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日本型雇用の中でミドル・シニアが成長するための「学び直し」~法政大学大学院 教授 石山恒貴氏インタビュー~

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法政大学大学院 教授 石山恒貴氏

法政大学大学院 教授 石山恒貴氏



まもなく、1971~74年生まれのいわゆる「団塊ジュニア」が企業でミドル・シニア年代を迎えます。社内人口のボリュームゾーンを担うこの世代が仕事の中核で働けなければ、企業は深刻な人手不足にさらされることになるでしょう。ところが日本の、とくに大企業の人事制度は、この重要課題にうまく対応していないようです。問題はどこにあるのか、ミドル・シニア世代の当人たちはどう対処すべきか。法政大学大学院で社会人向けの講座を主宰する石山恒貴教授にお話を伺いました。



■「ホーム」「アウェー」を越境してキャリアを蓄積


――石山さんは、当初から大学教員としてキャリアを積まれたのですか?


学卒後、3つの会社を経験後、現職になりました。その間に産業能率大学と法政大学の大学院で修士と博士の課程を修了しました。つまり、今所属している法政大学大学院 政策創造研究科が私の母校ということになります。



――社会人の生徒さんを受け入れていらっしゃるとか。


じつは、当研究科は特定の学部を持たずに社会人も多く受け入れる独立大学院です。20~70代の幅広い学生が集まっています。50代~60代の方も大勢参加していますよ。


修士課程は2年間です。学際的な研究科であるため、いろいろなテーマで座学もやりますが、社会人の集まりですから、交流会的な側面や情報交換を大切にしています。越境学習の場として活用してもらい、パラレルキャリアにつながってくれれば、という感じです。飲み会や合宿も盛んに行っていて、研究室はその時の写真で半分埋まっていますよ(笑)。メンバーたちも、歯を食いしばって勉強するというのではなく、楽しいから通ってきてくれています。



――「越境学習」とは。


簡単に言うと、会社という境界を越えて、外の世界に触れながら勉強する、ということです。必ずしも社内・社外というくくりでなくともよく、同じ職場の同僚上司だけとのコミュニケーションで限られた情報の中にいる自社などの世界を「ホーム」、初対面またはつき合いの浅い異質で多様な人たちとの交流でき新しい情報収集を得ることができる世界を「アウェー」と位置づけて、双方を往還する中で多様な価値観を獲得していきます。その成果のフィードバックを繰り返していくことで、新たな課題を見つけたり、キャリアやスキルの形成につなげたりといったことが実現します。



――なるほど。


始めてしまえば楽しいことが多いのですが、ミドル・シニアの会社員の人たちは、必ずしも越境学習に積極的であるとはいえないでしょう。キャリアチェンジや定年後の再雇用といった状況を考えると、越境学習には価値があると思います。ところがいろいろ考えていくと、ここには相当根の深い問題が含まれていると思うのです。



■「働く意味は"昇進"だけにある」という幻想

背後には受講生たちの充実した笑顔の写真が並ぶ。

背後には受講生たちの充実した笑顔の写真が並ぶ。



――日本型雇用にも問題があるのでしょうか。


私がパーソル総合研究所と一緒に行ったミドル・シニア社員の働き方に関する調査の話をします。


一定以上の規模の企業で働く4,700人のミドル・シニア世代にアンケートを行い、結果を分析しました。その中で、ミドル・シニア世代のジョブ・パフォーマンス、つまり"仕事での活躍度合い"を算出してみたのですが、40代半ばと50歳前後の2度、ジョブ・パフォーマンスが下がるということがわかりました。



――何が原因でしょう。


原因を推測すると「昇進の希望を失ったときにパフォーマンスが下がる」という可能性が高いです。


40代になると、新卒一括採用時は横並びだった社員の昇進競争の結果が見えてきます。希望通りにならなかった人は大いに落胆して、パフォーマンスも下がってしまう。一方、50代の人たちには、55歳頃までの一定年齢に達すると、自動的に役職から外される「ポストオフ」がある場合もあります。ある日を境にこれまでの仕事から外され、役を解かれて部下もいなくなり、慣れない仕事の部署に配属されたり、といったことが起きます。新しい上司が自分の後輩ということも出てくるでしょう。収入も減りますし、会議にも呼ばれなくなって情報が入らなくなり、職場での居場所感も失われてしまう場合もあるでしょう。ここでモチベーションが大きく落ち込み、パフォーマンスを引き下げる要因になっている可能性があります。



