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日本人の平均的な睡眠時間が、諸外国に比べて短いと言われていることをご存じだろうか。
心拍計を製造・販売するフィンランドのポラール・エレクトロが自社製品の顧客データをもとに分析したところ、日本の平均睡眠時間は男性は6時間半、女性6時間40分と主要28カ国でワースト1位という結果が発表された。
また、厚生労働省の調査によると、1日の平均睡眠時間が6時間未満の割合は、男女ともに40歳代で最も高く、それぞれ48.5%、52.4%。また、睡眠で休養が十分にとれていないと回答した者の割合は20.2%であり、40歳代で最も高く30.9%という結果が出ている。
参考:睡眠データ分析で日本の睡眠時間は主要28カ国中最短(ポラール・エレクトロ・ジャパン株式会社プレスリリース)[外部リンク](※)
参考:参考:平成29年「国民健康・栄養調査」の結果(厚生労働省)[外部リンク](※)
なぜ睡眠が不足してしまうのか。
最大の理由としては、日本の労働者の労働時間・通勤時間の長さがあるが、じつは、スマートフォンや明るい照明も、入眠を阻害する原因のひとつだという。
睡眠不足になると、目覚めがスッキリしない、昼間の眠気、仕事に集中できない、体調不良などの症状が現れる。こうした状態がつねに続いていると、当然、仕事の生産性は低下する。ただの寝不足と侮るべきではなく、睡眠は心身の健康を保つ重要な役割を果たしているのである。
西野精治氏のベストセラー『スタンフォード式最高の睡眠』(サンマーク出版)では、睡眠不足に陥っている状態を「睡眠負債」と名づけている。借金と同じで、睡眠も、不足がたまり返済が滞れば、知らないうちに脳と体に危険因子が蓄積されてしまう深刻な問題だ。
こうした状況を受け、最近では睡眠を改善して生産性を上げる睡眠メソッドも注目されており、睡眠に関する取り組みを導入している企業も増えている。
この問題を難しくしているのは、そもそも睡眠の量や質の不足を自覚している人が少なく、そのため睡眠を改善しようというモチベーションにつながらないため、事態が改善されないことだ。
本記事では、寝不足と感じていない人にこそ自分の睡眠を見直し、睡眠改善することの重要性を伝えたいと思う。
コンサルティング会社やIT企業など都内10数社の産業医を務め、睡眠健康指導士として睡眠研修も提供しているPlenty of Fruits株式会社 代表取締役の佐々木ちひろ氏にお話をうかがった。
Plenty of Fruits株式会社 代表取締役 佐々木 ちひろ氏
佐々木氏によると、海外の実験では、6時間睡眠が10日を超えると徹夜した人と同レベルのパフォーマンス低下を、4時間睡眠だと1週間で徹夜と同レベルのパフォーマンスに落ちる。しかし、同実験では4~6時間睡眠の人の眠気は3~4日続くと頭打ちになり、自覚しにくくなる。
本人は眠気を感じていないので寝不足とは思っていないのですが、パフォーマンスは低下しているんです。また睡眠時間が短い人ほど、「寝つきが悪い、途中で起きる、朝早く目覚める」などの睡眠障害が起きやすくなるんです。
睡眠障害によりパフォーマンスが低下するだけでなく、糖尿病や心筋梗塞、脳卒中、高血圧、うつ病、がんといった疾病のリスクも高まる恐れがあります。
どんな職場にも、睡眠不足でイライラしていたり、なんとなく仕事ぶりに余裕がない人というのは珍しくありません。睡眠時間が少ないと扁桃体の活動が亢進したり、前頭葉の機能低下が起き、イライラしたり、キレやすくなったりということが起きます。
人によって適正な睡眠時間は異なります。自身の睡眠時間が足りているかどうかについては、まず、平日と休日の睡眠時間が大きく違う、いわば寝だめをしている人はそもそも睡眠時間が足りていないと考えたほうが良いです。また「おやすみ3秒」と言いますが、ベッドに横になったらすぐ眠りに落ちている人。そして日中の仕事の際にたとえば何度もミスタッチをしたり、気がつくと書類の同じ箇所を繰り返し読んでいるということがあれば、マイクロスリープという本人は自覚していない短い睡眠が出ている可能性があります。睡眠が足りてないのではないかと疑うべきでしょう。
(Plenty of Fruits株式会社 代表取締役 佐々木 ちひろ氏)
ここで睡眠の仕組みについて説明しておこう。
ご存じの方も多いと思うが、人の眠りには「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」がある。レム睡眠は眼球が急速に動く睡眠のことで、大まかに言うと「身体を休ませる」睡眠だ。ノンレム睡眠は「脳を休ませる」睡眠である。寝つくとまず浅い睡眠(ノンレム睡眠段階1、2)を経て、深い睡眠(ノンレム睡眠段階3、4)となり、その後再び浅い睡眠になりレム睡眠に入る。このサイクルを一晩で4~5回繰り返しており、深い睡眠は睡眠の前半に集中している。
