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AIが人類の進化の方向を決める!?「反芸術の美術家」に聞く「人工知能が『美意識』を獲得する日」~美術家 中ザワヒデキ氏インタビュー~

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美術家 中ザワヒデキ氏

美術家 中ザワヒデキ氏



「第3次AIブーム到来」が言われてからすでに久しく、とくにディープラーニングによって高度にコーチングされたAIが、私たちの生活に深く関わりはじめた2017年は、「AI元年」とも呼ばれています。人工知能は、特定のジャンルではすでに相当な「知性」を持っているように見えます。そんな中、未来の人工知能に「感性」が宿り、「芸術」を創り出すことができるかというテーマで活動する団体が生まれました。人工知能美学芸術研究会の発起人代表で美術家の中ザワヒデキ氏に、「美意識」をめぐる人工知能の現状と、未来の可能性について伺いました。






■人間が囲碁プログラムに敗北するという「事件」


――「AI美芸研」というのはどのような団体ですか。


2016年春に私が代表、美術家の草刈ミカが企画として発足した人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)は、今後進化・発展していく人工知能が美学や芸術を自律的に行うようになることがあり得るのか、例えば「感性」を獲得できるのかどうかをウォッチし、議論する集まりです。東京都千代田区の美学校を主な拠点に、SNS上に場の開設をしたり、1.5カ月に1回程度開催する研究会、また展覧会やコンサートの企画開催を主な活動内容としています。会員制ではありませんので、原則どなたでもご参加いただけます。よろしければぜひ(笑)。



――発足したきっかけは。


直接的なきっかけになったのは、2016年3月15日、例の李世乭(イ・セドル)の事件です。この日、Google DeepMindによって開発されたAI囲碁プログラム「AlphaGo」が、当時の世界最高クラスの棋士である李世乭を破ったのです。李は当時、世界最強の棋士のひとりで、自国の名人戦でも勝利した直後でしたから、人工知能との対決でも李が圧勝するとみられていました。というか、彼は人間が機械に負けるわけないと自負していたのですね。ところが、ご存じのように結果は逆。全5局3戦先勝で行われた試合は、4勝1敗でAlphaGoに軍配が上がりました。この事件に触発されたのが、AI美芸研を立ち上げた動機です。



――囲碁の勝敗結果から、AIの感性について考えるようになったのですか。


囲碁は単なる小手先のボードゲームではありません。ギリシア哲学以来の二大潮流である、「原子論的な世界観」と「イデア論的な世界観」が、まさに一つの盤面でせめぎ合うものが囲碁なのです。世界の根本原理をやりとりする囲碁という場において、人工知能が人間以上に結果を出したなら、もう無視はできません。


私の過去の作品にも、囲碁をモチーフとしたものがあります。もちろん、原子論とイデア論がテーマです。したがってここで「李世乭事件」に反応しなければ、囲碁の作品の作者として失格だ、とさえ思いました。この事件は、私がAIについて深掘りしてみようと思わせるに十分でした。いろいろ考えたり検索したりする中で、碁石という「点」(原子論)のシステムを用いる中ザワとともに「線」(イデア論)のシステムで作品制作をする草刈とともにAIについて考え議論する機会というか、そういう集まりを作るべきだと考えるようになりました。そこで同年4月、「人工知能美学芸術宣言」を起草し、5月、総勢29人の発起人によってAI美芸研がスタートしたのです。



【参考】

人工知能美学芸術宣言(人工知能美学芸術研究会)newwindow


――まだよくわかりません。


まず、「芸術」に対する私たちの立ち位置を説明しますが、それは現代アートの一潮流をなす「反芸術」という考え方です。


簡単に言うと、真面目な芸術というか、芸術とは善であり良いものであるということを信じて疑わない態度に対するアンチの立場です。美術史でいえば、その代表はダダイズムであり、1917年のマルセル・デュシャンの「泉」(正確な訳語は「噴水」)という作品が有名ですね。これは、既製品の男子用小便器を横倒しにしただけのものです。作者による創作が全くなく、ふざけているという理由で、当初は展覧会への出品も拒否され、粗雑に扱われる中で紛失してしまう運命を辿っています(現在ある「泉」は、のちのレプリカです)。



