株式会社hapi-robo st 代表取締役社長 富田 直美氏
ハウステンボス内に2015年にオープンした「変なホテル」。フロントからアテンド、ルームサービス、庭の掃除に至るまで、すべてをロボットが行う「人間のスタッフがいないホテル」として大きな話題を呼びました。そのロボットをプロデュースしたのが、ハウステンボスのCTOを務める富田直美氏です。2017年には「人を幸せにする会社」を謳う株式会社hapi-robo st(以下、ハピロボ)を設立、本格的なロボット制作に乗り出そうとしています。意外にも、「人を楽にするロボットは作らない」と語る富田氏に、「人間を幸福にするロボット」像についてお話を伺いました。
――ロボットプロデューサーとして知られる富田さんですが、スタートは意外にも技術畑ではなかったそうですね。
大学を出て、田村電機製作所(現サクサホールディングス)に入社し、海外調査部という部署で、米国を中心に国際ビジネスに携わる仕事をしていました。よく誤解されるのですが、僕は現在に至るまでエンジニアや研究職だったことはなく、プロパーとしての経験はまったくしていません。それでも誰よりもロボットのことを知っていると自負しています。知るために、エンジニアである必要はまったくないのです。
――ロボットへの関心はどのように高まっていったのですか。
世代的に、子どもの頃から漫画などでテクノロジーに触れる機会が多くありました。鉄腕アトムや鉄人28号、そうしたものに憧れました。幼少時の家は空港が近く、日常的に見ていた飛行機にも興味を惹かれた。そこから派生してラジコンをやるようにもなっていきました。操縦方法が近いので、のちのドローンにもとっつきやすかった。そうしたテクノロジーに対する興味・関心が成人しても自分の中に生き続けていたのです。やがて、ロボットには精致なメカニズムと高度なソフトウェアが用いられていることを知り、自分もそういう新しいテクノロジーについて知りたいと考えるようになりました。
――多くのIT系企業で社長を務められたことも関係ありそうですね。
全部で11社、日本あるいはアジアの拠点を任されて渡り歩きました。僕は「世界一」「オンリーワン」という言葉が大好きなんです。自分も世界一になりたいし、そのために、いろんな世界一の先端テクノロジーをたくさん見たいと思いました。経営者として会社を率いる立場としては、いささか不純な動機かもしれませんが、社長選抜試験にパスしてきたわけだから、結果よしということでしょう。おかげで様々な分野の世界一の技術に触れることができました。
――「知りたい気持ち」が原動力。
好奇心、探究心ですね。ひと口に「IT」といっても、データベースもあればセキュリティもあり、AIもあればプロファイリングもあるというふうに技術分野は多岐に渡ります。僕は一つひとつに驚きを覚え、「凄いねー」「ああ、そんなことをやっているんだ」と、その驚きを隠しませんでした。探究心の赴くまま、「知る歓び」を存分に味わいました。
65歳になったとき、経営の現場、お金儲けはもういいと考え、別の道を模索しはじめたところにハウステンボスの澤田秀雄社長に招かれ、同社の経営顧問に就任することになります。
――それが「変なホテル」のプロデュースだったのですね。
人に代わってロボットにできることはロボットを活用しよう、という"ロボットホテル"のアイデアは、澤田のものでした。人件費を削減して生産性を高めることを第一義としながら、テクノロジーのショーケースとして話題を集めることも狙っていました。
僕が加わったときには、ミーティングで30社あまりの業者がプレゼンしていて、すでにプロジェクトが走っていました。新しもの好きで技術大好きの僕は、ひとつひとつに質問し、ツッコミを入れ、ダメ出しもしました。その繰り返しと積み重ねの中で、取捨選択やブラッシュアップがなされ、あの完成形に近づいていったのです。
――オープンと同時に大きな反響を呼びました。
澤田も驚いたようです。同時に意を強くして、「変なホテル」を各地に拡大していきました。ただ、今振り返ると、オープン当初の変なホテルのロボットは、不完全というか未完成なものでした。それは半分確信犯的でもあったのですが。
――というと?