佐々木氏は、「普段の生活習慣でこの睡眠前半の深い睡眠を妨げるような"悪い行動"をとってしまうと、深い睡眠が得られず、寝ているのに疲れが取れないというようなことが起きます」と指摘する。睡眠の質を上げるというときに、この深い睡眠が得られるかどうかが大事なのだ。
睡眠は、「恒常性維持機構(ホメオスタシス)」と「体内時計機構」の2つの機構によりコントロールされています。
「ホメオスタシス」は、体に備わっている体内環境を一定の状態に保とうとする働き。日中起きていると睡眠物質が溜まってきて、これを解消しようとするもので、いわゆる「疲れたから眠る」というものです。「体内時計」は、その日の疲れにかかわらず、「夜になると眠くなる」というもので、日々の生活習慣で体内時計が狂っている人がいます。起床して太陽の光が目から入ると、体内時計がリセットされるのですが、朝の光を浴びて14~16時間くらい経過するとメラトニンの分泌が始まり、その1~2時間後には自然な眠気が出てくるんです。
朝食でトリプトファンというアミノ酸を摂取し、日光を浴びることでセロトニンが合成され、夜になって暗くなることでセロトニンからメラトニンというホルモンが合成されます。メラトニンは睡眠に関係するだけでなく、がんを抑えてくれたり、老化を防止する抗酸化作用などもあります。
蛍光灯やLED電球などの白色照明、スマートフォンやパソコンのブルーライトには、メラトニンの分泌を抑えてしまう働きがあります。夜間の室内照明は赤色っぽい電球色の間接照明にしたり、パソコンやスマホのブルーライトカット機能を使うなどしましょう。
(同)
また、睡眠には体温も関係している。
人間の体温は覚醒時は高く、睡眠時は低くなっている。ただし、ここで言う体温とは身体の内部の温度(深部体温、脳温)だ。深部体温は午後7~8時頃ピークになった後、グッと下がり、深い眠りへと入っていくようにできている。深部体温を上手に下げることが良い睡眠につながる。乳幼児は眠くなると手足がポカポカするが、同様のことが成人でも起きている。夕方から皮膚温(手足の表面温度)は上昇しはじめる。これは末梢の皮膚の血管拡張が起こることによるが、これにより熱放散が起こり深部体温が下がるのだ。
夜遅い時間にランニングをしたり、寝床に着く直前に熱いお風呂に入ったりすると、体温が高いままになり、また交感神経が刺激され、なかなか寝つけなくなってしまいます。逆に就寝1時間半~2時間前に40℃のお湯に15分の入浴をすると深部体温が上昇し、それを下げようとする働きで深部体温が急激に下降し、眠りに誘ってくれます。
また、冷え性の人が、暖房や電気毛布を点けっぱなしにしたり、靴下を履いたまま寝たりしますが、これも深部体温が下がりにくくなってしまうため、よくありません。
暖房や電気毛布は寝ついた後に切れるようタイマーを利用したり、足が冷える人は寝る前に足浴をしたりするのがお勧めです。
(同)
では、睡眠の質を高めるには、具体的にどうしたらいいのか。
佐々木氏は、まず避けてほしい"睡眠に悪影響を与える行動"について以下のポイントを挙げている。
重要なことは体内時計を狂わさないようにすることです。仕事で夜遅く寝ても朝起きる時間を一定にすることで、体内時計を狂わせないようにします。朝、日光を浴びて食事をすることで、体内時計がリセットされます。休日も平日も同じ時間に起き、太陽の光を浴びることが睡眠の質を上げる近道です。最初のうちどうしても起きられないという人は、カーテンを開けて明るいところでうたた寝してください。
また、夜遅い時間の食事は、体内時計を遅らせ、肥満のリスクを高めます。仕事などで夕食が遅くなってしまう場合は、できるだけ2回に分け、18~19時おにぎりなどの炭水化物を摂取し、帰宅後はおかずだけにしましょう。
(同)
時間がなかったり、食欲が出なかったりして、朝食を食べない人も多いが、朝食は大事だ。
毎日同じ時間に起きる規則正しい生活を目指したくても、シフト勤務のためにままならない人もいる。そういう場合はどうしたらいいか。
夜勤前の午後5時頃までに1~2時間の仮眠をとったり、夜勤中にも最低体温となる午前3~5時頃には交代で仮眠を取れるといいですね。夜勤後に睡眠を取るのであれば、夜勤明けの帰宅時には、サングラスをかけるなどして、身体が朝と感じないようにするといいでしょう。できるなら夜勤明けの昼間は眠らずに過ごし、夜早めに就寝することをお勧めします。
(同)
最近は、社員の健康増進及び生産性向上を目的に「睡眠」に取り組む企業が増えてきている。健康経営の取り組みの一環として仮眠スペースを用意し、仮眠を推奨している企業は、国内でもヤフーやクストビート、海外ではグーグルやアップル、ナイキなど多くの例がある。
他にも、吉野家ホールディングスでは睡眠を活かした従業員の生産性向上プログラムを導入しており、ユニークな例としては、オリジナルウェディングのプロデュースなどを展開するCRAZYが、6時間眠った社員に報酬を出す「睡眠報酬制度」を実施している。
佐々木氏が産業医として訪問している中でも、睡眠セミナーや睡眠相談を受けている企業がある。
