日建設計・竹橋オフィス 執務エリア
前回の三菱地所新本社に続き、今回も、オフィスのサプライヤーサイドとしての実験的なオフィス事例を取り上げたい。訪問したのは、つねに新しい大規模建築に挑んできた日建設計が、竹橋のパレスサイド・ビルディングに開設した「竹橋オフィス」。
日建設計によれば、今後、この場所において、次世代型ワークプレイスづくりに向けた実験と情報発信に取り組み、新たな価値創造を目指していくという(同社プレスリリースより)。イベントや交流を行うコラボレーション空間をはじめ、バイオフィリックデザイン、ABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)やフリーアドレスの導入、ビーコンを用いたセンシングや入館システムなど、新しい働き方やIoT技術もふんだんに取り入れられたこのオフィスでの"実験"について、設計部門ワークプレイスデザイン室の齋藤裕明氏(ダイレクター/アーキテクト)にお話を伺った。
(聞き手=岸本章弘氏[ワークスケープ・ラボ])
――まずは日建設計が実験オフィスに着手した背景や目的などを教えてください。
齋藤 当社はオフィス建築の分野での実績は多くありますが、今、企業が求められている働き方改革においては、建築をトータルで考えて、さらなる人との関わりが求められていると意識しています。この竹橋オフィスは、当社の先輩である林昌二が53年前に設計したパレスサイドビルに入居することでできたものです。この建物は、細部にわたりよく考えられている建物であり、その設計者魂を感じながら、これから我々が提案していかなければならない新たな価値を融合させたいと思いました。東京本社のスペース自体も手狭になっており、サテライトやタッチダウンなどの機能も試したいニーズもあり、様々な動機がシンクロした結果のオフィスになりました。
53年前に竣工し、大規模複合建築のプロトタイプとなったパレスサイド・ビルディング。設計は日建設計工務(日建設計の前身)。
我々のタグラインは「EXPERIENCE, INTEGRATED」ですが、今はEXPERIENCEとUXをクライアントと一緒に作り上げていく時代です。自分たち自身がそういった経験を積んだ上でご提案しないと説得力が欠けてしまいます。
我々のビジネスはクライアントに図面等を用い提案することが多いのですが、コラボレーションのための場づくり、コト作りも必要になってきています。ワークプレイス作りにも「Neighborhood」という用語がありますが、魅力的な場を作ることにより、クライアントはもちろん、このパレスサイドビルに勤める人とも近所づきあいをやっていこうと思っています。
我々は建築設計だけではなく都市デザインもやっていますし、NAD(NIKKEN ACTIVITY DESIGN lab)というブランディングデザインを主とするチームもいます。このオフィスが、自分たちの住まい方、働き方をアップグレードさせるキーになればと考えました。
齋藤裕明氏(株式会社日建設計 設計部門ワークプレイスデザイン室 ダイレクター/アーキテクト)
日建設計・竹橋オフィス 全体パース図(※)
――パレスサイドビルは、日建設計のオフィスビルの中でも最も特徴的で、今でも十分に通用するビルですね。立地的にも御社の本社がある飯田橋から2駅、大手町から1駅と便がいい。タッチダウンで戻る場所としても悪くないですね。皇居が借景になっており、目線も高すぎず、ちょうどいい。古い建物であるがゆえに、実験オフィスとしてはプラスとマイナスがあると思います。天井高が低いかと想像していましたが、階高はそれほど低くありませんね。
齋藤 階高3600mmで、天井は一番高いところが3450mmです。もちろん梁は出ていますが、全然問題ありませんでした。
