三菱地所 本社 LOUNGE(ラウンジ)とLIBRARY(ライブラリー)(左奥)
オフィスのサプライヤーサイドが実験的にオフィスづくりをする例は、これまであまり多くなかった。オフィス環境のプロフェッショナルが自ら作り、実験するオフィス環境とはどのようなものか。また、新しい働き方に関するどのような知見が得られ、テクノロジーが活用されているのだろうか。
お二人のお話から見えてきたのは、行動やマネジメントのプロセスの綿密な実証と試行錯誤だった。どの企業でも簡単にできることではないが、ここまでやれば働き方を変え、オフィスを変えることができる貴重なプロセスとして、ご紹介する。
(聞き手=岸本章弘氏[ワークスケープ・ラボ])
――移転を決断された背景を教えてください。
佐々木 移転にあたっては、当社の働き方改革を進めるための課題と、オフィスサプライヤーという事業的な課題の両方を設定しました。
働き方に関しては3つの課題がありました。まず業務の効率化、そしてその効率化した時間を使って新しいビジネスや既存のビジネスの拡大につなげていくこと、最後に、それらを進めるための風土改革です。
昨今、オフィスのあり方が大きく変わっていく中で、オフィスが要らなくなる社会がくるのではないかという危機感があります。そうなったとき、我々オフィスサプライヤーはどのような価値を提供し、どんな意味づけをオフィスにしていくべきなのか。こうした課題意識から、三菱地所自身が変わり続けるために移転が決定されました。
佐々木詩織氏(三菱地所株式会社 総務部 ファシリティマネジメント室 副主事)
――昨今、もうオフィスは要らないなどと言われることがありますが、オフィスが要らなくなるのではなく、あらゆるところがオフィスになるのだと思います。テレワークのような形でワークプレイスが分散する一方で、チームのコラボレーションのために集約しなきゃいけない。遠心力と求心力が同時に働いていますが、集まる場所は最後まで必要だと私は思っています。
佐々木 三菱地所が生まれ変わるための軸として、新しい本社のコンセプトを、「Borderless! × Socializing!」とまとめました。年代の壁、物理的な壁を取り払い、人と人の価値を生み出すような場づくり、働き方をしていくという意味がこめられています。 このコンセプトには5つの意味合いがあります。
まず、自然に人が集まりつながるということ。空間をオープンにすることによって、物理的な壁や心理的な壁を取り払い、人が自然に行き交う作りにしていきたいということです。
次に、オープンでフラットであること。部署や役職・階層の違いを超えてフラットに意見を出し合える環境にしていきたいということです。
3つ目は、いろいろな過ごし方を選べるということ。自律的に物事を考えられる選択肢を与えるために、グループアドレスに行き着きました。実際に移転してみて実感するのは、選択肢を広げることは、考えさせることにつながるということです。今日はどんな一日になるかを俯瞰して働き方を考えていくことは、本質的に意味がある大事なことです。
4つ目は、健康的に過ごせるということです。フィジカル面もメンタル面も健康的にあるべきということですね。
最後に、経営戦略として、当社はこれまで慎重な傾向がありましたが、失敗してもいいからやってみようという姿勢を周りがサポートしようということです。
オフィスを設計する過程で悩んだときには、いつもこの「Borderless! × Socializing!」に合っているかと立ち戻りましたので、コンセプト作りは大変重要でした。
――そのコンセプトを作るのには、どのくらい時間をかけましたか。
佐々木 1ヶ月ほどです。総務部のFM部門とオフィス開発の営業担当、あと経営の観点から人事部と経営企画部が合同で入り、当社の課題や、どうなりたいのかを何度もブレインストーミングして、社員に伝えやすい形として文字にしました。
――設計の側も加わっていたのですか?
