後藤 洋平(ごとう ようへい)氏
大なり小なり、「プロジェクト」と呼ばれる仕事に取り組んでいて、そして壁にぶつかってしまっている人は多いと思います。何の問題もないというプロジェクトは、むしろ稀ではないでしょうか。今回のインタビューは、思い通り進まない「プロジェクト」で八方ふさがりになっている方にとって必読。多くのプロジェクト経験を持ち、工学的アプローチでプロジェクトを解明する「プロジェクト工学」提唱者の後藤洋平氏にお話を伺いました。
――後藤さんの現在のお仕事を教えてください。
人材紹介会社などにクラウド業務システムを提供する会社で、クライアントに製品を使いこなしてもらうための導入プロジェクトに携わっています。クライアントが業務システムに求めるものは、クライアント自身の戦略によって変化しますから、それを理解して、システムをカスタマイズしていく必要があります。そこで、どんな事業展開をされているのかを理解し、それを支援するシステムがどうあるべきかということを考えます。プロジェクトマネジメントというと、スケジュールを引いて進捗管理をするというイメージが強いと思いますが、むしろその前段が大事だったりします。
――企業ごとにプロジェクトの中身が違うわけですね。
そこがおもしろいところです。同じ人材紹介でも、新卒中心のクライアントと管理職中心のクライアントではシステムを使う目的が違いますし、会社の規模によっても違ったり、千差万別です。
――もともと大学でプロジェクトについて学んでいたのですか。
工学部で設計学を専攻していました。工学部というのは、工業製品(人工物)を対象領域としていますが、人間が頭の中でどのように設計を行っているのかということを解き明かすのが、設計学のテーマです。そこで、サービスの設計を扱う「サービス工学」を研究していました。サービス工学の考え方は卒業後もずっと自分の中にあり、物事をそれを通して考えるようになりました。僕が提唱している「プロジェクト工学」は、これまで僕が携わった様々なプロジェクトでの経験をサービス工学に加味したものなんです。
――プロジェクト工学とは、どのようなものでしょう。
現職も含めて様々なプロジェクトに携わる中で、プロジェクトというものが大抵うまくいかないのは、一体なぜなのかという根本的な疑問を抱いてきました。何かを実現しようとして、必要な活動や工程を厳密に考えて計画を立てたはずなのに、いざ実行に移ると、途端に計画が狂いはじめる。着手するまでは「こんなことも、あんなこともしよう」と夢いっぱいなのに、だんだん時間もお金も足りなくなって、なんとか終えることができただけでも万々歳、という結果に終わる。思い描いていたようなことまでは手もつけられないんです。
――絵に描いた餅に終わってしまうことは多いですね。
その原因が上司にあるのか、自分の能力の低さにあるのか、その両方なのか(笑)。古典をひもとくと、孫子も同じような悩みごとをもらしています。いくら考えてもわからず、不思議でした。そして、現職のプロジェクトに携わるようになって、プロジェクトにおける「未知の度合い」が低いと、ズレ幅も低くなるということに気づいたのです。よく知っている部分が大きければ結果も安定する。たとえ計画がズレはじめても、それに備え、対策を講じることができるのです。つまり、プロジェクトというものは、未知のものを既知に変えていくことなのだと思い当たったのでした。
――未知のものだから、うまくいかなくて当たり前なのでしょうか。
仕事というものは、こうありたいという理想(ゴール)と、そうなっていない現実をつなぐことです。この「未知の物事を既知のものに変える」ための方策を考えることは、設計そのものです。ものを設計するためには、物性、すなわち物の性質を学びます。プロジェクトを設計するためには、プロジェクトの性質を学ぶ必要があります。ここをイージーに考えてしまうから、プロジェクトが難しくなって、途中で止まってしまうわけです。
プロジェクトがうまくいくと思い込んでいるから、失敗する。じつはうまくいかないのが当たり前とわかっていれば、いろいろなことをスッキリ理解できるようになります。経験豊富なプロジェクト・マネージャーなら、トラブルに対処するための引き出しをたくさん持っているけど、経験が浅いとトラブルを解決できない。こうしたことを設計学の知見を使って、誰が取り組んでも一定以上のパフォーマンスを出せるようにしていきたい、再現性のある工学として、プロジェクトを前に進めるための方法論を見出していこうとしています。
