築地本願寺宗務長安永雄玄(やすながゆうげん)氏
高齢化と都市部への人口流出で地域経済が疲弊する一方、都市では、拡大した市場をめぐって多くの企業が新しい商品やサービスを競っています。この構図に着目し、都市部の門信徒の拡大にいち早く乗り出したのが、400年の歴史を持つ宗教法人、築地本願寺。次々打ち出される、およそ仏教寺院とは思えない「企業ライク」な取り組みは、ビジネス界でも注目の的。この寺院改革を先頭に立って進める同寺宗務長の安永雄玄氏に、独自の戦略を伺いました。
――お坊様としては、かなりユニークなご経歴をおもちですね。
慶應大学を出てから22年間、今は名前を変えて残っているメガバンクで働いていました。海外出張もありましたし、いろいろな会社に出向もしました。企画の仕事にも携わり、まず一通りのことはやり切った感じでした。そこへある人から声がかかり、銀行を辞めて、エグゼクティブサーチの会社に移ったんです。昔風にいうヘッドハントの仕事ですね。
――そこまでは、ある意味よく聞く転職だと思います。
仕事のかたわら、土日にいろいろと勉強していました。コーチングとか、カウンセリングとか、変わったところでは指圧とか(笑)。そのひとつに、通信教育とスクーリングで浄土真宗のお坊さんを養成する講座がありました。私は若い頃から人間の内面や精神世界に興味がありましたので、知見を広げるための素養のひとつとして受講しようと思ったわけです。受講料も安かったので、いつでも辞められると思って気軽に始めたのですが、そこで10人ほどの友人というか、同窓生と出会いまして。彼らと親交を深めるうちに、自分も僧侶になりたいという思いが強くなっていきました。そして講座が修了すると、50歳の時に「得度」という儀式で頭を丸め、正式に僧侶になりました。思えば、これが今の私の原点と言える出来事でした。
――僧侶になられたとはいえ、まだ生活の中心はビジネス活動にあったのですよね。
大学時代の先輩の実家がお寺を営んでいたのですが、その先輩が私のところに相談にやってきて、「うちの寺を手伝ってくれないか」と言われました。そのころの私は仕事を持っていましたから、「日曜日だけなら」という条件付きで、その寺の副住職になりました。当時の私は、月~金がエグゼクティブサーチの仕事、土曜日はグロービス経営大学院で講義をして、日曜日がお寺の法事という、二足ならぬ三足のわらじを履く僧侶だったわけです(笑)。
――とてもユニークです。
これを契機に、浄土真宗本願寺派の有識者として会議に呼ばれるようになり、2012年、教団の組織改変の時に、3人の社外取締役的な委員の1人に任命されました。ほぼ同時に、築地のお寺も「宗教法人本願寺築地別院」から「宗教法人築地本願寺」という名称に変わり、宗派の直轄寺院、いわば子会社として従前の首都圏開教の役割をより一層高め、首都圏の伝道教化を主導する位置づけを与えられました。そのための方策が模索される中、私を含む10名ほどがプロジェクトチームを組み、あれこれ考えた先に、現在につながる構想が出てきたわけです。
――それが、築地本願寺独自のサービスやシステムを発信する「寺と」プロジェクトですね。
そうです。例えば「寺とくらし」であれば、仏事や終活、人生設計の相談窓口としてのコールセンターの充実。「寺と学び」であれば、法話や写経はもちろん、NLP心理学やアンガーマネジメントから、ヨガやリンパマッサージ、終活に至るまで。そのような多彩なセミナーを受けられる「サテライトテンプル」を銀座に開きました。「寺とカフェ」は話題性もあり、境内にカフェ、グッズショップ、書店などを備えた「インフォメーションセンター」を新設し、一般の方が気軽に訪れていただける環境を整えようと考えました。寺院が古くから営んできた「寺とお墓」というキーワードでは、新しいスタイルのお墓「合同墓」を設置。会員を対象に、生前にお墓の申込みをしていただけるサービスを行っています。
――カフェには人気の朝食メニューがあると聞きました。
「18品の朝ごはん」のことですね。16品のおかずが乗った小皿と味噌汁、おかわり自由のおかゆがセットになったものです。朝活に利用するビジネスマンや、写真をSNSに上げたい女性客に好評のようです。
「インスタ映えする」と評判の「18品の朝ごはん」(※)
