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「鎌倉資本主義」から、"地方で働く"を考える~面白法人カヤックと株式会社Huber.の場合~

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キャプテンフック / AdobeStock(※)

画像提供: キャプテンフック / AdobeStock(※)



■あえて鎌倉でビジネスを展開すること


東京から電車で1時間、海あり、山あり、神社仏閣ありの人気観光地、鎌倉。と同時に、「住みたい街ランキング2018」(不動産情報サイトSUUMO関東版)で14位に入る人気の住宅街でもあります。


ロケーション的には"地方"というよりも"郊外"に近いのかもしれませんが、都心で働く人のベッドタウンと単純に言いきれる場所ではなく、今なお、独特のブランドや文化によって輝くこの「鎌倉」という場所にこだわって、本社を置いている企業があります。


今どきのIT企業というと、多くの人が東京の渋谷区や港区の新しいビルのオフィスを想像するのではないでしょうか。通信インフラが整っていて、顧客企業との打ち合わせにもアクセスが良く、流行や新しい文化・ビジネスの発信地に近いという利点があるからです。ところが、一方で、あえて大都市の郊外や地方にオフィスを移転したり、創業したりする企業もあります。


郊外にオフィスを構えることで職住近接が容易になり、働く人にとって大きなストレスである通勤ラッシュを避けることができます。また、豊かな自然を楽しめる環境で働くことはリフレッシュ効果があり、企業全体の生産性が上がるというメリットもあります。


デメリットと思える都心との距離も、テクノロジーの進化によって通信インフラが地方でも整ってきたことや、手軽で多彩な会議システムの選択肢が増えたこともあり、あまり不便を感じることなく業務を遂行できるようです


今回は、鎌倉という絶妙な立地でユニークな企業活動を展開している2つの企業に伺い、その働き方についてお話を聞きました。



■面白法人カヤック~地域に溶け込んでいくオフィス


鎌倉駅に降り立つと、都内より空気も心なしかキレイで、圧倒的に緑が多い印象です。高い建物があまりないせいか、空が広く、日差しが一段明るいように感じます。


まず、ゲーム・広告・Webサービスで「バズるコンテンツ」を次々に世に送り出すクリエーター集団、"面白法人"株式会社カヤックの新社屋「ぼくらの会議棟」を訪問しました。昨年11月に竣工したばかりのこのオフィスは、鎌倉駅から徒歩5分の住宅街の一角。外観は7階建てのビルに見えますが、実は2階建ての木造建築で、外から続くアスファルトをビルの中まで引き込んで、屋内外の植物が途切れずオフィス内まで続く斬新な空間設計です。


快適なオフィス環境は、アスファルトに埋め込んだ床暖房など、こだわりの空調と木の内装や豊富なグリーンで整備されています。木造ならではの耐震や防音の工夫も随所に施し、エンジニアリング的にも工夫をこらしたとのこと。



面白法人カヤック CEO 柳澤 大輔氏

面白法人カヤック CEO 柳澤 大輔氏



執務スペースは「やりたいことやっていい」という柳澤氏の方針のもと、自分の仕事以外も気になってもらうために、執務スペースはあまり領域を区切っていない作りに

執務スペースは「やりたいことやっていい」という柳澤氏の方針のもと、自分の仕事以外も気になってもらうために、執務スペースはあまり領域を区切っていない作りに。



グループ企業で働く人や、パートナーの方なども含めて300人以上の方がここで働いており、そのうち約3割が鎌倉市在住とのこと。会社としては、なるべく鎌倉近辺に住んでほしいため、近隣の逗子市や葉山町(三浦郡)に住んでいる人も含めて「鎌倉住宅手当」を支給しているとのこと。結果、3割の社員がこの住宅手当を利用しています。




もともと鎌倉に住みたいという人が1~2割いて、職住近接に共感しているメンバーが多くいました。家と職場が近いと、イタリアのライフスタイルのような、「ちょっと家に帰って家族と食事する」なんてこともできます。それで、昼休みは90分を推奨しています。


(カヤック CEO 柳澤大輔氏)




