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ビジネス書を捨て、古典で教養を身につけよ!還暦ベンチャーから70歳で新分野に転身した「人生のリアリズム」 〜立命館アジア太平洋大学(APU)学長出口治明氏インタビュー〜

立命館アジア太平洋大学(APU) 学長 出口 治明(でぐち はるあき)氏

立命館アジア太平洋大学(APU) 学長 出口 治明(でぐち はるあき)氏




日本生命を退職後、還暦を目前に一から生命保険会社を立ち上げ、70歳で教育界に転身して大学学長に就任。「全世界史(上・下)」(新潮文庫)など多くの著作があり、読書家、教養人として知られる出口治明氏に、人生100年時代を迎えて、ビジネスパーソンが身につけるべき教養、学び方、生き方について、お話を伺いました。






■日本生命で国際化や金融化のプロジェクトを担当


――34年間在籍された日本生命では、どんなプロジェクトが印象に残っていますか?


数多くのプロジェクトを手がけましたが、マッキンゼー・アンド・カンパニーと共同で取り組んだ国際プロジェクトなどが面白かったですね。1985年頃から日本生命のグローバル戦略を本格的に進めることになり、マッキンゼー・アンド・カンパニーと共同で国際プロジェクトを運営し、僕もコアメンバーの一人になりました。ユーロ市場を主として担当したので、マーケット調査でロンドンにしばらく滞在しました。最終的には87年にアメリカン・エキスプレスの子会社であったシェアソン・リーマン・ブラザーズとの業務提携にこぎつけることができました。


――国際化の仕事を中心に手がけられたのでしょうか。


当時、日本には国際化と同時に、金融自由化の波が押し寄せていました。そこで「日本一の投資顧問会社を作ろう」と考え、そのプロジェクトも担当しました。その頃の日本生命は、日本で一番株を持っている企業でしたから、日本最大の債券投資家だった農林中央金庫と為替の専門銀行だった東京銀行と組んで、新しい投資顧問会社を作ろうとしたのです。結果的には、農林中央金庫が抜け、残った2社で、ニッセイBOT投資顧問株式会社の立ち上げに成功しました。



■APU学長就任は、思いがけないめぐりあわせから

■APU学長就任は、思いがけないめぐりあわせから


――ライフネット生命の設立、そして立命館アジア太平洋大学(APU)学長への就任と、大きな転機を二度経験されていますね。


まずライフネット生命ですが、友人から「知人が生命保険に詳しい人間を探しているから少し話をしてやってほしい」とある人を紹介されたことがきっかけで、2006年の春から、ゼロから生命保険会社を立ち上げることになりました。開業が還暦だったので「還暦ベンチャー」などと言われましたが、年齢を意識したことは一度もなく、このような機会に恵まれたことはほとんど僥倖に近いと感じました。


――APU学長への就任は、生命保険業界から教育界という思いきった転身です。


ライフネット生命の社長、会長を10年やってきて、トップラインが100億円、営業キャッシュフローが40億円を超えました。優秀な30代の後任も育ったので、取締役を譲り、会社を辞めることにしました。最高顧問で残ってほしいと言われましたが、自分はそのようなタイトルは好きではないので、会社と業務提携を結んで2、3年間、後輩の指導やPRのお手伝いをしようと考えていました。


――ところが、なぜかAPUの学長に就任された。


2017年9月頃にヘッドハンターから連絡があり、APUが日本で初めて学長の国際公募を行い、僕が推挙されているとのことでした。そこで公募条件を聞いてみると、ドクター(博士号取得者)であること、英語がペラペラであること、大学で教えた経験があること。僕は3つとも該当しません。家族に話したら、「国際公募だから"枯れ木も山の賑わい"で、いろいろな人に声をかけているのでしょう」と言われて、なるほどと思いながら面接を受けたのです。


――全然そのおつもりではなかったのですね。


面接は1回目が東京、2回目は別府のAPUで行われ、その後はしばらく何の連絡もなかったので、11月の中頃になって突然、「満場一致で学長就任が決まった」と言われたときには、びっくり仰天しました。



