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身近なところから目指せる「オフィスのWELL認証」~ASEI建築事務所 鈴木亜生氏インタビュー

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ASEI建築設計事務所 鈴木亜生氏

ASEI建築設計事務所 鈴木亜生氏


SDGsへの関心が高まり、「WELL認証」を目指す企業が増えている。WELL認証とは米国のDelos社が2014年に開発した建築物の空間評価システムで、建物やオフィス空間などを10のコンセプトごとに採点するもの。生産性の面だけではなく、そこで働く人のウェルネスを重視している。


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今回は、このWELL認証取得を取り入れ、オフィスビル改修の設計監修などを手がけているASEI建築設計事務所の鈴木亜生氏にお話を伺った。








■「こころ」「コミュニティ」の面からオフィスのウェルネスを向上

― 「WELL認証」とはどのようなものでしょうか。


WELL認証はビルやオフィスなどの空間を、人間の健康の視点で評価・認証する制度で、2014年に米国で始まりました。昨今、WELL認証取得を目指し、自社オフィスの快適な環境へ投資している企業が増えています。当社としては、WELL認証取得を目指すことが生産性向上や働き方改革、SDGsを達成するエンジンになると考えています。


― WELL認証を取り入れた貴社の施工事例を教えてください。


直近の事例としては、2021年に提案した、静岡県の一部上場の産廃処理企業の本社オフィス建替えプロジェクトがあります。社員にとって快適なオフィス、働きたくなる場所をつくりたい、魅力的なオフィス環境を作りたいというご要望でした。今は多くの企業が社員の働く場の改善に力を入れ始めているため、新オフィスのコンセプトとしてWELL認証を提案しました。クライアントはWELL認証のことをご存じなかったのですが、認識を深めていただいて、提案を取り入れていただきました。企業として環境保護に積極的に取り組んでいるという企業価値をアピールする指標のひとつとして判断していただいたようです。


― 認証取得のためにどんな工夫をしましたか。


WELL認証は、空気、水、光、運動、温熱快適性、音、材料、こころ、コミュニティ、イノベーションという10個の指標があり、それぞれつながりあっています。10個のコンセプトをバランスよく散りばめることにより、快適さ、ウェルネスにつながります。



ASEI建築設計事務所提案書より(以下同 ※)

ASEI建築設計事務所提案書より(以下同 ※)



たとえば環境建築の指標として「音」や「光」の項目があります。「光の環境」については、敷地が南北に細長く日射が強いため、日射を抑制しつつ光を取り込めるブラインドを取り入れました。反射板のように光を拡散し、直線的な太陽光を柔らかい快適な光に変換して室内全体を明るくしてくれるブラインドです。また、「音」の項目では、防音と同時に温熱効果のある壁材を採用しました。


同 反射板ブラインドで柔らかい光環境を作る(※)

同 反射板ブラインドで柔らかい光環境を作る(※)



また、それ以外にも人間の健康に貢献する「こころ」「コミュニティ」の項目にも大きく力を入れました。



同 WELL認証指標に基づくレイアウト全体(※)

同 WELL認証指標に基づくレイアウト全体(※)



― どんな場所を作りましたか。


まず、WELL認証につながる「働く場の多様性」を意識して、社内のコミュニティの改善を目指しました。


従来は出社すると固定席に座って仕事しており、スペースも受付、執務室、応接室、社長室など機能ごとに部屋を分けていました。昨今はホームライク、ホテルライクというか、シーンに合わせて働く環境を用意するのがトレンドになっており、スペースもさまざまなゾーンを執務室内に用意し、社員同士のコミュニケーションを啓発するオフィスが多くなっています。オフィスにお金をかけるのにも、高級な素材を使うということではなく、リラックスしてさまざまな場で仕事ができる、環境への投資意識をお客様にもアピールできるオフィスが増えているのです。



同 休憩スペース(※)

同 休憩スペース(※)



具体的には、対話のきっかけになるような場所として、オープンカウンターのカフェステーションや半個室のワーキングブースを提案しました。コーヒーの香りがワークブースに流れて来るじゃないか、とも言われましたが(笑)。座敷とソファのあるコミュニケーションラウンジも設けました。



同 半個室のブース(※)

同 半個室のブース(※)



同 カフェブース(※)

同 カフェブース(※)



また、この会社には更衣室があり、そこで作業着や制服に着替える方が多かったので、更衣室の近くに大きなカウンターを設けたり、個々人の席に行くまでの動線上に共用スペースを設けたりして、ちょっと団らんしてもらえるようにしました。



同 更衣室近くのカウンターラウンジ(※)

同 更衣室近くのカウンターラウンジ(※)



感染症対策とは別に、空気の行き止まりや光が行き届かないところができないようにしました。これは人とのコミュニケーションにもつながります。縦に長い建物の良さを利用して風が抜けて目線が通るようにしました。ミーティングルームもガラスパーティーションにして、フロア全体を明るくし、見通しの良い開放的な雰囲気を作りました。




■中小企業でも「WELL認証」は目指せる



― 「WELL認証」の価値はどのくらい浸透しているでしょうか。


SDGsという言葉が浸透し、働く環境への投資という考え方が生まれて、不動産デベロッパーさんなどからは多くのご相談をいただきます。ただ、WELL認証はSDGsの指標のひとつではありますが複雑なこともあり、本格的な広がりはこれからです。一般企業がもっと取り組むようになって事例が増えていけば、認知度も高くなっていくのではないでしょうか。


― 大企業が自社ビルなどで取り組むものというイメージがありますが、中小企業でも取り組むことはできますか?