社員Wさんにもお話を伺いましたが、「朝の通勤ラッシュが遠い昔に思えます。今は、江ノ電でのんびり出社して、朝から気分がいいです」とのこと。


鎌倉へのこだわりは、カヤックを創業した3人のメンバーが、なぜか学生時代から鎌倉が気に入っていて、会社を作るなら鎌倉と決めていたことにあるそうです。




直感で選んでこの場所で始めてから、あらためて仕事場として考えると、東京からもそこそこの距離で、住環境としても自然が豊かで住みやすい。市の方針も、働く人を増やしたいと法人に協力的です。行政規模も16万人くらいで、"自分の街"感が持てる。禅の発祥の地でもあり、鎌倉時代などは日本の中心地であったので、開かれている土地柄であるなど、どんどん好印象が高まりました。ひとつの会社に所属しているというより、街の中に溶け込むというか。実際に、「まち全体をオフィスにする」というコンセプトで、鎌倉駅前を中心に、保育園や社員食堂などを鎌倉に点在させる作りになっています。


社員食堂というのは鎌倉にオフィスがある会社30社が会員として参画するもので、地元の飲食店の方に週替わりで出店をお願いしています。野菜も魚も、食べ物自体がおいしいのですが、違ったお店のメニューを毎週食べられるので、楽しみにしている社員が多いようです。鎌倉で働く人や、社員の家族ならだれでも利用できます。

(同)




「まちの社員食堂」は、鎌倉で働く人は利用可能。「お皿洗いでランチ10円」という食券も。

「まちの社員食堂」は、鎌倉で働く人は利用可能。「お皿洗いでランチ10円」という食券も。



――創業者としては満足でも、そこで実際に働いている社員たちはどう感じているのでしょうか。皆さん、クリエーターですよね。



オフィスとしてのクオリティが上がり、生活の質が高くなって、豊かさが増したなと感じてくれている社員が多いようです。経営者としては、社員が何となく楽しそうにしているのでうれしいです。鎌倉には海も山もあり、自然が豊かですから、都心で高層ビルを眺めるのとは違った快適さがあります。


カヤックは、ものを作っている時間が一番幸せという人が多くて、そういうメンバーが素でいられる環境を大事にしたいと思っています。そういった環境に良い仲間を加えれば、楽しく、高い生産性で仕事ができる。ビジネスですから生産性を上げたいのは当然ですが、ただ生産性を上げるだけでは面白くないと思うんです。


本質的に言えば、主体性の問題だと思うんですよね。自分でやっているのが一番楽しい。当社ではみんなで責任をとるということが大切なのですが、そうなると気持ちの良い仲間としか働きたくないわけです。僕は「類は友を呼ぶ」と本当に思っていて、自分の価値観に近い人と心地よく仕事ができる好循環が理想です。クリエーターというのは、仲良しだけど、ウェットではない。互いの価値観を認め合いつつ、それぞれが独立して主体的に取り組んでいるクリエーターの集合体です。心地よい距離感だと思っています。


副業もルールはありますが、OKです。独立も推奨していて、カヤックは、良きインキュベーターでありたいと思っています。

(同)




■本業も地域活動もすべてがつながっている


面白法人カヤック CEO 柳澤 大輔氏

面白法人カヤック CEO 柳澤 大輔氏


カヤックは2013年から「鎌倉をもっと元気にしたい」という活動、通称"カマコン"の活動に参加しています。同社をはじめ30社近い企業と個人会員が所属しており、毎月の定例会は100名を超える参加者が集まる大賑わいです。活動内容はボランティアだけでなく、それぞれの事業に連携させるプロジェクトも多く見られます。




仕事が充実していても家庭が充実していないと楽しくありませんよね。それと同じように、住んでいる地域を好きになって、近所の人と仲良くなれば、生活がより楽しくなります。仕事と地域活動の関係というものは見過ごされがちですが、地域の問題を"ジブンゴト"にして、地域にも家庭にも仕事にも主体的にかかわることによって、より好きになっていく、という法則があると思うんです。