中でも、アビームコンサルティング株式会社では、社員をビジネス界のアスリート『Business Athlete』に見立て、「ビジネスアスリート・サポートプログラム」を提供している。このプログラムでは、食事、運動、睡眠などの生活習慣の向上のため、社内セミナーや健康増進イベントを実施している。特に睡眠に関しては、その質が日々のパフォーマンス向上につながるとして、睡眠教育セミナーの定期開催や昼休みのPower Nap(仮眠)を推進している。
Power Napは、もともとコーネル大学のジェームズ・マース氏が提唱した「Power up+Nap」からつくられた造語で、15~30分程度の短い仮眠のことを言います。
午後2時から4時頃に生理的に眠くなる時間が来ますが、短い仮眠をとることにより午後の眠気や疲労を改善するだけでなく、眠気や疲労の予防にも効果があるほか、やる気や作業効率の上昇にも効果があるとされています。ただし、仮眠はあくまでも20分程度の短時間に留め、昼間の早い時間に済ませるようにしてください。長い時間の仮眠は深い睡眠に入ってしまい、起きるのが辛くなったり、夜の睡眠にも影響します。同様に午後の遅い時間の仮眠も夜の睡眠に影響します。20分くらい仮眠をしてノンレム睡眠の段階2まで行くと非常に効果的ですが、そこまで時間が取れない人はもっと短い仮眠でも眠気は解消されます。
アビームコンサルティングでは、昼休みに15~20分の仮眠を推奨しています。他にもパワーナップを取り入れている会社はいくつかありますが、取る時間帯と仮眠時間の長さ以外に起きる時間の30~40分前にカフェイン摂取をしたり、自己覚醒法と言って起きる時間を3回ほど唱える(「○時〇〇分に起きる」)と、目覚めのだるさを軽減できます。ヘッドレストやうつぶせ寝で頭を固定してあげると良いです。
(同)
パワーナップを導入している企業としては、飲料メーカーのダイドードリンコ株式会社がある。同社では、カフェインの効果が現れるまで30分ほどかかることを利用し、眠る前にあえてコーヒーを飲んで、15~20分程度の短い昼寝をすることを社員に推奨している。「パワーナップ」+「カフェイン」を組み合わせて、「カフェインナップ」と呼ばれているそうだ。また、寝具メーカーの西川リビング株式会社も自社製品の『konemuri(こねむり)』というお昼寝用の枕を使用したお昼寝タイムを導入している。
上記のアビームコンサルティングでは、睡眠改善を通じた働き方改革、健康経営促進に実績がある株式会社ニューロスペースが提供するSleep Techを活用した「睡眠改善プログラム」をトライアル導入する予定だ。
「今までは一般的な睡眠の知識啓蒙を図ってきましたが、専用の睡眠計測デバイスにて日々取得される計測データによって、個々の課題が可視化され、アプリで個人に最適化・提供されるアドバイスが、ますます社員さんの健康増進や生産性の向上につながれば」と佐々木氏も期待を寄せている。
佐々木氏はかつて訪問診療の仕事をしていた。状態の悪い患者さんがいると昼夜問わず電話が鳴るという生活だった。あるときから就寝中に電話が鳴っているという感覚で度々目覚めるようになってしまい、日中気がつくと寝てしまっているということがあった。しかし、当時は睡眠に問題があると思ってはいなかった。眠れてはいたからだ。産業医になった後、睡眠の相談を受ける機会が多くなり、自身も睡眠について学び、改善に取り組んだ結果、睡眠自体も仕事のパフォーマンスも良くなったという。佐々木氏は、この経験をもとに睡眠の大切さを説いている。
睡眠はなにかと後回しにしてしまいがちです。現在の習慣を変えるということは難しいことなので、本気で取り組まなければ改善につながりません。実践するかどうかは本人の選択ですが、でも、一度睡眠にフォーカスし睡眠改善を優先させれば、日中のパフォーマンスが上がり、結果として睡眠時間以外の時間も作りだせることが実感できると思います。
(同)
もとより、人の体調は睡眠だけでなんとかなる問題だけではない。しかし、「睡眠に問題がある人はその他の点でも問題がある場合が多い」と佐々木氏は指摘する。睡眠を改善するには、生活習慣全体を見直すことが必要だ。睡眠に問題がある人は、食事摂取のタイミングや運動など生活習慣全体を見直し、その一環として睡眠改善に取り組むことで、病気のリスクを下げることにつながるだろう。
そうした新しい習慣が定着し、効果を実感するには最低でも半月ぐらいの時間がかかるので、長い目で取り組む必要があるそうだ。
睡眠の不足を感じていない人も、自らの日中のパフォーマンスを振り返り、睡眠を見直してみてはどうだろうか。質の高い睡眠によって最高のパフォーマンスを発揮できれば、充実した日々を送れるだろう。
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2018年1月18日
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