(株式会社働きごこち研究所 代表取締役 藤野 貴教 (ふじの たかのり)氏)
いつの時代も人々の働き方には変化が起きています。多くの人が漠然としか認識できていない人工知能時代の到来で、働き方はどう変化するのでしょうか?人工知能の時代だからこそ人間らしさが楽しく働くことにつながると語るのは、株式会社働きごこち研究所 代表取締役 藤野貴教氏です。
――お仕事内容を教えてください。
働くことがどうやったら楽しくなるかを研究しています。具体的にはテクノロジーが進化していく時代に人の仕事が変化し、働き方がどう変化するのかを研究しています。その研究成果を企業にお伝えして、具体的に企業の中での働き方の変化をお手伝いすることが仕事です。顧客は大きな企業の方が多いです。たとえば、東京オリンピック以降、自分たちの会社をどう変化させていくかといった、次世代リーダーに対して、事業戦略を一緒に考えたり。
――東京オリンピックの先を見ている?
東京オリンピックまでは見えているけれど、この先どうしたらいいのか漠然とした不安や悩みを抱えている人たちが多いのです。その答えがないから自分たちで考えていくしかないのですが。多くの人はテクノロジーがいつ、どんな変化を遂げていくかということには関心が薄いのが現状です。ITエンジニアのような技術系の人だけではなく、そういう人に、テクノロジーの変化を自分ごとに感じてもらうようにして、働き方をどう変えていくかということを一緒に考えてもらうようにしています。
――テクノロジー自体に関しての不安も大きいのではないでしょうか?
世の中の変化が速いということですね。企業としての不安は人口が減っていきマーケットが小さくなっていく中で、自分たちの会社は生き残れるのだろうかといったものが多いですね。それに対して個人は、人生100年時代と言われていますが、この中でどう生きればハッピーになれるのか悩む時代になってきています。人工知能が人の仕事を奪うと言われることが多い昨今、仕事がなくなってしまうことで自分の存在意義や価値がなくなると思ったりする、自分に対する無価値感です。
――そういう悩みを抱える人はこれから増えていくのでしょうか?
じつは、こういった悩みを抱える人がこれから急速に増えていくことが予想され、世界的にも問題となっているのですよ。このような不安や悩みはテクノロジーだけが解決できるものではないのです。人は自分の不安と向き合いながらハッピーに生きて働くということを自分で見つけ出していくことが大事だと、僕は考えています。僕自身2002年に働き始めてから、働くことは苦しいことだと思っていました。どうやったら楽しく働けるのかが自分のテーマだったのです。最初から働くことが楽しければ、どうやったら楽しく働けるかなんて考える必要はありませんから。働きごこち研究所を起ち上げた背景は、働く上での悩みを僕自身が感じていたから。それを解決するために実践してきた内容を伝えることを仕事にしているとも言えますね。
――テクノロジーが進化した現代、企業の業績や人々の働き方に影響を与えるファクターとして特に大切なものはどんなことだとお考えでしょうか?
身体性です。人間にはITやロボットが持っていない身体があるということですね。これからどんどんテクノロジーが進化してくるからこそ、人間は身体を持っていることを認識する必要があるのです。食事とか呼吸といった身体面でのパフォーマンスを上げることがきっと大切になっていくでしょう。パフォーマンスを上げるには自分自身の身体性を知ることですね。たとえば僕の場合、夏になるとパフォーマンスが高くなりアクティブになるのですが、冬になると低くなるのですよ。冬になると働くことが嫌だし遊びにも出たくなくなる。こういった自分の身体のパフォーマンスを知って対処していくことが大切です。
――テクノロジー、特に人工知能には期待されていますか?
人工知能は天使でも悪魔でもありません。天使だと思っている人は、「人工知能がなんでもやってくれるから自分は何もしなくてもいいのでありがたい」と考えていたり、悪魔だと思っている人は「人工知能に人間がコントロールされてしまう」とおびえたりします。でも、人工知能は全能ではありません。人工知能は道具であって、中心になるのは人間なのです。
――ほかにも多くの働く人々が勘違いしていることがありそうですね。
多くの小企業では人工知能は大企業が取り組むことだと思っているようです。莫大な資金を投入して人工知能を導入しても使いこなせずに生産性も上がらないだろうから人工知能は関係ないことと考えている経営者が多いのです。しかし、小さな企業こそ人工知能を導入するべきなのです。実際、お金がそれほどかからない人工知能搭載のアプリを導入した小企業では思いのほか成果を上げたりしていて、それを知った経営者たちの意識も変わってきています。
――日頃、どういうところでお仕事をされていますか?
