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AI研究の最前線!"空気"を読めないAIに振り回されないために ~メタデータ株式会社 代表取締役社長 法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科兼担教員 野村直之氏インタビュー~

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AI研究の最前線!

メタデータ株式会社 代表取締役社長 法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科兼担教員 野村直之(のむら なおゆき)氏



毎日、AIの文字を見ない日はないほどまでになりました。とはいえ、AIのことを本当に理解している人は少ないようです。驚いたり、喜んだり、不安になったりとAIの噂に振り回されている昨今です。AI研究の第一線で活躍し、「人工知能が変える仕事の未来」(日本経済新聞出版社)を著している野村直之氏に、AIの導入で働く私たちが考えるべきことを伺いました。






■第3次人工知能ブームが到来した背景


――野村さんが人工知能(AI)を研究するようになったきっかけは?


高校生の頃、テレビのクイズ番組で準優勝したことがありました。過去問題を借りて一夜漬けで丸暗記し、「アボガドロ数を1単位とする分子の量を表す単位は?」という問題に早押しで「モル」と正答。放映を見ていた同級生に「ただの丸暗記だろう」と言われて、私は「ちゃんと正確に理解して答えている」と言い返しました。しかし、のちに量子力学をちゃんと勉強したら、太陽の周りを惑星が回っているような原子モデルは誤りだということを知りました。


AIでも、クイズ番組の問題と答えの膨大なパターンを覚えさせれば、AIが物理化学を理解していなくても正解できるようになります。あの時の自分は理解していなかったのだろうか。理解もしていて、説明もできたけど、それが真実ではなかったとすると、自分の知識の量やその中身、真正性というのはどう記述され、証明できるだろうか。そんなことを考えました。高校2年生の時です。これが私がAIを研究することになるスタートでした。



――人工知能の第2次ブームから第3次ブームの中で、野村さんは人工知能研究の真っただ中にいらっしゃいましたね。


人工知能の第2次ブームの走りの頃、NEC中央研究所で機械翻訳の日本解析リーダーになりました。薄い文法書には書いていない何千ページもの文法規則や主要な語彙ごとの例外を記述するのは、まるで太平洋の水を洗面器で汲み出すような仕事でした。月に255時間残業し、連続徹夜しても、太平洋の水は洗面器では汲み出せません。機械(AI)用に知識を獲得することがいかに大変か、身体で思い知った数年間でした。そこで、もっと良い辞書を作ればマシになるかと思って、第五世代コンピュータ開発機構のスピンオフ、日本電子化辞書研究所を経て、600万の概念を60~70万の英単語の語義に結びつける知識ベース(ワードネット)の活用研究にシフトしました。ワードネットは、その後イメージネットのベースとなり、第3次ブームで深層学習が高精度を達成する鍵となりました。それ以前、2010年以前までは画像認識は50~60%の精度しかありませんでした。



――それは、相当低かったということですね。


自動運転に必要な精度を考えてみてください。誰だって、前方を走る車を正しく認識する精度が50~60%しかない自動運転車に乗りたいとは思わないでしょう。ちなみに、たとえ精度99.9%あったとしても、やはり話になりません。首都高や都内を走れば、前を走る車はたちまち1000台を超えてしまうからです。



――ワードネットに参加していた日本人は野村さんだけだったのですか。


MIT Pressの書籍"WordNet"の共著者となった日本人は私だけです。ワードネット中の物の名前(名詞概念)がほぼ森羅万象に含まれるモノを網羅しているという前提で、イメージネット・プロジェクトに採用されました。5万人で6年かけて、1400万枚の画像にワードネットのラベルを貼っていく作業をやり、2010年にとうとうイメージネットが完成しました。初めてニューラルネットワーク(深層学習)よる画像認識に適用したら、他方式で約3割あったエラーがたった1年で2割まで減り、2015年12月25日には、1400万枚からランダムに選んだ1000枚の画像の平均認識精度が97.4%まで上がったのです。


AIの第3次ブームは突然訪れたわけではありません。40年もの間、ねばり強くニューラルネットワークの改良を続けた努力と、イメージネット、ワードネットから作られたビックデータ、そして計算機の速度向上が、第2次ブームと第3次ブームの間にあるのです。



――3つの要素が重なって、精度が上がったのですね。


40年前にNHK技研の福島邦彦博士が作った「ネオコグニトロン」という今日のCNNという深層学習にそっくりなものがありました。それとどこが違うかというと、計算機のスピードが1億倍くらい速くなったのです。40年前ではできるはずもなかったことが、経験的に証明されたことになります。そして、イメージネットというビッグな正解データが必要でした。そんなふうに、いろいろものが複合されて、第3次ブームが来たわけです。