――既存の芸術に対するアンチとは、人間が作る芸術性に対するアンチということになるのですね。


はい。簡単に整理すると、次のようなことだと思います。


・「美学」や「美意識」は、人間だけが持つ特権や神秘ではない。

・チンパンジーやボノボも自ら進んで絵を描く。であれば、今は他律的に「学習する機械」にすぎないAIが、将来において自律的に芸術を生み出すようになる事態を想定するべきだ。

・人間も、超複雑かもしれなくても「機械」の一形態と考えるべきである。



AIは、これまでもコンピュータの高性能化とともに、いくつもの技術的ブレイクスルーを経験してきました。今後、その進歩が途中で止まると考える方が不自然です。また、多くのひらめきや創造性を必要とする囲碁という世界で、人工知能は人間を超えました。その人工知能が「美意識」に到達する可能性はゼロではない。それが「反芸術」の立場に立つ私たちの認識です。その可能性をいち早く議論し、進化の行方を見守っていきたいと考えているのです。



■「機械の、機械による芸術」とは?

■「機械の、機械による芸術」とは?



――では、「人工知能による芸術」はどのようなものになるのでしょうか。


2017年秋から2018年初頭にかけて、私たちは「人工知能美学芸術展」という総合的な展覧会を沖縄科学技術大学院大学で開催しました。この展示会部門において、私たちは人間美学・芸術と機械美学・芸術とをマトリクス化して、4つのカテゴリでの展示を行いました。



【参考】

人工知能美学芸術展(沖縄科学技術大学院大学)newwindow


「人工知能美学芸術展」展示部門における「人間と機械の美学・芸術マトリクスアジェンダ」(※)

「人工知能美学芸術展」展示部門における「人間と機械の美学・芸術マトリクスアジェンダ」(※)



このマトリックスの【Ⅰ】のカテゴリ「人間美学×人間芸術」には、ルネサンス以降、人間が自身の美学に照らして創ってきた芸術作品すべてが含まれます。


【Ⅱ】の「機械美学×人間芸術」は、機械的で非人間的な美学のもとに人間が制作した芸術です。象徴としてはパリのエッフェル塔です。エッフェル塔のいかにも機械計算チックな外観は、建設当時は「醜い」という理由で、多くの芸術家からバッシングされたものでした。今回の展示では、中ザワの囲碁の作品や草刈の凹凸絵画、松川昌平のアルゴリズム建築や、コンロン・ナンカロウの自動演奏ピアノなどを設置しました。


【Ⅲ】の「人間美学×機械芸術」に含まれるのは、いわゆるメディアアートです。本展のポスターやパンフレットに使った画像は、17世紀オランダの画家・レンブラントの「中折帽の自画像」をGoogleの画像生成AI「Deep Dream」にかけて制作したもので、これもこのカテゴリに入ります。



「人工知能美学芸術展」パンフレット表紙(※)

「人工知能美学芸術展」パンフレット表紙(※)



【Ⅲ】と、次の【Ⅳ】の「機械美学×機械芸術」の違いは、創作に先行する「美学」を行う主体が人間なのか機械なのかという違いです。近年メディアなどで「AIが創った芸術作品」として話題になっているようなものは、人間の美学というか美意識が自明とされているものなので、私たちのカテゴライズの中では、すべて【Ⅲ】です。



――とすると、問題は【Ⅳ】ですよね。まだ実現していない。


そうです。それが私たちが見たいもの、目指すものです。同展ではそれを希求するコンセプチュアルアートや、研究者による成果物やアール・ブリュット、先ほど述べた「人工知能美学芸術宣言」などを展示しました。チンパンジーやボノボが描いた絵、粘菌の作品なども披露しました。未来の人工知能に美意識が芽生え、それに基づいて芸術を創作することは有り得るのか。有り得るとしたら、どんな美意識で、どんな芸術なのか。それを現在のわれわれの想像力で補って展示を構成したところに、多大な意味があると思っています。