窓ぎわの空間は天井高が下がる。ルーバーで構成、下から見れば高い天井が見える。
――窓から窓までの奥行きに対して気持ちのいい高さと感じます。照明や空調といった設備面の問題など、実験しやすさはどうでしたか。
齋藤 BIM(ビルディングインフォメーションモデル)という図面を描くシステムを使っているので、ネットワーク環境の快適性の確保なども気になりましたが、この建物では社内で初めて全部無線LANでまかなっています。多少は障害もありましたが、OAフロアを敷かなかったことによる問題はありませんでした。隠れたチャレンジではあるのですが、もう移転して半年過ぎ、絶対ダメだという声はないので試みとしてはうまく回っていると思います。OAフロアを敷かなかったのは、53年前のオフィス環境を感じることとバリアフリーに配慮した結果です。内装として100mmのOAフロアが敷いてあって、天井が張ってある状態なのですが、あえて、実装せず建物躯体を生かした内装がチャレンジの部分です。何か弊害が出るかと思いましたが、特に出ませんでした。
執務エリア、真ん中がグリーンアベニュー
――テナントとしては古いビルのほうが改装しやすい場合があると思います。新しいビルにテナントとして入ると、性能は高くても意外と制限が多いことがありますね。
齋藤 フロアダクトといって、当時の建物は、床のコンクリート内に埋め込まれた配管ルートがあるのですが、それは使えないんですよね。古い建物のデメリットといえば、そこでしょうか。当時のまま撤去はされていないのですが、OAフロアを採用した時点からの経年により使えないんです。逆転の発想で、他の建物でもちょっと実績があるので天井ルートからもらえばいいとか、配線を下ろしてきて家具からつなげばいいとか、天井を廃してラフな感じにしても別に問題ない、というように解決していきました。
――たとえば窓際の配線を隠すために、ややこしい工夫をしなくても、サッシ枠のH鋼の内側にさりげなく隠れていたりするのが悪くないと思いました。
電源の配線は柱形を通ってファニチャーの台輪に組み込んだコンセントにつながっている
エントランス受付前のスペースだが、フロア電源がないためパイプを立て、天井から配線を引いている
執務エリア。こちらも配線は天井から
齋藤 相当工夫したのですが、結果としてはさりげなく収まりましたね。あとは音環境ですが、それは古い新しい関係ない。人によって感じ方が違うので、反響がうるさいと思う人と思わない人がいます。窓側の天井には吸音材を入れていますが、真ん中にはあまり入れていないので少し響くかもしれませんが、平気ですね。
――通常のオフィスフロアには岩綿吸音板が入っているし、カーペットもありますから、それに比べると反響はありそうですね。でも、そこで働く人たちも、昔の営業マンのように電話をかけまくるような仕事をしているわけではないし、今は固定電話を置かないオフィスも増えて、携帯で長電話する人は離れていったりするので、大きな問題ではなくなってきていますね。
岸本章弘氏[ワークスケープ・ラボ]
齋藤 フォーンブースは設けていないので、僕も電話で込み入った話をするときは、さりげなくジムエリアのほうに行ったり、会議室が空いていれば入ったり、ついでにコーヒーを淹れたりしている。そんな感じでもまあまあ使えている感じですね。
――空調とかも問題はなく?
齋藤 秋に移転してまだ真夏は経験していませんが、外装が単板ガラスなので、冬が一番不利なんですが、それもABWで場所を選べるので、激しいクレームはないようですね。パレスサイドビルは昔ながらのルーバー、庇が出ている、サスティナブルな建物なので、その効果も含めがどうなのか、我々の設計のDNAを体験してみたいと思っています。
――シーリングファンなど付けてみるとか?
