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働き方改革時代の人事評価<前編> ~「年次評価廃止」「ノーレーティング」「1on1」が企業を活性化する理由~

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画像:takasu / AdobeStock(※)

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働き方改革などによるビジネス環境の激変にともない、企業活動における重要な資源のひとつ "人"に向き合う"人事"の領域にも、二つの大きな波が押し寄せています。


ひとつは、人事制度や関連するマネジメント手法を見直して、組織を活性化しようという流れ。もうひとつは、「HR(Human Resource)テック」と呼ばれるネットワークやAIを活用した支援ツールにより人事業務の効率化と質的向上を目指す流れです。この二つは表裏一体で進化しており、企業と "人"の関係とあり方に見直しを迫っています。



今回は、前者の流れ――「成果主義」における評価手法、いわゆる「年次評価」に起こりつつある変化について取り上げます。



後編はこちら
働き方改革時代の人事評価<後編>~HRテックによる「人」を活かすマネジメント~「顔」で人材情報を一元管理するクラウド人材管理システム「カオナビ」の世界



■明らかになってきた「年次評価」の問題点


「年次評価」といえば、期初に年次目標を設定し、期末にその目標の達成度をもって、社員を「A、B、C、D...」とランクしていくものが典型的なものでしょうか。


90年代、欧米企業で採用されていた「成果評価」が、バブル崩壊後の終身雇用の見直しにともなって日本企業にも導入され、それとともに年次評価もすっかり定着しました。今や、最も一般的な評価法といっていいでしょう。


ところが、2012年頃から、GEやマイクロソフトといった海外のトップ企業が、次々と年次評価の廃止に踏み切るようになりました。


この動きは、レーティング評価を行わない「ノーレーティング」や、年次評価に代わる新しいマネジメント手法「1on1」として、日本でも周知されつつありますが、「年次評価なしでうまくいくのか」という疑問や、「うちの会社では難しい」というとまどいの声も上がっています。


勤続年数と役職をベースとした終身雇用時代の給与体系に対して、人員の能力を合理的に数値管理できる評価のはずだった年次評価。その生みの親であるアメリカ企業がそれを否定するようになったのは、一体なぜでしょうか。


書籍執筆やコンサルティングを通じて、「ノーレーティング」や「1on1」の考え方を日本に普及させてきた第一人者、松丘啓司氏にお話を伺いました。松丘さんは、コンサルティングや支援ツールの提供を行っている株式会社アジャイルHRの代表取締役として、日本企業の人事制度の現場で改革に取り組んでいます。



株式会社アジャイルHR代表取締役 松丘 啓司氏

株式会社アジャイルHR代表取締役 松丘 啓司氏



――年次評価が廃止されることになった背景について教えてください。




見直しのきっかけは、主にデジタル化によるビジネスモデルの変化です。


アメリカ企業はもともと短期業績志向でした。外から招かれたCEOが不要な事業の売却やリストラなどによって短期で利益を出すと、優秀な経営者だと評価され、株価も上がっていました。しかし2010年頃から、いくら短期的利益を出しても株価が上がらなくなり、一方、IT企業が時価総額ランキングで上位を占めるようになります。短期利益よりも、成長力やイノベーションを起こす力といった企業の先進性や将来性が問われるようになってきたのです。


短期的利益を出すには、トップが明確な数値目標を打ち出し、利益の達成に向けて厳しく管理していく手法が有効ですが、そうした外発的なやり方で革新的なイノベーションが生み出せるのかという反省から、研究が進みました。その結果、企業全体を活性化するには、CEOの経営力だけでは不足で、社員一人ひとりのパフォーマンス向上が重要だという考え方が有力になったのです。この観点から年次評価を見直すと、パフォーマンス向上どころか、むしろ阻害していることが明らかになってきました。


(松丘氏)



――年次評価が個人の成長を阻害している?




年次評価にはもともと人材育成という目的がありましたし、評価制度の規定などにも「人材育成のためのシステム」と書かれていると思います。ところが現在の年次評価からは、人材育成という視点が失われています。賞与や報酬を決めるための、いわゆる評価のための評価になってしまっているのが実態ではないでしょうか。年次評価を運用するためには相応の時間とコストがかかっています。効果がないなら、コストをかけて実施する理由がありません。投資対効果に敏感なアメリカ企業がいち早く変革に舵を切ったわけです。


(同)



ここであらためて、企業に成長をもたらす目標管理と評価について考えてみましょう。


目標管理と評価を通じて、個人のパフォーマンスを高め、企業全体の活性化を目指すマネジメント手法を「パフォーマンスマネジメント」と呼びます。今、アメリカ企業で進んでいる年次評価の廃止は、この「パフォーマンスマネジメント」の変革と言えるでしょう。