■人工知能は空気の読めない"KY"

人工知能は空気の読めないKY


こうして2012年以降、道具としてのAIであるディープラーニングは、人間の暗黙知の一部を切り出せるようになりました。これは画期的なことです。


たとえば、車のボディにごくわずかな、0.1ミクロン以下の凹凸があっても、それが瑕疵だと見破ることができるセンサーは存在していません。でも、それを仕事にしている専門家が手で触ると、そこに瑕疵があると指摘できる。これが暗黙知ですよね。その専門家に「どうしてわかるのか?」と聞いても、きっと理由は答えられないでしょう。「わからないけれど、できてしまう」としか言いようがないのです。これが暗黙知です。



――そういった「ベテランのカンや経験」のような言葉で説明できない知識を、AIが切り出せるようになったのですね。


方程式でも言葉でも説明できないようなものというのは、言い換えると、「技術」ではなく「技能」ということです。「技能」は従来、再現性に乏しく、仕様書が書けないものでした。その「技能」をキャプチャーできるようになったことが、今のAIの画期的な点なのです。



――暗黙知は言葉で説明できない。つまりブラックボックスですね。


ですから、今、医療診断にAIの導入が進んでいますが、その場合は、画像診断にのみ使うようにしなければなりません。画像診断に加えて、脈拍や体温などの診断などにもというふうにハイブリッドに使ってしまうと、ブラックボックスが2乗、3乗になってしまう。AIがエラーを起こした時の原因解明や、保険的対応が事実上不可能になってしまいます。そこで、単機能のAIを複数組み合わせて、人間の最終的な判断を支援するシステムを作るのがいいいでしょう。



――日本人は「職人」的で、ビジネスでも様々な面で暗黙知で仕事をする傾向がありますね。


日本の生産性は世界的に見て低いと言われますが、その理由は、日本人は、形式知でやるべき仕事を、暗黙知でこなしてきてしまったからです。業務フローを分解して形式知化することが苦手だったために、90年代のERPパッケージ導入の流れでも、日本は先進国の中で唯一失敗してしまった。


皆、仕事でマイクロソフトオフィスを使いますが、日本ではマクロを使いこなしているビジネスパーソンはあまりいません。マクロは一連の複数の操作列を記憶させ、再現して省力化するものです。マクロによる仕事の自動化率は、日本はアメリカの1/10だと言われています。


最近、RPA(Robotic Process Automation)というテクノロジーが脚光を浴びています。これは20年ほど前に生まれたものですが、ブラウザ中心のクロスアプリ・マクロ、すなわち、複数のアプリケーションにまたがって組むことができるマクロのようなものです。マイクロソフトオフィスのVisualBasicの親戚ですから、単純作業、形式知化されていることしか任せられません。つまり、AIとはまったく違うということになります。業務の全体の流れを記述したRPAから人工知能APIを呼び出して、あたかも職人さんに一部の工程を分担してもらうようにすることはできます。



――AIについて一般的に誤解されていることは何でしょうか。


60年も前から、AIは大学院生が解く微分方程式など解いていました。だから知らない人は、AIのことをとても賢くて万能だと思い込んでいますが、じつは、全然賢くありません。今までのコンピュータプログラムは、1歳児でもできるようなこともできなかったのです。先ほどのスタンフォード大学の人工知能研究所長は、人工知能の知的レベルを3歳児と評していますが、実のところ、それ以前だと思います。


3歳児に母親の写真を見せて「だれでしょう?」と聞けば、「ママだよ」と答えますが、AIは、99.7%の確率で「ママです」と答えるものの、同時に0.3%の確率で「それは野生のトウモロコシです」などと答えるわけです。そんなふうにバカだから可愛いのです(笑)。



――今のAIというのはすべて、いわゆる「弱いAI」でしょうか。


はい、今のAIイコール道具だと思ってください。人間のように柔軟で、文脈や背景を踏まえた対話のできる機械は存在しません。「駅前にビアガーデンができたね、飲んでいこうか」「いや、給料日前だから今度にしよう」というような、人間が日常生活で普通にしている対話が、機械にはできないのです。この問い掛けに対する様々適切な回答は無数にあり、正解が一意に決まりません。ですから、現在のAIを適切にトレーニングすることができません。現在のAIは、文脈や背景知識、外界の現況に合わせて適切に回答することができない。


