメントは、メーカーと店舗をつなぐサプライチェーンとしてのサービスで、必要なところに必要な数だけ届けます。
商品には、さまざまな販促物が付属してコンビニやスーパー、ドラッグストアに送られますが、店舗の実態はどうなっているかというと、とにかく忙しいので、メーカーごとにバラバラに送られてくる販促物を付けたりする時間はないんです。接客や品出しに追われて、なかなか販促物を捌く時間をとれません。ドラッグストアなどであれば、1店舗につき1カ月におよそ100箱もの販促物が届きますが、販促物を放置してしまう店舗も多いです。廃棄するのだって手間がかかりますよね。
そこで、当社のセンターに販促物を全部集めます。僕らが作成したもの、他の代理店やメーカーが作成したもの、すべてです。地域限定商品などもあり、店舗ごとに必要なものが違います。当社では店舗ごとのバーコードを読み込み、どの店舗にどの品がいくつ必要かをデータベースにもとづいてオペレーションに落とし込み、仕分けしていきます。梱包パターンは3000~5000ほどになります。
そのように店舗ごとに仕分けして店舗の負担を減らしています。実際に実行するのは簡単なことではありませんが、そこをちゃんとできないと店舗の負担を本当に削減することはできないと考えています。
――そうしたことを自動化しているということですか。
販促物には小さいものからポスターのようなかさばるものまで、いろいろな大きさがあるので、どうしても人の手が必要になります。そうしたフィジカルもちゃんとやらないといけない。
――「デジタルとフィジカル」は、御社のミッションとしても掲げていますね。
テクノロジーの部分とモノの部分をデジタルとフィジカルと呼んでいますが、その両軸で社会を良くしていくというのが我々のミッションです。
例えば、いくら正しいタイミングで正確に必要な数の販促物が店舗に届いても、店舗が忙しくて処理できなければ意味がありませんから、当社はフィールドスタッフを派遣してそこもフォローしたりします。
また、メーカーが一番知りたいのは販促物の効果です。SNSのキャンペーンならページビュー数などが出ますが、紙の販促物の効果は検証しにくい、取りにくいので、我々は効果検証のお手伝いもしています。
――どのように検証するのですか。
例えば、来店者の属性が分かるAIビーコンというデバイスを店頭に設置し、スマホを検知して分析します。リピーターかどうか、来店頻度はどのくらいかということまで分かります。チラシを見たかどうかまでは分かりませんが、スマホのGPS情報からどの地域に長時間いる人なのかということなどは分析できますから、チラシをまいた居住地からどのくらいの人数が来たかが分かります。
いくらAIビーコンを使って来客分析ができても、山のように届く販促物に店員さんが対応できなければ意味がありません。リテールテックと呼ばれるように、小売り向けのサービスを提供するスタートアップ企業は増えてきていますが、リアルなモノが絡むところまでハンドリングできるサービスは意外に少ないというのが僕らの見立てです。逆に物流会社のように、在庫や物流サービスを提供している会社でも、なかなかデジタル領域まで対応できていないケースも多い。両方をちゃんとできる企業が少ないので、そこが他社との差別化ポイントだと考えています。
――携帯ショップの立ち上げなども支援しているそうですね。
はい、最近ではある通信キャリア様の新店舗オープン業務をコンサルティングさせていただきました。携帯ショップは新店舗のオープン前に商品や販促品など多くのものを設置しなければなりませんので、出店数を増やすには、いかに効率よく新店舗をオープンするかが課題です。そこで紙媒体、什器、文房具、携帯端末をお預かりし、物流を束ねて店舗に送るだけではなく、店舗での設置マニュアルなども作成し、店舗の立ち上げ時間を80%削減することができました。そういう見えない裏側の効率化がまだまだできると思います。
また、最近はスマホアプリ上で診療予約やビデオ通話診療ができるサービスも出てきていますが、お医者さんが使う専用のヘッドセットなど全部まとめたキットなど、協力病院にさまざまなものを送らなければなりません。一つひとつにQRコードを作って必要なモノを揃え、箱に入れて、在庫管理して、注文された都度それを送るのはすごく手間がかかる。でも、僕らなら自社のみで全部を手配できます。
最近ではOMO(=Online Merges with Offline)という言葉もある通り、オンラインとオフラインの垣根を超えた新しいサービスが次々と出てます。たとえば、QRコード決済なんかは分かりやすいですね。決済自体はオンライン上で行われますが、実際にはQRコードを印字したPOPや決済端末といったオフラインの「モノ」も必要です。こうしたオフラインツールがないと、実はオンラインサービスが成り立たないというケースは結構多く、そこを我々がコンサルティングからフィジカルなオペレーションまで一貫して対応していくことで、サービスの立ち上げそのものの効率化をお手伝いしています。
――昨今、DXが叫ばれていますが。
僕らは、デジタル化するだけで物事が変わるほど世の中は簡単ではないと思っています。そういう意味では、D(=Digital)よりもX(=Transform:変革)の方が重要だと思っています。リアルのモノをどう動かすかということを含めて、デジタルとフィジカルを使って現場をリアルに変えることが僕らにとってのDXです。
――なるほど。
例えば、最近では小売店にもデジタルサイネージなどが増えています。デジタルサイネージはDXっぽく見えますが、実は面倒なことが裏側にあります。例えば、どの時間にどういう内容を流すかというコンテンツの部分です。これは意外に面倒で、結局最後は人が作業しなければならない。そういう最後のオペレーションが意外とボトルネックになって、「サイネージを導入したけど運用が大変」となっている例があります。我々は中身のコンテンツも作って、お店ごとに必要なセッティングをして現場に運ぶところまでやります。
DXというと、デジタルさえ入れればあとは万事うまくいくと思われがちですが、「最後は誰がどうするのか」ということが現場で議論されず、上辺だけで終わってしまいます。店舗のような「現場」に対して「こうあるべき」というコンサルティングは誰でもできますが、実際にはそれだけでは運用できない。「誰がやるのか」「どうやるのか」という最後のワンマイルまで我々がやっています。
――今後注力していきたい分野は?