ほかにも多くのシンポジウムやコンサート、テープカットのハプニングイベントなども行われ、大変意義深い催しになりました。人工知能の未来のあり方をハッキリと示すことができたと自負します。



■それでも人工知能は、とても感性を持てるレベルにはない

■それでも人工知能は、とても感性を持てるレベルにはない



――近い将来にAIが美意識を獲得し、芸術作品を創出する可能性はあるのでしょうか。


現在ある人工知能を前提にすれば、100%あり得ないでしょう。現状のAIはそのようなレベルには全然達していません。これは悲観して言うのではなく、事実として今のAIは弱すぎるのです。



――囲碁に勝利しただけでは、まだ芸術までは届かない。


「AlphaGo」がそうだったように、近年の人工知能はディープラーニングによって飛躍的に能力を高めたと言われています。しかし、高まったのはあくまでも評価関数を他律的に与えた場合の「学習能力」にすぎません。美学に至るには評価関数を自律的に生成し「感性」を獲得することが必要になりますから、その方向性の基礎的な研究はあるにせよ、道のりははるかに遠いというのが現実だと思います。



――さらなるブレイクスルーが必要だと。


そうですね、あと一回くらいはやっぱり必要でしょうか。それがない限り、私たちAI美芸研がアプローチしている事象も、原理的可能性の議論に終始せざるを得ない感じです。私たちの掲げる方向性を、荒唐無稽と切り捨てる向きも少なくないのが現実です。



――それでも人工知能の芸術を見たい。


見たいです。というのと、私の生きている間には無理だろう、というのが相半ばしています。ただ、基礎的な研究の方向性に間違いはなく、うまく行っている予感も持っています。



■人工知能が人間の仕事を奪うことは歴史が証明している

■人工知能が人間の仕事を奪うことは歴史が証明している



――AIは人間の仕事を奪うとも言われていますが。


別にAIを持ち出さなくても、新たな技術が出現し、それまであった仕事がそれにとって代わられることは、珍しい話ではないですよね。


電卓が登場したとき、そろばんの有段者と電卓マスターが計算スピードを競いました。現在、そろばんや暗算は電卓に地位を譲り、あまり必要とされなくなっています。さらにPCの表計算ソフトが現れ、大量な計算や集計には電卓も用いられなくなりました。ワープロの登場で手書き文字が廃れ、毛筆も硬筆も使われなくなったでしょう。DTPの普及によって、町の写植屋さんやアナログデザイナーは文字通り職を失ってきたという歴史があります。


遠い将来の話はともかく、近未来のAIにすべての人間の仕事を代替させることは無理です。ですが、かなりの部分、AIによって代わられる人間の職分や職種はあると思います。



――美術の分野でも、美意識を獲得したAIが、中ザワさんのような人間の美術家や美学家にとって代わるような可能性もあるでしょうか。


十分にありうることだし、私はむしろそれを歓迎したいと考えています。お話ししたとおり、美意識は人間だけが持つ特権でも神秘でもないと考えていますので、人工知能による新しい美学・芸術が立ち上がってくるのは素晴らしいことです。ぜひそれを見たい。人間の芸術がそれに淘汰されるのであれば、それも見たい(笑)。



――達観されているのですね。


しかし、人工知能が人間と同じような美意識を獲得するとは限りません。AIが提示する美学や芸術が、人間のそれとはまったく異なる理解も及ばないようなものである可能性もあります。その場合は、どちらが優れているという話ではなく、AIだからこそ生み出しえた新しい価値観が誕生し、人間を圧倒することもあるでしょう。どうなるか非常に楽しみです。



