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働き方改革の一環である共働き夫婦の子育て支援策のひとつとして、企業内保育所への関心が高まっています。
出産前有職者に係る第1子出産前後での就業状況(出典:内閣府男女共同参画局「『第1子出産前後の女性の継続就業率』及び出産・育児と女性の就業状況について」(※))
妊娠・出産後も仕事を続けたいと考える女性が増え、企業側も、不足する人材を確保するために女性社員の出産後の職場復帰を望んでいます。
ところが、それを阻んでいるのが保育所不足、待機児童の問題です。保育所に空きがなく入所を長い間待ち続けて職場復帰が遅れたり、かりに保育所が見つかっても、自宅や職場から遠いために送り迎えが大きな負担になるケースは珍しくありません。
そこで、政府が保育所待機児童対策の切り札として2016年度に立ち上げたのが、「企業主導型保育事業」です。
これは内閣府が始めた企業向けの助成制度で、従業員の働き方に応じた柔軟な保育サービスを提供するために企業が設置する保育施設や、地域の企業が共同で設置・利用する保育施設の整備費や運営費を助成するというものです。職員数や資格保持者数、設備、安全対策などの基準のもとに補助金を出し、企業内の保育施設設置を促そうとしたわけです。
この保育所は企業自ら運営することも、保育事業者に委託することも可能で、地域枠(全定員の1/2を上限として 従業員以外の地域の子どもが利用できる枠)を設けることもできます。企業にとっては、地域貢献を図れると同時に保育所経営の安定にもつながるのです。実際に助成が決定しているのは2,597施設、定員59,703人分とのこと(公益財団法人 児童育成協会による。2018年3月31日時点)。
この制度以前にも企業内保育所というものは存在していましたが、施設整備や運営に大きなコストがかかるため、設置に二の足を踏む企業がほとんどでした。助成制度が設けられたことにより、今後は企業主導型保育所が大幅に増えると期待されています。
しかし、一方では、児童が集まらずに月平均50%以下の充足率になっている施設も多いと見られ(2019年4月23日公表の会計検査院調査結果より)、急速に進んだ整備のひずみも出てきているようです。2018年11月には世田谷の企業主導型保育所で保育士が一斉に退職し、施設が突然閉鎖されるという事件が起こり、企業による保育事業運営の難しさや問題点が浮き彫りになりました。
今回は、保育所運営事業会社、そして実際に保育所を設置している企業へのインタビューを通じて、企業内保育の現状や課題を考えたいと思います。
企業主導型保育施設は、保育事業者に委託するものと、企業自らが運営するものに分かれます。まずは、企業内保育園運営事業を手がける株式会社キッズコーポレーションを訪ねました。
同社では、企業内保育園と病院内保育園の運営受託、認可保育事業などの運営を行っています。2019年4月までに手がけた運営施設は全国で189施設にのぼります(開園予定の施設を含む)。
代表取締役の大塚雅一氏は、大学卒業後、大学付属幼稚園勤務を経て、27歳で起業。「画一的な幼児教育」に疑問を感じ、理想の幼児教育像を求めて300カ所を超える幼稚園・保育園を訪問されたそうです。
「KIDS FIRST〜何より子どもが最優先〜」を保育理念に掲げ、幼児教育のプロフェッショナルのスタンスで事業展開を行っている大塚氏にお話を伺いました。
キッズコーポレーション 代表取締役 大塚 雅一氏
――御社のサービス内容を教えてください。
大塚 元々はベビーシッター事業を行っており、97年12月に病院内保育園事業をスタートさせました。以後、従業員の福利厚生のための保育園を作りたいという企業や病院からのご依頼を受けて、園舎設計の段階から関わっています。子どもと保育者の動線、キッチンは必要か、トイレはいくつ設ければいいのかなど、こと細かな点まで専門家の立場から提案します。設計士が話し合いに参加することもあります。その後は実際の運営に携わります。当社のスーパーバイザーや営業職が企業と保育スタッフの間に立って、双方の意見を取り入れながらマネジメントを行います。