橋詰 同時並行で、「Borderless! × Socializing!」を形にするためのデザインイメージのコンセプトを考えていました。このオフィスを訪れる人たちや実際に使う人たちに、Borderlessな働き方を具現化して伝えないとデザインとしては成り立たない。そこで、ふとしたところから、三菱地所のビルにも使われている「PARK(パーク)」というキーワードが出てきました。時間や場所にとらわれず、好きなところに行き、好きな行動をし、ばったり出会った人とコミュニケーションを交わして好きな時間を過ごせる。それを「PARK(パーク)」とすればイメージがブレることなく伝わると考えました。
橋詰俊輔氏(株式会社メック・デザイン・インターナショナル デザイン・ソリューション1部 シニアデザイナー)
同社社内資料「本社移転と働き方の取り組み」から(※)
――古い写真を見ると、三菱地所も対向島型にデスクが並ぶ典型的な日本のオフィスでした。そこから今の状態に変わるためには、コンセプトを理解したり、行動を変えてもらったり、書類を減らして電子化したり、ツールやサービスを用意したり、9ヶ月という期間の中でしなければならないことが数多くあったと思います。とくに大変だったことは何でしょうか。
佐々木 本当に短い期間でしたので、進捗は随時社内にシェアし、大きな要望があれば施策に取り込みましたが、社員のワーキンググループで練り上げていくスタイルではなく、事務局が中心になって意思決定していきました。ただ、それだけでは社員を巻き込んでいけなかったり、バックデータを持った変革は難しいため、最初に大規模な社員アンケートを実施し、社員の細かい意見や行動データをエビデンスとして進めました。具体的には、1時間ごとに、どこで・何を・誰と・どんなITツールを使って・どれだけ生産的だったか、という1週間分のデータをとり、それを施策の裏づけにしていきました。このアンケートの回答率は90%以上あり、そこで働く人としても、オフィスサプライヤーとしても、高い関心があったため、とても良いデータがとれたんです。
もちろん直接社員に入ってもらう機会も要所に設けました。たとえば社食のメニュー検討のための試食会に招待したり、その結果を社内報に載せたり。「チェンジワークトライアル」と称して、先行してレイアウトを変更した仮想本社を作り、グループアドレスとペーパーストックレスの運用を一部の部署に体験してもらったりもしました。これらの結果が「どうだった?」「意外といけるよ」「こういうトラブルがあった」というふうに口コミで広がる効果もありました。人は大きな変化を恐れますから、トライアルでそれを和らげることができたことも、短期間で進める上では大きかったと思います。
また、長い時間同じ働き方を続けてきた三菱地所が最新のオフィスビルに移り、変わろうとしていることに希望を感じて、前向きな社員が圧倒的に多かったことは幸運でした。
――パイロットプロジェクトに社員を参加させたり、前向きなグループに意見を出させたりするという話はよく聞きますが、この規模で実施した例は珍しいと思います。社員が今回のプロジェクトに期待していたというのはたしかに大きいですね。それと並行して、アイデアやプランを練ったり、反応を見て軌道修正したりということもしていったのですね。
橋詰 私たちにとっても、その進め方が一番勉強になりました。現状データを根拠に、だから設計要件はこうなると落とし込むプロセスを踏んでいただけたのはとても大きかったですね。一番苦労したし、苦労しがいのあったフェーズだと思います。このフェーズに時間をかけ、迅速に意思決定していただけたことが、9ヶ月という短期間でできたポイントです。佐々木さんは内部の調整にかなり苦労したと思いますが、私たちはやるべきことに集中できました。
――私の経験でも、社内プロジェクトは、あらゆることが横から入ってくるし、終わった後もずっと言われ続けるから、意外と大変だという実感があります。どうやら三菱地所はとても良いクライアントだったようですね。
橋詰 なかなかそこまでやっていただけるクライアントはないですね。
インタビューアー: 岸本章弘氏[ワークスケープ・ラボ]
4階執務スペース(※)
4階執務スペースに隣接する打合せスペース(※)
4執務エリアの一部(※)