齋藤 そういう話はたくさんありました。揺らぎを作りたいので、窓側からノズルで真ん中に吹いていて、グリーンアベニューと呼んでいる執務ゾーン中央部の植栽や、モビールを吊るして揺れると音が出ていいんじゃないかとか、1/fの揺らぎが、とか言っていたのですが、そのへんはまだできていません。
――これからの実験ですね。
パレスサイドビルの元々のレンガ壁がそのままインテリアとして残る
齋藤 パレスサイドビルは複合ビルで、階下には飲食店も入っています。我々はそういう環境で生活をしたことがなかったからすごく新鮮です。お客さんと打ち合わせをしたり、生活できるという意味でも、建物のコンパクトさ、駅から直接上がれる利便性、両面採光もシンクロして、良い仕事ができそうだという雰囲気が出ています。
――昔、設計事務所が描いてくるモデルプランは美しいけれど、どこかリアリティに欠けると感じることがありました。ここは一般企業で働くオフィスワーカーのワーク・ライフを体感できるということですね。たとえば、昼食難民のようなものも実感として分かるとか。
齋藤 そうなんです。昔はよく、設計の仕事をするなら自分で体験してこい、行ってこい、行ってみなければ分からないだろうと言われたものです。最近はそれが若干薄まっている部分があります。たとえば、今までのオフィスは1棟借りが普通だったから、エレベーターの混雑なんてたかが知れてるし、他社の人と相乗りをすることすら久しぶりの体験でした。理解はしているけど、少し他人ごとだったわけです。
――そこから何か生まれるわけではなくても、お客さんの言葉をちゃんと理解できたり、想像できることは大きいですね。そうでないと、その重さや深刻さ、それとも軽い問題なのか、それが分からなくなる。
齋藤 この建物にいると、そうした経験値が知らず知らずに溜まっているはずです。
――ずいぶん昔、日建設計の社内セミナーに呼んでいただき、林昌二氏に、「自分たちは『オフィスビル』の専門家だと自負しているけど、それは必ずしも『オフィス』の専門家とは限らない。だからあなたの話を聞くんです」と言われました。そんなことを言いながら、あの人は「新建築」に「オフィスの世紀」をずっと連載していて、オフィスの話をたくさん書いているんですよね。すごくよくご存じのはずなのに、じつは組織としての理解は十分ではないということを感じ取られていたのかと思って、身が引き締まった覚えがあります。
齋藤 まさにそうだと思います。器としてのオフィスは作っていても、自分たちの本社ビルは、住んだり暮らしたりするオフィスにはなっていませんから。暮らしてみるということは重要かもしれないですね。
――このオフィスで働いているのはどういうチームなのですか?
齋藤 当社には都市計画や都市デザインという面開発を手掛けるチームと、建築意匠をやっている設計チームと構造や設備設計をやっているエンジニアリングのチームがありますが、ここは都市と建築意匠をやっているチームで、かつ比較的大規模プロジェクトを担当している、プロジェクトで働くスタイルの者を160名ほど選抜しています。プロジェクトベースで働いている者が何ユニットかあって、東京オフィスとシャッフルしており、経験値を増やす目的でいろいろな人間を玉突きで移動させています。
――チームによって働き方は違うのでしょうか。
齋藤 大きく言うと、スケッチしたり模型作ったりするのが建築設計チームで、地図を広げていろいろなことを考えるのが都市計画チームです。企画的なものとデザイン系のチームがミックスしている状況ですね。
――プロジェクトの中でメンバーが混じることもある?
齋藤 それが目的のひとつです。人数が多いと、セクショナリズムとまではいかなくても、プロジェクトベースで一緒に暮らすことができなくなってくる。目的を同じくして専門家が集まってないと、知識が共鳴し合ったり、ナレッジを共有したりすることができないので、そういう暮らしをすることがプロジェクトチームとして意味がある。一緒に住んだり考えたりすることができないところを埋めたいという会社の思いがあって、大きなプロジェクトのキーとなるチームに一緒の場所で仕事をさせるという意図があるわけです。
――転勤というほどの距離ではありませんが、本社から移ってきた社員の反応はどうですか。
齋藤 基本的には「理由は分からないけど、気持ちがいいね」と言われます(笑)。それなりの仕掛けは盛り込んでいますが、他のいろいろなことをやっているオフィスにくらべたら、表に見えて特筆して説明できるような要素はとくにありません。なるべくディティールをなくし、無地のテイストにしているので、この環境と溶け込んでいて気持ちいいのかもしれません。
触ったら本物とか、質感を感じるというところは狙っています。白と黒と生成りの3色しか色がないところが、日建設計らしいと言われます。デスクも昔の製図板と同仕様の天板を使っていたり、家具の形も様々だったりしますが、色は木目と黒だけです。
――確かに、設計事務所はあまり色をたくさん使いたがりませんね。
齋藤 いつもの配色だねって言われます。
――それはやっぱりインテリア空間としての居心地?あるいは建物全体を含めてこの場所のロケーションを含めての居心地ですか?