――役職者を一律に年齢で切ってしまうポストオフは、日本型雇用の課題と言えるかもしれませんね。


総人件費の圧縮、年功的な賃金制度からの脱却、若手の登用など、企業側としても合理的な理由があります。しかし、若手とミドル・シニア社員の評価を同じ位置づけで行い、年齢基準だけでポストオフをするという発想から脱却する選択肢もあるはずです。



――会社から戦力外を通告されたように感じる人も多いでしょうね。


そういう場合もあるかもしれません。しかし、よく考えてみてください。会社員が働く目的は昇進だけではありません。社内で地位を獲得することだけでなく、自分に適合し、力を発揮できる職域や業務とめぐりあい、やりたかったこと、得意なことで会社に貢献し、評価されることも目的になるのではないでしょうか。ならば、昇進がかなわなくても、自分の好きなことや得意なことを磨いて、その専門性を仕事に活かす道を探す選択肢があってもいいはずです。そこにやりがい、生きがいを見出す方こともできます。



■学びの芽を摘んでしまう「無言の圧力」

法政大学大学院 教授 石山恒貴氏



――ビジネスパーソンがもっと勉強して得意分野を育てれば、充実した仕事人生を送れるばかりか、会社に貢献するパフォーマンスも高まるのではないでしょうか。


そうですね。そのためには、自分の専門性を模索し、それを高めて仕事に活かすための方法論に注目していただきたいと思います。そのあたりが、今日のお話の中心になるかと思います。



――はい。詳しく伺いたいです。


当研究科の授業は平日の夜は6時35分から10時までです。勤務時間外での参加になりますし、学生は自己負担で受講しています。目的は、新しい出会いと交流を通して自分のやりたいこと、得意だったことを捉え直し、学びの成果を会社に還元すること。にもかかわらず、「ここに来ることは会社に話してありますか?」と尋ねると、会社に黙ってきている人もいます。



――なぜでしょうか。


なぜ言いにくいのか。自分の時間に自分のお金で勉強の場を持っているのに、組織に対して何かしらの気兼ねがあるわけです。

「お前、みんなが働いてるのに一人だけ帰るのか」

「大学院で勉強? そんなヒマがあるなら残業手伝えよ」

今でもそのようなことを言われることが実際にあるようです。「やりたいこと」じゃなく「やるべきこと」をやれ、でないとすぐに置いていかれるぞ。組織からのそんな無言のプレッシャーを受け続けている可能性がある。だから堂々と外で学ぶことができないのです。



――しかし、それではいつまでも学び直しができません。


そこが、無言の圧力の怖さではないでしょうか。先ほどお話ししたミドル・シニアの調査の中で、ポストオフを経験した人たちに、ポストオフ前にしていた準備を聞きました。「専門性を深める努力をしていた」といった積極的な対策をする人がいる一方、「とくに何もしなかった」「極力考えないようにしていた」という人たちが約3割いました。会社から通知も受け、ポストオフ後の待遇についても理解していながら、そこに背を向け、日々の忙しさに流されていたのです。



――危機感が足りない。


私は少し違う捉え方をしています。入社からずっと無言の圧力のもとで、学びの機会もパラレルキャリアを得るチャンスもなく、目の前の仕事を懸命にこなし、尽くしてきたのに状況が変わり、愕然としているのではないでしょうか。


それでも、ポストオフを迎えるまでは、現状を維持することができます。「極力考えないようにしていた」という表現に、ミドル・シニアの苦しみや切なさがあると私は感じます。本人だけの問題ではなく、より根深い問題は、日本型雇用の実態にもあるのではないでしょうか。



■アウェーを意識し、パラレルキャリアで身を守る方法

法政大学大学院 教授 石山恒貴氏



――では会社の求める仕事だけでなく、自ら動いてキャリアを積み増さなければ行き詰まるわけですね。


私たちの調査結果も、そこに帰結します。日本型雇用の変化を待つだけでなく、早い段階で自分から動くのが良い結果への近道です。



――得意分野でパラレルキャリアを獲得し、社内・社外に自分の価値を確立させるべきでしょうか。


社内に新しい居場所を作るか、副業を行うか、はたまた独立するか。着地点は人それぞれでしょうが、なすべきは、今おっしゃったようなことだと思います。



――そのためには、石山さんの講座のような越境学習の場が頼りになりますね。


私は大学院の教員ですから、そうしていただけるならありがたいです。しかし、そこにこだわらなくても、キャリアを形成する方法はいくらもありますよ。例えば、Web上のスキルシェア・サービスを利用する方法もあるでしょう。



