中川智博氏(Tokyo Creative株式会社 代表取締役)
2011年以降右肩上がりだったインバウンド需要がコロナ禍によって蒸発し、観光業界は一転、苦境に立たされました。2022年6月、政府は外国人観光客の受け入れを2年ぶりに解禁します。待ちに待ったインバウンド解禁に期待が高まる中、コロナ後のインバウンド事業はコロナ前の水準に戻るでしょうか。自治体や企業のインバウンド集客支援事業を行うTokyo Creativeの中川智博氏に伺いました。
― 訪日インバウンド向けプロモーションが主業務とのことですが。
はい、デジタルマーケティングによって日本の魅力を世界に発信し、自治体、企業、DMO(観光地域作り法人)などの集客支援を行っています。
2021年にはコロナ禍の中でも150のプロジェクトをこなしました。
最近ですと、三重県名張市のプロモーション動画です。伊賀市が有名ですが、実は名張市赤目町も忍者の里として知られており、本格的に忍者修行体験をできる場所があります。
そこで、日本人と外国人がチームに分かれて手裏剣や綱渡りなどの技を競い合う「Ninjalympics」というYouTube動画を作り、35万回再生されています。
― 強みは何でしょうか?
まず日本在住外国人のYouTuber、インスタグラマーなどのインフルエンサーネットワークを持っていることです。もともと弊社の社員がインフルエンサーのコミュニティに近いところにいて、そこから輪が広がりました。
所属の外国人インフルエンサー。フォロワー数1700万人、YouTube再生回数16億回超の実績がある人も。(※)
次に外国人目線を持っていることです。社員は15名ですが、約半数が外国籍で、カナダ、アメリカ、イギリス、オーストラリア、マレーシアと英語をメインに話す国ですね。そのためユーザー目線のコンテンツを作れます。ちなみに7割が女性です。今までの海外向けの情報発信は、日本人の視点で日本人的な伝え方をしてきたために効果が芳しくなかったことも多くありました。当社はその点を解消できていると思います。
― コロナの感染拡大によって、観光業界は大打撃を受けました。
当社もスポーツイベント関連で数千万円規模の仕事を受注し、発注書を受け取った矢先に、コロナ禍で白紙になってしまいました。
私は大学の観光学部で講演する機会も多いのですが、大阪観光大学とタイアップで、コロナ下で失職した方たちのための観光人材育成プロジェクトに携わっています。
ミクロの視点で見れば、コロナ下でも、ワーケーション事業やスキー、キャンプなどのアウトドア関連の事業など元気な会社はあります。オンラインバスツアーを企画して集客に成功した会社もあります。コロナで職を失ってしまったけれど、業績を伸ばしている会社に再就職できた参加者が何人もいます。
― 事業継続が困難になった観光業界で、どのように生き延びたのですか?
実は弊社は、コロナ前の時点で大きなピンチに直面していたんです。私が入社して1年後に前代表が辞め、財務諸表を見たら真っ赤で、かなり厳しい状況にあることがわかりました。正直、コロナよりもこの立て直しの方が苦しかったですね。
― それでも続けようと思った理由は?
理由は2つあります。ひとつは能力があって、信頼できるスタッフがいたこと。このメンバーとなら会社を立て直せると思いました。そのメンバーは今も働いています。もうひとつは誰もができる経験ではないと思ったこと。私は就職、留学など大事なことをいつも直感で決めてしまうのですが、そのときも3年ほどかければ財務諸表もきれいになると感じました。
― 今ちょうど、それから3年経った頃ですね。
はい、おかげさまで財務諸表はきれいになりました。そもそも顧客ターゲットははっきりしていて、需要もあり、提供しているサービスもマッチしているという自信がありました。複数あった事業を整理してプロモーション中心に絞って、後は営業に時間をかけて、ここまで来ました。
コロナがあったためにリセットできた部分もあります。たくさんの案件を抱え、緊急度が高いものを優先させざるを得ないような状況だったので、それまで手をつける余裕がなかった、自社サイトのリニューアル、SEO対策強化など、緊急度は低くても大事なことに時間を割けるようになりました。まずは3ヶ月ほど、これに集中し、自社事業のユニークネスや強みを再確認しました。
外国人向け新規事業のためにYouTube動画配信で外国人のテストマーケティングを行った事例(タイガー魔法瓶)(※)
― コロナ明けに向けて準備したことは?