「変なホテル」のコンセプトは、「つねに変化し続けること」です。つまり最初から最高のサービスを提供し、維持するという考え方ではない。変化し、進化し、よりよいものをお客様に提供し続ける。われわれはある程度の未完成を承知で、「変なホテル」をスタートさせたのです。
――どのような点が"不完全"だったのでしょう。
ロボットは、われわれが当初想定し、要求したとおりの動作をしましたが、それだけでは足りなかった。「動きが遅い」という指摘を筆頭に、お客様からは多くのご意見・ご要望が寄せられ、ロボットたちの欠点が次々に明らかになっていきました。中には、提供しているわれわれが気づかないような、利用して初めてわかることもありました。そうした欠点を一つひとつ、全員で話し合って改善していきました。
――ユーザーと一緒にブラッシュアップしていったわけですね。
「変なホテル」はサービスの現場であると同時に、ロボットの実験場でもあったわけです。現在の「変なホテル」は、オープン当初とは比較にならない接客クオリティを実現していますが、それに至るために不完全な初期型をお客様の目にさらすことが必要だった。不完全なままスタートしたことにこそ意味があったのです。
その後も澤田は「ロボットの会社をやろう」と盛んに私に持ちかけてきました。彼にはいろいろ腹案があり、そのひとつが「ドローンによる小荷物輸送」でした。僕は即座にダメ出しをしましたが。
――アメリカではトライしている企業もありますが、なぜダメなのでしょう?
デメリットが大きすぎるんですよ。空撮映像を見ているだけではわかりませんが、じつはドローンは大きな飛行音を出します。そんなものが何十台も飛び交えば、カラスの声どころの話ではありません。もうひとつは、ドローンが高速回転するカーボン製のプロペラをむき出しにして飛ぶということです。地面に近づいたとき、もし子どもが手を出したらと考えると、とても実用など考えられません。
――難しいものですね。
澤田はまた「富田さん、世界一のロボットを作ろう」とも言いました。僕は「世界一」という言葉が大好きですから、心に響きました。ただ、残念ながら世界一のロボットがどんなものになるか、僕にもイメージできませんでした。その代わりというか、「人を幸福にするロボット」という概念を思いついたので、それを実現させる企業として「ハピロボ=hapi-robo st」を設立したのです。2016年のことでした。
――社名の「st」というのは?
現会長の澤田と、私富田のイニシャルですよ。つまり、2人で人を幸福にするロボットを世界に送り出す会社ということです。
――具体的にどんな事業をされているのですか。
ハピロボは装置産業ではありません。つまりメーカーでも開発プロパーでもありません。自分では「GRP」と呼んでいるのですが、ゼネラル・ロボット・プロバイダー、またはゼネラル・ロボット・プロデューサー。世界中の優れたロボット技術、プロダクトに対して、プロデュース、コンサルティング、場合によってはバインディングを行い、より優れたロボットにリファインするのです。
――なるほど。
ロボットの実証実験として、ハウステンボスを提供します。多くの人が集まる場所で、しかも私有地ですから、ベンダーはさまざまなトライアルを行うことができます。有望な技術に対しては市場開拓もお手伝いする。言ってみれば、「ロボット界のゼネコン」といったイメージですね。こういったスタイルが可能な会社は、ハピロボだけですから、競合はいない。世界オンリーワンの頭脳集団です。
――今注目しているのは、どんなロボット技術ですか。
いくつもの案件が現在進行形で走っており、完了していないのであまり詳しくはお話しできませんが、一応形になったものとしては、「ロボットの群制御」があります。インテルの技術で、複数のロボットが同時に異なる動作を行うのを1台のコンピュータで制御する、というものです。この技術を用いて、300機のドローンが音楽に合わせて自在に飛び交うショーをハウステンボスで行いました。
まだ設立から日も浅いハピロボですが、すでに多くのパートナーを得て、大きな希望がすぐそこに見えています。数年のうちに成果を発表したいと思っています。