松丘氏は、このトレンドを、4つの項目「年度目標設定」「中間レビュー」「年次評価(レーティング)」「期末フィードバック」の変革としてまとめています。



図1 パフォーマンスマネジメント変革の全体像(出典=松丘啓司著『人事評価はもういらない 成果主義人事の限界』(ファーストプレス刊)22ページの図版をもとに作成 ※)

図1 パフォーマンスマネジメント変革の全体像(出典=松丘啓司著『人事評価はもういらない 成果主義人事の限界』(ファーストプレス刊)22ページの図版をもとに作成 ※)



上の図から、「目標管理・評価」のあり方が大きく見直されたことが伺えます。


年次評価の廃止は、「評価をしない」ということではなく、目標設定も評価も行いますが、その方法をより個人のパフォーマンスを向上できるものにシフトしていこうという変革なのです。


では、年次評価における目標管理・評価の仕組みが、なぜ個人のパフォーマンス向上に寄与しないと判断されたのでしょうか。



まず、目標設定から見ていきます。


年次評価の目標設定は、上層から目標が与えられる「ウォーターフォール」型で行われるのが一般的です。先に全社目標があり、それがブレイクダウンされるかたちで、事業部の目標、部の目標、課の目標、個人の目標という流れです。問題はこの設定方法自体にある、と松丘氏は指摘します。




チームも個人も、与えられた目標を達成することが最優先になってしまうのです。達成率が評価のすべてですから、行動が目標に影響する範囲内に限定されてしまいます。とくに日本企業では、各事業部門から出された計画の積み上げで全社計画を作る傾向がありますから、従来の延長線上にある保守的な目標になりがちで、「リスクを取ってやってみよう」とか「自信がないけど踏み出してみよう」という挑戦的な取り組みは、まず行われません。それでは革新的なイノベーションは期待できないでしょう。


(同)



――近年、イノベーションを生み出すためには部門間のコラボレーションが重要だと言われていますが。




各事業部門に目標を割り当てる方法のままでは、「他の部署が困っているから手伝ってあげよう」「情報を他部署とも共有しよう」という動きは起こりにくいでしょう。そもそも他部署への関心が低いので、中間地点にボールが落ちても拾いに行くことがありません。ヘタに拾いにいこうとすると、自分の目標を先にやれと言われてしまう。これでは、有効なコラボレーションは生まれません。


(同)



「ウォーターフォール」型の目標設定は、社員の行動や発想への束縛をもたらし、著しく変化する現代のビジネスシーンにおいては、それが企業の成長性や創造性を阻害する要因のひとつと見なされたのです。



■レーティング評価はモチベーションを喪失させる


次に、評価について見ていきましょう。


ここにも企業の活力を削ぐ問題が潜んでいると松丘氏は言います。


年度が終了すると、年次目標に対する達成度に基づいて評価が行われますが、ここで問題とされるのが、社員を「A、B、C...」とランク付けしていくレーティング評価です。



――レーティング評価が廃止されたのはなぜでしょう。




まずは、有用な人材をうまく評価できないという問題があります。ビジネスモデルが刻々と変化している現代、企業は多様な専門性を持った人材を必要としています。ところが、レーティング評価は、特定の能力に秀でた、いわゆる「尖った人材」を正当に評価できません。尖った人材の能力は「ある面はずば抜けているけれど、他の面はそうでもない」というようにアンバランスな場合がよくあります。それを、レーティングに無理にはめこもうとすると、結局「B」や「C」に分類されてしまうことが少なくないのです。その結果、評価への不満からモチベーションの喪失や離職という事態を招きます。


(同)



レーティング評価のこうした画一性は、以前から指摘されてきました。本来なら多様であるはずの社員の個性や特性を反映することができないわけです。


松丘氏が指摘するもうひとつの問題は、レーティング設計の根底にある「正規分布」が実態に即していないという点です。


正規分布は、平均値を中心に結果が集積する左右対称のデータ分布で、実験やテストの点数などが近似するとされています。複雑な現象を簡略化して表現するモデルとして、自然科学や社会科学などで広く利用されています。


レーティング評価は、社員のパフォーマンスが正規分布に近似するという前提で設計されています。つまり、優秀な社員と低レベルの社員は少なく、中間層が最も多いという配分です。


しかし、本当に個人のパフォーマンス分布は正規分布しているのでしょうか。松丘氏によれば、あらゆる組織において、パフォーマンス分布は『パレート分布』になるという研究結果があるそうです。これは正規分布とはまったく異なるかたちです。



図2 個人のパフォーマンス分布(出典=『人事評価はもういらない 成果主義人事の限界』39ページ掲載の図版をもとに作成 ※)