コロナ下では積極的にコンテンツ資産作りをしました。
インバウンドプロモーションは、お客様が「認知」「理解」し、「比較検討」して、「来訪」してくれて、その後「リピート」してもらうという流れです。でも、コロナ下ではいくら「認知」を上げても「来訪」にはつながりませんでした。ただ、YouTube動画で検索する人の数がものすごく増えたんです。そこで、検索でヒットするコンテンツ資産を増やす時期と考えて、ハウツーコンテンツなどに力を入れ、今後も増やしていきたいと思っています。
例えば「東京ですべき100のこと」というようなコンテンツを作成することで、それをなぞりたい、真似したい、もっと詳しく知りたいというユーザーの興味をそそることができると考えています。それによって、コロナ明けの問合わせ増を狙っています。
― なるほど。
最近の杉並区の例ですが、高円寺阿波踊りのコアなファンを作っていきたいという要望があり、動画で認知を広げるだけではなく、実際に体験してもらおうという話になりました。
ただ海外から来てもらうことができないので、日本在住外国人に呼びかけたところ、遠くは新潟、愛知から30人くらいの方が参加してくれました。
― まずは日本在住の外国人にアピールしたわけですね。
彼らが自分の国の家族や友人たちに「こんな体験をしたよ」と伝えてくれることで、需要につながります。インバウンド解禁に向けて、これからオフラインイベントも増えると予想しています。
また、人は動けなくてもモノは送れるので、越境ECのプロモーション案件も多いです。北米市場向けに和菓子の詰め合わせを販売している企業のプロモーション動画なども作成しました。工場を訪問してお菓子作りの工程を紹介し、工場長にインタビューしたり。こちらも15万回再生されています。
― インバウンド解禁の動きが始まりつつありますが、どのような展望を描いていますか。
いよいよ開幕という空気がありますね。つい最近までは「まずは国内」という声が多かったのですが、インバウンドの案件が急に増えています。
おかげさまでコロナ下でも増収増益ですが、これからも対外的な発信をどんどん行って、今以上に皆様から選んでいただける会社にしていきます。
今までのインバウンドは、訪日外国人客が3,000万人を突破したから次は4,000万人だというように"量"を求めてきました。消費単価は低くても量を増やして消費総額を上げようという考えです。本当にそれでいいのか、ということがコロナ禍で問われた気がします。
― 量より質を上げるべきだと?
はい。例えば料金が高くても個性があって需要が見込めるツアー企画です。例えば参加料金が十数万円の、山を3日間トレッキングするツアーが人気だったりしますから。
観光業は労働集約型産業なので、学生たちがこの業界を目指さなくなっています。質を上げて収益性を高め、それを何とかしたいと思っています。
― 観光業はたしかに仕事がきつくて給与が安いイメージですね。
ある調査会社が、観光地に住む若者に「親と同じように観光業に就きたいか?」というアンケートを行いました。また観光業者に「子どもに仕事を継がせたいか」というアンケートも行ったそうです。どちらも「NO」が8割という結果だったそうです。
それでも私は大学での講演などで、観光業界で働きたいという学生たちをたくさん見て来ました。インバウンド再開を機に、彼らが働きたいと思えるような"かっこいい観光事業"に取り組んでいきたいですね。
― 中川さんご自身がこの仕事に携わることになったきっかけは?
コロナ前のインバウンド市場が右肩上がりだった時期、代表を務めていた大学時代の友人で誘われたんです。当時、私は広告代理店でデジタルマーケティングの企画営業を担当していました。
それで調べてみると、当時はインバウンド事業プロモーションの第一人者と呼べる人物が存在しませんでした、だったら自分がなってやろうと。若気の至りでしたね(笑)。
また、当時のインバウンドのターゲットは中華圏がメインだったので、欧米豪に向けてデジタルマーケティングを展開することにも惹かれました。私自身、カナダに留学した経験もあり、英語圏、ヨーロッパに興味がありました。
留学後はいろいろな国を旅しました。アメリカ、オーストラリア、ヨーロッパ圏ではイギリス、フランス、ベルギー、オランダ、アジア圏ではタイ、マレーシア、韓国、ラオスなどです。
社会人になったばかりの頃、英語を話す機会を求めてカウチサーフィンのホストをしていたとき、自宅に泊めた外国人バックパッカーたちの「日本って良い国だね」という言葉から、日本の良さを教えてもらいました。その時点でインバウンドの波を感じていましたが、当時は東京・大阪・京都だけ回って帰る人も多かったので、もっと情報発信して、いろいろな地方を訪ねてもらいたいと思ったことが、この仕事をする理由のひとつになりました。
※
コロナで大きな打撃を受けた観光業界。苦境を乗り切るために様々な取り組みが行われていたことが分かりました。待望のインバウンド解禁によって、培われてきたアイデアが花開き、それを機に観光業従事者の労働環境も改善されていってほしいと感じました。
プロフィール
Tokyo Creative株式会社代表取締役。レッドホースコーポレーション株式会社執行役員アカウントマネジメント部門統括責任者。1987 年生まれ。滋賀県出身。同志社大学文化情報学部卒業後、株式会社ワークスアプリケーションズ、電通アイソバー株式会社を経て、2018 年 5 月にTokyo Creative株式会社に入社。新卒から一貫してデジタルマーケティングの企画営業に従事している。
「日本の魅力を世界に発信する」をテーマに、国内外に住む外国人に対して認知拡大を目指す地方自治体・DMO(観光地域づくり法人)などの、情報発信やマーケティング支援を中心とした事業を展開。 100 を超える地方自治体や企業などのサポートで培ってきたノウハウと、自社で抱える在日外国人インフルエンサーに紐づく約 1,700 万人の日本好き外国人コミュニティを活用し、成果につながるサービスを提供する。
コーポレートサイト[外部リンク]
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2022年6月1日
2016年11月17日のリニューアル前の旧コンテンツは
こちらからご確認ください。