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ビジネスパーソンの「マジメの呪縛」を解く、ゆるい落語の世界観 ~落語家 立川談慶氏インタビュー~

落語家 立川談慶氏

落語家 立川談慶氏



法施行による実効的な働き方改革が始まっても、ブラック企業の話題は依然なくなることがありません。サービス残業の風潮や、休暇を取りづらい社内の雰囲気も相変わらず残っているようです。


「それは日本人がマジメすぎるから。だから息が詰まるんです」。そう指摘するのが落語家の立川談慶さん。もっと心をおおらかに、豊かに生きてゆく、そのために落語はきっと貢献するはず、と持論を語ります。談慶師匠に「落語的生き方」「非マジメのすすめ」についてお話を伺いました。



■優良上場企業から落語家の道へ


――談慶師匠は、サラリーマン出身の落語家だと伺っています。


学生時代、いわゆる「落研」で活動していたので、そちらの道に進みたい思いは強くありました。しかし企業人生、とくにメディアの会社にも魅力を感じていて、最初はそれをめざそうと決心したんです。ところが、志望していた東京のテレビ局に最終面接で落ちてしまいました。



――ショックでしたね。


そこでまた、芸能の道に行くか企業で働くかという葛藤が始まりました。が、当時はバブルの時代で、周囲の多くの友人は一流企業に就職して将来を嘱望されているという話を多く聞きましたので、その時は心がそちらに振れました。



――そこで入社されたのがワコールだった。何か思い入れが?


ではありませんでした(笑)。当時注目されていた優良企業で、企画関係の仕事ができる総合職の求人をリストアップした中の一社でした。でも、倍率的には不採用になったテレビ局と大差なく、入社できたのはそれなりに縁あってのことだと思っています。



――会社員時代のことを少しお聞きしたいです。


ワコールの営業はデパート対象と路面店対象に分かれているのですが、九州地区で、路面店を対象に販売を中心とした企画営業をやることになりました。私には路面店対象の方が合っていたようです。自分の提案を多くの方にできる点で、やりがいを感じていました。上司にも恵まれ、取引先さんとも良い関係が持てました。充実したサラリーマン生活だったと思っています。ちょうど3年間、お世話になりました。



――それでも最後には、落語家になられたのですね。


結局、あきらめることができなかったんでしょうね。じつは、ワコールで働きながら九州の吉本興業さんのお世話になっていた時期があるんです。博多華丸・大吉さんやカンニング竹山さんと一緒に舞台に立っていました。そこでは芽が出ませんでしたが、自分は本当にこのまま一生会社員をやるのかと考えたときに、「そうじゃないな」と思って、入社3年の節目を契機に芸事の道に行こう、と決めました。



■下積みの末、ついた前座名は「立川ワコール」

落語家 立川談慶氏



――それは一種の副業ですね。


今は働き方改革が盛んに言われていて、兼業・副業もある程度許されるようになっているようですが、当時はまったくの御法度。まして芸能活動など許されない時代でした。幸い、お世話になっていた直の上司が、理解があるというか洒落のわかる方で、そのお目こぼしをいただいて、二足のわらじを履くことができたのです。けれど、それが退職するきっかけになったことを思うと、その上司には不義理の極みでした。



――立川流を選ばれた理由は?


大学の落研では「改作落語」というものをやっていたんです。古典の噺を書き換えて面白おかしく演じる、というものですね。それを、たまたま観に来ていた立川談志の所属事務所の社長に褒めてもらったことがあるんです。それで談志の門下へ、というとちょっと単純化しすぎですが、このときに褒められたことが、落語家への道をあきらめないことにつながったのは間違いないと思います。


立川流との縁についてはもうひとつ話があります。会社員の頃、「あなたも落語家になれる」という談志の著書を読みました。すると、そこで談志が「古典を50席も覚えれば二つ目になれる」と言っていた。それで「いける」と思ってしまったんですね。入門するまでに30席、入門してから残り20席覚えれば前座は卒業、1年もあれば二つ目になれると思いました。



――そこで談志師匠の門下に。


のちに、とんでもない間違いだ、ダマされたと思うことになるのですが(笑)。言うまでもなく、そんなに甘い世界じゃない。前座→二つ目→真打ちというのが噺家の出世コースですが、私の場合、高座に上がるために必要な「前座名」すら付けてもらえず、来る日も来る日も談志の身の回りの世話ばかり、ずっと見習いという毎日でした。「立川ワコール」と言う前座名をもらうまで、1年2ヶ月かかりました。



――「ワコール」という名前に抵抗は?