以前は東京で仕事をしていましたが、今は地方を中心としたノマド的な働き方をしています。海の前のカフェで仕事したりとか。
――どうして東京を離れてノマド的な働き方を選んだのですか?
毎日同じ時間に同じ場所へ出勤することが苦手で、満員電車のような人が多過ぎるところも苦手だったので、毎日の通勤も苦痛でした。その頃働いていた会社は駅の上にありましたので、朝、地下鉄の駅に着いたらエレベーターでそのままオフィスへ。夜遅くまで仕事をしていたので身体も疲れていたし、日光を浴びない生活でしたのでセロトニンが不足して気持ちが落ち込んでしまっていたのだと思います。そこで東京を離れるという選択をしました。オフィスで働くことが嫌だと思って12年前に東京を卒業して、オフィスを持たない働き方を選んだのです。当時は、心地いいオフィスってほとんどなかったのですよ。しかもオフィスを持たない働き方は社会的信用を得られにくい時代でしたから「オフィスはないのですか、大丈夫ですか」と、よく大企業の人たちから心配されました。
――ご自身の中で変化はありましたか?
自分にとってどういうことが嬉しいことなのか、楽しいことなのかが、わかるようになりました。子育ても田舎ですることになったのですが、子どもたちは毎日、自然の中を走り回わるような元気な子に育ちました。このような働き方は2007年頃からモバイルテクノロジーが進化して、どこでも働けるようになったからできたことだと思っています。最近は仕事でお邪魔する企業にも、働きやすく、ここちよいオフィスが増えてきましたね。こんな心地よいオフィスなら、もう一回オフィスで働きたいなとも思うようになったくらいです。
――企業のオフィスに対する考え方が変化してきたのでしょうか?
まず人々の仕事に対する心の持ち方が変わってきているようです。大げさに言えば、以前は感じたことを言うこともできなかった。それが正しいかどうかは別として、今は「自由がいい。縛られたくない」といった自分の感覚や考えを正直に言いえるようになってきています。働く上でのここちよさを主張できる時代になってきたのでしょう。それに合わせられないオフィスからどんどん人が離脱していってしまうのも自然なことかもしれません。人がオフィスに合わせるのではなく、オフィスが人に合わせるということが、ここ10年のうちに急激に進んだようです。テクノロジーの進化は人々の感覚や価値観を変化させる要因になりますからね。
――毎日同じ時間に同じ場所へ出勤するということが不自然に思えるかもしれませんね。
そもそも、そのような働き方になってからまだ100年くらい。大量にモノを作ることができるようになった、テクノロジーの変化によるもので、1900年代初頭くらいからの約100年前のできごと。T型フォードが登場し、コストを下げて大量生産するためにベルトコンベヤーでの流れ作業が始まった。そこから100年経って、現代のモバイルの進化がありました。今、働き方やオフィスの在り方が変わる時期にきているのでしょう。
――オフィスが変化についていけない人が出てきたりしませんか?
人は必要に迫られると感覚が進化します。環境に順応するのは意外と早いのです。私のお客様である三菱地所では、最近とてもすばらしい近代的オフィスに引っ越しをしました。従来の古いタイプのオフィスに慣れてしまっている人には斬新過ぎるオフィスと思えるでしょう。ですがオフィス環境を変えたら、そこで働く人々が2週間で変わっていったと言います。簡単に環境に慣れることなどできないから生産性が上がらないという人がいますが、人間はきっちり環境に順応すると考えた方がいいでしょう。
――著書「2020年人工知能時代 僕たちの幸せな働き方」の内容紹介と込めたメッセージは?
著書を通じて僕は「テクノロジーが進化していく中、一人ひとり、働き方を考えていきましょう」と提案しました。人工知能への不安が減ったというような反響が多かったです。
――テレビ番組にも出演されていました
「ほんまでっかTV(フジテレビ系列)」に人工知能ビジネス評論家」という肩書で出演させていただいたりもしました。
――本の執筆など、一人で取り組みたいことはどこでされますか?また仕事に行き詰ったりした時はどうされていますか?