――プロジェクト工学を身につけていると、様々な局面で役立ちそうですね。
たとえば文房具屋さんを経営していたとします。毎日お客さんがやってきて、ボールペンを買っていく。これはルーティンワークですよね。ところが、ある日、それを100万本売ってくれという注文を受けたら、大口の注文を受けたことがない店主にとっては、それは一種のプロジェクトになるわけです。あるいは、文房具のネット通販を始めようとしたら、それもプロジェクト。そのように初めての試みはプロジェクトと言えます。未経験のことですから、それまでの知識と経験だけでは対応できません。やみくもに進めても必ず失敗します。しかし、プロジェクト工学の考え方や行動を実践すれば、未知のことをハンドリングできるような活動の計画を立て、実施していけるようになるのです。
――プロジェクト工学があればもう失敗しなくて済むのでしょうか。
いいえ、もちろん絶対に失敗しなくなるというわけではありません。しかし、「意味のある失敗」をすることができるようになるんです。
プロジェクト工学の第一法則は、「やったことのない仕事の勝利条件は事前に決められない」というものです。やったことのある仕事なら「こういう状態になれば成功」ということを知っていますが、初めての仕事だと、何がどうなったら成功したということなのかがわかりません。そのように「定義しようがない」ということを知った上で、仮の勝利条件を定義しなければならないのです。ここで、当てずっぽうで勝利条件を決めてしまっているプロジェクトが多すぎるんです。思いつきの勝利条件ではなく、仮説としての勝利条件を目指しているという意識を持てば、活動のシナリオや意味が変わってきます。
――プロジェクト工学の第二法則は。
「プロジェクトにおいては、こうあれかしと考えて立案した施策が、想定を超えた結果をもたらす」ということです。これがプロジェクトというものを難しくしているところです。システムを入れたり工程を変えても、うまくいかなかったり、逆にうまくいき過ぎてコントロールが効かなくなってしまうことがあるんです。目標も決まらず、やってみた結果が工程と違うことになってしまい、プロジェクトとして、一体何をやっているのかわからないという状況に陥ってしまう。
――勝利条件は、先に進んで、見えてきてから決めればいいのですね。
というより、「発見する」「見出す」というほうが近いですね。そもそも、勝利条件を任意に、恣意的に決めることはできないものなのです。それが第三法則、「プロジェクトの過程における諸施策の結果もたらされる状況は、即座に次の局面における制約条件となり、ときにプロジェクトの勝利条件そのものの変更すらも要求する」の真意です。
――やったことがないことだから、どんな結果が生じるのかもわからない。
これを認識していれば、いきなり計画を立てたり、企画したりすることの危険性に気づける。ちゃんと事前にリサーチしようと思うはずです。いくら自分たちにとっては未知のことでも、世の中には近しいものがいくらでもあります。コスト削減なり新規事業なり、どんなプロジェクトでもそうですが、他社での成功談や失敗談などを情報収集すればいいわけです。情報を集めれば解決できる問題を自力のみで考えようとしたり、いくら事例を探してもどこにもない解決策を他力に頼って探し回ったり、リサーチと設計の力のいれどころがチクハグなことが多いように思います。
――具体的な事例でいうと、どのようになりますか。
プロジェクト工学の勉強会を定期的に開催しているのですが、そこで、コスト削減に関する社内プロジェクトのことがよく話題に出ます。聞いてみると、何のためにコストを下げるのか、どのくらい下げればいいのか、そういうことを決めないままスタートしている話をよく聞きます。獲得目標も勝利条件も定めずに、アサインされた人は、何かやらなければと一生懸命に企画を練るのですが、本筋がはっきりしないから、結局大したアウトプットが出ないままに解散してしまいます。そしてまた2年後くらいに同じことを始める、なんていう按配です。
――どこの会社にもありそうな話ですね。
こういう失敗は「意味のある失敗」とは言えません。こういう失敗が続くと、その組織では、その種のプロジェクトはやっても意味がないとか、やっても失敗するという意識が定着してしまうことになります。本来なら、必ず目論見や前提条件があるはずで、そこからスタートするべきなんです。
――著書「予定通り進まないプロジェクトの進め方」の反響は?