この「18」という数字には、仏教的な意味があります。浄土真宗の本尊である阿弥陀如来の48の願いがありますが、そのうちの18番目、「本当に安心できる世界に、いのちあるものすべてを平等に生まれさせたい」という願いを、阿弥陀如来の根本の願い=「本願」と呼びます。いうまでもなくお寺の名前の由来です。
――銀座の「サテライトテンプル」は、「分院」とも考えられますが。
お寺の機能はありませんから、厳密に言えば違います。しかし、今後の寺院のあり方を考える上でとても重要な施設です。名称も「築地本願寺GINZAサロン」というもので、会員を対象に、宗教色の薄い講座・セミナーを入口に、仏教に興味関心を持っていただくのが大きな狙いです。場所柄、ビジネスパーソンのご来訪が多いので、平日のプログラムに力を入れています。また、仏事だけではなく、人間関係や仕事、日頃の生活の不安など、気になることをお坊さんに聞く「よろず僧談」というサービスも行っています。お寺ではないけれども、お寺の機能を気軽に使っていただけるサロン、というのがコンセプトです。
――非常にビジネス寄りな視座でお寺のことを考えていらっしゃいますね。
そもそも私は銀行の出です。だからこそ出来ることがあります。企業も同じだと思いますが、組織改革をスピーディに推進するためには、外部から幹部やトップを招聘することが有効です。私もその一例で、「宗務長」という今のポストは代表役員、企業でいえば社長に当たります。元ヘッドハント会社の社長という私でないとわからない、寺院の、あるいは仏教の持っている問題点もあるのです。「寺と」プロジェクトは、ビジネスの運用手法を取り入れて築地本願寺の問題点をとらえ、ブレークスルーを実現させる試みだと考えています。
――ビジネス視点から見た現在の仏教や寺院の問題は、どこにあるのでしょうか。
江戸の昔から、寺院は地域コミュニティの中心として、信仰、教育、また一部経済の中核として機能してきました。人々は生まれ育った土地を離れることがなく、お寺は檀家制度を通して、地域の日常生活の中で、大家族の「家」を単位とした様々なお付き合い、結びつきを持つことができました。それが戦後、高度成長時代を境に変わってしまった。人口が都市に集中するようになると、故郷で寺との付き合いがあっても、都会に出ればその関係は希薄になります。檀家を支えていた家制度そのものが、核家族化によって機能しなくなり、地方の寺は衰退していくしかなかったのです。
――「家」という単位が変わっていく流れに、お寺はついて行けなかった。
簡単な例で言えば、「家族4人で東京から九州に墓参りに行く負担を負いたいか?」ということです。交通費、宿代、お布施を払ったあとに「せっかく来たんだから、みんなでおいしいものでも食べよう」などということを、お彼岸も入れて毎年2回など続けるのは、とても無理、支えきれないわけです。かつて「地方の大家族」単位で人々との関係を維持してきたお寺が、「都会の核家族」との結びつきを持つことに力点を置いていなかったことが問題であったと言えます。
――ビジネス界でも、地域経済が困窮し、企業倒産も起こっています。
企業も寺院も同じです。労働人口・消費人口の都市流出に歯止めがかからないので、どうにもなりません。地域の老舗メーカーが倒産したり、商店街がシャッター通り化するのと、地方のお寺も根本は一緒です。この大きな流れを外から戻すのは、事実上不可能でしょう。むしろ大切なのは、状況に応じて自ら変わっていく姿勢ではないでしょうか。地方で、創意工夫をして、元気なお寺もたくさんあります。
――具体的な方策は。
ひとことで言って、現在のお寺の運営方法には「古い」ところがあります。江戸時代からの地縁血縁で成り立っていた時代は、いわば「待ちの姿勢」でよかった。しかし戦後、状況は大きく変わりました。本来その時点で考えるべきだった課題が、手つかずのまま残ってしまった。抜本的な対策がとれなかった私たち現代の宗教家にとって、それは忸怩とするところです。しかし、それならば積極的に門信徒とご縁を結ぶ新しい方法を、それも先進的に提案することによって、状況を打開できるのではないか。これが築地本願寺の「寺と」プロジェクトの出発点です。
――プロジェクトのターゲットをどんな階層と捉えていらっしゃいますか。