――APUに対する興味はお持ちでしたか。


ええ、2回目の面接で見学した時に、良い大学だと感じました。食堂に行ったら世界各国の学生が集まっていて、さながら「若者たちの国連」「小さな地球」がここにある、という印象でした。また、APUは2030年のビジョンを作っています。APUで学んだ学生が世界に散らばり、チェンジメーカーになるというビジョンですが、日本の企業や大学でそんな長期のプランを作っているところはほとんどありませんから、志が大きいと感心しました。さらに、学長選考委員会は10名で構成されていたのですが、理事副学長がヘッドで、先生5人、卒業生2人、職員2人のうち、外国人が4人、女性が3人でした。ダイバーシティにあふれた大学だと感じ、何らかの形で応援したいと思って山を降りたのです。



■ビジネス書を読むのは時間の無駄!

■ビジネス書を読むのは時間の無駄!


――多くの著作がおありですが、共通しているのは「教養」というテーマです。ビジネスパーソンとしての教養はどのように身につければいいとお考えですか?


教養とは、知識×考える力です。料理にたとえれば、材料を集めて上手に調理すればおいしい料理ができますが、たくさんの材料を集めることが知識の習得であり、上手に調理するのが考える力です。知識は、時間の関数、つまり時間をかけて学べばある程度身につけることができます。一方の考える力は、レシピと一緒で、最初は誰かの真似をすることになります。考える型や発想のパターンを学ばなければ、考える力を身につけることはできません。それなら、アリストレテスやデカルトのような超一流の脳みそに鍛えてもらった方がいいわけです。だから、ビジネスに役立つのは何よりも古典。まずは古典を読むことです。


――ビジネス書を読む暇があるなら、まず古典を読めと。


はい。古典は、市場の洗礼に耐えながら、長い時間淘汰されずに生き残って来た良書です。そこには時代を超えた本質が詰め込まれています。


僕は日本生命でロンドンオフィスの責任者を3年、国際業務部長を3年務めましたが、その6年の間に世界中の100人以上の企業トップと付き合いました。彼らの座右の書は、ルソー、ホッブス、デカルト、アダム・スミスなどの古典でした。


――ご自身の座右の書は。


リーダーシップ論で言えば、唐の第二代皇帝、太宗・李世民の言行録である「貞観政要」です。以前、東京で複数企業の部長・課長クラスを30人ほど集めた「出口塾」を開いていました。ひとりずつ立って「貞観政要」を声を出して読み、現代訳をし、意見を出し、僕が総括する、江戸時代の寺子屋方式の塾です。4年間で、のべ100人以上の塾生がいましたが、参加したほぼ全員が「どんなビジネス書よりも面白くて役に立つ」と話していました。


――ビジネス書は役に立たない。


ビジネス書を読むのは時間の無駄です。もちろん中には良いビジネス書もありますが、市販されているビジネス書の中で、10年後まで残る本が一体何冊あるでしょうか。多くのビジネスパーソンが古典を読まずにビジネス書を読み漁っている状況は、間違っていると思っています。


――どこが駄目なのでしょう。


たとえばビジネス書に触発されて志を持ち、周到に準備して、ベンチャー企業やNPOを立ち上げる、といった流れには、僕はリアリズムがまったくないと思うのです。


歴史を振り返ってみればわかることですが、最高のべンチャーは、新しい国を創ることです。しかし国を創建した人に「大きな国を作ろう」と最初から周到に考えていたような人はほとんどいません。様々なめぐりあわせがあり、天の刻、地の利、人の和の3つが揃って、いつの間にかリーダーになり、国を拓いてきたケースがほとんどなのです。人間という存在はそれほど賢くはないので、志があって準備をしたくらいでは、大したことはできません。人生は人智を超えたところにあるのです。僕がライフネット生命を立ち上げたのも、APUの学長に就任したのも、友人の紹介や誰かの推挙など様々なめぐりあわせによるものです。僕自身は川の流れに身を任せるように生きてきました。それが人生のリアリズムだと思っています。


――読むべき本の選び方を指南してください。


現代の本については、新聞の書評欄が読書の道しるべとしては最も優れています。日本の新聞はレベルが高く、数百万部の発行部数を誇っています。ニューヨークタイムズなどとは比べものにならない。それだけの数の読者を相手に、新聞社の選んだ一流の識者が署名原稿でレピュテーションをかけて書評を書いているのですから、クオリティが高くないわけがない。新刊のビジネス書でおよそ書評欄に取り上げられないようなものは読む価値がない、というのが僕の持論です。