ここで大事なのは視座を上げるということです。視座を上げて、本当に地域のためになるのかと考えていくことで、もっと面白くなる。会社でも、視座が低いと、ただ会社の悪口や愚痴ばかり言って、"やらされ感"ばかりで過ごすことになり、楽しめませんよね。地域活動も、"やらされ感"では面白くならない。視座を上げ、どうやったらこの町は楽しくなるかという観点から「自分がどうにかしよう」と思うと、途端に楽しくなります。会社に学んで地域に活かそうということですね。そんな空気感にするためにカマコンを作ったんです。みんなでひとつ視座を上げ、「どうやったらこの町が楽しくなるか」という視点で話します。例えば、「隣に変な人が来たらイヤだ」といった感覚だけでは、もし自分のことしか考えずにいたら、これほどダイナミックに楽しくなることはないでしょう。視座を上げれば、その変な人をどう活用しようか考え始めるかもしれません。

(同)




■お金ではない指標を目指す「地域資本主義」


柳澤氏の著書「鎌倉資本主義~ジブンゴトとしてまちをつくるということ~」では、そのような地域活動の考え方の実践例として「鎌倉資本主義」が名づけられています。




これは地方創生の文脈の一つでもあるのですが、「一極集中ではなく、国内のさまざまな地域がそれぞれ成功しているのが真の豊かさである」ということを前提にしています。そうした地域資本主義をみんなで盛り上げていこうというメッセージをこめました。


「地域の発展」というと、経済的な観点での"発展"ばかりがクローズアップされますが、お金ではないところを伸ばそうとする地域もあっていいと思います。経済的にはそこそこでよく、他の幸せ度を高めることを目指す地域も出てくれば、多様性が高まるのではないか。

(同)




そこで生まれたのがQWAN(クワン)というカヤックの新しいグループ会社です。同社はブロックチェーン技術を使って地域コミュニティ通貨の発行や管理、地域ファイナンスに係わるサービスを提供していく予定。仮想通貨の使い方にルールを設け、地域の目指す方向を示すという発想です。




例えば、もし地域に球場があれば、「球場で飲み物を地域通貨で買うと50%引き!」というキャンペーンを打つことで、地域の特色や、目指す方向を可視化することができます。そんなふうに地域の価値観に特色を持たせられる。QWANの活動は、割合から言うと大して儲かるわけではないのですが、人とのつながりという観点で社会資本が増えていくのであれば、地域活性化のひとつの形になると思っています。


もっと大きな視点から言うと、「ただお金を稼いでいるだけの会社」にはお金が流れなくなっていくことにつながるのではないかという期待があります。「GDPは指標としてもう限界だ」などと言われますが、社会悪を撒き散らすような活動に、"儲かるから"とお金が集まることが、その根底にあると思うのです。


お金をカラーで分けることも考えています。本来、現金というものは匿名的なものですから、「色はついていない」わけですが、そこをあえて、匿名ではなくしてしまう。どこで誰が何のために使ったかを公開する通貨ができたら面白い。もちろん世の中には、隠してお金を使いたいこともありますから、すべてを置き換えることはできないでしょうけれども、そのように使い道が公開されてしまう通貨が世の中に1個ぐらいあってもいい。人とのつながりを増やすためにしか使えない通貨なら、別に隠さずに使えますよね。そんな通貨の割合がだんだん増えていけばいいと思っています。

(同)




面白法人カヤック CEO 柳澤 大輔氏

面白法人カヤック CEO 柳澤 大輔氏



■株式会社Huber.~訪日外国人向けガイドマッチングサービスは「鎌倉でなければ始まらない」


次に、訪日外国人向けガイドマッチングサービスを運営する株式会社Huber.の代表取締役CEO 紀陸武史氏に、観光地としての鎌倉がどのようなことになっているのかを伺ってみました。


同社が提供しているユニークなサービスが「Tomodachi Guide」という"ガイドマッチング"です。望めば誰でも観光ガイドになることができ、「たび診断」を通してマッチングした訪日外国人観光客と一緒に観光スポットを巡り、通常のツアーなら行かないような地元のカフェに連れて行ったり、地元の人しか知らないような体験で日本の文化をより深く体験してもらうというもので、実際に多くの観光客から支持を得ています。