ここでないと仕事が進まないといったことがないので、場所は決まっていません。どこでも大丈夫。行き詰った時は外に出て、外の空気を吸います。
――これからのオフィス環境に求められているものとは何だとお考えですか?
どこまで行っても屋内であることを突破できないオフィスでなく、屋外に気軽に安全に出られる環境が必要だと思うのです。屋内に人工的な屋外っぽい空間を作るといったようなことはなく、自由に屋外に出られる環境ですね。たとえば学生の頃、授業をエスケープして校舎の屋上に行くといったような感覚ですね。自由に気軽に出入りできる屋外のエスケープ空間があるオフィス環境がいいのではないでしょうか。仕事をさぼりたい、息抜きしたい、と思うのは人間らしい欲求です。そんな時のためのスペースと環境が必要だと思います。
――経営者や従業員を問わず、働く人々に伝えたいメッセージをお願いします
大学生の就職したい人気企業ベスト10などが毎年発表されていますが、そのすべてが大手企業ですよね。安定性と将来性を企業に求めている証拠です。でも、最近の傾向として中小企業で働きたいと思っている若い人も増えてきました。それは働くことの楽しさを求めるようになってきたからでしょう。大企業での仕事はシステム管理されていてスムーズに仕事を進めることができるのですが制約も多いです。一個人で勝手にルールを変えるわけにはいかないのでルールに縛られることが多々あります。人間はだらしなくて、ゆるいところがあるのです。管理されたくない、ダラダラしたいという部分を組織、働き方、オフィスなどの面で受け入れることができる寛容さがあれば、ものすごいパワーを生み出すこともあります。
――もっとゆるくていいと
ゆるいのに生産性を上げられるか、という実験を始めている会社も、企業の規模を問わず出てきています。ルールはあるけれどルールに縛られない。先ほどお話しした三菱地所のオフィスなどがその例と言えるでしょう。中小企業だったら比較的ルールや制約が少ない分、いろんなことを試すことができるステージにあると思うのです。働き方の変化が進んでいる時代なので、中小企業の経営者は大企業をマネするのではなく、ここちよく働ける環境をつくる実験をしてみて欲しいです。
――ゆるいことは悪いことではないのですね
昨年1年間全国で、働き方改革の研修・講演した時に感じたことは、日本人は忍耐強い、忍耐強いのは美徳であるが変化の障害になるかもしれない、ということです。「人工知能より簡単なITとかRPAを利用して仕事を軽減させましょう。仕事が楽になった分、ほかのことができるじゃないですか」と提案しても皆さん「自分さえ我慢すればいいことだから」と忍耐は美徳という慣習のせいで受け入れなかったりするんです。心にゆとりがなく、責任感や目先のことに追われた毎日を過ごすより、陽射しを浴び外の空気を吸いダラダラしてみることも大切かもしれません。人工知能と上手に付き合いながら人間らしく働くことが、きっと幸せで楽しい働き方なのです。
(アスクル家具ショールームにて、著書とともに撮影)
人はオフィスの変化へ順応する能力を備えていると言う藤野氏。それだけにオフィスに影響を受けやすいとも言えるでしょう。生産性のためにもオフィス環境を考える一つのヒントになりそうです。
プロフィール
株式会社働きごこち研究所代表取締役。ワークスタイルクリエイター。組織開発・人材育成コンサルタント。グロービス経営大学院MBA(成績優秀修了者)。人工知能学会会員。外資系コンサルティング会社、人事コンサルティング会社を経て、東証マザーズ上場のIT企業において、人事採用・組織活性化・新規事業開発・営業マネジャーを経験。2007年、株式会社働きごこち研究所を設立。「ニュートラルメソッド」を基に、「働くって楽しい!」と感じられる働きごこちのよい組織づくりの支援を実践中。
「2020年人工知能時代 僕たちの幸せな働き方」(かんき出版) [外部リンク]
最寄駅: 東京メトロ有楽町線「豊洲駅」 1C出口より徒歩3分
オープン時間: 午前10時~午後5時(土・日・祝日・年末年始・お盆等を除く)
※見学は要予約です (電話またはウェブフォームより受付)
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局
取材日:2018年1月25日
2016年11月17日のリニューアル前の旧コンテンツは
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