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障がい者雇用は「義務」から「生産性向上の取り組み」へ ~ LITALICOワークスと高島屋横浜店に聞く

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画像提供 : Metamorworks / AdobeStock (※)



■「障がい者雇用水増し問題」が露呈したもの


2018年10月に発覚した中央省庁の障がい者雇用水増し問題は、まだ記憶に新しいところです。


この問題がスキャンダルとなったのは、雇用率算入の対象が原則として「身体障がい者手帳」、知的障がい者の「療育手帳」、「精神障がい者保健福祉手帳」の交付を受けている人であるにも関わらず、手帳をもたない糖尿病、緑内障、がんなどを患っている職員を障がい者とみなして算入していたからです。


この文字通りの水増しは中央省庁の8割にあたる行政機関で行われ、その数は3,700人に上り、その後公表された都道府県・市町村などの約3,800人分と合わせると、約7,500人に及びました。


問題発覚を受け、国の行政機関における障がい者雇用に係る事案に関する検証委員会が厚労省に設置され、2019年2月3日に、障がい者を対象とする初めての 『国家公務員 障がい者選考試験』を東京や大阪など全国9地域で実施。この日は1次選考の筆記試験で、採用予定の676人に対し、10倍を超える6997人が受験しました。また、再発防止策として、障がい者雇用促進法の改正案を今国会に提出する方針です。


一連の事件により、障害を持つ求職者にとっては公務員になるチャンスが広がるなどポジティブな要素も生まれましたが、本来、率先して障がい者雇用を推進し、手本を見せるべき省庁の不正は、民間企業の反感や不信を買うと同時に、障がい者雇用の問題点を露呈することになりました。


本記事では、障がい者雇用の現状と問題点を踏まえ、障がい者雇用の支援事業について、また障がい者雇用で成果を上げている企業の例を取り上げます。



■進まない障がい者雇用の現状


そもそも、障がい者の法定雇用率制度は、1960年に制定された「身体障害者雇用促進法」に基づいて導入されたものです。当初、民間企業への努力義務は、工場などの現場的事業所が1.1%、事務的事業所が1.3%。1968年には一律1.3%となりました。法的義務化された1976年には1.5%となり、その後段階的に引き上げられて、2013年に2.0%まで上がりました。


現状を見ると、民間企業の障がい者の現在の実雇用率は1.97%ですが、法定雇用率を達成している企業の割合は 50.0%に過ぎません。



平成 29 年 障がい者雇用状況の集計結果(厚生労働省)(※)

平成 29 年 障がい者雇用状況の集計結果(厚生労働省)(※)



こうした現状にも関わらず、平成30年4月には法定雇用率が0.2%引き上げられ、民間企業では2.2%となり、対象となるのが従業員50人以上から45.5人以上の事業主へと変わりました。さらに、2019年4月から3年を経過する日より前に(具体的な引き上げ時期は、今後、労働政策審議会で議論される)、さらに0.1%の引き上げが行われ、対象となる事業主の範囲は、従業員43.5人以上に広がる予定です。


企業にとっては、障がい者雇用は法定雇用率のクリアが義務づけられた緊急の問題です。


雇用率が未達成だと、納付金の支払い義務があり、逆に、達成企業は報奨金や各種の助成金を受けられます。さらに、雇用率の低い企業に対してはハローワークによる行政指導があり、雇用状況の改善が特に遅れている場合は、企業名が公表される可能性もあります。未達成のまま改善が遅れれば、企業イメージも悪化し、ノーマライゼーションやダイバーシティの方針についてCSR(企業の社会的責任)も問われかねません。さらに、深刻化する人手不足解消などの観点からも、障がい者雇用は重要な課題であると言えます。