年齢・性別は幅広く捉えていますが、成人の男女全般、現実的にはその中でもミドル、シニアが第一のターゲットです。この人たちは自分が死んで弔われた後、お参りや法事、墓守りのことで下の世代に面倒をかけたくないという思いを強く持っています。自分は死んでしまうからいいが、遠い田舎のお墓に毎度足を運ばせ、苦労をさせたくないのです。これを引き受け、生前に申込みいただいた上で、アクセスに便利な築地本願寺にお墓を求めていただこうというのが、「合同墓」という施設です。専用の建物のコンパクトなスペースに遺骨を安置します。毎朝読経をして仏徳を讃嘆するほか、毎年「総追悼法要」行って、亡くなった方々への追慕の念を表します。2017年11月から募集を開始しましたが、すでに3000人のお申し込みをいただいています。年齢別でみると60歳以上のシニアが8割を占めています。
――20代、30代の方々については。
銀座のサテライトテンプルは、その世代をターゲットにしています。ビジネスパーソンを対象の講座やセミナーを開催して関心を持っていただき、最終的に築地本願寺にアクセプトをいただければと考えています。この年代の方たちはバリバリ現役で働きながら、それゆえの悩みや苦しみを持っていらっしゃいます。築地本願寺が、そうした悩みの受け皿になれれば、と考えています。「よろず僧談」などが、その入口になってくれればいいのですが。
――今、企業で働く人々は大きな変革に直面しており、様々な悩みを抱えています。
働き方改革とか、残業時間数とか、ブラック環境とか、いろいろ言われていますが、私は、そういったことは表層的なものに過ぎないと思っています。残業が減っても、悩みごとがなくなるわけではない。一流大学から一流企業に入り、30年勤め上げて役員になって、退職金が3000万とか、そういう時代は終わりました。その時、必ず、「自分は何のために働いているのだろう」「働き手としての自分は、これからどこへ行って何をしたらいいのだろう」という根源的な悩みが出てきます。それに対する最終的な答えは、ご本人しか出せません。けれども、お寺はそのお手伝いをできると私は考えています。そもそも仏教は、苦悩に向き合うことから出発しているからです。
そのために、お寺の入口がカジュアルで、アプローチしやすくなっていることが活きてくるのです。ビジネスパーソンに限りませんが、様々な悩みに寄り添った存在でありたい。そこは江戸時代から変わらない、お寺のバックボーンですから。お気軽にご相談いただけるといいですね。
――そのほかにターゲットとしているファクターがありましたら、お教えください。
一番重要なのはエリアマネジメントです。築地本願寺の伝道教化ミッションは首都圏が対象なので、合同墓にしても、カフェにしても、サテライトテンプルにしても、基本的には無理をせずに築地本願寺においでになれる、首都圏1都3県をターゲットにしています。 首都圏人口は約3500万人と言われていますが、そのうち浄土真宗本願寺派とご縁がある人は3%、約100万人。残った3400万人のうち60%以上が、信仰する宗教・宗派を持たない「無宗教」の方々です。選挙でいえば「無党派層」ですね。この方々とご縁を結ぶことが、私たちの狙いです。
――巨大な潜在マーケットがあると。
その通りです。3400万人の60%は約2000万人になりますが、かりにその1%とご縁を結ぶことができるだけでも、1寺で非常に多くの方の信仰を集めることになります。「寺と」プロジェクトは、始まってまだ3年ほど。あと7年、2025年までに良い成果を出せればと思っています。
――カフェなどの展開も、そうした無党派層を獲得する戦略ですね。
そうです。私はグロービス大学院での講義のほか、あちこちで僧侶以外の人たちとお話しする機会があるのですが、お寺について聞くと、「入っていいのかどうかわからない」「門の中に入るのが怖い」「信仰している人しか入れないと思っていた」といった声がとても多いのです。かつてコミュニティの中心として地域の人が自由に出入りしていた寺院に、いつの間にか心理的な負担、障壁が設けられてしまっている。
――申し上げにくいのですが、私もその一人です(笑)。
