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ベテラン企業ドクターがホワイト企業を応援!企業リスクを回避し、雇用戦線で自社ブランドを向上させる「健康経営」のススメ ~NPO法人健康経営研究会 理事長 岡田邦夫氏インタビュー~

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ベテラン企業ドクターがホワイト企業を応援!企業リスクを回避し、雇用戦線で自社ブランドを向上させる「健康経営」のススメ ~NPO法人健康経営研究会 理事長 岡田邦夫氏インタビュー~

NPO法人健康経営研究会 理事長 岡田邦夫(おかだ くにお)氏



国会での法案通過によってますます加速する「働き方改革」。それは、働く環境を整え、労働者の健康を維持向上させ、安心して子育てのできる社会を実現するための第一歩です。しかし、一方では、過労死や労働災害、パワハラなど、企業の抱える問題点を指摘する声も高まり、訴訟にまで発展するケースも。そんな中、最近注目を集めているのが「健康経営」という考え方です。その理念と実践、また働き方に与える影響について、早くから健康経営の推進を牽引してきた健康経営研究会理事長・岡田邦夫氏にお話を伺いました。






■企業のリスク対策によって存在感を増した「産業医」


――最初のキャリアは大阪ガスの産業医ですね。学卒後すぐに就かれたのですか。


そうです。医科の場合、仕事に就けるまでの道のりは遠いんです。私の場合、大学の医学部課程が6年間、その後1年間の臨床研修を経て、大学院が4年間、都合11年かかりましたから、産業医になった頃にはもういい年齢になっていました。


――産業医として印象に残っているのは。


長くやっている中で一番感じるのは、産業医の職域の変化です。昭和の時代、産業医は会社の用意した診療所に詰めて、診療や健康診断をする医師でした。乱暴に言ってしまうと、健康診断をするだけという仕事です。それが平成になってしばらくすると、労働災害や民事訴訟が起こるようになり、従業員の健康管理が不十分であることによって、莫大な損害賠償や企業イメージの暴落が起こることがわかってきました。そうした企業のリスク対応の一翼を産業医が担うように変わってきたのです。


――具体的には、どんな変化がありましたか。


従業員の体力作りのプログラムを提案したり、管理職に対する部下のメンタルヘルスケアの指導をしたり、体調不良の従業員と面談して、勤務に耐えられるかどうかを判定して会社に助言する、というように、従業員の健康管理の実務面を負うようになりました。人によっては、産業医と別に、主治医がついている場合もあります。診断して病気の程度を見るのが主治医だとすれば、産業医は「働けるかどうか」という観点から従業員を診ます。裁判などで、両者の意見の違いが出たときには、「職場について知っている」という点から、産業医の意見が重視される傾向が強くなっています。全般に、産業医の企業における重要性が大変高まったわけです。



■発足時の健康経営研究会は「反応が薄かった」

発足時の健康経営研究会は「反応が薄かった」


――「健康経営」の必要性をお感じになった経緯は。


ひとつには、産業医時代の挫折経験があります。昭和57年のことですが、健保組合と一緒に、従業員とその家族の女性を対象にしたがん検診を提案したことがありました。予防医学の観点から重要だという自負もあり、健康リスクが下がるのだから、多くの受診希望者が集まるだろうと思っていたのですが、いざフタを開けてみると、誰も受けに来なかったのです。その理由は「上司が行けと言わないから」というものでした。従業員の労働管理は上司の仕事です。その上司がG0サインを出さないと、従業員は動くことができないわけなんです。私たちはそこを見誤っていました。


――従業員の健康管理を現場で行うのは上司、管理者だということですね。


その通りです。部下に受診させるのも、通院させるのも、直接決定するのは上司であって、産業医ではありません。産業医は、面談結果を「意見」として出すだけで、それをくみ取って、従業員の処遇について決定するのは、あくまでも上司です。


昭和の時代には、どこの会社でも「従業員の健康管理は産業医がやるもの」という考えが一般的だったように思います。


――そんな中、2006年に健康経営研究会を立ち上げられた。あまり順調なスタートではなかったようですね。


反応が薄かったです。研究会の設立当時、賛助企業は1社しかありませんでした。この頃、厚生省、労働省、通産省の委員会に参加していましたが、メンバーは一生懸命でも、経営者との間には明らかな温度差がありました。旗を振っても、踊り手がいない状態ですね。啓発には努めたつもりですが、あまり浸透しなかったというのが現実です。中小企業の経営者を対象に、無償で健康診断を受けられるプログラムを提案したこともありましたが、考えていた予算も消化できないまま、終わってしまいました。


――その潮目が変わったきっかけは。


やはりきっかけになったのは、近年の訴訟案件です。業務上の負担によって従業員の健康が損なわれたら、上司、企業、経営者が責任を問われるという危機意識が高まったことは、重要でした。そもそも、従業員の健康に関する企業側の責任については、労働契約法に明記されています。しかし、それまでは、それを意識する土壌がなかったということなんです。ここにきて、経営者と管理職が健康意識を高めるべきだという私たちの思いに賛同してくれる企業が、ようやく徐々に増えてきました。