言い換えればAIは空気の読めない"KY"で、常識というものをもっていません。主体性や責任感、義理人情、それらの大前提として、自意識や自立性を備えるまでは効率よく常識を身に着けようがないでしょうが、残念ながら、意識とは何か、科学的に解明できていないので、そもそもお手本がない。そんな状況で、いずれAIが自発的に学ぶようになる(シンギュラリティが訪れる)などというのは無責任な、占いのレベルです。見通せる将来にわたって、AIは道具であり続けます。




――道具だから、人間より優れているのですね。


道具は、生まれながらに、その専門性によって、人間の能力を超えています。したがって、何かすごい専門能力でAIが人間を凌駕したとセンセーショナルに騒ぐのは、AIの本質を見失わせ、有害無益なことが多いと思います。そこで、AIをもてはやす人には、私はいつも「冷静になりなさい」と言うことにしています。行き過ぎたブームの後にはきっとまた冬の時代が来ます。AIという言葉に惑わされず、道具と考えなければなりません。



――形式知はRPAで自動化し、一方では暗黙知をAIで切り出す。そういった"道具"の進化で、今後、日本の職場の生産性は向上していくでしょうか。


多くのRPAベンダーのソリューションは、AI導入やRPA導入によって業務フローを形式知化し、それによって生産性を上げますが、一回だけ上げても意味がありません。連続して生産性を上げ続けなければならないのです。今、毎年連続で生産性を10%ずつ上げていくラストチャンスだと思います。毎年10%ずつ生産性を上げるという奇跡を10年連続でできれば、ようやくアメリカに追いつきます。「10%、10年連続アップ」が、今の日本のとりあえずの目標ではないでしょうか。




■ディープラーニングなど機械学習型AIに「教えてあげる」AIやUIが重要

 

ディープラーニングなど機械学習型AIに「教えてあげる」AIやUIが重要


――メタデータ株式会社では、どのようなサービスを提供しているのでしょうか。


私たちのサービスは、テキスト系のものと画像系のものがあります。いずれも本命は、APIを利用したビジネスモデルです。一部は、ディープラーニングを応用したものですが、大半はディープラーニングをはじめとする機械学習型AIに「教える」ことのできるAPIです。


単機能の専門的で強力な人工知能APIを8種類。それぞれたった一行のURLで呼び出せるようにしました。端末型のRPAから呼び出せるし、様々なアプリケーションで、経営解析やアンケートの自由回答分析などが簡単にできます。これらのAPIを用いて自社自身で開発したアプリ「AIポジショニングマップ」は、KYなAIに代わって人間が常識をフィードしてやれば、あとは機械が自動で競合ポジショニングマップを書いてくれます。これこそ現代のパッケージソフト、テキスト解析の最高峰だと自負しています。


もともとはテキスト解析のための知識ベースや機械学習を提供していました。ワードネットのように40年もかけずに、4年ほどで10倍の知識や常識を集められないかという研究のかたわら、それを即戦力として製品に投入していきます。今は画像向けのAI技術を自然言語でテキスト解析に適用するオリジナルの技術を開発しています。AIの本質を知り尽くしている人間が、精度に責任をもってパッケージ志向で安く提供していることが特徴です。



――ディープラーニングはあらゆることに応用できるのですね。


違います。私は感覚的に、ディープラーニングが有効な業務は、全業界の3~30%程度だと思っています。


たとえば、人材マッチングの分野には、ディープランニングは使えません。形式知化できないわけではないのですが、手間が膨大過ぎます。暗黙知とみなし、キャプチャーして役に立つケースもあるのですが、有効なターゲットかどうかは、ディープランニングだと数字が揺れるのです。300京ものあみだくじで、どのように数字に重みがかかっているかなど、人間には絶対に理解できないですよね。ディープラーニングではこのような状況になってしまう可能性があるのです。


私たちが提供している超高速の多対多マッチングエンジンを使えば、10万人と10万社のマッチングに1兆秒もかかってしまいかねないものを、わずか数十秒でマッチングできます。しかも、ディープラーニングとは異なり、なぜそうなったのかということも全部わかります。




■人間を"できそこないの機械"にしないために

人間を できそこないの機械 にしないために


――人間がAIにとって代わられる日は来るのでしょうか。


今世紀中は、新しい事態で問題を発見、定式化し、その解決に頭を使っている仕事はそんな心配をする必要はないでしょう。6、7割のホワイトカラーがそうであることを祈っています。でも、いずれもっと優秀な道具が実現されるでしょう。どの業界も同じで、逃げ場はありません。AIはバカだけれど、自分で方法を考えたりしなくても、優秀な人間のベストプラクティスを楽々とキャプチャーできるという点では、人間よりも優れている道具ですから、創意工夫をしない人間は駆逐されて当然です。できそこないの機械より本物の機械の方が優秀ですから、当たり前のことです。AIで済む仕事の比率が高い業界では、人間は生きられないですよね。