自由にお入りいただいていいのです。ところが、今のお寺には何かバリアのようなものがあって、うまくいかない。そういった状況を打破するために、お寺の間口を広く、かつカジュアルなものにして、いろいろな人たちに来ていただきたい。「築地で買い歩きをして、ちょっと疲れたから本願寺さんでお茶でも」、最初の一歩はそれでいいのではないかと。 一方では、シニア世代の受け皿としてコンタクトセンターを拡充しています。仏事のこと、お墓のこと、終活のこと、頼るお坊さんがいないこと。困った時に電話1本で対応する体制を作りました。電話を選んだのは、対象ユーザーの情報リテラシーを考えてのことです。先ほどお話しした合同墓のお問合せも、もっぱら電話で受け付けています。
――どの取り組みも、前代未聞の大改革ですね。
よくそう言われますが、「改革」とお思いになるのは、伝統仏教の古い概念で私たちを見ているからです。たしかに、仏教内部から見れば、私たちがしているのは伝統を破壊する改革に映るかもしれません。「お寺が商売をするなど、もってのほか」と考える方もいらっしゃいます。しかし外から見た時に、築地本願寺はそんなに無茶をしていないと私は思っています。
企業に置き換えれば、コミュニティスペースを併設したビルを建てることもあるでしょうし、講座やセミナーを通してビジネスパーソンのニーズを把握することは普通にしています。コンタクトセンターの問い合わせ内容のログを取って、カスタマーサービスを向上させることだってあるでしょう。築地本願寺も同じで、潜在ユーザーを獲得するために、ニーズに即したお寺のあり方、お墓のあり方を模索している。いわば「お寺のリブランディング」に着手したところなのです。
――お寺との新しいつながりとして「会員」なのですね。
「門信徒」という言葉は、今の方には伝わりにくいのだと思います。お寺との強い結びつきを求められ、縛られるような気がする方もいるでしょう。私たちは、お寺と会員の間に、もっと緩やかでカジュアルな関係を築きたいと考えています。セミナーで講話を聞いて関心を持ってもらってもいい、お茶したついでに本堂を覗いてもらってもいい。お墓を頼んだ電話窓口に、困りごとを相談してもらってもいい。「門戸は開いています。どうぞ開かれた築地本願寺にお越しください」という発信を、これからも続けていきたいと考えています。
――「アスクル みんなの仕事」でお気に入りの記事を教えてください。
『最新!オフィスづくり(作り)ラボ』です。築地本願寺は、本堂や門、周囲の石塀が国の重要文化財に指定されています。古代インドを思わせる特徴的な外観は魅力的で、国内外を問わず評価されています。昨年11月に新設したインフォメーションセンターや合同墓は、訪れていただく皆さんの心が安らぎ、寛いでいただけるようデザインや設計がされています。築地本願寺の本堂や寺務所、受付もまた、安心して気持ちよく訪れていただけるような場所として仕上げなければいけませんし、そのためには、まず職員が意欲的に効率よく働ける空間を築かなければと考えているところです。
築地本願寺宗務長安永雄玄(やすながゆうげん)氏
ビジネス視点を武器に、伝統的な仏教のあり方に挑む安永宗務長ですが、内部のコンセンサスを得るには、「それはそれは苦労しました」と笑います。今後考える展開のひとつは、門信徒や会員のデータ蓄積。「会員番号を照会すれば過去の利用履歴がわかるようにする。地方の寺院とも情報を共有して、引っ越されても同じ待遇を受けられる。情報センター的な拠点となるお寺が誕生するかもしれません」。壮大なビジョンに、仏教全体を見すえる安永氏の強いまなざしを感じました。
プロフィール
1954年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。ケンブリッジ大学大学院博士課程修了(経営学専攻)。三和銀行(現三菱UFJ銀行)、外資系大手エグゼクティブ・サーチ会社ラッセル・レイノルズなどを経て、2004年に島本パートナーズに入社、2006年より社長。社会人向け専門職大学院であるグロービス経営大学院で、人材マネジメント、経営道場などの講師を担当する。2015年、浄土真宗本願寺派の築地本願寺の宗務長に就任。過去に例を見ないリニューアルプラン、「寺と」プロジェクトで、寺院の立ち位置、あり方を捉え直す試みを実践。仏教界のみならず、ビジネス界からも注目を集めている。
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2018年9月27日
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