齋藤 インテリア空間として見ると、東京本社の色合いはグレートーンなのですが、こちらは白と生成りの色を使っていて、両面採光もあってかなり明るい。皇居の景色がどの席からでも見える。顔をあげれば見える抜け感、解放感。景色が隣のビルだけというのとは、かなり違いますね。
――目も意識も休まる。
齋藤 そうですね。CADオペレーションの女性も「視力が上がった気がする」と言っていました。遠くの緑を見たほうがいいとか。
――ほどよい距離に見える緑はいいですよね。目が自然にそこへ焦点を合わせようとする感じでしょうか。
齋藤 こちらから東京本社に移った仲間もやはり、「こちらのほうが好き」と。さっき言ったように、プロジェクトチームのコアメンバーがこちらに入っているので、必要なときはエンジニアやインテリア、ランドスケープの人などはこちらに足を運んでもらうのですが、こちらのほうが気持ちいいから、ここで打ち合わせをすることがモチベーションになっている者もいる。こういう環境もいいねと思いながら暮らしていけることは、価値があると思います。
――よくある会社のようにスチール家具がメインではないし、人の密度も決して高すぎないし、採光もほどほど、景色はいいし、内装はレンガやタイル、天井を落としたことでちょっと荒い...
齋藤 裸の質感ですね。
――日建設計のビルというと、微妙なグレーでピシッと収まっていたり、建築系の人間がおさまりいいと感じるような空間の印象がありますが、ここは、普通の人にとっても十分気持ちのいいボリューム感、ディティールが感じられます。
齋藤 教えてください、方程式を(笑)。
――下面開放型の蛍光灯がないだけでも全然違ってきますね。
齋藤 そうかもしれませんね。照明を取り付ける高さがそもそも違うんですよ。普通は2.8mほどの高さから照らしますが、ここは3mを超えた高さに付けている。
――間接照明がメインですね。間接照明だと、雰囲気は良くても微妙に暗くなる。
齋藤 眠い感じになるんですね。補助的にスポットライトを使っていますが。
――あまりそうなっていないから、いいんじゃないですか。長く過ごしてみないと、空気や音の問題はわかりませんが、見た感じでは居心地がよさそうだと思いました。タスクライトを使っていないようでしたが......