もともとNTTドコモのオープンイノベーションで、このテーマの勉強会を開いていたときから、通常20から30名ぐらいの箱で、100人以上のエントリーをいただくなど、関心が高いことを体感していました。リアルに対面した方と同様に、本を読んでいただいた方の反響としても、「うまくいかないのは自分の能力のせいかと思っていた」「そもそも難しいものだということがわかった」という言葉をいただきます。安心した、ホッとしたなどと言われています。
――どうやら、多くの人がプロジェクトに関して誤解していることがありそうですね。
最大の誤解は、「計画は絶対に守らなければならない」ということでしょうね。上場企業は特にそうですが、計画や予算の承認を受けたプロジェクトが計画変更を重ねると問題になってしまいます。しかし、プロジェクト工学の立場からすると、計画というものは、あくまでたたき台にしか過ぎないのです。計画というものはどんどん変わっていくし、変えていくべきものです。プロジェクト計画書は、稟議を通して承認されたものだから、守らなければならない。多くの人はそう思い込んでいますが、プロジェクトが当初の計画通りいくことは、まずありません。
――計画を死守する必要はないと。
あくまでも最初の計画を遵守しようとすると、かならず矛盾がどこかに生じて、最終的には解消できないレベルまで至ります。その時点で初めて、そのプロジェクトが失敗だったということになるのです。太平洋戦争も、原爆が落ちるまでは「戦争はやめよう」と合意形成できなかった。規模は違えど、企業でも同じことが起きているのです。計画はズレ続けて、最終的には、偉い人がどんなに泣いても喚いても、「できないものはできない」という瞬間がやって来ます。そこまで放置させてはダメなのですが、8〜9割のプロジェクトがそういう局面にいたります。そしてようやく仕切り直しをした結果、「今度こそスケジュールを守ろう」なんて話になったりする。そんなことが結構起こっているのではないでしょうか。
――スケジュールを守ることが良いとは限らないわけですね。
スケジュールを守ることを至上命令と捉えてしまうと、どうやってスケジュールを守るかという議論にしかなりません。肝心の「何を作るか」という話が二の次になってしまう。「どうしてスケジュールが遅れるんだ!」「それは今、この会話をしているからです」なんて話は珍しくありません(笑)。プロジェクトにおいては、スケジュールはあくまで制約条件であって、第一優先にはなり得ません。作りたいものは何か、何を実現したいのか、何を得たいのか、という議論にフォーカスすべきです。そうすることで、手段や工程を明確にすることができて、その結果、費用とスケジュールを守ることにもつながる、ということはありますが、その逆はありません。
――昨今の働き方改革も、「予定通りに進まないプロジェクト」のひとつかもしれません。
働き方改革という言葉が先走りすぎているのが原因ではないでしょうか。残業を何時間以内に抑えましょうとか、仕事のルールはこうしましょうとか、リモートワークを認めましょうとか、そういったことは、ある思想にもとづいて導かれるべき外形的な施策です。そうした外面をいくら整えても、中身が変わっていなければ、生産性や効率を改善することはできませんよね。
プロジェクトとは、「やりたいことは何かということを探す旅」のようなものです。コスト削減ならコスト削減で、いったん、「半分に削減しよう」と決めて始める。やってみて、想定した通りの結果が得られない、あちらを立てればこちらを立たない問題に直面します。「品質」をとるか、「納期」をとるか。どちらを選んでも正解じゃない、理不尽な二択です。ここに至って初めて、本当にやりたいこととは何だったのか、と問いの次元を一つ上げることになるわけです。
――次元を一つ上に上げる?