――面白そうですね。


デジタル系のスキルシェア・サービスは敷居が高いと感じる人は、アナログで学びの場を作るのもいいかもしれません。大阪の不動産会社の社員が一から立ち上げた「ライフシフトラボ」という読書会サークルがあります。地道な活動が実を結び、今では多くのビジネスパーソンを対象としたセミナーや勉強会、講演会などを主催する大きな集まりに成長しました。



――パラレルキャリアにつながるチャネルはいろいろあるということですね。


やる気と行動力があれば、道はいくらでも拓けています。ひとつ重要なことがあるとしたら、はじめにお話ししたとおり、これまで自分が経験してきた「ホーム」のフィールドでない「アウェー」を意識し、そこに出会いを求める感覚を持ち続けることです。顔見知りでないからこそフランクな物言いができるということもあります。部下や後輩には恥ずかしくて言えない「すまん、知らなかった」という言葉も、アウェーなら普通に言えるでしょう。そこが大事なんです。



■労働市場の変化が、人事制度改革を加速する?

法政大学大学院 教授 石山恒貴氏



――企業の側に話を戻しますが、日本型雇用はどうすれば変わるでしょうか。


若い世代の働き方に対する意識が、ひとつの引き金になるかも知れません。現在、8割以上の企業は副業・兼業を禁止していますが、ミレニアル世代の若者たちはそんな状況を黙って甘受するでしょうか。産業能率大学が新卒採用者を対象に調査したところ、「会社が許すのなら是非副業しながら働きたい」という回答が56.6%ありました。


会社が副業を許さないのは、本業以外の仕事を持つことで、会社への忠誠心や愛社精神が薄れることを懸念するからだという見方もあります。しかし、愛社精神を振りかざして社員を縛りつける雇用の形は必ずしも時代にあっていないのではないでしょうか。



――そういった企業には人が集まらなくなる未来もあり得るということですね。


兼業・副業を容認する企業が、就職活動で学生の人気を博しているという事例もあります。



――副業の方が大事になって人材が流出してしまうことはありませんか。


その可能性は否定できません。しかし、そうであっても、退職後もその会社とうまくネットワークを結び、会社としてメリットがある場合もあります。また、いったん退職後、再入社する事例もあります。



――労働市場の要請から制度が改革されていくのは理想な流れですね。


そのような方向性で、個人と企業のよりよい関係性が模索されていくことを是非望みます。




■お気に入りの記事はこれ!


鎌倉のカヤックさんの記事はよかったですね。鎌倉は好きで、よく行きます。「つくる人を増やす」という経営理念にも共感しています。今日の話に合わせて言えば、「回すだけの人にはならない」ということで、違ったキャリアを持った人たちが、それぞれ自分の力でオンリーワンの仕事をしている企業ですよね。地域とのフィット感も素晴らしい。私が「こうだったらいいな」と思う会社のあり方の一つです。


「鎌倉資本主義」から、"地方で働く"を考える~面白法人カヤックと株式会社Huber.の場合~




法政大学大学院 教授 石山恒貴氏

著書とともに。法政大学大学院 教授 石山恒貴氏








お話にもありましたが、石山さんの研究室はミドル・シニアを含む受講生の写真で溢れていました。どの顔もとても楽しそうで、「歯を食いしばって勉強しても」という石山さんの言葉を裏づけています。受講生のキャリアメイクを支援する一方、企業のミドル・シニアに対する処遇の実情には厳しい言葉が飛び出しました。こと人事制度に関するかぎり、大企業の方が問題の根が深いというお話は、とても貴重なものでした。







プロフィール


石山恒貴(いしやま のぶたか)

法政大学大学院 政策創造研究科教授

1964年新潟県生まれ。一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科経営情報学専攻修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻博士後期課程修了、博士(政策学)。一橋大学卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。「越境的学習」「キャリア開発」「人的資源管理」などが研究領域。人材育成学会理事、フリーランス協会アドバイザリーボード、早稲田大学総合研究センター招聘研究員、NPOキャリア権推進ネットワーク授業開発委員長、一般社団法人ソーシャリスト21st理事、一般社団法人全国産業人能力開発団体連合会特別会員。


著書

「会社人生を後悔しない 40代からの仕事術」(ダイヤモンド社)[外部リンク]

「越境的学習のメカニズム 実践共同体を往還しキャリア構築するナレッジ・ブローカーの実像」(福村出版)[外部リンク]









編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局
取材日:2019年3月22日




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