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週休3日・残業禁止・作画の完全外注!東大入試漫画「ドラゴン桜」の異色漫画家がアシスタントとなしとげた漫画界の働き方改革とは?~三田紀房氏インタビュー~

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週休3日・残業禁止・作画の完全外注!東大入試漫画「ドラゴン桜」の異色漫画家がアシスタントとなしとげた漫画界の働き方改革とは?~三田紀房氏インタビュー~

三田紀房(みた のりふさ)氏



漫画家といえば、徹夜続きの原稿描き、アシスタントの下積み修行、出版社に持ち込んではボツになり、と辛く苦しいイメージを持っている人が多いのではないでしょうか。ところが「週休3日、残業禁止」という驚くべきシステムでヒット作を連発している作家がいます。東大入試漫画「ドラゴン桜」や、ドラマ放送中の資産運用漫画「インベスターZ」で知られる三田紀房さん。しんどいイメージの漫画制作現場を、どうやって「ホワイト環境」に変えたのか、お話を伺いました。






■サラリーマン発、衣料品店経由漫画家行き


――漫画家としてのデビューされる前はサラリーマンだったとか。


西武百貨店に新卒で入り、2年ほどお世話になりました。当時、西武は地方出店に力を入れており、大量の人員を必要としていましたから、僕のように「たしか池袋と渋谷にあったな」というぐらいの認識しかない人間でも入れてくれたのでしょう。入っても辞めていく人も多かった。僕自身も、漠然と「何か違う、自分のやりたいことではない」と思っていたところに、岩手の実家から帰省命令が来て、辞めてしまいました。


――「帰ってこい」と。


衣料品店をやっていた父が体調を崩したので、なんとかしてくれと言われました。当時はスーパーや百貨店が地方進出し、商店街が寂れていった時代。1年ほど努力してみましたが、手詰まりになりました。借金もありましたし。ところが、商売は始めるのは簡単でも店じまいというのは難しいんです。商店街の店は互いに銀行からの借り入れの保証人になっていますから、そのしがらみもある。親戚中から「あきらめるな」と説得されました。もっとも、金銭的に援助してくれる人はいなかった(笑)。


――そんな中で漫画を描こうと思われたきっかけは。


店じまいを模索しながら第2の人生について考えていましたが、田舎ですから再就職の口もなく、ここでも手詰まりでした。そこで、すぐに始められて短期間で現金収入が入る仕事を探しました。その中に、「漫画」があったわけです。新人賞というものがあり、賞をとれば賞金が入るらしい。「これをやってみるのはどうだろう」と思いました。



■漫画家になることはさほど難しくない

漫画家になることはさほど難しくない


――もともと漫画を描いていたわけではなかった。ゼロからのスタートですね。


まあ、自分としては、子供の頃から「図画工作」は得意だったんです(笑)。絵を描くのも好きだし、クオリティもそこそこだと自分で思っていたから、苦にはならなかった。そういうわけで、「なぜ漫画家になったか」というと、「経済的な事情」です。資金がないので他に事業はできない。元手がかからず、腕一本でできて即金が得られる手段として、漫画家を選んだわけです。


――漫画家になれるという「勝算」があったのでしょうか。


雑誌に載っていた大賞受賞作品を見て、それほど大変なこととは思えず、「自分でも描ける」と思っていました。もちろん雑誌にはすごくレベルの高い作品も載っているけれど、全部が全部そうではない。映画や小説と同じで、漫画の世界も玉石混淆なんです。だから、少なくとも「石」には入れるだろうと思っていました。


――応募の結果は。


さすがに1作目で入選とはなりませんでしたが、最終選考には残った。生まれて初めて描いた漫画でそこまでいったのなら、頑張れば絶対に行けるという手応えを持ちました。当時は雑誌の数も多く、賞もたくさんありました。ひとつの賞に10人ぐらい入賞するのですから、どこかには潜り込めるだろうと思いました。それから何度かチャレンジしてレベルを上げ、とうとう、講談社の第17回ちばてつや賞一般部門に入選できたんです。


――多くの人は、漫画家になるには長い下積みの苦労が必要というイメージをもっています。


デビューまでのアプローチは人それぞれです。僕のようにいきなり描いて応募しちゃうのもありじゃないですか。下積みしないと成功できない、というのはひとつの固定概念かもしれないと思います。これが「プロ野球選手になろう」という話なら別です。才能と努力と、たぶん運も必要でしょう。でも漫画に関して、自分の経験に照らして言えば、デビューすること、プロになることにはさほどハードルが高いとは思いません。漫画家になった後の競争は大変ですけどね。