日本のビジネスパーソンは、圧倒的に読書量が少ないと思っています。アメリカの大学生は在学中に平均400冊の本を読みます。読まなければ卒業できないようなカリキュラムが組まれていますから。一方、日本の大学生が読む本は、平均100冊以下です。


――本を読む習慣がついていないのですね。


2000時間を超える長時間労働がこの四半世紀ずっと続いていて、帰宅後は「メシ・風呂・寝る」という生活をしているので、本を読む時間がない。だから、日本のビジネスパーソンは教養レベルが低いのです。


それでも通用してきたのは、製造業の工場モデルに過剰適応してきたからです。製造業の従業員は、世界的にも、大卒の割合は5割程度ですから。日本企業では不思議なことに大学院卒の社員は歓迎されません。本当は勉強をした人間の方が知識が豊富なのだから、役に立つはずなんです。GAFAやユニコーン企業はアイデア勝負ですから、社員はもちろんほぼ全員が大卒、経営幹部は大学院卒、ダブルマスター、ダブルドクターも珍しくありません。シリコンバレーや深圳で起業した会社の大半は、多国籍の高学歴者が多いのです。ダイバーシティあふれる高学歴者の集まる場所、社会を作ってこなかったことが、今の日本の低迷に結びついていると思います。



■教養が重視されない日本のビジネスシーン

■教養が重視されない日本のビジネスシーン


――日本企業が変わるには、どうすべきだと思いますか。


「メシ・風呂・寝る」では知的生産性は上がりませんから、これからのビジネスパーソンは早く帰宅して、何よりも「人・本・旅」で勉強することです。様々な人に会い、本を読み、いろいろな場所に行くことです。仕事の後で勉強会に参加したり、コトラーの本を読んだりすることが勉強だと思っている人がいますが、これは大して役に立ちません。マーケティングなど仕事に近いことを勉強するより、むしろ自分の好きなアートや文学、茶道、華道などを学んだ方がビジネスの役に立ちます。


――世界が広がるということでしょうか?


同じ会社の人間と話をしていても、たいしたインスピレーションは湧きません。異なる世界の人と会って初めて、びっくりするようなことが起こり、イノベーションにつながるのです。


早稲田大学大学院准教授の入山章栄さんがよく言われているように、イノベーションは既存知の組み合わせで、既存知間の距離が遠ければ遠いほど面白いイノベーションが生まれます。GAFAやユニコーン企業の経営幹部たちは、美術や音楽への造詣も深く、経営学と一緒に美学や哲学のマスターを取得していたりする。だからイノベーションを生み出すことができるのです。


――日本では、大学院に進む学生も少数ですね。


大学院以前に、日本の大学進学率は52%、これはOECD平均の60%強よりかなり低い水準です。さらに日本の学生は大学に入っても勉強しない。でも、それは日本の企業が悪いので、採用時に勉強の内容や成績のことを聞かずに、アルバイトやサークル活動のことなどばかりを聞いているからです。これでは学生が勉強をしなくなっても仕方がありません。


――教養が重視されない社会だと思います。


さらに企業に入れば、先ほど話したように長時間労働で勉強する時間がない。こういった社会システムそのものに問題があるのです。昨今、政府もようやく気づいて、長時間労働を是正し、複業を推進しようとしたりしています。複業は勉強になります。たとえば週末にNPOに参画すれば、新しい人との出会いがあり、本も読まなければならなくなります。職場も変わる。まさに「人・本・旅」です。日本をよくするためには、社会全体で勉強をするべきなんです。



■体力・能力・意欲に合わせて働く社会を

■体力・能力・意欲に合わせて働く社会を


――今後、ミドルやシニア世代の仕事のやり方も変わっていくでしょうか。


ミドルやシニアなど、年齢で区別すること自体、意味がありません。グーグルの人事部では、国籍・年齢・性別・顔写真などのデータをすべて捨てたそうです。現在の仕事や過去のキャリア、本人が何をやりたいのかという希望だけで人事は判断できるというのです。