――企業内保育園は、そもそも地域の認可保育園とどこが違うのですか。
大塚 保育内容の違いはありませんが、地域の認可保育園は、まず行政機関への入園申し込みが必要で、実際に入園できるかどうかはわかりません。一方、企業内保育園は従業員のための福利厚生の一環ですから、入園できないということはありません。
利用者、つまり保護者にとっての企業内保育園の最大の利点は、時間の融通がきくということです。認可保育園では子どもを預けられる時間が決まっていますから、何があっても、決められた時間までに子どもを迎えに行かなければなりません。企業内保育園なら、始業時刻が早い勤務があったり、夜遅い時間帯の勤務があったりするような場合でも、就業時間に合わせて保育時間を設定できます。サービス業の会社などで、ニーズに応じて日曜日に保育園を開くといった柔軟な対応も可能になります。
もうひとつの利点は、職場のすぐ近くにあるということです。家から離れた保育園に預け、そこから今度は会社に向かうのにくらべて利便性が高い。お子さんが急に熱を出した際にも、連絡を受けた保護者が就業中にちょっと様子を見に行ったり連れて帰ったりという対応ができますので、安心して仕事ができます。「地震などの災害の際にも近くにいるので安心」とおっしゃる方もいます。
――企業側にとってのメリットは。
大塚 優秀な人材を失わずにすむということです。今後ますます人口が減少し、労働力が減りますので、いかに女性に活躍してもらうかということが重要になってきます。しかし、これまでは子育てが働く女性にとってのボトルネックになっていました。とくに東京のように待機児童問題が深刻な地域では、会社に保育所があれば、より早く仕事に復帰できます。
最近では、就職活動中の女子学生が企業保育園の有無を確認することもあるそうですから、企業のイメージアップ効果も大きいと思います。保育所があるだけでも好イメージになりますが、さらに、園舎のデザイン性にもこだわる企業が増えています。当社でも、若いお母さんが子どもを預けたくなる明るいイメージを与えるように、ログハウス調やカラフルな内装など、様々なデザインタイプの園舎を手がけました。そうしたニーズの増大に加えて、政府の企業主導型保育事業助成制度の後押しもあり、今後、企業内保育園はますます増えていくと思います。
画像提供:株式会社キッズコーポレーション(※)
画像提供:株式会社キッズコーポレーション(※)
――企業保育園の中には、定員半数割れで閉鎖してしまっている例も多いようですが。
大塚 まずは、本当にニーズがあるのかということです。従業員のニーズをきちんと把握せずに、開けば子どもが集まるだろうと安易に考えて数ヶ月で閉園というケースもあるようです。
弊社では最初にクライアント企業内で従業員アンケートをとります。「企業保育園がないよりはあった方がいい」と誰もが答えますが、保育園ができたら子どものいる社員が本当に預けるかどうか。たとえ子どもがいても、すでに認可保育園に預けていたら、転園するケースはほとんどありません。実際に預けるというニーズがあるなら、それは10人なのか、30人なのかということを確認して園児数が決まる。次にどのくらいの広さが必要なのかといったハード面や、保育士は何人必要かということを決めていきます。
政府の助成制度ができてから、従業員が5人しかいない企業からもコンサルを求められたりするのですが、やはりある程度の定員数が見込めないと運営は難しいですね。
2018年に起きた保育士の一斉退職事件は、保育者のポリシーと企業側とのミスマッチが原因ではないでしょうか。私自身、幼稚園教論の経験があるので理解できるのですが、企業保育園だからと言って、保育者が従業員と同じように会社の指揮通りに動くものではありません。弊社では、企業のニーズを保育者に伝えたり、逆に企業側に保育士の考えを説明したりしています。全国の園長を集めて勉強会を開くなど、保育者のサポートにも務めています。
――企業側は、もっと保育所についてのビジョンを明確にした方がいい?