――「グループアドレスやフリーアドレスを導入しようと思っているけどメリットがわからない」という話をよく聞きますが、そもそも、それならなぜやろうと思っているのでしょう。何となく雰囲気で入ってしまって、結果的には意味がなくて失敗するケースもあるようです。最近は働き方改革の掛け声で、生産性を上げるために何かやらないとまずいからスタートするというのは、やはりおかしい。ようやくまともな事例に出会えた思いです。固定席からグループアドレスへの転換ということで期待した効果は、どのようなものでしたか。
佐々木 グループアドレスを導入したのは、アンケートによって当社の働き方の実態がわかったためです。具体的には、在席率平均が50%だったこと、チームで行動することが多いということ、そしてオープンゾーンの生産性が高いという実態です。この3点をエビデンスとしてグループアドレスの導入を提案しました。
期待したことも含め、グループドレスの効果は6つありました。
1.働く場所とスタイルの選択
先ほども言ったように、働き方を考えさせることにつながったことは、とても本質的で重要な点でした。
2.コラボレーションスペース確保
レイアウトを組んでみると、グループアドレスにしたほうが面積をうまく使えることがわかりました。デスクスペース以外の共用スペースの確保につながっています。
3.席に縛られない風土
固定席だと、「なぜいないのか」「なぜ休憩から戻ってこないのか」といった懸念が生まれますが、グループアドレスではそれがなくなります。「自席に戻らなきゃいけない」という意識がなくなるので、移動するときもスムーズに動けるようになります。その分マネジメント層とのコミュニケーションの取り方は考え方を変えなければならない部分もでてきます。
4.気軽な会話によるアイデア創発
"横"の境目をなくして動きをフレックスにするグループアドレスに、2本の内部階段という"縦"の配置を加えたことによって、人の動きがとても活発になりました。いわば三次元的に人が交わり、偶発的な会話や出会いが増えました。
5.場所を変えるリフレッシュ効果
シンプルなメリットですが、効果として実感する人は多い項目です。因みに移転後に全社的なフリーアドレスをイベント的に、1日実施した結果、場所を変えることで、リフレッシュできたという声がトップに上がりました。
6.クリーンデスク化によるセキュリティ向上
グループアドレスとクリーンデスクを掛け合わせることでセキュリティが上がるという期待です。
リラックスできる「GLAMPLE(グランプル)」(※)
6階集中ブースのバリエーション(※)
――「自由に選べる」と思う人もいれば「戻るところがない」と思う人もいて、ちょっとした気分の持ちようかもしれません。結局、完全なフリーアドレスというものは多くの組織には合わないかもしれませんね。営業のように朝と夕方しかいないわけではなくても、席を外す頻度が高ければ在席率は低くなる。でも細切れに自席に戻っているというワークスタイルもありますから、"戻る拠点"としてグループの場所があるのがちょうどいいのかもしれません。
佐々木 みんなが100%理解しているわけではなく、合わない人は今でも固定化していますが、それもひとつの選択ですから押し付けたりはしません。導入後3ヶ月は、コミュニケーションがとりづらいという声も結構ありました。それはオフィスが新しくなっても、働き方が旧来通りであるというギャップを埋めるようなコミュニケーションの知恵がなく、それがフラストレーションとなってあらわれたものでした。ツールの活用も含めて、コミュニケーションのとり方を教えていくことによって、そうしたギャップもだんだん埋まってきています。
――クリーンデスクについては、現場の人たちは「どうせ明日また続きをやるんだからそのままにしておきたい」という気持ちをもちがちですよね。
佐々木 ペーパーストックレスはリバウンドしがちなので、管理者が定期的に見回ってチェックしています。当初はどうなることかと怯えていたのですが、みなさん何とかやっています。人間は場所があれば物を置いてしまうようで、場所がなければ工夫を始めるんですね。
――設計側として、自席まわりにはどんな工夫をしましたか。
橋詰 何%の席を用意すれば、他にどれくらいのスペースを当てられるか、これはいろいろなバリエーションが考えられるので、検証には苦労しました。グループアドレスか、フリーアドレスか、固定席を一部しつらえるのか、それによって席の形状や高さ、家具の選定も変わってきます。どういう方針でいくかということを密にやり取りしながら決めていったので、設計側としては苦労しました。高さの部分は、働き方におけるリフレッシュ効果も考えて、低い位置で働くことも、立って働くことも選べる環境を提供することになりました。グループアドレスの中でバリエーションを展開することにもつながり、「PARK(パーク)」というコンセプトともうまく合致したと思います。