――「人間を幸福にするロボット」というのはどういうものでしょうか。
講演などでもよく話すのですが、僕は、「人間に楽をさせるロボット」は作りません。そんなロボットは人間をスポイルするだけで、決して幸福にはしないからです。結果としての「幸福のカタチ」は人により千差万別ですから、すべてを実現させるのは不可能です。そこで、僕は万人に共通する幸福の要素にフォーカスしようと考えました。
――というと。
人間一人ひとりに備わったタレント(能力)を引き出し、それを発展・成長させ、社会で成果をシェアすることです。自分の進歩が社会に貢献しているという実感を持つ。これが万人共通の幸福ではないでしょうか。成功例のコピー&ペーストではない、自分の頭で考えた自己実現。それをサポートする道具としてロボットはあるべきだと考えています。
――決して「鉄腕アトム」のようなものではないと。
そうです。考えてみてください。アトムは原子炉搭載で、足には100万馬力(最初は10万馬力)のロケット噴射口があります。まさに「兵器」と呼べるようなもので、そんなものが一家に1台ある世界など想像できません。夢の世界で、1台だけ存在するからこそ許されるのです。そうでなく、これを使えば自分の能力を開花・発展させて幸福になるという認識のもとに、皆が一家に1台求めるようなもの。これが僕の考える「人間を幸福にするロボット」の姿です。
――いま取り組んでいる案件に、それにふさわしいプロダクトは?
詳細をお話しするわけにはいきませんが、アメリカのあるメーカーが発表しているロボットには注目しています。ヒントを話すと、施設にいる要介護の認知症患者や、子育てや在宅介護などのライフイベントでリモートワークを強いられているビジネスパーソン、あるいはリタイアして復帰を希望しているシニアの人たち、そういった人々を強力にサポートする機能を備えたロボットです。根底にはネットワーク技術があります。このロボットを多方面からブラッシュアップし、ジャパンクオリティを与えて世界にリリースする青写真を描いています。
――実現がすごく楽しみです。
僕は、ロボットのサポートで能力を開花させた人間による、よりよい世界のイメージを持っています。「E-Trinity」と呼んでいる概念ですが、「エゴロジー(自己の幸福)」・「エコロジー(自然節理の回復)」・「エコノミー(ベネフィットによる企業の存続)」という3つの「E」を同時に目指すことによって、持続可能な幸福世界が実現すると考えています。ハウステンボスの成功を下敷きに考案しました。
――是非詳しくお聞きしたいです。
ハウステンボスの敷地は、運営会社だった長崎オランダ村株式会社が買い上げたものですが、元々はヘドロにまみれた広大な埋め立て地でした。同社は2100億円を投資して環境づくりに着手。ヘドロの除去や植樹・植林を実施して、自然環境を回復させた上で工事を行い、ハウステンボスのオープンにこぎつけたのです。ゴミ処理場や電線を地下に置き、オランダの街並みを忠実に再現した水の都、という、本物志向のクリーンなテーマパークでした。
――あまり知られていない話ですね。
しかし、このときの負債が後々まで経営を圧迫し、ついに破綻に至ります。そこで2010年、長崎オランダ村から運営を引き継いだ、澤田秀雄による経営再建が始まりました。九州財界からの出資や、債権者の債務放棄をとりつけたほか、20%のコストカット、20%の集客率アップを実現し、現在に至るV字回復を成しとげたのです。
この間、澤田は、太陽光発電など自然エネルギーを開発したり、それを利用して野菜工場を建設したりして、利益を環境への貢献に還元させました。そうした施策の上に成り立ったハウステンボスは、毎日多くの来場者を幸福にしています。僕はこの歴史をE-Trinityとしてフォーマット化し、このサイクルを世界規模で維持すれば変革を実現できるというメッセージを発信しているのです。
エゴロジー・エコロジー・エコノミーの三位一体「E-Trinity」(※同社資料)
――世界に発信できる成功モデルとして、説得力があると思います。