齋藤 設計事務所では必ずといっていいほどタスクライトを使いますが、よく考えたら一般の事務所では使わないものだからやめてみたんです。昔からあるZライトを入れようかと言っていたのですが、「普通の事務所でパソコン仕事をする人はどうしているのか」と聞かれて、「渋谷のIT企業などでは別に照明なんて普通のままですよ、手元は暗がりで、むしろ暗いほうがいいくらいです」と答えたら、全体の照度をバランスしてやめてみればいいという話になったのでやめてみました。日中は両面採光で空が曇っていても明るいので、大きなクレームにはなっていませんね。
一部にスポットで当てている照明の光だまりができているのですが、均一照明のほうがいいとか、グリーンはいいけど影があるとか、細々と意見はあります。
――ひと昔前の紙の図面を描いていた時代は、机上面照度は1000ルクスもありましたが、最近のオフィスでは400、場合によっては300でもいいと言われています。
齋藤 ほとんど普通のオフィスと一緒だと思います。ホテルなどでは、光だまりのムラをつくって味を出すのが設計の手法なのですが、実際はムラだらけです。
――明るい均質照明に慣れている人は簡単に受け入れられないでしょうね。良し悪しの問題ではなく、長くそこにいると大丈夫になっていく。
齋藤 そんな感じの推移を見ているところで、よほど気にする人間がいれば対策することも考えますが、今のところあまり手当てはしていません。
――歳とると暗いと見えなくなると言われますが、今後さらに年齢層が高くなる可能性もあります。かといって、その層に合わせるというのもダメなので、自分でカスタマイズできるタスクライトなどの環境を考えたほうがいいかもしれませんね。
齋藤 デスクの上に電源が来ているので、入れようと思えばできます。
――よく、連結型のデスクに同じ色のイスが大量に並んでいるようなオフィスの写真を見ると嫌になることがあります。もっと色や形のバリエーションがあれば活気が感じられるし、傷んだ部分だけ変えても違和感がないから、管理上もべつに問題ないはずですが。
齋藤 調達も自由ですしね。見ていただいた通り、家具もあらかた特注で、イスだけは機能的なものなので、見る人が見ればわかる程度にデザイナーズコレクション的に整えています。日々使っている椅子が、じつは昔からある良い椅子だったという発見を若手にしてほしい。コーヒーもカフェの良い豆をセレクトしている。デザインマインドに遡及するように、気づいたらちゃんとそういうものを体験しているようにしています。
――若い頃に、身の周りにはちゃんとしたものを置いておかないと目が腐る、と先輩に言われたことがあります。毎日見ていると、それが当たり前になってしまうから。
ラウンジスペース、皇居を望む景観、会議後のアフターミーティングも。
カフェスペース、ラウンジにも名作チェアなどが並ぶ
齋藤 僕より上の人も含めて、社内の昭和のおじさんが考えたから、そういう原体験のこだわりもあります。目を肥やしておかないといけないし、新しいことも知っていなければならないけど、これまでの歴史も知っていなければならない。そんな合言葉でやっています。
――フィナンシャル・タイムズの記者のコラムが日経新聞電子版に出ていたのですが、最近のオフィスはIT系を中心にどんどんカジュアルに、どこか子供っぽくなっていくようで気になっていたところ、Appleが新本社でようやく大人のデザインを見せてくれたという記事でした。その気持ちも半分わかります。
齋藤 企業の方と話すと、やはりカジュアルな方向なんですよね。それが今の流行りだからと言って、これから作るインテリアを本当にそのテイストにしていいのか。我々もどうしたらいいか悩んでいるんです。企業のトップが「あんな感じがいい」と言ってそういう情報を持っている。「確かにみんなやっていますが......御社にふさわしいものを考えましょう」と答えるのですが。
――意識せずに毎日ふれているわけだから、自分たちはどういう人間でどうありたいか、会社がどうありたいか、どうなってほしいかを考えて選ぶべきだと思います。「オフィスの効果が計れない」と言われると、僕は「計り知れないんですよ」と答えることにしています。
齋藤 インフィニティということですね。
エントランスから入り、ギャラリーの向こうに受付とカフェ、ライブラリーなどがある「ナレッジガーデン809」。
――全体の空間は、エントランス側と執務空間に大きく分かれています。エントランスに隣接している「ナレッジガーデン809」はどのように使っているのですか。
齋藤 外部の講師を呼んで会員企業の方々にレクチャーするNSRIフォーラムというイベントを定期的に毎月恒例で開いています。毎日新聞社様主催のパレスサイドビル見学コースにも組み込んでいただいたり、コト作りの一環で近所の人たちと花見の会などをやったり、社内の新人会やリクルートイベントなど、様々なことをやっています。クライアントとの定例会議なども頻繁です。携わらせていただいたお客様の建物を視察させていただく機会はよくありますが、弊社の建物を見てもらう機会はあまりありません。当社の東京ビルは、自社ビルなので、建築、設備など総合的にスマートに機能的に作った建物で、竹橋オフィスは、そことは違う実験の場ですので、トップが海外のお客さんをはじめいろいろな方々を視察に招いて、我々の想いを伝えビジネスチャンスを作ることもやりやすくなっています。
――顧客との定例ミーティングをここでできるのはいいですね。アウェーではなくホームで仕事ができるわけですから。
齋藤 ミーティングスペースはそんなにたくさんあるわけではないので、融通しながら使っていますが、毎週や隔週、毎月ここで開いているメンバーもいるようです。ご足労いただくお客様には大変申し訳ありませんが、ありがたいと思っています。
――オープンからほぼ半年経っていますが、想定外のことなどはありますか。
齋藤 イベントで来て仲良くなった他の会社の方が、「何か使っていいらしいよ」と使いに来ていることですかね。半分ウェルカムなのですが、セキュリティ上の問題もあるので......。
受付前のギャラリースペース
――コワーキングスペースのように使われている?