だから、「どんな状況になっても自分は食いっぱぐれない」ということを目指せばいいのではないでしょうか。生き残ることをゴールとするなら、AIが入りにくいところを目指すしかありません。それは、もともと人間にしかできない、頭をすごく使う仕事です。楽をするために逃げるのではありません。


「なぜ」と暗黙知をうまく組み合わせて、ものすごく論理的に考えて、新種の問題を解決することです。暗黙知を使う部分は、AIという道具を使うことに置き換わり、生産性が向上します。技術と技能、暗黙知をうまく組み合わせて最適化すべく、新しい業務フローを設計します。潜在的には、そういうことができる人材が、アメリカと同じ比率で日本にもいます。しかし、今は不遇をかこっていて役員や管理職になれていないことが多いように思えます。



――それが、人間にしかできない創造的な仕事になるのですね。


たとえば 糊のついていない30枚の封筒を封緘する作業を効率的に行うには、2枚の封筒を重ねて、太いスティック糊で同時に塗ることを15回行えばいいですね。さらに、その生産性を3倍以上に上げるとしたら、重ねる封筒を10枚にして、縦方向に3~5回サーッと糊を塗っていけばいい。そういうことを思いつけるのが、創造性です。こんなことは、事務仕事の現場では普通に行われていることです。でも、これはAIには不可能なことです。つまり、人間なら誰でも、どんな職場でも、創造性を発揮できるはずなのです。



――AIは単なる道具だということですね。


人間が良い意味でもっとわがままになれるように、良い道具を使うことが大切です。100種類の道具がある中に、AIが1%くらい入ってくるということです。道具は誕生した瞬間から独り歩きをして、それを考えた人が思いもよらない使われ方をするようになり、一流の道具になっていきます。逆に、素朴で原始的な道具の方が、人間の創造性を触発することもあります。紙に鉛筆を走らせているとき、「今、自分は鉛筆を使っている」と考えたりはしませんよね。道具を使っている意識がなくなるほど作業に没頭できるものこそ、優れた道具です。


ただし、AIにかぎらず、便利すぎる道具は人間をスポイルしてしまいます。自由に改造できるような道具のほうが、人間はクリエイティブになれる。少ない部品で無限に応用できるように、ソフトウェアもいろいろ組み合わせてみるといいと思います。そのためにも、人工知能APIを創造的に組み合わせて新しい問題解決ができるように、全員がスプリクトを組めるようになりましょう。




著書とともに






本やコンピュータが縦横無尽に錯綜しているメタデータ株式会社のオフィスで、意気揚々と語る野村氏のお話を聞いていると、AIが少しだけ身近に感じられ、AIと向き合いながら働くことになるこれからの未来の参考になりました。これからはAIと仲良くして日本の生産性を上げていきたいものですね。




プロフィール


野村直之(のむら なおゆき)

メタデータ株式会社 代表取締役社長、法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科兼担教員。

1962年生まれ。1984年、東京大学工学部卒業、2002年、理学博士号取得(九州大学)。NEC C&C研究所、ジャストシステム、法政大学、リコー勤務をへて、法政大学大学院客員教授。2005年、メタデータ株式会社を創業。ビッグデータ分析、ソー シャル活用、各種人工知能応用ソリューションを提供。この間、米マサチューセッツ工科大学(MIT)人工知能研究所客員研究員。MITでは、「人工知能の父」マービン・ミンスキーと一時期同室。同じくMITの言語学者、ノーム・チョムスキーとも議論。ディープラーニングを支えるイメージネット(ImageNet)の基礎となったワードネット(WordNet)の活用研究に携わり、日本の第5世代コンピュータ開発機構ICOTからスピンオフした知識ベース開発にも参加。日々、様々なソフトウェア開発に従事するとともに、産業、生活、行政、教育など、幅広く社会にAIを活用する問題に深い関心を持つ。


メタデータ株式会社newwindow[外部リンク]



著書

実践フェーズに突入 最強のAI活用術newwindow」(日経BP社)[外部リンク]


人工知能が変える仕事の未来newwindow」(日本経済新聞出版社)[外部リンク]









編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局
取材日:2018年4月12日




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