――念願がかなったわけですね。


もうひとつの追い風は、労働市場の予測に関連する問題です。人口動態調査から、近い将来、日本企業は大変な人手不足になると予見されています。シニア世代が抜けていくスピードに、新規採用が追いつかない。これは非常に深刻な問題で、平成7年には高齢社会対策基本法が成立しましたが、当時は深刻な問題とはとらえられず。その後人手不足が社会的問題となったことから、地方も企業も、真剣に対策を考えはじめています。企業が若い労働力を奪い合うような事態になったとき、健康経営こそが自社のブランド力を高める一つのポイントになると判断されるようになったのです。最近の労働訴訟の判例の中にも「健康経営」という言葉が使われているのを見たときは、ちょっと感慨をおぼえました。



■健康経営のハードルは中小企業の方が低い

健康経営のハードルは中小企業の方が低い


――健康経営の理念とは、どのようなものなのでしょうか。


健康経営とは、「企業が従業員の健康に配慮することによって、経営面においても大きな成果が期待できる」という基盤に立ち、健康管理を経営的視点から考え、 戦略的に実践することです。 従業員の健康管理・健康づくりの推進は、単に医療費という経費の節減のみならず、生産性の向上、従業員の創造性の向上、企業イメージの向上等の効果が得られ、かつ、企業におけるリスクマネジメントとしても重要です。従業員の健康管理者は経営者であり、その指導力のもと、健康管理を組織戦略に則って展開することがこれからの企業経営にとってますます重要になっていきます。


――健康経営を行うことで、企業にはどんなメリットがありますか。


従業員が健康であることは、当然、企業にとってもプラスです。労働生産性が向上しますし、企業イメージも上がって、雇用にも有利に働きます。誰もブラックな会社には就職したくないわけですから、健康経営を導入し、健康経営優良法人と認定されることで、その企業に対する社会のお墨付きになり、ブランド価値を高めてくれるのです。


――健康経営を実践していく上で、大切なポイントは。


健康経営は、健康づくりを「事業」の一環として展開し、健康づくり事業を「黒字化」すれば業績も上向くという考えに基づいています。これを推進する最もふさわしい立場の人は、経営者自身にほかなりません。経営者こそが従業員の健康づくりを事業と見なして経営戦略とし、それに見合う黒字を享受できるのです。健康診断を徹底して従業員の病気を防げれば、医療費を軽減できます。有所見者が減れば欠勤率も低下し、相対的に労働生産性が向上します。これを推進し、万一うまくいかないときには、健康診断をトップダウンで受診勧奨することで、受診率が向上することになります。ですから、健康経営は経営者を先頭にしてトップダウンで実践するのがよいと思います。


――中小企業にとっては、システム作りやコスト的な負担のハードルがあるのでは。


今述べましたように、健康経営はトップダウン方式で行うのが理想です。ということは、従業員の少ない中小企業の方がむしろ実践しやすいのです。課題があるとすれば、経営者の意識でしょう。多くの中小企業者は「むやみ経費に経費のかかることはしたくない」と考えています。そういう時、私たちは「時間投資」を考えてほしいと提案しています。健康診断とその結果に基づく保健指導など、従業員が勤務時間の一部を使って、自分の健康についての知識を高め、自分で健康管理をできる環境づくりをサポートするのです。そうすれば、今度はヘルスリテラシーを高めた従業員から、ボトムアップの健康経営の動き、つまり働き方の改善が起こります。


――中小企業の導入事例を教えてください。


会社がお金を出して、従業員にインフルエンザの予防接種を施した例があります。10人ほどの会社でインフルエンザが蔓延したら、仕事は完全にストップしてしまいます。予防接種によってそういった事態を防ぎ、無償で接種を受けられることによって、従業員のモチベーションも向上することにつながります。小さなことかも知れませんが、これも健康経営の一つの形です。


また別の会社の経営者は、当初、受動喫煙対策をかねて「喫煙室」を作るかどうかを考えあぐねていたそうです。喫煙室を作るのにも、作った後のメンテナンスにも安からぬお金がかかります。手をこまねいていると、非喫煙者からのクレームの声もどんどん大きくなる。かといって、禁煙を強制したら、愛煙家の有能な社員が辞めてしまうかもしれません。そこで、喫煙者を対象に「禁煙手当」を支給し、その代わり、社内での喫煙をやめてもらうことにしました。不公平感をなくすため、非喫煙者にも、「禁煙継続手当」と称してお金を出しました。その結果、当の従業員たちばかりでなく、その家族からも喜ばれたのは予期せぬベネフィットだったようです。このようなやり方で、大きな設備投資をすることなく、諸方を丸く収めることができたのです。



