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働き方の多様化や社会情勢の変化に伴い、様々なハラスメントがクローズアップされています。
たとえば、具体的な効率化の方法を指示せずに「残業をするな」という号令をかけ、成果は従来通りのものを求める「時短ハラスメント(ジタハラ)」なども、笑えない現実として存在します。やり玉に上がっている管理職自身も、「部下のマネジメントができないのは管理職失格」とプレッシャーをかけられているのでしょう。
ハラスメントは、身近で深刻な問題として、職場の一人ひとりが真剣に向き合うべき問題です。
1989年8月、福岡県の出版社で女性の部下が上司を「セクシュアル・ハラスメント(以下セクハラ)」を理由に訴えた民事裁判を契機に、ハラスメントという言葉は流行語的に社会問題化し、浸透しました。多くの日本の職場で何気なく行われて来た女性に対する行為や発言がセクハラになるとされ、テレビや雑誌などで盛んに扱われて、すでに30年近くが経過していることに驚かされます。
1999年にはセクハラの防止措置が事業主に義務づけられ、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法の改正を経て、2017年1月からは、新たに妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントについても防止措置を講じることが事業主に義務づけられています。
特定のハラスメントの相談が多い場合、企業は重要課題として早急にその解決に取り組み、適切な対応を取るべきとされ、表面上は対策が進んだかのように思われているかもしれません。しかし、実際に都道府県労働局の相談窓口に寄せられるハラスメントの相談件数は、年々増加傾向にあり、明らかな改善の傾向は見られていません。
画像:ハラスメントの相談件数推移
また、ハラスメントの問題は、個人的な考え方や価値観、受け止め方などによって起きる可能性があり、それが解決を難しくしている面もあります。
ハラスメント問題が公然化した場合、その企業の社会的信用が失われるだけでなく、法的責任を問われたり、訴訟に巻き込まれる可能性があります。また、職場の雰囲気が悪化すれば、当然、生産性も低下し、従業員がメンタルヘルス不全に陥いり、健康を損なっていく恐れもあります。ハラスメント問題があると言われているような職場で働きたいと思う人はいませんから、人材不足に陥ることも考えられます。
ハラスメントは、このように企業の存続に大きな影響を及ぼすリスクがあります。こうした問題が起こらないように、ハラスメント対策を講じていない企業はもちろんですが、対策済みという企業も対策を再確認してみる必要がありそうです。
職場をギスギスした働きにくいものにしてしまうハラスメントに対して、私たちはどのように向き合うべきなのでしょうか。
近年のハラスメントの特徴は、とくにパワーハラスメント(以下パワハラ)の相談件数が占める割合が高いことです。
画像:都道府県労働局へのハラスメント相談件数の内訳
職場での上司などの行為がパワハラに該当するかどうかの判断のポイントは、
・それが職務と関連しているか、また業務上、必要かどうか
・一般的に業務に適正とされる範囲を逸脱していないかどうか
とされています。
パワハラがなぜ起こるかという要因については、職場そのものの悪環境によるストレスなども根強くありますが、厚生労働省のアンケート調査などによれば、上司と部下とのコミュニケーションが不足しているなど、意思疎通が図りづらい職場で発生することが多いとされています。
上司への相談のしやすさ・話しやすさなどといった良好なコミュニケーション環境を保つことが、ハラスメントを防止する重要なポイントなのです。コミュニケーションがとれていて風通しの良い職場では、お互いを気づかえる雰囲気が自然に醸成されます。ストレスも抑えることができ、ハラスメントは発生しにくくなります。できているつもり、言わなくてもわかっているだろうという思い込みが強いと、コミュニケーション不足に陥ってしまいます。
信頼関係にもとづいた相談しやすい職場をつくることは、経営層や管理職の責務でもあります。日頃から社員一人ひとりに注意を向け、職場環境に配慮する必要性があります。
ハラスメント対策のコンサルティングを行うクオレ・シー・キューブの西本智子氏は、ハラスメントの改善が進まない現状について、「今、ハラスメント対策をまったくしていない企業はほとんどないでしょう。ただ、体制づくりには相当の労力と時間がかかるので、効果を実感するまでにいたっていないのかもしれません」と言います。
株式会社クオレ・シー・キューブ 取締役 西本 智子氏