齋藤 そうそう、だから大きな意味では目的に合っているんです。それが発見というか、驚いたことでした。
――受付カウンターの位置によっても変わるでしょうね。
齋藤 受付を入口から遠くに置いてみるという実験をしているようなものですが、実務上はそうもいかないですからね。寄り付きやすいというか入りやすくなっているのかもしれないですね。
――ご近所の人も入りやすい空間になっている。
齋藤 先日も言われたのですが、エレベーターホールも日建設計の玄関みたいになっているし、皇居も借景になっていて自分の庭みたいで、ずるいねと(笑)。出入口はガラガラと開け閉めするお店の戸のような感じで、テラスカフェ的になっているのかもしれません。まあ弊害はべつにありませんが。
――のれんを下げたらいいかもしれない(笑)。
齋藤 (笑)このビルには、エントランス部分が抜けている感じの作りになっているところはあまりなかったようで、他の階でも、さっそく同じ作りにしたところがあるようです。
――天井を落としているテナントもあるのでしょうか。標準ではありませんよね。
齋藤 たぶんあると思いますよ。標準はアクセスフロアを敷いてタイルカーペットを敷いて、天井高は窓際エリアが2400mm、中央が2900mmの岩綿吸音板張りで小梁がちょっと見えてくる感じの収まりですね。
齋藤 当社ではあまりフリーアドレスを導入していなかったので、ここでは半分ほど導入してみましたが、全然問題ありませんでした。普通の会社のような反発もなく、タッチダウンで東京ビルから来る人も勝手に空いている席に座って使っている。僕も体験しましたが、「書類がないのも悪くはないな」という感じでいまさらですが思いのほか平気でした。
――ABWについてはどうですか。意外と使われない場所や、こんな場所があってもいいなど。
齋藤 こちらのナレッジガーデンには、もうちょっとミーティング場所が欲しいと言われています。今日はそんなに混んでいませんが、お客さんがここでやろうという人が多いんじゃないですか。執務エリアは、まあまあ足りているようですね。電話もあんまり言われていない。あちらはウォーターサーバーだけで、コーヒーがないんですけどね。こちらで淹れてくるように、わざとしているのですが。ジム・エリアについては、もう少し慣れがいるようです。
ライブラリーのスペース(奥はカフェ)
突き当りのジムエリアには、床を照らす照明でリビングガーデン感を演出
――カフェにみんなが集まってくれたらいい。普段は水があればとりあえずは済むわけですね。昔、取材したオフィスでは、各フロアに有料の自販機があり、1階に無料の一番おいしいコーヒーを置いてあって、時間がある時は1階に行きなさいというやり方をしていました。
齋藤 コピー機などは160人に4台で、一般的です。あとは、センサーで在席状況を把握できるようになっています。
書庫や個人ロッカー、コピー機などのあるスペース
――今後の展開についてはどうお考えですか。
齋藤 そろそろエビデンスを検証する時期だと思っています。先ほど話した定例ミーティングの頻度なども、ちゃんとした数字で検証しているわけではないので。在席センサーの統計もとって、どこで一番ミーティングが行われているか、といったことも調べてみたいし、毎年のアンケートなどもひもといて、関連づけたいと思っています。
――社内にエンジニアがおられるので、測るのも検証も社内でできますね。
齋藤 環境として、その点は有利です。
――オフィス内で、プロジェクトのモックアップ空間を実験的に作れるといいかもしれませんね。
齋藤 じつは、とある大型施設プロジェクトの天井ルーバーをダミーで作ってぶら下げてあります。そんなふうに勝手気ままに使っているわけです。
――先ほどのタスクライトの話にあったように、顧客を知る、体感するという部分も大きいですね。
齋藤 一番大きいです。ストックを活かすという視点でのワークプレイス事例はあまりないのですが、新築ではなくてもこういうことができるというベンチマークになると思います。中国など海外の人もたくさん見学に来ています。
――顧客のオフィスではない社内オフィスということで、違いはありましたか?