別な例を出しましょう。
あるソフトを公開しようとしていて、バグが見つかってしまった。それを直すには明日の朝までかかりそうだ。徹夜しないと直せない、でももう疲れきっていて、眠くてどうしようもない。どうしよう、と。
こういうときに、やるかやらないかの議論に終始するのは生産性が高い行為とはいえません。そもそも「バグを直すのが絶対に必要なのか」そのものを問うことはできないでしょうか。そのソフトの公開がお客様にもたらすものは何かということから、ひもといて考える。
そもそも実現したいのは、「お客様との信頼関係の構築」です。拙速な作業が、かえってそれを損なう可能性はないか。ここで「直さない」という意思決定をして、後日きちんとバグを直すことができなかった経緯と対策を公開することによって、お客様から誠実さを評価してもらえるかもしれない。もちろん初めからバグがないことも良い評価を得るための手段ですが、起きてしまったことは仕方ない。その問題を表面的に糊塗するのではなく、根本的な解決を考える。
つまり達成すべきことは「徹夜してでもバグをなくすこと」ではなく、「お客様に信頼されること」と考えれば、今やるべきことが変わっていくわけです。
こうしたことが、本当の働き方改革なのではないでしょうか。たとえばリモートワークという表面にこだわってしまうと、まるでリモートワークをすることが目的のようになってしまっています。それでは生産性は向上しないと思います。
――何のためにやるのかということが共有されていない。
残業を減らすためだからといって、受注量を減らすのでは、本末転倒ですよね。受注して納品して利益を上げることが、まず至上命令です。その中で残業はどうあるべきかを議論する。当然のビジネスの根本が抜け去ってしまっては元も子もない。まして、「あの上司がいるから残業が減らない」「就業規則が悪いから残業が増えてしまう」と話になると、本当に実現すべきことからどんどん離れていってしまう。大きな組織ほど、そのように外側を整えることに気を取られていることが多いように思います。
――働き方改革の目的のひとつは、低いと言われる日本の生産性を向上させることだと言われます。
これも、生産性の定義が肝心だと思います。営業活動や生産活動の数値管理が大事だとよく言われますが、それは、顧客のためではなく、上司や株主のため、もっと言えば、彼らに報告する自分が責められないためになってはいないでしょうか。それは何も生産していないのと同じです。生産性というのは、ルーティンワークであるほど簡単に測定できます。1時間で50個製品を作るのと、100個作るのではその差は歴然としていますが、そもそも、つくるべきはその製品なのか、別な形状の方がいいのではないか、ということを考えるのが、本当の生産性ではないかと思うのです。
――プロジェクトに取り組む人々へ、メッセージをお願いします。
「プロジェクトは、予定通りに進めるためにあるのではなく、前に進めるためにある」ということを申し上げたいです。大事なのは、なぜプロジェクトが予定通りに進まないのか、その理由を知ることです。山を登るのに登山道具を揃えるように、プロジェクトに臨むときは思考道具を揃えるべきです。うまくいかないときは、足りないのが自分の能力や努力だと考えるのではなく、「必要な武器が揃っていない状態にある」と考えてみてはいかがでしょうか。卓上計算、机上の空論ではなく、現場から生まれ出る思想、現場で考えることが大切です。
――「アスクル みんなの仕事」でお気に入りの記事を教えてください。
ヤマハのマニュアル部門の方のインタビューがとてもおもしろかったです。マニュアルはマーケティングからほど遠いように思われがちだが、実はマニュアルこそマーケティングの本質にある、という話は、読んでいてその通りだと思いました。
【参考】
「テクニカルコミュニケーターが紡ぐ「働き方を変えるトリセツ」~ヤマハ株式会社 音響事業本部 開発統括部 マニュアル制作グループ主事 石川秀明氏インタビュー~」
書籍「予定通り進まないプロジェクトの進め方」とともに撮影
プロジェクトはそもそも思い通りにいかないようにできている、ということを知って、ほっと気持ちが楽になった人も多いのではないでしょうか。そこで終わらず、現場で考え、勝利条件を変化させていくことが成功の鍵。今まで気づいていなかったことに気づかされたインタビューでした。
プロフィール
1982年大阪府生まれ。2006年東京大学工学部システム創成学科卒。学生時代に大学発商品企画プロジェクトCommunication Center立上げプロジェクトへの参画から始まり、三次元高速試作サービス、アート&クラフト系新規事業開発、人材系新規事業開発、クラウド業務システムの導入プロジェクトと、ジャンル問わずにプロジェクトに取り組んできた、プロジェクト男。大小あわせて100を超えるプロジェクトを経験するなかで、プロジェクト工学のコンセプトを考案し、提唱中。
ビジネスメディアにおけるコラム執筆、書籍出版、雑誌寄稿等に取り組んでおり、人間臭く哀愁漂うコラムには定評がある。
「予定通り進まないプロジェクトの進め方」(共著・宣伝会議)[外部リンク]
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局
取材日:2018年9月18日
2016年11月17日のリニューアル前の旧コンテンツは
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