■人間は「考えない蘆」に進化するのか

■人間は「考えない蘆」に進化するのか



人工知能が人間に取って代わるという話でいうと、また別の視点もあると思います。


近年の若い人は、文字を書かずにキーボードで打つので、漢字の書き取り能力が低下していると言われますよね。それは、機械を使うことによって、それまで習得すべきとされていた技能が不要になったということです。電卓でいえば、今の人は、「80+35」のような簡単な計算でも、電卓を叩いて確かめないと安心できないらしい。よく知っている道なのに、カーナビに目的地を入力して運転しないと不安だとか。電車に乗るのにもスマートフォンで経路検索をするので、かつてのような寄り道の工夫などしなくなりました。


人工知能が進歩することによって、そうしたことがさらに加速し、人間はいろいろなことをAIに任せ、自分でものを考えなくなるだろうと考えています。



――嘆かわしいなど、マイナスで語られることが多い現象ですね。


でも、それを人類の進化の過程と考える説もあるのです。すなわち、「人間は考えない葦になる」説。


脳は大量のブドウ糖を消費しますが、生物としてこれはかなり「燃費が悪い」状態。大きな頭蓋も背骨などに負担がかかる身体構造です。AIに任せてものを考えなくなることにより、ヒトの大脳の容積は小さくなって、ブドウ糖もあまり必要としなくなる。そういう生物になれば、考える必要のなくなった人間は頭の小さいプロポーションに変わるかもしれないわけです。身体の負担も軽くなるから、栄養も今ほど摂取する必要がなくなる。これが生存に適した進化だというのです。ただし進化は唯物論ですから、必ずしも「良い」方向に進化する訳ではありません。



――SF的なイメージでは、未来の人類は、むしろ知能の発達によって頭が大きく四肢が細いイメージでした。


この説ではそれが逆になるわけですね。ただ、進歩でなく進化の話なので、いくつもの世代交代を前提した人類史的な時間の中での話です。「考えなくなった」という現象を社会的・近視眼的に批判するのは簡単なことですが、もっと大きな時間の中で捉えれば、ヒトという種の存続に直接影響する要因として、人工知能を捉えなくてはいけないわけです。AIのインパクトはそれだけ大きい。AIが感性を持つかどうかは、そうした「パンドラの箱」が開くのかどうかの試金石だと言えるでしょう。



美術家 中ザワヒデキ氏





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ビジネス書を捨て、古典で教養を身につけよ!還暦ベンチャーから70歳で新分野に転身した「人生のリアリズム」〜立命館アジア太平洋大学(APU)学長出口治明氏インタビュー〜」が「マイお気に」です。高齢で起業とかの話にあまり興味はありませんが、知的好奇心を愉しみとして全世界に向け続ける態度は本当に素晴らしいと思います。とはいえ、それのできるAIが出現したら敵わないでしょうが。






静かな物腰で淡々と、しかし理路整然と人工知能の可能性を語る中ザワさん。インタビュー後、若い聴講生を招いた文献研究会の中で、「人工知能の軍事利用」への懸念を短い言葉で口にされていたのが印象的でした。「反芸術」という自分の立ち位置、そこから生まれた「AI美芸研」にかける情熱を感じたインタビューでした。




美術家 中ザワヒデキ氏

美術家 中ザワヒデキ氏







プロフィール


中ザワヒデキ(なかざわ ひでき)

美術家。1963年新潟県生まれ。千葉大学医学部在学中の1983年よりアーティスト活動を開始。卒業後、眼科医となるも1990年、絵筆をマウスに持ち替えイラストレーターに転身する。一世を風靡した「バカCG」を経て、2000年「方法主義宣言」、2010年「新・方法主義宣言」、2016年「人工知能美学芸術宣言」を発表。3Dプリンタ関連特許も所有する。元・文化庁メディア芸術祭審査委員、人工知能美学芸術研究会発起人代表。


著書

現代美術史日本篇1945-2014: ART HISTORY: JAPAN 1945-2014(アートダイバー)」[外部リンク]
西洋画人列伝(NTT出版)」[外部リンク]









編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2018年11月8日




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