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BCPとしての感染症対策からアフターコロナの働き方を考える

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画像:tampatra / AdobeStock(※)

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新型コロナウィルス感染症の世界的な影響により、世界のあらゆる企業の事業継続が危ぶまれる状況に陥りました。これまで事業継続を脅かすリスク要因といえば、地震をはじめ、台風や豪雨といった自然災害が第一に挙げられてきましたが、新型コロナをはじめとした感染症の蔓延(パンデミック)についても、事業継続計画(BCP)に盛り込む必要性があります。


今回はBCPの観点から新型コロナ対策について考えます。



■企業の7割が感染症による事業継続のリスクを認識


まず、BCPと感染症について、企業がどう認識しているのを聞いた調査を見てみます。


帝国データバンクは全国2万3,675社を対象に、BCPに対する企業の意識調査(調査期間は2020年5月18日~31日、有効回答数は1万1,979社)を行いました。


参考:「事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査(2020年)」(帝国データバンク)


同調査によりますと、自社でBCPを「策定している」企業は16.6%となり、前回調査(2019年5月)から1.6ポイント増えました。また、「現在、策定中」(9.7%)、「策定を検討している」(26.6%)との回答も増えました。BCPを『策定意向あり』(「策定している」「現在、策定中」「策定を検討している」の合計)とする企業は52.9%で前回調査に比べ比7.4ポイント増となり、調査を開始してから最も高くなっています。



「事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査(2020年)」(帝国データバンク)のデータを元に独自作成(※)

事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査(2020年)」(帝国データバンク)のデータを元に独自作成(※)



同調査では、企業がどのようなリスクによって事業の継続が困難になると考えているのかについても聞いています。


BCPを『策定意向あり』(「策定している」「現在、策定中」「策定を検討している」の合計)とする企業に対して尋ねたところ、地震や風水害、噴火などの「自然災害」が70.9%となり、前年に続いて最も高いことが分かりました。注目すべきなのは、新型コロナウイルス感染症の影響が広がる中で「感染症」(69.2%)が2番目に高く、前年より44.3ポイントも上昇したことです。


さらに「取引先の倒産」(39.0%)も同8.7ポイント増となっています。帝国データバンクは、「新型コロナウイルス関連倒産が増加するなかで、事業継続リスクとして上位にあがっているとみられる」と分析しています。新型コロナによって企業が抱えるリスクは、自社だけにとどまらず、取引先にも広がっていることがうかがえます。



「事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査(2020年)」(帝国データバンク)のデータを元に独自作成(※)

事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査(2020年)」(帝国データバンク)のデータを元に独自作成(※)



企業の規模別では、「大企業」は30.8%がBCPを策定しており、全体(16.6%)を大きく上回る一方、「中小企業」では13.6%、とくに「小規模企業」では7.9%と低調です。企業規模が小さくなるほど、BCPを策定している企業が少ないことが浮き彫りになっています。


また、BCPを策定している企業の割合を業界別でみると、『金融』(42.1%)が4割超とダントツです。「社会の安定を維持するための不可欠なサービスという観点から事業継続を実施しなければならない」(クレジットカード、福岡県)といった、社会的な責務への高い自覚が見て取れます。次いで、『農・林・水産』(28.6%)、『製造』(19.6%)、『サービス』(18.6%)の順となりました。



■BCPには会社と従業員双方の信頼関係が必要


上記のような企業の意識を踏まえ、リスクマネジメント専門誌「リスク対策.com」編集長として数多くのBCP事例を取材されている中澤幸介氏(新建新聞社常務)にお話を伺いました。


「みんなの仕事場」では2018年にも中澤氏に取材しており、働き方改革によるリモートワークやWeb会議、サテライトオフィスなどの導入が「オフィスが使用できない際の業務遂行手段」になるとして、BCPの実効性を上げていくというお話を伺いました。


企業BCPの現状と、働き方やワークスタイルの変革がもたらすレジリエンス



それから1年半、企業のBCPはうまく機能したのでしょうか。



リスク対策.com編集長の中澤幸介さん

リスク対策.com編集長の中澤幸介さん



――「リスク対策.com」の創刊当時(2007年)から振り返って、現在の新型コロナ禍に通ずるリスク対策をどう捉えていますか。


創刊してすぐに新潟県中越沖地震が起こりました。当時はBCPとは何かすら知らない人が多く、またBCPの取り組みは外部に見せるものではなかったので、取材先企業の理解を得るのには時間がかりました。この2007年は三重県や能登半島、そして中越沖と地震が多い年で、まさにBCPが注目を集めました。


翌2008年は大きな自然災害は発生しませんでしたが、リーマン・ショックが起き、そのときに「BCPは首を切る道具にもなりうる」と考えました。なぜかというと、会社に残すべき重要業務を明確にすると、いざという時にその業務にかかわる人が明確になるため、それ以外の人をリストラしやすくなるんです。もちろん、そのようなBCPの使い方をした企業はないと信じていますが、考え方を間違えると危険だと思うようになりました。