――収納についてはどうでしょう。
橋詰 個人ロッカーについてもかなり議論がありました。数値だけで見ると、いきなりここまで削減して大丈夫なのかと不安になりましたが、これは半強行でやってみました。
佐々木 8月から削減を進めましたが、まず捨てることから始めてもらい、電子化は最終手段としました。捨てるためにはペーパーレスの働き方をしなきゃいけないので、その分、ペーパレスに必要な設備、例えばモニターをあらゆる部屋に設置するなどしました。
――フリーアドレスでよく聞かれるのは、「見えない部下をどうやって管理するのか」という管理者の悩みですが。
佐々木 移転直後のアンケートでもそういう意見が出たので、ちょっと能動的になってもらうことにしました。たとえば、毎朝15分のハドルミーティングで各々の予定を確認したり、相談事項を確認するショートなコミュニケーションをとったり、チャットを使ったショートコミュニケーションをどんどん活性化させたりということで、ツールの横展開については我々もフォローしました。
そこまでにいくと、FMというより、会社として伝えていくべき事項になりますので、総務・人事・経営企画・広報の4部でBorderless! × Socializing!事務局を作り、コミュニケーションの問題で悩んでいる部署の課題を吸い上げ、施策を横展開させています。移転後のソフト的なフォローは重要で、移転して終わりにならないように、定例で月に何回もやっています。むしろここからという気持ちですね。
受付から続く3階は、ミートアップスペース、カフェテリア、ライブラリーなど、人と交流できる開けた空間になっている
――共用スペースに関して、旧オフィスの時代にはなかった行動などはありますか。
佐々木 カフェテリアを社員に使ってもらうことで、いかに交流をしてもらうかを考えています。社食やカフェに注目している企業は多いと思います。もちろんおいしいものを、手の届きやすい価格で提供するのは当たり前ですが、さらにそこで交流を生ませようとすると難しいですね。日中の打ち合わせなどは部署判断でやってもらっていますが、社員が自由に参加できるイベントを開催するなど、言葉を発するきっかけを作ることが大事だと思っています。地方の楽しげなフェアやカレーフェアなどを開催して、それを話題に会話してくれることを狙ったり。その会話をきっかけにコミュニケーションを広げて、社員同士が互いを知る場になってほしい。社員投票をしたり、地方のフェアでは、その地方の出身者にインタビューしてそれを掲示したりもしています。今までになかった施策ですが、今後も膨らませていきたいと思います。
また、これまで会議室は18時以降は開放していませんでしたが、今は24時間稼働させており、ファシリティの有効活用のねらいと社外との交流の活性化につなげています。
6階の仮眠室は、当初の稼働率が1割ほどでしたが、今は3割ほどまで上がっています。生きるために必要な場所がオフィスにどんどん増えており、みなさんがそういう過ごし方に慣れてきているので、できる限り手を伸ばしてインストールしています。
――通常のオフィスにはないタイプの空間がありますね。
橋詰 SPARKLE(スパークル)とLOUNGE(ラウンジ)の位置づけは、ちょっと特殊でした。セキュリティ上、社員だけのエリアと来客も使えるエリアを分けた上で、飲食できるエリアとして括っている。食を中心に、人が集まるコネクションゾーンとして3階全体を仕立てたのは分かりやすいコンセプトだと思います。
ランチタイム以外の使用率を上げる施策は、いろいろな会社を見学して吸い上げた情報や知見を三菱地所の風土に合った形に落とし込んだからできたことだと思います。空間をきれいにしたから人が集まるわけではないということを学びました。
カフェテリア「SPARKLE」
――場所が人を呼び、人がさらに人を呼ぶという循環が理想ですね。残念ながら、どんなにすごいデザインであっても、場所が人を呼び続けることはできません。以前、調査したことがあるのですが、出会った人が会話に踏み込む触発要因は、まず、「お互いを知っている」ということでした。顔を合わせれば誰でも挨拶はしますが、もうひとつ、「そういえばこれ何だろう」「これ見た?」ときっかけを提供すれば、話は広がっていく。そういうことはマネジメントの問題が大きいですね。
ここを訪れる外部の人は年間5000人とも言われるそうですが、おもてなし的な工夫などはありますか?