大塚 企業イメージが上がるという話をしましたが、保育園のネーミングにこだわったり、商品イメージを園舎に反映させたいという要望をいただくこともあります。たとえば、「風通しのいい会社」という企業イメージを反映させるために、年齢別に部屋を仕切らず、オープンなスペースにしたいという要望をいただいたことがありました。しかし、私たち保育のプロからすれば、隣で2〜3歳児が遊んでいると0歳児たちが眠ることができなくなるのは常識です。
我が社の保育理念は「KIDS FIRST」ですから、是々非々でメリット・デメリットをきちんと企業に説明し、子どもにプラスになることなら企業の要望も取り入れるというスタンスです。 保育所を開設すること自体はそれほど難しくないのですが、運営し続けるのは予想以上に大変です。保育とは子どもの未来を作る仕事ですから、企業はきちんとした保育理念、保育方法を確立している事業者に運営を任せるべきでしょうね。
さて次に、自社グループで保育所を運営している企業を見てみましょう。
総合人材サービスの大手、株式会社パソナグループもそのひとつ。東京駅前の同社JOB HUB SQUARE内には、社員のためのカフェスペース、スポーツジム、エステサロン等が設置され、女性にとっても働きやすい会社として定評があります。同ビル内で従業員、派遣登録社員を対象にしたパソナファミリー保育園が運営されています。
政府は幼児教育・保育を2019年10月から無償化する「子ども・子育て支援法改正案」を閣議決定しましたが、パソナグループはそれに先立って4月からパソナファミリー保育園の保育料無償化に踏み切りました。
HR・アドミ本部グループの奥山真栄氏(アドミ部長)と、ご自分もパソナファミリー保育園を利用していたという森川洋子氏(広報部)にお話を伺いました。
奥山真栄氏(株式会社パソナグループ HR・アドミ本部グループ アドミ部長)
――パソナファミリー保育園の特徴について教えてください。
奥山 パソナファミリー保育園は2010年に設立し、グループ各社の全従業員と派遣登録社員が利用しています。保育園の運営はパソナフォスターという保育事業を手掛けるグループ会社が行っていますが、カリキュラムはすべてパソナグループで決めているのが特徴です。
定員は35名、開園時間は朝8時から夜8時。通勤ラッシュを避けて時差出勤している利用者もいるので、午前10時くらいまでに子どもを預ければいいというルールです。半日・1日単位で預けられるので、事業所訪問の際に利用するときに便利だと派遣登録社員の方からも評判です。
食事は専任の栄養管理士が考案したメニューを社内で調理しています。弊社グループで生産している無農薬野菜、生産者の顔が見える食材なども取り入れています。建物内にはパソナ大手町牧場もあり、子どもたちも動物たちと触れ合ったりしています。
規定では、企業主導型保育所は保育従事者の50%が保育士資格を有していればいいのですが、弊社の保育園は資格保持者が100%です。前年3月の時点で子どもの数が23名で、保育士8名と園長が対応していました。送り迎えの際に、担任が保護者に「今日はこんなことがありました」「こんなことができるようになりました」と子どもの様子を伝えています。
先日、保護者会があったのですが、「ここまで一人一人の子どもをきちんと見てくれる保育所は少ない」というお声もいただきました。
画像提供:株式会社パソナグループ(※)
――英語のアクティビティなど、独自のカリキュラムも取り入れていますね。
奥山 週に1、2回の英語レッスンを行っていたのですが、この4月からは、夕方5〜8時を英語教育に特化した時間帯にしています。以前は自由遊びをさせるだけだった延長保育の時間を教育に活かすという試みです。外国人社員を保育スタッフとして1名雇用したのですが、母国で幼稚園教論をしていた経験を活かして、教材準備からカリキュラム作りまでその社員が行っています。英語でリトミックを行ったり、パソナ大手町牧場への散歩中に動物について英語で説明したり、0歳からネイティブに接することができる機会になっています。ちなみに、その外国人社員も、自分の子どもをここに預けているお母さんです