BCPの目的を「重要な業務だけを継続することが企業を守ることだ」とする前提に立てば、自然災害などに直面した場合、本業以外は止めても構わないことになります。一方で、「全社員の命や生活を守る」ことを目的とすれば、派遣切りや社員の解雇といったことは起きないわけです。BCPを単にテクニカルに捉えると、こうした道具に使われかねないという危うさがあります。


今回の新型コロナ禍においても、非主力と位置づけられた従業員にとっては、「自分の事業領域は要らないのか」と受け止めてモチベーションを低下させてしまうことになりかねません。しかし、ひとりでも感染してそれが広がるようなことがあれば、企業には致命的な影響を与えます。会社は従業員全員をしっかり守る、従業員は組織のために感染防止につとめるという双方の信頼関係が必要になります。



■11年前の新型インフルエンザで学んだ教訓は


――今回のコロナ禍で浮き彫りになった課題は何でしょう


企業のBCP担当者は、通常3年くらいで代わってしまいます。たとえば10年前のできごとに基づいて、今きちんと対策をとっている企業がどのくらいあるでしょうか。私の知るかぎり、そう多くはないでしょう。


ちょうど10年前の2010年7月号で、10年後の危機管理担当者が困らないために、当時流行したH1N1新型インフルエンザ対策の記録をしっかり残して検証しましょうという特集を組みました。書き出しは「拝啓 10年後の危機管理担当者様」とし、当時の担当者が直面した課題を洗い出すだけでなく、困ったことやどう対応したのかといったことを残しておけば、後々役立つと考えました。そうしておかないと、おそらく10年後に再びパンデミック(感染症の感染爆発)が起きたときに対応できませんよ、という特集でした。



「リスク対策.com」2010年7月号(※)

「リスク対策.com」2010年7月号(※)



――ちょうど10年後の今年、新型コロナのパンデミックが起きて予言が的中してしまったわけですね。


ところが今回、多くの企業がマスクと消毒液すらきちんと備蓄しておらず、備蓄していた企業との差が出てしまいました。マスクは、いわば防具です。何十万枚というマスクを保管していた企業が実際にありました。そういう企業では、当時の担当者が対策を引き継いできたわけです。


社会全体でマスクが著しく不足している中にもかかわらず、マスクを備蓄していない企業は「備蓄がなければ買えばいいじゃないか」と、社会への影響も顧みずマスクを買いあさりました。あらゆる業者に電話をして、新型コロナ対策で貴重な「最初の1カ月」のほとんどを、マスクや消毒液を調達するのに充ててしまったのです。



マスク不足のために対策は足踏みした(※)

マスク不足のために対策は足踏みした(※)



――日本全体としてはどうだったのでしょうか


リスクマネジメントのサイクルで考えると、リスクを「特定」し、その次に「分析・評価」をして、そしてリスクをどう抑えていくのかという「対処」に入ります。


日本では1月が「リスク特定」の時期にあたり、2月が「分析・評価」で、3月になるとクラスター対策、3密というような言葉が出てきて、「リスクへの対処方法」が明確になっていきました。対処が徹底されるようになったのは3月末くらい、国会で全員がマスクを着用したのは4月に入ってからでした。



――国よりも早く動いた企業もあったと聞いています。


当初から感染症対策の計画があった企業もありますが、そうした企業では2月中旬から末ぐらいで見直しをしているところが多いと思います。遅いところだと3月中旬くらいにようやく計画を策定したといったところでしょう。ただし、計画を作っても、各企業がその計画に従って感染症対策を徹底できたかどうかはわかりません。


リスクマネジメントの捉え方はいろいろありますが、リスクの洗い出しや分析・評価をしてルールを決めていく過程においては、合意形成という意味でのガバナンスが重要になります。


リスクは人によって捉え方が異なりますから、担当者がひとりで分析・評価するのではなく、さまざまな意見を取り入れていく必要があります。一方、その先のガバメント(統治)の段階に入ると、トップダウンで「これをやるぞ」という指針を出し、徹底させなくてはいけません。そこで一番問われるのがトップの資質だと思います。


ガバメントはトップに対する信頼がないと機能しません。社長は感染症の専門家ではありませんから、ウイルスの特性などを説明しても社員には伝わらない。大切なのは、どういう方針でどのような対応していくのか、なぜそうした対応を行うのかを、しっかりと社員に伝えることです。それに対して、この人は自分たちのことを考えてくれている、という信頼と、自分たちの知りたいことに応えてくれているという相互理解が生まれるのです。