佐々木 おもてなしとまでいきませんが、場の提供という意味では従来よりも広がっています。
橋詰さんがおっしゃったように、3階はゲストとのフロアとして設計されており、動線上にカフェテリアを用意しています。最近では外部の方との密接なやりとりが増えており、喫茶だけでなく食事もとれることが功を奏しているようです。
リクルーティング的にも、今まではランチタイムに外でしていたOB訪問が、カフェテリアで受けられるようになりました。お昼以外も使えるし、内階段を下りてすぐ対応できるから時間も短縮できる。学生や内定者の側も、こんなところで働けるということがわかるし、インターンなど意欲のある学生にも働き方を見せて、良い印象を与えられるので、人事にも感謝されています。
また、最近6階には、外部の方と使えるプロジェクトルームを用意しました。短期間ですが、これは移転直後にはなかったコラボレーション環境になります。
SPARKLE(スパークル)も、今後もっと外へ開いていこうというコンセプトで、スタートアップ企業のイベントを開催したりしていきます。
また、今まではグループ会社の利用は社外のゲストと同じ制限で、カフェのエリアだけだったのですが、移転するとグループ会社社員とのやり取りがかなり多いことがわかり、カフェの隣にあるラウンジのスペースも含めてグループ会社の方が単独で利用できるように緩めました。
橋詰 ちょっとテクニカルな話ですが、セキュリティラインと、飲食できる範囲の兼ね合いという問題がありました。当初、来客は真ん中の部分だけということでしたが、そのセキュリティラインと席数によってレイアウトが変わってきます。どこまでが来客OKで、どこから先は社員だけとするかという問題はかなり議論しました。
佐々木 ブース席も、回転率は悪いのですが、日中の稼働を挙げるために打ち合わせがしやすいように、あえてベンチタイプで設計をお願いしました。
カフェテリアは固定家具のブース型でミーティング用にモニターも設置
――イベントを考慮するとテーブルも椅子も全部可動にしなければならなくなり、一律に什器を並べたようなプランになりがちです。マネジメント側が指定しなければ、あえて什器を固定して席数の不足分を回転数を増やして補うような空間は絶対にできないでしょう。そういうところはなかなか頑張ったんですね。
佐々木 そうですね、決断したところです。グループアドレスの導入に合わせて、時間休やフレックスの全社導入など制度も変わったことで、「ランチタイムは12~13時」という概念もなくなりました。11時半~14時の間で良い感じに分散して、人のほうがうまく動いてくれる結果になりました。設備・制度・ITとよく言われますが、やはり制度も含めて変えていかないと人はフルに場所を活用できないんだなと思いました。
――執務フロアから混み具合とか分かる方法はあるんですか?