齋藤 自分の会社をよく知ることができましたし、クライアントと同じ体制で、総務からICTから、いろいろな人と一緒にできました。社外の人とは同じことをするわけですが、自分ごととして自分たちのエンジニアなどの専門家と真剣にやったのは新鮮でした。
――リアルな顧客とのプロジェクトでは、顧客側の窓口担当者の向こうで起こっていることをあまり意識しませんが、そこでは結構いろいろなことが起こっている。それが社内プロジェクトだと、直接の批判も入ってくるし、終わった後もいろいろなことを言われたり。設計者としてはシャットアウトしたほうがいい部分もあるとは思いますが。
齋藤 ほとんどロールプレイをしていた感じでした。
――クライアントとの人間関係がない分、社内プロジェクトのほうが楽だと思われがちですが、クライアントの対処のおかげで設計者には余計なことが入ってこないわけだから、むしろ逆だと思います。
かつては共有されていた「標準的なオフィス」の枠組みがなくなり、変化し多様化する人々の働き方を支える新たな場のデザインが求められる時代。その行方を探りながら、物理空間の役割を理解する方法の一つは、自らそうしたシーンを体感してみることだろう。
日々の行動と意識のルーティンが変わる環境に身を置くことから始め、試行しながら体験を通して得た暗黙的な知識を、仮説と検証によって言語化していく。「理由は分からないけど、気持ちがいい」という空間は、そんなプロセスを実行する場所としてちょうどいいのかもしれない。
今どきの「実験オフィス」と聞くと、つい想像しがちなのは、センサーによる行動モニタリングやリアルタイム制御による物理環境の最適化といったテクノロジーの活用だったりする。もちろんそれらも重要なのだが、働き暮らす多様な人(個人、チーム、コミュニティ)の活動を支える物理空間自体のデザインにも、まだ理解できていない可能性がある。そんなことを考えさせられた取材だった。
(岸本章弘)
インタビュアー プロフィール
ワークスケープ・ラボ代表
オフィス家具メーカーにてオフィス等の設計と研究開発、次世代ワークプレイスのコンセプト開発とプロトタイプデザインに携わり、オフィス研究情報誌 『ECIFFO』 編集長をつとめる。2007年に独立し、ワークプレイスのデザインと研究の分野でコンサルティング活動をおこなっている。
千葉工業大学、京都工芸繊維大学大学院にて非常勤講師等を歴任。
著書『NEW WORKSCAPE 仕事を変えるオフィスのデザイン』(2011)、『POST-OFFICE ワークスペース改造計画』(共著、2006)
ワークスケープ・ラボ[外部リンク]
株式会社日建設計[外部リンク]
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局
取材日:2019年7月4日
2016年11月17日のリニューアル前の旧コンテンツは
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