販促物のフルフィルメントはプレイヤーが少なく、困っている人がメーカーにも流通もたくさんいますので、僕らの強みでもありますし注力していきたいです。
また、お客様のマーケティング活動を最適化するコンサルティング分野にも注力していきたいですね。モノを売る仕組みをお客様と一緒に作りたいです。
人手不足のために店頭オペレーションの効率化が経営課題になっている店舗がたくさんあります。そういう現場で販促物の処理がどれだけ負担になっているかという実証実験をしました。そのためのコンビニも自社で店舗運営しているんです。例えば、コンビニでは毎週販促物が届きますが、販促物の箱の開封、販促物の取り外し、設置にかかる時間を計りました。すると1店舗当たり毎週約1.5時間。これだけみると大した時間に見えませんが、これが毎週1万店規模で発生しているので、なかなか馬鹿にならない数字です。これをどうやったら短くできるか。
昨今は日本語が母国語ではない店員が多く、文字情報だけでは販促物を間違えやすいので、例えば商品画像を印刷したり、設置場所の指示もアイコン化することで直感的に分かるような販促物にしました。「今週はオレンジの販促物を外す」などという指示にするわけです。そうしたことをきちんとやれば、およそ販促物のオペレーションだけで30%ほどの時間削減ができました。これはそのまま人件費の削減にもつながります。従来のコンサルティングは「言って終わり」ですが、我々は最後の実行までをフォローします。そうしたコンサルティングは今後もやっていきたい領域です。伸びる市場はまだまだあります。
――最後のフォローまでを含めたコンサルティングということですね。
単純な「販促物の印刷」から、「仕組み全体を変えませんか」と提案し、さらに「御社の経営課題はこういうところだから、こういうふうに変えませんか」と提案していくと、お客様の方から自然に「販促以外のモノづくりも任せるよ」「物流全般を任せるよ」と言っていただけるようになります。今後はホームセンターやドラッグストア、スーパーでも取り組みたいですね。「こうしましょう」というだけではなく、実際にモノを作れる、モノを動かせる、オペレーションを実行できることが僕らの強みだと思っています。
――人材育成についてお聞かせください。
教育には力をいれていて、「日本で一番勉強する会社をつくろう」ということで、就業時間の10%を勉強に充てています。勉強会を兼ねて他社の訪問などもしています。何か新しいことを始めるときは、その分野の先駆者や先行企業を見学して、「教えてください」とお願いしています。これが一番早いんです。会社視察って会社の幹部が数人ぐらいでするのが普通でしょうけど、僕らは数十人規模で行きます(笑)。上層部だけが見学しても、現場がぴんと来なくてあまり共感できず、変化のスピードが鈍るくらいなら、全員連れて行って見せる方がいい。
「No try、No Success」が社風で、やってみなければ何も変わらないということは大事にしています。
ビジネスは社会を良くするためにするものだと思っています。僕は経産省からこの会社に転職しましたが、行政では現場から離れているために決まるのに時間がかかったり、良いと思っても色んな制約があってできないことが多く、行政だけでは社会は変えるのは難しいと思っていました。一方で今さら大企業に入ってもなかなかスピーディかつ自由にできないだろうということで、この会社に飛び込みました。今後もビジネスの力で社会を変えていきたいと思っています。
※
AIなどの最先端技術だけではビジネスの仕組みは変わらない。原始的なようにも思える「人の手」=フィジカルの力も必要になるという当たり前のことに気づかされた。生産性の向上、効率化などとよく言われるが、いくら技術が進んでも人の手を介さずにその追求は難しい。むしろその「人の手」のクオリティを向上させれば、そればビジネスの強みになる。多くの企業が取り組むDXを成功させる鍵は、そんなところにありそうだ。
1946年創業。ビジネス・プロセス・アウトソーシング、業務改善コンサルティング、販促プロモーション支援、デジタルコンテンツ制作・配信など多角的な事業を展開。
経済産業省「グローバルニッチトップ企業100選」(2014年)、「おもてなし経営企業50選」(2013年)、東京都「経営革新最優秀賞」(2018年)。
MIC株式会社コーポレートサイト https://www.mic-p.com/ [外部リンク]
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2021年12月27日
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