■「お役立ち」の精神から生まれた「ドラゴン桜」「インベスターZ」

「お役立ち」の精神から生まれた「ドラゴン桜」「インベスターZ」


――デビュー後のお仕事はいかがでしたか。


デビュー後は、幸いなんとかなっていました。短編を描きながら、うまく連載の話も来て、贅沢を言わなければ漫画で食べていけた。ホームランはないけど、手がたくバントや内野安打は打てる。そうした積み重ねが、漫画家としての自信にもなっていきました。


――そこで「ドラゴン桜」という大ブレイクを果たされた。


「ドラゴン桜」はドラマになったり賞をいただいたり、自分のキャリアの中では最も多くの人に読まれたと思います。あの作品は一発ホームランを狙って描いたものではありません。たまたま結果がよかっただけだと思っています。


事業も一緒だと思いますが、色気を出すと失敗することが多い。「ドラゴン桜」も、「人が困っていることを解決してあげたい」ということが出発点になっています。あれは受験の困りごとを解決する話です。「お前は来年東大に行くんだ!」「東大入るなんて楽なもんよ」という主人公の台詞がありますが、では、そのためにはどうすればいいのかというストーリーなのです。


――「お役立ち」の精神ですね。


それです(笑)。最高学府と言われ、誰もが難しいと思い込んでいる東大に入ることを「簡単だ」と言いきることで読者を引きつけたわけですが、それがウケるだろうと思っていたわけではなく、動機の面ではきわめてピュアなんです(笑)。


――もうひとつの代表作「インベスターZ」は、どのような着想・発想から生まれたのでしょうか。


ある私学へ高校野球漫画の取材に行ったときに、監督やコーチなどの関係者が学校経営についていろいろな愚痴を言っていました。やれ設備の維持が大変だの、生徒が集まらないだの、給料が安いだの、野球の話がそっちのけになるほどでした。そこで、安定経営の私学について考えて、スポンサーがドンと出した資金を運用して経営をまかなうという話を思いつきました。そうすれば学費もタダになって生徒が集まるだろう、と構想がふくらんだ。つまり、この場合も、苦しい学校経営の「お役立ち」が発端にあります。


――作品では、そのために中学生が株式投資をやるというストーリーになっていきます。


そこはもちろんフィクションですよね(笑)。大人が資産運用をやる話では、当たり前すぎて面白みがありませんから、成績で選りすぐられた精鋭の生徒がやるという漫画的なストーリーになりました。


――「インベスターZ」には多くの実在企業が登場します。実際にお会いになった経営者の中で、とくに印象的な方はいましたか。


バイオベンチャーである株式会社ユーグレナの出雲充社長ですね。「自社の商品で世界の飢餓をなくしたい」という理想を語る姿はとても印象的でした。優れた経営者には、ほとんど宗教家のようなカリスマ性があります。理想を打ち出し、追求する姿が多くの人を引きつけるわけです。そこに「売らんかな」という邪念が入ると、結局は不純なものとして淘汰されてしまうのでしょう。色気は禁物なのです。



■三田作品は「キャラクター」「主人公の目的」「雑食性」でできている

三田作品は「キャラクター」「主人公の目的」「雑食性」でできている


――創作上、大切にしていることは何でしょうか。


まず大切なのは、漫画の基本であるキャラクターですね。個性が強くて意欲的、前向き。次に「主人公の目的」。何を目指す話なのかを明確にしないと、ストーリーの焦点がぼけてしまいます。この部分を際立たせるのが、僕の描き方です。気をつけて、力を割いてやっています。「ドラゴン桜」では「東大に合格する」というのが目的ですし、「インベスターZ」では「年8%の利回りを上げる」というのが目的です。最新作「アルキメデスの大戦」では「戦争はさせない」を目的にしています。


――確かにどの作品も、非常にハッキリした目的意識を持った人たちのお話ですね。


あと大事にしているのは、変な選り好みをしないということです。どんなジャンル、どんなテーマでも雑食で取り組む。僕は「やりませんか?」と言われたことは基本やります。僕はギャンブルの趣味はありませんが、競馬漫画の話が来たら受けます。