「たび診断」とは、同社が特許を取得しているチャット型ヒアリングシステム。訪日外国人観光客に対し、訪日回数や人数、予算、その他定性的な情報をヒアリングし、潜在的なニーズを把握するとともに、ニーズに即した地元ならではのツアーを提案するものです。


旅前から訪日外国人観光客とガイドがやりとりを重ねる独自の仕組みを構築することで、これまでになかった満足度の高い旅を実現しています。



株式会社Huber. 代表取締役CEO 紀陸 武史氏

株式会社Huber. 代表取締役CEO 紀陸 武史氏




鎌倉は千年の歴史がある観光地で、1年間に観光客が2200万人も来ます。しかし、奈良なども同じですが、文化財や遺跡が出てきてすぐに工事が中断しますし、建物の高さ規制もありますから、ホテルなどの大型開発はできません。ですから、口コミで来るお客さんをターゲットに、彼らが最高に喜ぶ体験を提供しようと考えました。


目指しているのは「世界中の人を友だちにする」ということ。「どうやったら友達になれるか」と考えてマーケティングやサービスを考えています。日本をリスペクトしていて、日本のカルチャーとのギャップをつないでくれる友人が世界中にいる。そんなお客さんが、ちょっと足を伸ばして、日本の友人の文化や暮らしぶりを見に行きたいと思ってくれる。そんなシチュエーションで、最高に喜んでもらえるサービスを作ろうと思っています。


(株式会社Huber. 代表取締役CEO 紀陸 武史氏)




そんなHuber.は創業間もないのに、「東急アクセラレートプラグラム」をはじめとする多数の受賞歴があり、大手企業との協業や、自治体との協働にも積極的です。


東急と共同で行った世田谷線豪徳寺の観光開発では、訪日外国人観光客以上に日本人観光客が増え、年間で大幅に乗客が増えるという成果を出しています。



Huber

画像提供: 株式会社Huber. (※)



そんなHuber.もまた、カヤックが始めた"カマコン"に参加しており、鎌倉という地域性を大事にしながらビジネスを展開しています。




カマコンなどの地域コミュニティはすごく良かったと思います。鎌倉はもともと禅の文化が浸透しているためか、新しいことに対してすごく寛容なんです。ダイバーシティの精神がベースにあるので、新しいことや知らないものが好きな人たちが集まってコミュニティが自然にできます。街としての個性がすごく際立っていて、鎌倉に本社を置くと、同じ価値観の人が自然に集まる。情報共有も楽です。


また、鎌倉に会社があることで、ゲスト(観光客)の生の反応をいち早くキャッチできます。日本人が予想していなかったような場所や体験に思いのほか喜んでくれたりすることがわかるので、見えざる観光資源の発見につながるわけです。


そんなわけで、僕は鎌倉から本社を動かすつもりはないです。都内にも行きますが、電車での移動中に仕事できますし、特に不便はないですね。ただ、飛行機や新幹線で地方に行くときは都内のほうが便利でしょうね。それでも、一緒に働く人のほうをより大事にしていますから、鎌倉に本社がある意味は企業としては重要だと思っています。

(同)








2つの異なる会社でお話を伺い、「鎌倉ではたらくこと」は、都心では得られない大きな意味を持つことに気づかされました。


都心ではない"地方"でビジネスを展開することは、たんにワークスタイルを変えるだけでなく、多かれ少なかれ、地域性を意識した活動につながっていきます。柳澤氏の言う「視座を上げる」ことによって、都心では得がたい地域コミュニティが生まれることになります。同じ価値観を共有する環境ができれば、地域に対しても、生活に対しても、仕事に対してもジブンゴトで主体的に働くことによって、非常に広い意味での働き方改革につながっていくことでしょう。


今回訪れた鎌倉は、古い歴史や文化をもち、都市への距離感もまさに独特の街ですが、日本には同様の地域が多く存在します。ワークスペースが多様化・拡大し、ITの進化によってユビキタスな働き方が珍しくなくなった現在、今後は都市以外の地域でビジネスと向き合い、働く人も増えていくのではないでしょうか。






取材協力

面白法人カヤック

株式会社Huber









編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局(※の画像を除く)
制作日:取材日:2019年1月7日、9日




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