■障がい者の就労と定着をサポート ~ 株式会社LITALICO


現実問題として、障がい者雇用が進まない理由は何でしょうか。


「障がい者に適した業務がない」「障がい者雇用ノウハウがない」「社員の障害への理解が低い」「障がい者の特性把握が困難である」――


こういった声が聞かれます。また、雇用後にコミュニケーションの難しさや業務内容のミスマッチなどにより早期退職してしまうケースも少なくないようです。


企業が障がい者雇用を円滑に進め、その定着を図るためには、公的なものをはじめとする様々な支援事業を活用する必要があります。


そのひとつが、障がい者総合支援法に基づく就労支援サービスである「就労移行支援事業所」です。


就労移行支援事業所では、一般企業への就職を目指す18歳~65歳未満の障がい者を対象に、就職に必要な知識やスキル向上のためのサポートを行います。


「障害のない社会をつくる」というビジョンのもと、就労移行支援事業を手掛ける株式会社LITALICOの飯遥さん(LITALICOワークス川崎 センター長)にお話を伺いました。同社は2008年に就労移行支援事業を行う「LITALICOワークス」を開始、現在までに6000名を超える就職者を出している実績があります。



飯 遥さん(LITALICOワークス川崎 センター長)

飯 遥さん(LITALICOワークス川崎 センター長)




LITALICOワークスの利用者が就職するまでの流れは、3つのステップに分かれています。


まず第1ステップは、「就職準備期間」です。生活リズムを整えながら、電話の取り方、お茶出しの方法などのビジネスマナーを含め、働く上で必要なことを学びます。たとえば発達障害の特性のひとつとして、空気を読むのが苦手な方がいますが、日本の職場には目に見えないルールがたくさんありますから、そういったものも学んでいただきます。パソコンスキルなど実際の業務に役立つスキルを身に着けていく方もいらっしゃいます。中には企業に勤めた経験がある、精神障害の方もいます。そういった方には、自己分析、障害分析などをしていただき、就職活動の時に企業にどう伝えるかということも学んでいきます。


第2ステップが、「企業インターン」です。当社は全国に74(2019年2月現在)の拠点があり、各事業所では地域の20社ほどの企業に協力していただいて、体験実習を実施しています。短いケースだと1社1週間、中には1か月かけて4、5社で実習に参加された方もいます。インターン先で気に入ってもらって、そのまま就職につながるケースもあります。


第3ステップが「就職活動」です。利用者と一緒にハローワークに行って求人を検索したり、合同企業説明会に同行したり、履歴書を添削し、実際の面接にも同行します。就職先は、当社とこれまでにつながりのある企業に就職する方も多く、医療福祉、教育、サービス、IT、小売など業界は幅が広いですね。


就労移行支援事業を利用できる期間は2年間、つまり最大2年間以内に就職しなければならないのですが、当社の利用者は大体平均1年ほどで就職しています。


(LITALICOワークス川崎 センター長 飯 遥さん)




■就労が終わりではない。定着のためのサポートが大事


先に述べたように、障がい者雇用は、就労ばかりでなく、その定着も課題になります。せっかく就労しても、職場になじめなかったり、業務を継続できなかったりという理由で早期退職してしまうケースが多いのです。


こうした状況を受け、2012年に成立した障害者総合支援法が2018年に改正障害者総合支援法として見直され、「障害者のニーズに対するよりきめ細かな対応」という柱が示されました。


LITALICOワークスでは、この改正障害者総合支援法に基づく就労定着支援サービスも提供しています。これは就労移行支援事業所等から一般就労された障がい者が長く職場に定着できるように行うサポート業務です。




就労支援は、就職が決まれば終わりということではなく、その後の定着サポートが大切です。就労移行支援サービスとして就職後6か月間のサポートと、新設された就労定着支援サービスを合わせて、最長で就職後3年半のサポートが可能になっています。


具体的には、就職後すぐの段階では当社の社員が企業に赴いて三者面談をする場合が多く、利用者本人が休みの日に当社事業所で面談することもあります。企業側では主に仕事に関することをカバーしていただきますが、当社では、仕事からプライベートの悩みまで仕事のパフォーマンスに繋がるすべてのことを把握していきします。利用者の家族や主治医に関することなど、こちらで把握している様々な内容の相談に乗ることができます。


ただし、当社の方針は"ナチュラルサポート"です。就職直後は手厚くサポートしますが、次第に利用者本人が一人で企業と直接やりとりし、企業社員として自立していくことを目指しています。