■健康経営の推進は「三ちゃん経営」への原点回帰だ

健康経営の推進は「三ちゃん経営」への原点回帰だ


――企業が健康経営を導入していく中で、ビジネスパーソンの働き方はどう変わっていくでしょうか。


『「健康経営」推進ガイドブック』でも述べましたが、3つの側面があります。 ひとつは会社の雇用方針の変化です。ミスマッチのない人材採用を行うようになります。昨今、仕事への適応障害が増えていますので、これは必須のマターになっていくはずです。


次に、管理者の部下の働かせ方が変わります。現場の指揮を執る管理者の意識は、これからますます厳しく問われていくことになるでしょう。部下の健康管理の現場責任者として、ポジションの重要性が高まっていくと思います。


最後に、従業員の働き方が変わります。適職に雇用され、適正な人事管理のもと、自らもヘルスリテラシーを高めながら健康に働く。それにより生産性も創造性も伸びていく。一つの理想形として、一面では、そのような展開がありうると思います。


――別の一面もあるのでしょうか?


今、お話ししたのは、普通の正規雇用者をめぐる環境の話です。最近増えている兼業・復業・マルチワーカーでは、また違った面が出てくるのではないでしょうか。通常の正規雇用者は、社会保険制度に守られて、定期健康診断でヘルスチェックを受けることができます。これに対し、健保対象外のマルチワーカーは、健康に関してセルフケアをしなければならなくなります。


これは、実は欧米型の健康管理手法なのです。米国の大企業では、健康増進プログラムやフィットネスジム、カウンセリングなど、健康をケアするためのシステムや設備が整っています。それを使うかどうかは従業員の裁量に任せられていて、不要と思う人はそれをスルーできます。その代わり、万一体調を崩すことになった場合、そのことが査定の対象になるわけです。


――自己責任が基本なのですね。


日本のマルチワーカーも、欧米型の「アウトプット×健康状況」という人事評価の対象になるかも知れません。マルチワーカーは、能力も意欲もある人ばかりでしょうが、健康をセルフケアできないと、良い待遇を受けられないということが出てくるでしょう。「あなたは仕事のアウトプットはそこそこだけれども、病気で休みがちで総合評価は低いので、年俸はこれしか払えません」というような形です。それが正当な評価であれば、仕方がないと諦めるしかありません。そういう意味では、働く環境としては、むしろ厳しくなっていると言えるのかもしれませんね。


――そのためにマルチワークをあきらめるケースも出てきそうです。


これを回避するいい方法があります。健康保険法の改正を利用するので。正規雇用者は「週40時間労働」の定めがありますが、現在は、20時間労働でも社会保険が適用されるように制度が変わっています。リタイアしたシルバー人材の復職をサポートするという目的から改正されているのですが、マルチワーカーもこれを利用することができます。複数の勤務先の中で、週20時間勤務する会社を核に持ち、そこで健康管理をしながら好きな会社で働ければ、適応障害もなくなっていくでしょう。このことは、ぜひ知っておいたほうがいいと思います。


――健康経営は、働き方改革と相まって、社会にかなりの影響を与えそうですね。


そう身構えた話でもありません。もともと、経営者の陣頭指揮で従業員の健康を見るということは、昔の家族経営の会社なら当たり前だったことです。お父さんが社長、奥さんが専務で帳簿を預かり、息子たちが自宅兼工場で働く、といった"三ちゃん経営"では、家族の面倒を見ることで健康と経営両立させること、すなわち健康経営でした。普通にやっているし、痛痒を感じることもありません。しかし、組織が大きくなり、人が増えるにしたがって、いろいろなことが変わってしまった。健康経営を原点回帰と考えれば、負担感や抵抗感を感じることなくスムーズに取り組めるはずだと私は思っています。



NPO法人健康経営研究会 理事長 岡田邦夫氏






いち早く「健康経営」の重要性に着目し、啓蒙活動を展開してきた岡田さん。理事長を務めるNPO法人は、設立当初はほぼ誰からも相手にしてもらえなかったと言います。時が移り、企業組織の問題点が広く議論されるにつれて賛助企業が増え、現在は100社を超えるまでになりました。「これを一過性のブームで終わらせないように、地に足をつけてさらに健康経営を推進していきたい」と語る表情は、働き方を決定づける経営のあり方を問う意志に溢れていました。






プロフィール


岡田 邦夫(おかだ くにお)

1951年大阪生まれ。大阪市立大学大学院医学研究科卒業。大阪ガス産業医、健康開発センター健康管理医長を経て、同社統括産業医に就任。2006年よりNPO法人健康経営研究会理事長として、経営者が働く人や管理監督者の健康に投資し、従業員の健康づくりを戦略的にとらえる「健康経営」の理念を啓発・推進。現在までに、厚生労働省・文部科学省のメンタルヘルス関連の検討会で委員を歴任した。スポーツ医学にも通じ、第1回から37年にわたって大阪国際女子マラソンのオフィシャルドクターを務めている。



著書

「健康経営」推進ガイドブック(経団連出版)』[外部リンク]


なぜ「健康経営」で会社が変わるのか ~判例から学ぶ、健康に配慮する企業が生き残る理由(法研)』[外部リンク]


他多数









編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局
取材日:2018年9月10日




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