佐々木 社員のスマホで位置情報をとっているので混み具合は表示されています。内階段があることも大きくて、4階の人は下りればすぐそこですし、6階でもそこまで遠くない。
東西2カ所に配置された内階段によって、縦方向の人の交流が生まれる(※)
――このオフィスでは、PERCH(パーチ)やコンシェルジュといったサービスのための施設が特徴的です。
橋詰 小規模なコピーコーナーを立ち止まれるスペースにし、点在させることでマグネットスペースとして使うという提案はよくするので、その延長線上ではあったのですが、じつはそういうスペースは意外と機能しないことも多いんです。ここのパーチはいつも人がとどまっていて、かつ総務機能も集約されているので、設置に成功している事例だと思います。
――リアリティのある物がちゃんと置いてあるけど、ゴチャゴチャせずにまとまっている。結構細かいことまで考えていると思いました。
佐々木 PERCH(パーチ)には機能の集約と交流という2つの狙いがあります。集約は達成できていますが、交流という面では、まだ期待したほど人が集まっていません。ただ、たまに執務エリアに人があふれたときに、フレキシブルにあの場所を選ぶ人が増えています。執務する場所としても悪くない環境のようです。シャッフルデーでもあえてあの場所を選ぶ人がいました。それはそれでいいというか、そのくらいがちょうどいいのかなという感覚ですね、やぐら型にしたので、遠くから見て埋もれずによかったと思います。社内便のポストがあるのも好評ですし、サイネージなどもあるので交流も生まれてよかったと思います。
4階 PERCH(パーチ)
文房具からスナック、飲料まで手に入るPERCH(パーチ)
橋詰 Googleのオフィスでは、通路上に飲食できるスペースやヘルプデスクカウンターが点在しています。ここでも、一時的にヘルプデスクがPERCH(パーチ)に常駐してITツールの質問を受けているのを見て、それに近い使い方をしていると思いました。
佐々木 ヘルプデスクのようにみんなで知識をシェアできる場所にもなるし、お土産置き場にもなるし、社員に試してもらいたいものを設置する場所にもなる、フレキシブルな場所ですね。
――変革のためには、仕事の管理、人事や勤務の仕組みなど、マネジメント上の工夫が必要になります。そういったマネジメント上の工夫はありますか?
佐々木 まずコンシェルジュ機能です。サービスがこれだけ膨らんでくると、総務の負担も半端ではありません。サポート機能がないとつらい。これだけオープンなスペースに部署を配置したので、一元管理することはすごく増えました。コンシェルジュがないとかなり厳しかったと思います。
コンシェルジュでは、文具の購入・補充から印刷やスキャニング、資料や図書の管理、手土産の準備まで、多岐にわたるサービスを提供している。(※)
もうひとつはITですね。固定席の有線LAN環境から、無線LANとノートPCに換えました。移転前は、ITツールの満足度がすごく低かったのですが、満足度はかなり改善できました。
あとは社員がどこにいるかわかる位置情報システムです。まだ使いこなせてない人もいますが、うまく使えるようになるとコミュニケーションの形も変わってくると思います。
ショートコミュニケーションの問題もあります。パッと打ち合わせられる場所とパッと送信できるツールが必要でした。前者はファミレスブースや執務エリア内に確保し、後者はチャットを導入しました。
業務支援的には、ツールがあるのに使えていない方のフォローのほうが大きいです。スケジューラーを先行して入力するのではなく、メールや電話で空き時間を聞いたりするのは、上の人に気を遣う昔ながらの風土もありますが、ショートコミュニケーションツールの使い方が分からないからという理由もあります。この2点を変えてツールを活用できるようになったことはすごく大きかったですね。
――風土や文化を変えるためには、マネジメント層が率先しないと無理ですよね。今回、プロジェクト全体で意思決定がスムーズだったのは、権限も任せてもらったからですか。
佐々木 日本企業ではマネジメント層の思想を変えるにはトップダウンが一番早いので、上の人から、マネジメント層が自らそういうふうに働いてくださいと話してもらいました。 ITリテラシーに関しては、定期的に説明会を実施したり、マニュアルを細かく整備したり、かなり手厚くやっています。