職場定着サポートの有無で、精神障害のある方の場合、1年後の離職率に約20%の差があるという調査結果もあり、雇用の増加に伴って就職後の定着支援がますます重要になっています。


(同)




■障がい者が売り場から頼りにされる存在に~高島屋横浜店のワーキングチーム


障がい者の雇用と定着に成功している企業の事例をひとつ紹介したいと思います。


高島屋横浜店では、2006年の社員食堂の縮小・閉鎖を機に、洗い場で勤務していた知的障がい者の職務開発と加齢に伴う退行現象に対応した作業適正とのマッチングのために当時の総務部人事グループ内に「ワーキングチーム」を設置し、企業内ジョブコーチによる職務開発・作業適正とのマッチング、雇用促進の取り組みが評価され、2009年に横浜市の健康福祉局障害企画課が実施するハマライゼーション企業グランプリを受賞。その後も厚生労働省の2012年度障がい者雇用職場改善好事例の最優秀賞を受賞するなど、障がい者雇用の成功例として知られています。企業や特別支援学校関係者などの視察が後を絶たず、中部地方の或る支援学校では同店の視察を修学旅行に組み入れたそうです。


ちなみに「ハマライゼーション」とはヨコハマ・ノーマライゼーションの略称。「障害のある人を雇用し、障害のある人が働きやすい職場環境を作るための努力や独自の工夫を行っている企業(事業所)が、ハマライゼーション企業として表彰されています。


小泉博幸さん(同社 人事グループマネジャー)にお話を伺いました。



小泉 博幸さん(高島屋 総務本部人事部 横浜店人事グループマネジャー)

小泉 博幸さん(高島屋 総務本部人事部 横浜店人事グループマネジャー)



――障がい者も働きやすく、定着率が高いということで、入社希望者も多いのでは?



当店では、障がい者雇用を福祉事業としてやっているわけではありません。採用条件は、社員として成果を出せる人であることです。ですから、自立して仕事ができる人を採用します。採用にあたっては、一定の実習期間を設け、本人のほか、親、支援学校の教師との面談も行っています。


(高島屋 総務本部人事部 横浜店人事グループマネジャー 小泉 博幸さん)




高島屋横浜店のワーキングチームには、現在、21~55歳の身体・知的・精神の障害をもつ社員が16名在籍しています。その具体的な仕事の内容は、カタログなどの封入作業や資料のホチキス留め、伝票の押印、ギフト箱の組み立てなど、多岐にわたっています。




ワーキングチームの業務は「売場支援」という位置づけになります。伝票作成をはじめ、以前は売り場のバックヤードで販売員が行っていた作業をワーキングチームが担うことで、販売員が接客する時間を創出でき、顧客サービスの向上につながっています。


(同)




就業時間は9時40分から17時25分。ホワイトボードにメンバーの名前とその日の作業内容が書き込まれ(書き込む作業もメンバーが行っています)、それに従ってジョブコーチのサポートを受けながら個人やチームで作業に取り組んでいます。


実際に作業の様子を見せていただきましたが、視覚障害もある女性社員が、スピーディー且つ丁寧に箱を組み立てていたり、若い男性社員が素早い動作で大量の伝票に次々とチェックを入れていたり、メンバーの作業スピードの速さ、集中力の高さに驚きました。


正確で速い作業、そして責任感も強い。「〇時までに1000枚の伝票にハンコを押してください」と頼むと、張りきってこなす仕事ぶりに、売り場からの信頼も厚いといいます。


知的障がい者には、一般的に、長時間集中して的確に繰り返し作業を行うという特性が知られています(ただし実際の特性は様々です)が、それを目の当たりにした感がありました。



高島屋横浜店のワーキングチーム

高島屋横浜店のワーキングチーム



■定着率を高めるスタッフのフォロー


このワーキングチームには勤続12年目の30代メンバーもあり、定着率の面でも優秀で、どのメンバーも生き生きと楽しそうに働いています。それはメンバーをサポートする体制がしっかりしているからでしょう。