――多ジャンルに手を広げると取材が大変になるということは。


僕はあまり取材しません。知りたいことは編集さんに頼んで調べてもらう(笑)。これは結構大事なことで、編集者というのは僕よりずっと優秀ですから、頼めばちゃんと仕事をして、成果を出してくれるんです。僕はそれをつなぎ合わせて絵にするだけですが、彼らにはそれができないわけですから、Win-Winの分業だと思っています。


――大きなお金が動く作品が多いですね。ビジネス書のようなダイナミズムがあります。


それは自営で商売をやっていたからかなあ。確かに、ビジネス感覚が自分の尺度になっているのかもしれません。レストランで食事をしていても、店の坪単価が気になったり、料理の原価を計算してしまう(笑)。これはもう自分の個性、わかりやすいセールスポイントだと思います。



■広い職場・週休3日・週40時間労働で成果を上げる「三田流働き方改革」

広い職場・週休3日・週40時間労働で成果を上げる「三田流働き方改革」


――ここからは三田作品の制作体制について伺います。非常に個性的な体制と聞きました。


一応、「週休3日、残業禁止、休憩は自由」ということになっていて、スタッフは長期休暇も含めて年間160日の休暇をとれる取り決めになっています。


――漫画制作の現場というと、ブラックの極みのようなイメージを持っている人が多いと思います。


先ほど、「漫画家デビューに下積みは必要ない」と言いましたが、「漫画家の仕事といえば徹夜、泊まり込み、原稿を渡した後は力尽きて爆睡」というのも、ひとつの固定概念、先入観だと思うのです。食事をとる暇もなく、睡眠時間を削って、風呂にも入れない生活をしなければ、本当に漫画は描けないのか?


実際、そうやって徹夜に明け暮れた時期はたしかにありました。でも、あるとき、一時的に「朝型」にトライしてみたら意外とうまくいった。「何だ、できるじゃん」「この方が楽でいいんじゃない?」ということになり、スタッフと話し合って改善を重ね、徐々に作業のスタイルを変えていったわけです。


――スタッフとしても、報酬が同じなら時短の方がいいということでしょうか。


それは少し違います。体制を変えるとき、「しんどい分、高い給料が出るのと、ギャラは下がるが休みの多いのと、どちらがいいか」とスタッフたちに聞いてみたんです。彼らは「休みが多い方」を選びました。その結果、スタッフたちは自由な時間を、僕は人件費の削減を得られた。仕事が停滞したり、クオリティが下がることもありません。ここでも、やはりWin-Winだったわけです。


――そうした改革もビジネス感覚から生まれてきているようですね。


「自分とスタッフが仕事をする環境をよくしたい」という強い思いがあります。快適で気持ちよく働ける、仕事しやすい環境を作れば、自ずとモチベーションが上がり、仕事のクオリティも上がる。狭くて、乱雑で、居心地も悪いような環境は、仕事もしづらくて能率が上がらない。進みが悪いから長時間労働になり、徹夜が増える。それで余計に仕事場も散らかる。悪循環ですよね。仕事場を広くして、1人当たりの専有面積を大きくすると、人は自然と能動的に仕事に取り組むようになり、作業効率もクオリティも上がります。好循環が生まれるわけです。


――環境を改善することが好循環につながる、とお考えになったのですね。


今、うちのスタッフは、週40時間ほどしか働いていないはずです。彼ら自身による効率化の努力と環境整備が相乗効果を起こした結果だと思っています。話し合いや試行錯誤によって、チームとしての働き方を模索してきた積み重ねです。最近になって、ようやく、ほぼベストな体制と思えるようになりました。



■「作画の完全外注」で、漫画の創作スタイルを劇的に変える!

「作画の完全外注」で、漫画の創作スタイルを劇的に変える!


――最新作「ドラゴン桜2」では、キャラクターを含めた作画をすべて外注するそうですね。


別段、かっこいい話ではありません。ひとつには僕の体力的な問題。週刊連載が2本あり、毎週何十ページ描くのが物理的にしんどくなっているんです。この先も体力勝負で乗りきり続けるのは無理だろうと考え、何か別の方法で解決しようと思いました。


そんなとき、「インベスターZ」で背景の作画を依頼したデザイン会社と話をしていたら、作画の受注生産をビジネスとして模索しているという。じゃあ人物も含めて一緒にやってみましょうか、ということになりました。


――作画のクオリティはどうなるのでしょう?