面白い話があります。ニューヨーク・フィルハーモニックでは、欠員が出ると入団テストを行っていましたが、かつては合格するのは若い白人男性が多かったそうです。ところが、選考をブラインド・オーディションに変えたところ、女性・有色人種・高齢者が増え、楽団のレベルも格段に上がったそうです。ニューヨーク・フィルの音楽監督やコンサートマスターでさえ、見かけに騙されるという好例です。面談ぐらいでは、人はわからないのです。


――まさにダイバーシティのあるべき姿ですね。


高度成長期はヤング・サポーティング・オールド、つまり若者が高齢者の面倒をみるという発想でした。簡単に言えば、若者から所得税を徴収し、住民票で年齢をチェックして敬老パスを配るというシステムです。


これに対して、少子高齢化が先行しているヨーロッパでは、オール・サポーティング・オールです。年齢に関係なくみんなで支え合い、シングルマザーなど経済的に困っている人を援助しようという考え方。そのためには税金を消費税に切り替え、マイナンバーを整備して、それをインフラにするというパラダイムシフトが必要なのです。


――年齢に関係なく、働ける人が働くことで社会を構築する。


一番いいのは、定年制を廃止することでしょうね。一石五鳥くらいの効果があると思います。
まず、働き続ければ健康を保てますから、介護される人間が減ります。


次に、医療年金財政も、高齢者が受け取る側から払う側に回れば、あっという間に改善されます。読売新聞グループの渡邊恒雄氏のように、90歳近くになってもCEOを務めているような人から年金保険料をもらっても、誰も怒らないでしょう。


第三に、年功序列がなくなります。高齢者が増えていけば、歳にあわせて社員の給与を上げるようなことでは企業が持ちこたえられなくなります。


第四に、中高年の働くことに対するやる気が上がります。定年を意識さえしなければ、人生100年時代では50代、60代なんてまだど真ん中ですから。そして、日本は労働力が不足しているのですから、高齢者が働くことは整合的です。


――たしかに「五鳥」です。


大リーグのエースだった松坂大輔さんが中日ドラゴンズの入団テストを受ける時代です。高齢者が再就職をするのに、前の会社では役員でした、部長でしたなんて言っても、まるで意味がありません。誰もが現在の体力と能力と意欲に合わせて働けばいいのです。そして何歳になっても好きなことを勉強して、チャレンジをし続けて、人生を楽しむべきでしょうね。



立命館アジア太平洋大学(APU) 学長 出口 治明(でぐち はるあき)氏

立命館アジア太平洋大学(APU) 学長 出口 治明(でぐち はるあき)氏








短いインタビューの間にも、出口氏の知識の豊富さ、教養の深さに幾度となく驚かされました。リカレント教育が見直されつつある中、日本人は流行りのビジネス書に頼るのではなく、教養を目指すべきとの言葉は、高い理想を感じさせるものでした。一方で、「今の体力・能力・意欲に合わせて働き、人生を楽しむべき」という言葉にホッとするシニアのビジネスパーソンもいるかもしれません。若手からシニアまで幅広い層にとって有意義なお話を伺うことができました。







プロフィール


出口 治明(でぐち はるあき)

1948年三重県生まれ。京都大学法学部卒業後、72年日本生命保険相互会社に入社。企画部や財務企画部で経営企画を担当したのち、大蔵省や日本銀行を担当して金融制度改革に取り組む。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、06年58歳で退職。同年、ライフネット企画[株]を設立し、代表取締役社長に就任。免許取得に伴いライフネット生命保険[株]に社名変更。13年、代表取締役会長。17年に取締役を退き、18年1月、立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任。



著書

全世界史 上・下(新潮文庫)』[外部リンク]


0から学ぶ「日本史」講義(文藝春秋社)』[外部リンク]


「働き方」の教科書―人生と仕事とお金の基本― (新潮文庫)』[外部リンク]


座右の書『貞観政要』 中国古典に学ぶ「世界最高のリーダー論」(KADOKAWA)』[外部リンク]


生命保険入門 新版(岩波書店)』[外部リンク]


他多数









編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局
取材日:2018年10月9日




         

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