もし、ハラスメント対策に未着手の場合は、正社員・非正規社員を問わず、職場で働く人すべてを対象に、研修で広く基礎的な知識を提供することから始めることになります。すでに対策をしている企業であっても、職場によっては人の入れ替わりが頻繁にあるため、定期的に研修を実施することを勧めています。
西本氏によれば、ハラスメント対策は、次のような3段階を経て行っていきます。
まず、経営トップの姿勢をしっかり伝えること。
これが最も重要なことです。「ハラスメントを許さない」という意思を、単なるスローガンだけではなく、会社として、生の声で発信するのです。動画等も利用すれば、より伝わりやすくなります。また、集合研修や会議の冒頭でメッセージを伝えることも有効です。新年度の挨拶の中で、人権やハラスメントについて話をする、という企業も増えています。
次に、現状を把握すること。
お題目ばかり唱えていても、現状を定期的に把握していなければ意味がありません。職場アンケートやヒアリング調査などを実施し、その結果から集団分析していきます。ストレスチェックの集団分析結果を参考にするのも良いでしょう。これによって、ある程度の問題発生傾向を把握できます。問題が見つかった部署があれば、面談などの方法でアプローチしていくことになります。 こうした調査は、ハラスメントが起こってしまった後にも、再発防止のために必要になります。環境が改善されたかどうかを調査し、改善していなければ重点的に研修を再実施するなど、定期的な現状把握を行うことが再発防止につながるのです。
最後に、教育研修を実施することです。
現状把握ができたら、次はいよいよ研修です。この研修は、経営者・管理職・社員と、ボトムアップよりもトップダウンで段階的に実施していくことが理想です。
調査結果から自社に合う研修をしていきますが、研修は大きく2つのパターンがあります。
ハラスメント基礎知識研修:ハラスメントについての考え方等、職場に適した教材・DVDを使用して(場合によっては委託会社に依頼)、ハラスメントの理解を深める。
グループディスカッションやワークショップ型研修:ケーススタディ、自社について考えるなど、ハラスメントを自分ごとで考えられるような会話重視型の研修。
たとえば、自分のコミュニケーションスタイルを振り返って、ハラスメント傾向の課題をチェックする行動変容のための研修もあります。対策が進んでいる会社では、社員みんなで話し合う機会を設けています。最近は、経営層が対象の研修の依頼も多くいただいていますね。
株式会社クオレ・シー・キューブ 取締役 西本 智子氏
現状把握・調査を行い、研修・教育を実施し、対策防止策を講じる。このPDCAを繰り返し回していくことが重要だと西本氏は指摘します。
人の入れ替わりが激しい職場もありますから、研修したら終わりというわけではありません。研修の回数や発信回数を増やし、何度も発信し続けて、社員一人ひとりが自分のこととして考えられるようにすることが必要です。啓発ポスターを貼ったり、社内WEBで発信したり、冊子やプリントを配布したり、自社に合った発信の仕方を工夫するといいでしょう。
相談窓口を設置することでも対策につながります。問題が起こった際の通報先でもありますが、そういった窓口があるだけでも、問題発生の抑止効果につながります。社外の相談窓口の場合は、ハードルを低くして、「職場の人間関係についての困りごと」なら何でも相談を受け付けるようにすれば、トラブルに発展する前に問題を解決できるかもしれません。相談窓口に寄せられた内容の傾向から、自社の職場風土を振り返ることにもつながるでしょう。
社員に対するヒアリング調査、社員が自発的に窓口に寄せる相談という2つの面から、自社の現状を把握することで、より詳細な実態がつかめると思います。
(同)
一方で、働く側(従業員)としては、どのようにハラスメントを考えたらいいのでしょうか。
最近はハラスメントという言葉が一人歩きしているように感じています。「これはハラスメントに該当しますか?」というご相談を受けることが多いのですが、私たちとしては、ハラスメントに該当しなかったら問題ではないのか、と考えてみてほしいのです。
ある事象がハラスメントかどうかという基準はたしかにありますが、それを満たしていなくても、問題を放置していては職場環境の改善にはつながりません。ハラスメントかどうかということだけを気にするのではなく、自分が困っていることに解決策があるのかを考えてみましょう。たとえば、「悪気はないのに困った行動をしている人」に対し、傷つけずに行動を変えてもらえる忠告の仕方を考えてみたり、問題を起こしそうな人に対しては、ハラスメントと言われる前に放置せずきちんと向き合ってみたり、というようなことです。