障害者総合支援法において、実際の職場で、障がい者の就職・定着の支援を行うジョブコーチ(職場適応援助者)という専門職も生まれています。職場にジョブコーチが出向いて、障がい特性を踏まえた直接的・専門的な支援を行い、障がい者の職場適応、定着を図るのがその職務です。


ジョブコーチには、地域障がい者職業センターに所属する配置型、企業に採用された障がい者が利用していた就労支援機関に所属する訪問型、職場適応援助者助成金の交付を受けて企業に所属する企業在籍型があります。


高島屋総務本部業務部に所属するジョブコーチの中里美紀江さんによれば、ワーキングチームが創設されたのは2006年。まず人事部の担当者とジョブコーチが売り場を回り、ワーキングチームがどのような業務を受けることができるかを宣伝する活動から始めたとのこと。




信頼と実績を積む中で、店内の各所から依頼される仕事はどんどん増えていきました。今では売り場も、「外注したら2〜3日かかるような作業も、ワーキングチームなら1日でできる、急な仕事にも正確に対応してくれる」、と頼りにしています。納期の厳しい作業を依頼されたときに「やります!」と自ら積極的に手をあげるメンバーもいます。指示されたことをこなすだけではなく、グループを作って仕事を組み立てるなど、自主的に動けるメンバーもいます。


(同社 総務本部業務部 ジョブコーチ 中里 美紀江氏)




――知的障がい者はコミュニケーション力が弱く、推測することが苦手という特性があり、それが職場のトラブルの原因になるとも言われていますが。




この作業は〇時までにやってください、というように完了希望時刻をはっきり伝えるなど、具体的な指示を出すのがポイントです。少しフォローしたり、わかりやすく説明すれば、それまでできなかったこともできるようになるケースが多いですね。


失敗例としては、終業時刻の1時間前に、あるメンバーがホワイトボードを翌日の業務予定に書き換えてしまい、それを見た他のメンバーが作業内容を少し混乱してしまったことがありました。しかし、それがなぜいけないのか、どのタイミングで書き換えるべきなのかをきちんと伝えれば、同じ間違いを繰り返すことはありません。


当社では、障がいを持つ社員と他の社員を区別することはありません。たとえば、朝礼でも売り場と同じように日本語と英語で挨拶をするといったことも行います。


(同)




同じく総務本部業務部に所属する障がい者職業生活相談員の二戸智美さんにもお話を伺いました。二戸さんの役割は、作業のサポートだけではなく、その肩書通り職業生活に関する様々な相談にのることです。




たとえば、年次有給休暇の使い方を説明したりするのですが、或るメンバーは通院にしか使えないものと思い込んでいたりすることがありました。そこで、休暇は、どこかに遊びに行ったり、家でゆっくりするために使ってもいいんですよ、と話しました。また、病院でもらった薬がよくわからない、という相談を受けることも。そういう質問はお医者さんに直接していいんですよ、と説明したりしています。


(同社 総務本部 業務部 障がい者職業生活相談員 二戸 智美さん)




仕事も普段の生活も不安を抱えてしまいやすいメンバーにとって、ジョブコーチや生活相談員のような何でも相談できるスタッフが職場に常駐していることは、安心感だけでなく、仕事のしやすさ、労働意欲の向上にもつながるようです。




■「足かせ」から生産性向上の取り組みへ


最初に書いたように、障がい者の法定雇用率が引き上げられる中、企業にとって障がい者雇用は義務であり重要課題です。


しかし、法定雇用率の達成そのものを目的とするのではなく、障がいを持つ社員の特性を理解し、その能力を活かせる業務に就いてもらえば、それは足かせ的な「義務」ではなく、職場の生産性を向上する取り組みに変わることを、高島屋の事例から学ぶことができます。


そのためには、LITALICOワークスのような就労支援事業所や、ジョブコーチといった支援の仕組みを活用し、障がい者が働きやすく定着しやすい職場環境を作り出していくことが必要になるでしょう。


こうした取り組みが企業利益にも直結し、同時にCSR評価にもつながることをあらためて実感できる取材となりました。






取材協力

LITALICOワークス

株式会社高島屋








編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局(※の画像を除く)
取材日:2018年12月13日、2019年1月26日




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