それより前座名をもらえたことがうれしかったですね。これでやっと噺家としての「試用期間」が明けたんだと思いました。ワコールにも、「このたびこういう名前で落語家をやらせていただきます」と挨拶に行って。やっとここからスタートできる、という喜びの方が大きかったです。ただあとで聞くと、この件はワコールの社内で結構な議論になったらしいです。かりにも登録商標ですし、いくら元社員といっても、芸人の名前に使っていいものか、と幹部会で問題になったとか。話し合いの末、当時の塚本能交社長が「いいだろう。仕方ない」というようなことになって、ここでもお目こぼしをいただきました。



――いろいろ難しいものですね。


塚本社長は「立川談志と揉めるのはいろいろマズいだろう。いいよ、OKで」みたいなことを言ったらしいです(笑)。社長にはワコール九州の旅行会や親睦会の席で可愛がっていただいたことがあり、それも多少関係したかもしれません。談志の性分と、塚本社長の大らかさ、両方に助けられたと思っています。



■しくじり=マイナスではない。小言は働く人の「地下資源」

落語家 立川談慶氏



――下積みは大変長かったと伺っています。


それはもう(笑)。1991年に入門して、二つ目に昇進して立川談慶になるまでに9年半、真打ちになるまでさらに4年半かかりました。二つ目に昇進するのもあとから入門した後輩に追い抜かれたり、何よりつねに談志から小言をもらっていましたから、つらい思いはいろいろしました。



――談志師匠はやはり厳しい方ですか。


それはもちろんあります。けれどそれ以上に、私に至らないところがたくさんあったことに、今気づかされます。至らないからしくじりをする、しくじるから叱られる、叱られるから直そうとする、でも至らないからまたしくじる――私の修業時代は、そんな繰り返しだったように思います。



――なるほど。


これは噺家の修業に限った話ではないですよね。誰でも仕事でしくじるし、悔しかったり後悔したりするはずです。小言もたくさんもらっていることでしょう。けれども、それをマイナスに考えて凹むのは正しい態度ではありません。もらった小言を思い返せば、失敗の原因に行き当たるはずです。それを次のチャンスに活かせばいいのです。



――多くの経営者や芸術家も、「失敗に学べ」と言いますね。


リアルのビジネスでは限界もあるでしょうが、働く人は誰でも、たくさんしくじりを経験した方がいいと私は思います。一つ二つ、大きなしくじりがあっても、それで会社がダメになることはそんなにない。それよりも、失敗した経験を新しいアイデアにつなげる方が、何倍も生産的ではないでしょうか。



――失敗を一度も経験せずに偉くなった人はいません。


あとでお話ししますが、今の日本人は「短期決戦型」というか、失敗しないで短期間で成果を出せないとダメだ、という考え方に染まっている節があります。でも、それは間違っていますよね。しくじること、それで小言をもらうことは、次に成功するための「肥やし」であり「地下資源」なのです。しくじらないことを前提にしたら、前にも後ろにも進めない。もう少し考え方をゆるく持つ必要があると思うんです。



■そろそろ「勝ち組・負け組」的発想を卒業しよう

落語家 立川談慶氏



――「失敗できない」「しくじったら負け」という日本人の風潮は、どこから来ているのでしょう。


日本人の「生真面目さ」が現れていると思います。日本人は昔から台風や地震など、自然災害と隣り合わせの生活を送ってきました。江戸ではもうひとつ、火事もありましたよね。そういう厳しい環境で生きていくために、「マジメであること」が染みついた国民性を持っているんです。東日本大震災のとき、人々が整然と炊き出しの列に並んでいるのを海外メディアが驚きの目で報道していましたよね。あれが極限状況に対応する、日本人のマジメさを表す例でしょう。



――それがビジネスの競争社会においては、手かせ足かせになってしまう。


そう言っていいと思います。勤勉でマジメだから、失敗できない、負けられない、成果を出さなければならない。それ自体が間違っているとは思いませんが、何ごとにも限度というものがあります。皆が残業しているから一人では帰りづらいとか、会社に認められていても育児休暇は取りづらいとか、それが成果に直結するでしょうか。もう窒息寸前です。少しマジメ一辺倒から離れ、一人ひとりの自由度がもっと高まらないと、生産性は絶対に上がらない。結局、成果にはつながらず、組織の、もっと言えば国の状況まで悪くしてしまいます。



――今日明日に勝つか負けるか、といった精神状態ではいけないわけですね。


少し前まで「勝ち組」「負け組」という言葉が使われていました。今ではあまり口にする人もいませんが、その精神は今も生きていて、私たちを縛っているのです。しかし、一度勝っただけで最終的な勝利者になれるわけではありません。逆もまた同じ。誰にでもわかる話ですよね。もうそろそろ、先の見えた二元論から脱却すべきではないでしょうか。さっきも言ったように、一度も失敗しないで成長する人などいません。人は、勝ち組/負け組に分かれるのではなく、「勝ったり負けたりして」成長するんです。人がそういうものであれば、組織もまたそうあるべきです。



――「マジメ=正義」ではない。


端的な例が、よくいわれるSNSの「炎上」だと思います。火をつける人はマジメで、自分と違う考えを許せない。昔であれば一人でむかっ腹を立てるだけで終わりますが、今は誰でも情報発信できますから、「自分は正しい」というマジメな正義感をもとに噛みつくわけです。相手もマジメだから、スルーしないで反論したりする。そこを寄ってたかって叩く様子を、メディアまでが取り上げて、さらに燃料を投下します。冷静に見れば、もともとたいした話じゃない。「それもあり、これもあり」で済むところを、むりやり自分の考えに従わせようと叩き合っているだけでしょう。そういうのは、もうやめにしませんか。それより落語でも見て、「アハハ何やってんだアイツ」と笑って済ませたらどうですか。