そのように一人ひとりが「働きやすい職場を実現する」という意識を持つことが大切で、一人で解決できない場合は、相談窓口に相談していただきたいと思います。嫌なことは嫌だと明るく言えるような職場風土をつくることも、防止策の一つです。どうしたら働きやすい職場になるのか、自分の行動を振り返り考えてみても良いでしょう。
(同)
それでもハラスメントが起こってしまった場合、それを受けた人が誰にも相談できないという問題があります。
まず、我慢せずに声を上げることが最も大事です。相談する際には、相手を非難するだけではなく、相談の仕方を工夫してみるといいでしょう。ハラスメントそのものにフォーカスするのではなく、問題を改善したいというポジティブな相談であれば、印象も違ってきます。
(同)
西本氏によれば、ここ10年ほどの間に、企業側も相談窓口担当者の育成には力を入れており、傾聴力や対応力に優れた人材が配置されるなど力量が向上しているとのこと。熟練した担当者は、相談者に安心感を持ってもらえるような姿勢をみせることができます。
職場は一人で働く場所ではありません。ともすれば私たちは、上司や同僚、部下とともに働く場所であるということを忘れてしまいがちです。たんに「仕事をする場所」としか職場を捉えていないと、様々な問題が起きてしまう可能性があるのです。
「みんなが働きやすい職場をつくるためには、やはり管理職の意識が必要です。主導権のある上司の側から働きかけることで、上下のコミュニケーションが取りやすくなり、人間関係もうまくいくようになる」と西本氏。
企業側、相談者側双方に必要なのは、「ハラスメント」ありきで問題を解決しようとするのではなく、「そもそもそのような問題が起こる職場をどのように改善していくか」という視点です。普段から信頼関係を築いていくことがハラスメント防止につながると西本氏は述べています。
今一度、ハラスメント対策の目的を振り返ってみましょう。
それは、「差別や嫌がらせを廃止し、働く人すべてが安心・安全な環境で自分の能力を最大限発揮し、活き活きと働ける職場をつくること」です。西本氏は、この本来の目的を見失うべきではないと強調します。
ハラスメントがなぜいけないのか。それは、ハラスメントによって就業環境が悪化し、やらなければいけない業務が滞ってしまうからです。また、その社員の本来の能力が発揮できなくなるからです。働く人というものは、仕事を通して社会成長を目指していると私は思います。どんな職場環境、どんな同僚となら、働きがいのある職場になるのか、生きがいを見つけることができるのか。企業も社員も、そういった視点に立って、安心して働ける環境をつくってほしいと思います。
(同)
人材不足などによって過重労働になってしまっている職場もありますが、大切なのは、一人ひとりがコミュニケーションを大事にし、「働きやすい職場」を意識することです。
この30年近く、「ハラスメント」は一種の流行語のように扱われてきており、最近では、セクシャルハラスメント、パワーハラスメント以外にも、マタニティハラスメント、モラルハラスメントなど、30種類以上ものハラスメントがあるとまで言われています。
多様化するハラスメントの例
このようにハラスメントが"多様化"しているのは、それが多様化する職場のコミュニケーションを映し出す鏡のようなものだからではないでしょうか。
最近では、メールやチャットといった便利なツールが増え、非対面コミュニケーションが増える傾向にあります。かつては当たり前のようにしていた対面コミュニケーションが失われ、職場の雰囲気や相手の反応を直接確認する機会をもてない現状が、新たにハラスメントを生みだす要因になっているのかもしれません。
実は、西本氏が取締役を務めるクオレ・シー・キューブは、「パワーハラスメント」いう言葉をつくった会社でもあります(日経文庫「パワーハラスメント」第2版、p.38-41)。
同社が提唱するのは「ハラスメントフリーな職場」、つまりハラスメントから解放されている(自由になっている)職場です。単に「ハラスメントが起こらない企業」を目指すのではなく、万一起きてしまったとしても、真摯にそれに対処できる企業を目指すべきだと西本さんは説いています。
働く一人ひとりが自立し、持てる能力を最大限発揮し、活き活きと働く職場。人と働くことの初心に立ち返って働きやすさを意識し、そうした職場づくりの取り組みを継続できれば、いつか社会そのものもハラスメントフリーにしていけるかもしれません。
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
制作日:2018年12月3日
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