社員がトップの方針に従い、ルールを徹底できている会社は、平時からガバナンスも機能しているのではないでしょうか。



 リスク対策.com編集長の中澤幸介さん

リスク対策.com編集長の中澤幸介さん



――BCPをうまく回せた企業の例はありますか。


実際にBCPを発動させたかどうかはさておき、BCPが機能している会社は、現在進行中で日々の記録をきちんと付けており、何が課題だったかを時系列で把握しています。今回のような規模のパンデミックは誰もが経験したことがなかったわけですから、最初から計画通りにいった企業などあるはずがありません。これまでの計画を状況に応じて見直し、臨機応変に対応している会社が良い事例ではないでしょうか。


さらに言うと、BCPができている会社というのは、目先の課題に対応するだけでなく、経営の改善につなげています。たとえば感染症対策を講じたことによって、サービスや生産性の向上に結びついたという例もあります。


これからは、経営改善に結びつく「ニューノーマル」(新しい日常)を見つけている企業と、見つけていない企業に分かれていくのではないでしょうか。そこが今後の「ウィズコロナ」「ポストコロナ」と呼ばれる時代のポイントになると考えられます。



■リスクマネジメントは価値創造につながる


――リスクマネジメントは経営改善や生産性向上にも結びつくのですね。


当社のコンセプトは、「危機管理による新たな価値創造」ということです。様々な負の経験を踏み台にして、新しい価値を作り出していきましょうという考えです。


新型コロナ禍にあって、これまでの日本企業が培ってきた良い点を忘れて、リスクの対応ばかりをやろうとすると、過去を否定することになります。


その最たるものが在宅勤務だと思います。在宅勤務には良い点もありますが、今までの良かった点を消している可能性もあります


たとえば「職能型・メンバーシップ型」という制度です。


日本の働き方は、戦後ずっと職能主義でした。いろいろな職場を体験させ、管理者として会社の中で活躍できる人間に育ってもらうという考え方が日本の人事評価の原点にあったわけです。


それに対し、欧米から成果報酬の「職務型・ジョブ型」が入ってきました。在宅勤務というものは、じつは職務型の仕事でしか成り立ちません。ジョブディスクリプションと呼ばれる職務の内容を詳しく記述した文書を用意し、何より成果を明確にしないと成り立たないのです。


しかし、人が欠けたときに社内で同じ職務能力を持つ人をすぐに手配できるかというと、パフォーマンスが高いほど難しいでしょう。逆に職能型は、さまざまな部門を経験した人が社内にたくさんいるので、誰かがいなくなっても、その仕事の内容を分かっている人は意外に多く、引継ぎしやすいという面があります。もちろん日々の業務内容などは明確にしておかなくてはいけませんが、職能型は完全に否定すべきものではないと思います。


職能型には社内交流がしやすいなどといった良い面があります。それに、テレワークにしても感染する社員は感染します。その際、完全に職務型にして仕事を引き継げる体制になっているのかということまでをしっかり考えるべきですし、すべてを職務型に変える必要もないと思います。



――社員がオフィスに集まって働くことの良さも再発見できるということですね。


会社の中でも、ゴミが落ちていて気づく人間と、気がつかない人間が居ます。ゴミを拾っても業績に結びつかないので評価しない、ということになると、逆に会社は困るのではないでしょうか。気づきのある人は、感染症対策でも「ここは消毒できていないからやりましょう」というように貢献してくれます。「それは自分の職務じゃないから関係ない」という人たちばかりの会社が本当に強い会社になれるでしょうか。


リスクマネジメントの専門用語に、「アフター・アクション・レビュー」という言葉があります。日本語で言えば「事後評価」で、現在進行中なら「イン・アクション・レビュー」になります。欧州の疾病予防管理センターでは、各国に対してこの2つのレビューのやり方に関するガイドラインなどを出しています。どちらにしても、レビューとして対応記録や検証結果などを残す際には、課題だけではなく、正しかった行動や喜ばれた行動、悩んだところなどを残すことが重要です。


今後はそういった検証をしっかり行って確実に改善していくこと、現場の「気づき」をどう生かしていくのかということが問われるのではないでしょうか。





リスクマネジメントとして新たな感染症に対してとりうる企業の対策を考えた場合、既存のBCPを見直すか、一から計画を練る必要があります。 従業員の感染防止策に始まり、感染者が出た場合の対応、事業所を一時的に閉鎖するのか否かなど、決めるべきことは膨大です。


現在進行形でBCP対策を進めるには、過去の経験や教訓を社内に蓄積しているかどうかが鍵を握るということことを中澤氏のお話から感じました。


新型コロナ対策によってテレワークが広まり、日立や富士通などが「職務型・ジョブ型」に舵を切る中で、オフィスに人が集う意義、そして日本が続けてきた「職能型」の意義を見直すことも必要かもしれません。


アフターコロナをみすえた現実的な働き方は、デジタル化やテレワークも取り入れながらも、日本的な働き方の良さを生かしたものになるのではないでしょうか。





取材協力

株式会社新建新聞社[外部リンク]

リスク対策.com[外部リンク]




編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2020年7月1日

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