環境改善は、とりわけ重要なファクターです。人類は19世紀以降、自然破壊、環境破壊を代償に経済的発展を遂げてきました。その犠牲となった自然を回復させることは、われわれに課せられた最重要課題ではないでしょうか。今すぐ世界が取り組まなければ、未来への光明は見いだせません。ロボットによる人間の能力の進化・向上がそれに貢献できるとすれば、ハピロボにとってこれに勝る喜びはありません。
――壮大なビジョンですね。
こういう話をすると、重箱の隅をつついて低俗な笑い話に貶めようとする輩が必ず出てきます。ツイート風に言うと、「環境がどうのとか言ってるけど、富田ハーレー乗ってるらしいよ」「ブーメラン乙」「結局、自己中じゃんww」というような。
――ああ、なるほど。
声を大にして言いたいのですが、それの何が悪いんでしょう。自己中、大いに結構。現在の自分に矛盾や欠点があることと、未来に理想を抱き、到達目標を発信していくこととは話が別です。理想を持てない人間に進歩はないし、それを到達点として能力に方向性を与えられなければ、成長などおぼつかないのです。
たとえば、より優れた空気清浄システムを作れれば、バイクの排ガスを帳消しにして環境を改善することだってできるじゃないですか。大事なのはそういうことです。自分は何も考えていないくせに、志ある者を同レベルに貶めようとするのは最低の行いです。そんな輩を気にする必要などない。
――人ひとりが「あるべき姿」を想起することが大事なのですね。
ハピロボが提供するものを含め、すべてのロボットはあくまでも人間が使う道具、デバイスに過ぎません。だからこそ、人間のあり方が問われてくるのです。僕は多くの方が自分なりの理想を持ち、それを臆さず声に出すことを願っています。それによって自分の頭で考えることができるようになる。一生懸命考えてください。幸福は、その先に待っているものなのですから。
――「アスクル みんなの仕事」でお気に入りの記事を教えてください。
「鎌倉資本主義」の記事は、ちょっと面白かった。カヤックさんの頑張りが伝わってきます。よくやっていると思う。願わくば、次のステップをどう考えているのか知りたいところです。ひとつ試みて成功して、それで満足したら進歩が止まってしまいますから。つねに「これからどうやっていくか」を考えることが大事。僕はそこも見たかったですね。
「鎌倉資本主義」から、"地方で働く"を考える~面白法人カヤックと株式会社Huber.の場合~
株式会社hapi-robo st 代表取締役社長 富田 直美氏
富田氏のお話は二転三転し、当初の想定とはかなり異なる内容となったのですが、非常に熱いインタビューで、未来を信じ、理想を訴える富田氏の情熱が痛いほど伝わってきました。掲載はできませんでしたが、実際にはハピロボの戦略プロダクトの実物まで見せていただき、素人目にも、富田氏の独創的な着眼点、その想いの一端を知ることができました。まもなく成果が出るというハピロボの動静を、今後も注視していきたいと思います。
プロフィール
株式会社hapi-robo st 代表取締役社長。
1948年静岡県生まれ。国際商科大学卒業後、株式会社田村電機製作所入社。その後、コンサルタント会社を経て、1980年代後半から外資系IT企業の日本法人社長など11社の経営に携わる。2016年、ハウステンボス株式会社取締役CTO就任。H.I.S.グループのロボット事業を統括する。同年7月、澤田秀雄H.I.S会長とともに株式会社hapi-robo st を設立し、17年1月より現職。E-Trinity(自己・自然節理・環境経済)による幸福世界の実現・持続をライフワークとする、教育、スポーツ、哲学、芸術、デザイン、メカトロニクス、ラジコンなど多岐に渡るマルチ・プロフェッショナル。財団法人日本総合研究所理事、社会開発研究センター理事、アジア太平洋地域ラジコンカー協会(FEMCA)初代会長等を歴任。考える塾である"富田考力塾"を全国的に展開中。多摩大学客員教授。
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2019年2月15日
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