たしかに、働き方に応じて多様なスペースを作ると言っても、オフィスが広くなければ難しいですよね。よくある方法としては、新しい環境を作る代わりに、固定デスクをスタンディングの可動デスクにするというものです。好きなタイミングでデスクの高さを変えて、座ったり立ったりして作業できるようにすると、ウェルネスな雰囲気のオフィスになります。スタンディングデスクは仕事しながら対話するのにも向いていますから、生産性も向上します。北欧ではそのようなワークスタイスが多いようです。


― 机ひとつから始められるのですね。


WELL認証の考え方は、都会のビルのオフィスという箱の中でいかに空間を改善できるかという枠組みのようなものでもあります。ぜひ取り組んでいただきたいですね。




■未利用資源から素材を開発する「環境建築」



― 貴社では、未利用資源の循環について長年取り組んでおられるそうですね。


最初に環境建築を手がけたのは「エコハウス」が社会に広まりだした2013年の夏です。舗装ブロック事業者に声がけして、鹿児島県のシラス地域の未利用資源からシラスブロックという建材を一緒に作りました。


東京でも未利用資源で何かできないかと考え、建設発生土の関東ローム層で作るレンガ「EDO BRICK」を開発しました。建物を建てる際の「建設発生土」を利活用したもので、2021年度のグッドデザイン賞も頂いています。


普通、建設発生土は産廃処理業者に処分してもらいます。東京都には建設発生土の再利用センターもありますが、民間同士で資源を利用し合うようなシステムがなく、不法投棄される例も多いのです。都内ではスクラップアンドビルドが繰り返されており、表層の土には瓦礫や有機物のゴミも入っているので次の現場でそのまま埋め立てに使うことはできません。


関東ロームは泥で粘度が低く柔らかいため、他地域の土を配合するなど、レンガにするために試行錯誤しました。今では「EDO BRICK」はオフィスビルの外壁などで利用されています。






関東ローム層の建設発生土から開発した「EDO BRICK」。

関東ローム層の建設発生土から開発した「EDO BRICK」。



― ほかにはどんな未利用資源がありますか。


昨今はオフィスビルの木造化なども進んでいますが、製材するときに半端なゴミ、「木くず」が出ますので、それを焼いて炭化させ、CO2を閉じ込めてブロックに埋め込んだ「バイオ炭ブロック」という素材を開発しました。家の外装や仕上げに使えます。


炭は水質浄化や空気清浄の機能もありますから、室内の感染症対策にもなります。宅地開発の汚水排水にも応用することで、少しでも環境のためになります。


― 今後はどのように環境建築を追求していきますか?


今まで、建築物内の温熱環境や地域の環境保全に貢献したいという思いで環境建築をやっていました。WELL認証もその一環で、今後の認知を広めるためにも、社会的な指標として共通言語が増えてきたのはいいことだと思います。


今後は、それを支えるために新しい素材が必要になりますので、地域が抱えている未利用資源、今まで使えなかった資源を新しい技術で再利用化して素材開発を行っていきます。


たとえばミカンの産地である静岡では、ミカンの枝木を伐採して植え替えるため処理に困っているので、それを炭化させてブロックにして、相模湖の水質改善につなげるという循環に取り組んでいます。ミカンの木は堅いので硬い炭ができます。


沖縄でも軽石と赤土でブロックを作る提案をしているところです。沖縄の赤土は柔らかく細かい土で、沈まずに海水に漂います。リゾート開発などで海に流れ、海の色が変わってしまいました。その赤土と、ニュースで話題になった漂流した軽石を配合してブロックを作ることができれば、赤土の流出も止められます。



A海底火山噴火の影響で港や岬に押し寄せ、話題になった「軽石問題」。海辺の環境変化により一部の海洋生物の生存が困難になると懸念される。(AdobeStock ※)

海底火山噴火の影響で港や岬に押し寄せ、話題になった「軽石問題」。海辺の環境変化により一部の海洋生物の生存が困難になると懸念される。(AdobeStock ※)



今後も、未利用資源の循環システムを目指して様々な建築に携わりたいですね。







「こころ」、「光」、「音」などの項目をどのように変えればウェルネスが向上するだろうか、などと小難しく考えなくても、デスクやブラインドを変えるだけでもオフィスは快適になり、生産性を上げる一歩になる。SDGsも、再利用素材で作られた文房具をひとつワークスペースに置くだけで貢献を始めることができる。鈴木さんのお話を伺って、身近なところから環境について考えていきたいと感じた。






プロフィール


鈴木 亜生(すずき あせい)

一級建築士 ASEI建築設計事務所代表
2002年 東京理科大学院理工学研究科修士課程修了
2009年 ARAY Architecture(現・ASEI建築設計事務所)設立
2015年より東京理科大学理工学部建築学科非常勤講師を務める。
グッドデザイン賞(2021年)他、受賞歴多数。


ASEI建築設計事務所[外部リンク]


編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2022年7月21日

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