図2 個人のパフォーマンス分布(出典=『人事評価はもういらない 成果主義人事の限界』39ページ掲載の図版をもとに作成 ※)



――実態に即していないレーティングでも、マネージャーは無理矢理にでもそこに当てはめなければなりませんでした。




理由をこじつけて評価するマネージャーも大変ですよね。メンバーからあれやこれや言われたくないので、結局、中心層の評価が増えるという傾向になります。この弊害は、社員のモチベーションに如実に現れます。「あなたは今期C評価で、ちょうど真ん中です」と言われた人は、かりに多少の不満があっても、多数派にいることで、まずは安泰と感じるのではないでしょうか。それが「B」なら、多数派から頭ひとつ出たことになりますから、悪い気はしないはずです。逆に「D」に評価されると、あきらめが先にたってやる気を失いかねません。そんな評価方法で、もっと頑張ろうという気持ちを沸き立てることができるでしょうか。レーティング評価は、「尖った人材」だけでなく、大多数の社員にとってモチベーション向上の効果を期待しにくい仕組みなのです。


(同)



――そういった反省が「ノーレーティング」につながったと。




レーティングが日本で浸透したのは、ここ20年ぐらいのことです。要は給与や昇進を合理的に決める手段があればいいので、レーティングでなければいけないわけではなかった。他に手がないという思い込みで、様々な問題に目をつぶりながら使われてきたのが実態でしょう。廃止すること自体は、難しいことではありません。


ただし、大事なのはレーティングの有無ではありません。Googleなど、レーティング評価を残しながら、パフォーマンスマネジメント改革を進めている企業もあります。レーティングをただ廃止すればよいわけではなく、いかに人材を活性化するために制度を見直したり、「1on1」のようなマネジメント施策を実施していったりすることが、今、問われているのです。


(同)



では次に、従来の年次評価に代わり、導入されている制度「1on1」について見ていきましょう。



■マネージャーとメンバーがともに成長する「1on1」という仕組み


1on1は、パフォーマンスマネジメント変革のコアであり、前掲の図1における「年度目標設定」「中間レビュー」「期末フィードバック」を代替するものです。


その目的は、マネージャーとメンバー間で定期的に面談し、リアルタイムで目標設定、フィードバック、軌道修正を行うことによって、メンバーのパフォーマンス向上を支援することにあります。



――年次評価でも面談そのものは行われてきましたが。




年次評価面談は、目標設定時、上期や年度の終了時のフィードバック時の2度ほどしか行われていないと思います。ビジネスのスピードがますます加速している現在、年2、3回のフィードバックで適切な目標管理が行えるでしょうか。成長支援も難しいでしょう。


これに対して、1on1は、毎月数回程度の頻度で面談を行います。内容も大きく異なります。メンバーとの対話を通じてパフォーマンス向上を支援するための面談であり、「この人は能力的に言うと何点」と点数を付ける場ではありません。


(同)



マネージャーには、メンバーが成長できる環境を整え、積極的に導いていくことが求められます。


具体的には、メンバーの動機や価値観を理解した上で、メンバーが自分で目標設定を行えるようにする「経験学習支援」、3年から5年先のキャリアビジョンを考えられるようにする「キャリア開発支援」などを行います。


また、モチベーションを高め、成長を促進するために、よりよいマインドセットに導く配慮も求められます。



――メンバーをどのようなマインドセットに保つことが必要なのでしょうか。




たとえば、「グロースマインドセット」という状態があります。「自分は努力すれば成長できる」と思える状態のことで、人はこの精神状態にあるとき最も成長しやすいと言われています。この状態は、「できていないじゃないか」などと責められると失われてしまいます。「やったことがないからできない」「失敗されると非難される」という気持ちになり、成長が阻害されてしまうのです。


(同)



――メンバーのモチベーションを維持するには、どのような態度で接するべきですか。




できているところを伸ばす、「挑戦しても大丈夫だ」という安心感を与えることが重要になります。チャレンジしてもうまくいかなかったら、それを受容した上で学んでいこう、という姿勢で対処します。「何がいけなかったか一緒に考えよう」「次のチャレンジをどうするか考えてみよう」「それならこういう応援ができる」というように、未来志向の対応で導いていくのです。


(同)



――マネージャーの側も、意識改革や新たなスキルを身につける努力が必要ですね。




マネージャーのトレーニングはもちろん必要です。ですが、研修を受けたからといって、うまく対応できるというものでもありません。マネジメントスキルは経験から学んで高めていくものですから、1on1の経験を積むことでスキルも磨かれていくのです。