業務効率化や風土に関しては、昨年アンケートをとりました。通常、アンケート結果は管理側が見るだけで終わりがちなのですが、本来、それが正しいかどうかはその部署でないとわかりません。そこで、部署の代表者と一緒に考えていくことにしました。「あなたの部署の課題・弱点はこれで、対応策としてのカルテはこれでどうですか」とアンケート結果を渡し、部署ごとの担当者にインタビューして、それが正しいかを分析してもらってギャップを埋めました。このやり方でアンケート結果を有効活用できるようになりました。アンケートをとるだけではダメ、分析を管理だけでもダメで、細かく分かりやすい形にしてフィードバックすることが大事だと思いました。
同社社内資料「本社移転と働き方の取り組み」から(※)
ITリテラシーが低いということが多くの部署で課題として上がれば、事務局でまとめて対応したほうがいいわけで、事務局でITリテラシーの講座を開いたり、スタッフを常駐させたりといった施策に導いていきます。これも意外と大事なことで、時間をかける意味があると実感しています。
――短期間のためにできなかったことや、今後やってみたいことはありますか。
佐々木 今回のプロジェクトは、今後のビジネスも見すえて、グループオールで取り組んだことが大きかったと思っています。これをサスティナブルなものにするためには、当事者意識が大切になります。今後は社員が自分たちで変えていけるように、FMは皆さんの意見をまとめる舞台を用意するポジションに徹したいと思います。
――運用段階のニーズに対応していける仕組みやツールを確立できれば、テナントに入居後のサービスとして提供できますね。三菱地所は「丸の内の大家さん」と言われていますが、これまでの「空間のプロバイダー」に加えて、「ワークプレイスのサービスプロバイダー」でもある、という強みを作れるのではないでしょうか。
佐々木 オフィスデベロッパーとして、いろいろな機能やシステムをインストールして、街づくりにつなげていくことは当初の計画からありました。ここでのノウハウを今後のビル開発で活かしていきたいと思っています。エビデンスとなるデータを丁寧にとって、開発や営業につなげていきたいですね。また、担当としては、SPARKLE(スパークル)の外部利用化も進めたいです。これだけ努力して設計した場所ですし、当社事業のPRの場所としても有効ですので、土日には開放したり、平日夜も外部を受け入れられる対応なども視野に入れて取り組んでいきたいと思います。
橋詰 三菱地所が、ここで実証実験してためた知見をベースに、テナントにコンサルティング的な提案をできるようになれば、当社もプロジェクトに携った立場から幅広い提案をできると思います。ABWも、個々が環境を選べるということから、今後は自分で環境を作り上げていくような時代になっていくと思います。その時にどういう空間が必要になるかを提案したいですね。
(左)佐々木詩織氏 (右)橋詰俊輔氏
共有された危機感と目標、明確なコンセプトの構築と浸透、説得力あるエビデンスに基づく合理的なプログラム、並行して練り上げた細部まで配慮されたデザイン、現実感のあるトライアルとフィードバック、そして継続しつつ臨機応変に対応するサービスとマネジメント活動。ワークプレイスとワークスタイルの変革には、それらと影響関係にある他の要因との整合にも配慮した包括的なアプローチが求められる。その実行は容易ではないが可能でもあると実感させてくれた取材だった。今後の展開や変化も興味深く、また訪れたいオフィスだ。
ワークスケープ・ラボ (岸本章弘)(※)
インタビュアー プロフィール
ワークスケープ・ラボ代表
オフィス家具メーカーにてオフィス等の設計と研究開発、次世代ワークプレイスのコンセプト開発とプロトタイプデザインに携わり、オフィス研究情報誌 『ECIFFO』 編集長をつとめる。2007年に独立し、ワークプレイスのデザインと研究の分野でコンサルティング活動をおこなっている。
千葉工業大学、京都工芸繊維大学大学院にて非常勤講師等を歴任。
『NEW WORKSCAPE 仕事を変えるオフィスのデザイン』(2011)、『POST-OFFICE ワークスペース改造計画』(共著、2006)
ワークスケープ・ラボ[外部リンク]
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2019年6月21日
2016年11月17日のリニューアル前の旧コンテンツは
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