背景と人物では描き方も情報量もまったく違いますから、苦労しました。半年ほど頻繁に通って指導して、クオリティを上げてもらう努力をしました。幸い頑張ってもらえて、とりあえず滑り出したというところです。


――絵を外注して、三田さんはアイデアに集中するわけですね。


この体制はまだテスト中で、システムを作っている段階ですから、先を見通せているわけではありませんが、うまく軌道に乗せられたら、漫画の制作方法というものは劇的に変わると思います。自分で絵を描かなくてもコンテンツが作れるようになるということは、アイデアを持っている人、キャラクターメイクのできる人が、絵を描けなくても参入できる。作画を請け負う業者の側も、そういう作家が増えればどんどん参入してくるでしょう。出版社も、作家発掘と制作コストの低減につながると思います。


作家のリスクヘッジにもなります。アイデア勝負の人と、絵だけを描きたい人が分業すれば、両方をひとりに背負わせるよりも低リスクで創作できる。その結果、会社で働くのと同じように仕事をする作家や作画家が増えてくるかもしれません。それは出版社にとっても歓迎できることだと思います。


――ここでもWin-Winですね。


始まったばかりですから、まだ収支ははかばかしくありません。「ドラゴン桜2」では、作画会社に作品の印税を渡しています。そうしないと彼らの首が絞まってしまいますから。正直なところ、現状ではまだ、作家・作画会社・出版社の3者とも得になっていません。先ほども言ったように、儲けようとしてあせって色気を出すと失敗しますから、今は先行投資を兼ねたトライアルと思ってやっています。


――アシスタントが不必要になってしまうということはありませんか。


そうはならないでしょうね。近年はデジタル作画も増えて、作業方法もずいぶん変わってきました。それでも手描きはなくならない。分業の中で、絵を描くことに専念するためにスタジオを離れる人もいるかもしれません。しかし、外注するようになってもアシスタントがいないとできない部分は残ります。だから、僕もアシスタント制をやめる気はないし、他の作家さんもそこは同じだろうと思います。



■「ハードワークの美学」からの脱却

「ハードワークの美学」からの脱却


――三田さんの仕事改革は、今、企業が取り組んでいる「働き方改革」そのものですね。


漫画という限られた世界の1オフィスでしかありませんが、これまでとは違った仕事のやり方を模索し、それで今のところうまくいっています。世の中全体の動きも、法整備を含めて変化を促す流れになっていますね。


――日本人の働き方は、今後どのように変わっていくとお考えでしょうか。


過去長いこと、また今現在も、日本人には「長く苦しくたくさん働くこと」が正しいという、いわば「ハードワークの美学」が存在しています。今後はこの古い考え方から脱却していく方向に変わっていくでしょう。今日何度もお話ししたように、「仕事とはこのように行うべき」という固定概念から解放されるようになると思います。


――固定概念から脱却するにはどうしたらいいでしょうか。


仕事の中で、「自分にしかできないこと」は、じつは意外と少ないものです。自分一人で何もかもやるよりも、任せられることは人に任せて、楽をして、その方が良い結果も出るのが理想でしょう。仕事とお金が循環する「正のスパイラル」を生み出すことだと思います。簡単には変えられないかもしれません。僕も一夜にして週休3日にできたわけではありませんし、漫画制作という限られた世界のことでしかありませんから。



著書とともに 三田紀房氏






漫画家といえば個性派揃いではありますが、その中でも三田さんはひときわ異才を放つ方でした。オフィス環境と仕事の効率について、「Let's効率改善!スローガンを飛ばす前に、経営者はキレイでデカいオフィスをガーンと作ればいい。それだけで10%、15%は効率が改善します」と語る三田さんからは、経験に裏打ちされた仕事への信念がうかがえます。業界に革命をもたらすであろう「作画完全外注」のシステムにも、私たちの働き方を考えるヒントが隠されているのかもしれません。




プロフィール


三田 紀房(みた のりふさ)

1958年岩手県生まれ。明治大学政治経済学部卒業後、百貨店勤務、自営業(衣料品店)を経て漫画家デビュー。代表作に「ドラゴン桜」「インベスターZ」「エンゼルバンク」「クロカン」「砂の栄冠」などがある。「ドラゴン桜」で2005年第29回講談社漫画賞、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。現在、「ヤングマガジン」誌上にて「アルキメデスの大戦」、「モーニング」にて「ドラゴン桜2」を連載中。



著書

「ドラゴン桜2」(三田 紀房著・コルク)[外部リンク]


「インベスターZ」(三田 紀房著・講談社)[外部リンク]









編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局
取材日:2018年8月21日




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