「当社のマネージャーはマネジメントスキルがないので『1on1』は難しい」などと言う企業がよくありますが、鶏と卵の関係であって、「マネジメント力がないからできない」では、いつまでたってもできるようになりません。


(同)



株式会社アジャイルHR代表取締役 松丘 啓司氏



■どこから「1on1」に取り組めばいいのか


1on1を導入しても、人事制度が旧来のままでは、マネージャーとメンバーの間で密接なコミュニケーションがとれた、というだけに終わってしまいます。


最後に、年次評価の見直しを通して、パフォーマンスマネジメントの変革のために企業が取り組んでいくべきポイントを伺ってみました。



――1on1を有効に活用するために見直すポイントは。




まずは、ウォーターフォール型の目標設定方法と、権限についての見直しです。たとえば部下が自発的に「これをしたい」と目標を提案しても、「上司に確認するから」と持ち帰ったあげく「NGだった。こちらを目標にしてほしい」となってしまっていては、1on1の意味がありません。組織については、できるだけフラットにしていくことが必要でしょう。これは、部門間のコラボレーション活発化にも有効です。


1on1は、管理する人数が多いと目が届かず、効果があがりにくくなります。一般的にはマネージャー対メンバーは「1対7」程度が限界と言われています。チーム作りも一考すべきところでしょう。


従来制度の中で1on1を試してみたいという企業もありますが、変えるべきところは変えていかなければ、成果は期待できないでしょう。経営者が勇気をもって取り組むことが重要です。


(同)



――1on1導入がより効果をあげる企業のタイプというものはありますか。




すべての企業に効果があると考えています。全社員が兵隊で、トップダウンの目標を遂行させるだけで業績がどんどん上がっていて、将来性もあるという会社なら、必要ないかもしれません。実際には、そんな会社はほとんどないと思います。


ただし、会社ごとに適した方法はあります。ある会社で成功したパターンだからといって、それをそのまま別の会社に持っていっても、うまくはいかきません。


(同)



――1on1を効率よく運用するために、支援ツールは必須でしょうか?




ツールがあればうまくいくというわけではありませんが、ツールをまったく使わない運用は非現実的でしょう。対面で1on1を実施できる機会は、月に1回か2回ぐらいが一般的です。適切なツールを導入すれば情報共有を効率的に行えるため、負担も軽減されます。


若い世代は、報告に対してリアルタイムの反応を欲しがります。何か質問をしたらすぐに回答してほしいし、お客様から褒められたと報告したら、すぐに「いいね」と言ってもらいたがります。そういったこともツールがあれば対応できます。対面だけでは難しいでしょう。また、他チームとの情報共有をサポートできるツールなら、社内のコラボレーションを促進する助けにもなるでしょう。HRテクノロジーは急速に進歩しています。今後は人事全般で必須の存在になっていくと思います。


(同)



松丘氏が代表取締役を務めるHRアジャイルでは、1on1で求められるコミュニケーションを支援するスマートフォンアプリ「1on1navi」を提供している。個人の目標と進捗状況の共有や、対話を促すフィードバックリクエスト機能、リフレクション機能などが統合されている。(※)

松丘氏が代表取締役を務めるHRアジャイルでは、1on1で求められるコミュニケーションを支援するスマートフォンアプリ「1on1navi」を提供している。個人の目標と進捗状況の共有や、対話を促すフィードバックリクエスト機能、リフレクション機能などが統合されている。(※)








企業の成長の源泉はどこにあるのか。


年次評価の廃止は、そのような根本的な見直しの中から起こっている動きです。


松丘氏は、「人材の重要性はずっと昔から語られてきた。そう言われながらも実際のところは、社員の学習意欲や成長意欲を低下させるパフォーマンスマネジメントが実施されてきた。そこには、いわば言行不一致があったと言えよう」と著書に書いています(『人事評価はもういらない』)。


めまぐるしく変化するビジネス環境の中で、経営が"人"に回帰していく流れが生まれ、成果を上げている事実は、無視すべきものではありません。人事には企業の本質が現れると言われます。それはつまり、「人事が企業を変えていく」という道がある、ということでもあります。多くの企業にとって、これまでの常識であった人事に関わる考え方、制度を見直してみる絶好のタイミングが今訪れています。




後編はこちら
働き方改革時代の人事評価<後編>~HRテックによる「人」を活かすマネジメント~「顔」で人材情報を一元管理するクラウド人材管理システム「カオナビ」の世界






取材協力

株式会社アジャイルHR


参考資料

松丘啓司著『人事評価はもういらない 成果主義人事の限界』(ファーストプレス刊)

松丘啓司著『1on1マネジメント』(ファーストプレス刊)








編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2019年4月30日




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