英語以外にも、健康な体づくりのために、柔術などのスポーツも取り入れる準備をしています。弊社には社員向けスポーツジムもあり、ピラティスやヨガのレッスンも行っているので、それを幼児向けにできないかと検討しています。
――教育プログラムが充実して保育内容も手厚く、利用者にとっては理想的な環境だと思います。その上、保育料も無償。企業として大きな負担になるのでは。
奥山 まず、福利厚生の一環として、女性の社会進出をサポートするために保育所サービスを充実させたいと考えました。利用者の半分は派遣登録社員の方々です。頑張って働いて得た給与から高額の保育料を払うのはかなりの負担だと思います。そのお金をご自身のスキルアップに使っていただきたいと考えた結果、無償化を決めました。
パソナファミリー保育園の運営は、企業主導型保育施設の運営受託サービスを手掛けるパソナフォスターが行っていますが、自社保育園のコンテンツが成果をあげれば、それをビジネスとして活かせる可能性もあります。
画像提供:株式会社パソナグループ(※)
――子連れで通勤しなければならないということもあり、企業内保育所に園児が集まらないケースもあるようです。運営は簡単ではないと思いますが、御社は成功されています。
森川 通勤ラッシュを避けるために8時開園にしていますし、時差通勤をしている保護者もいます。子どもの着替えなど大きな荷物を抱えて通勤するのは大変ですから、服を置く棚なども用意してあります。ランドリーサービスもありますので、衣替えの時期以外には服を持ってくる必要がないようにしています。
地元の保育園には、布団まで持ち帰らなくてはならないところもあります。身一つ、子どもだけ連れて来ればいいというのはありがたかったです。オムツも代金を払えば買ってもらえますし、精神的にも体力的にも助かりました。
私の場合、通勤時間は1時間弱ほどでしたが、抱っこ紐で子どもを連れて来ていました。復職したばかりの頃は、環境が変わって親子とも不安でしたので、電車の中で子どもと密着してコミュニケーションできる時間を持てたことは、よかったです。夫の職場も遠くないので、迎えに来てもらって、3人で一緒にご飯を食べて帰ったこともあります。工夫次第で、地元の保育園に入れた時よりも親子で過ごす豊かな時間を増やすこともできました。
――認可保育園よりも魅力的な要素があれば、企業内保育園が選ばれるわけですね。
森川 たしかに、できれば企業保育所より地元の認可保育園に子どもを入れたい保護者の方が多数派です。ただ、弊社の保育園のように教育プログラムが充実してくれば、地元の保育園とどちらがいいかと迷っていただける保護者も増えるでしょう。働いているお母さんは、忙しくて子どもの教育までなかなか手が回らないことが多いですから。
以前は、空きがないのでまず弊社の保育園に入れ、その後で地元の保育園に移る。とくに3歳児が4月の新学期の時点で転園するというケースがほとんどでした。
ところが、教育プログラムを充実させたことにより、今年度は2歳児も全員持ち上がりで3歳児クラスに入りました。派遣登録社員の方々の間でも、「どんな教育をするのか知りたい」と見学される方が増えています。
企業にとって自社内に保育園を設けることは、優秀な人材を流出させず、さらに新たに確保することにも役立ち、企業PRにもなります。とくに企業主導型保育事業の助成制度ができてからは、導入を検討しているところも多いでしょう。
一方で、園児が集まらない、保育士とのコミュニケーションがうまくいかないなどの理由で運営が困難になるケースもあります。
ポイントは、まず従業員たちの保育ニーズをきちんと確かめ、さらに認可保育園に負けない付加価値を持たせること。そうした現場の努力と知恵が保育園運営の成功につながり、利用する女性たち(今後は男性も増えてくるはずです)の働き方、ワーク・ライフバランス向上につながっていくように思われます。
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2019年4月5,12日
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