■「不マジメ」ではなく、小さな迷惑を互いにシェアする「非マジメ」

落語家 立川談慶氏



――師匠のおっしゃる「非マジメ」とは、そういうマジメすぎる精神性に対立するものですか。


対立ではありません。私の思うところ、「マジメ」に対立するのは「不マジメ」です。不マジメはマジメであることを否定して、あるいは悪用して、自分の利になるような行動をとる。反社会勢力や「振り込め詐欺」がこれに当たると思います。


「非マジメ」というのはもう少しゆるいというか、「いい加減な自分を許し、いい加減な他人を許す」という生き方・考え方、「許容の精神」のことです。「それもあり、これもあり」と日々考えていた方が楽しい人生になりますよ、ということです。



――つきつめて考えすぎない方がいい。


そうです。いい意味でゆるく、適当に、人にも仕事にも向き合おうよ、と。江戸の長屋で米や調味料を融通し合ったように、小さな迷惑をかけ合い、シェアしながら関係性を保つ。落語で語られるようなゆるめの世界観で自分や他人を見た方が、幸福に、というか豊かに生きていけると思うんです。



――落語にはギスギスした話はありませんね。


勝ち負けもつきません。というか、多くの落語は「上手に負ける」あるいは「結局引き分け、どっちもどっちだよ」という話が多いんです。そこに生きている人々は、決して不マジメではありませんが、息がつまるほどのマジメさの中にもいません。互いに小さな迷惑をかけ合いながら、結果として、みんながやんわりと幸せに生きている。



――なるほど、「小さな迷惑のシェア」。


皆さん意識していないようですが、近頃流行の「クラウドファンディング」なんかは、まさにこの考え方で始まっていると思いますよ。一人の金額は小さくても、「それ面白そうですね、お金出します。少ないけどこれだけ」という供出金、小さな迷惑の積み重ねが、一つの事業にまでつながっていく。舶来の新しい投資手法みたいに言われていますが、大元の発想は、落語に出てくる江戸の昔から日本にあったものなのです。



――面白いですね。


こういう「迷惑を分け合う」という土壌がないと、とても寂しい人生、寂しい社会になってしまうと思うんです。ときどき報道される「老人の孤独死」など、その典型です。誰にも迷惑をかけない、迷惑をかけたくないからコミュニケーションを遮断してしまうわけです。「ちょっと具合が悪いんだけど」と話せる相手も作らない生マジメさ。間違ってはいないかもしれませんが、明らかに不幸で気の毒です。



――その精神をビジネスの現場で活かすには。


短期の勝ち負けで行動するのではなく、「ここは引いて、少し負けておく」とか、「部下の不始末を、落語の与太郎に見立てて緩く見守る」といったことは十分可能ではないですか。ビジネスパーソンがお忙しいのはわかるけれども、何回か落語を見てくれたら、といつも思っています。非マジメな生き方は落語から発生していますから。実際、優れた経営者や管理職の方はよく寄席においでくださっていますし、私もビジネスパーソン対象の講演を依頼いただいたときは、こんなお話をしています。



■人に負けない「得意ごと」をもうひとつ身につける

落語家 立川談慶氏



――これからのビジネスパーソンの働き方はどう変わっていくと思われますか。


仕事とは別のフィールドを持ち、仕事と同じくらい一生懸命取り組んでみるというのは、ありかなと思います。私も、噺家でありながら、ここ5年くらいの間に本を10冊ほど書かせていただいて、いっぱしの文筆家として紹介いただくこともあります。本の内容はおおむね落語に関係する事柄ですが、執筆中、また読者からの反響など、書くことによって得られた情報やインスピレーションが、あとで落語に役立つことがとても多いのです。それで工夫を加えた落語にまた違った反響があり、新しい情報を私にもたらしてくれる。それをまた本に書くわけです。複数のフィールドを行ったり来たりする中で、そんなフィードバックがあり、アップデートが進んでいく。とてもいいことなので、私は当分どちらもやめる気はありません。



――本業以外に専門分野をもつなんて、と尻込みする人も多いですが。


逆です。難しいと思ってはいけません。カフェ巡りが趣味な人なら、ちょっと勉強して世界のコーヒーについて知見を広げるとか、行きつけの飲み屋で知り合った仲間と世間話をして、自分の知らない情報を蓄積していくとか、そんなことでいいのです。


さらに言えば、むりに仕事から離れる必要もないんです。たとえばタクシーの運転手さんが、流している街の情報を知り尽くしていくとか、お店で扱っているたくさんの品物の中で、これとこれについての知識は誰にも負けないとか、そういうことですね。生マジメに仕事に結びつけることも、最初からプロを目指してつきつめる必要もありません。ゆっくり非マジメに得意分野を育ててみたらどうか。回り回って仕事をアップデートしてくれますよ、というお話です。




■お気に入りの記事はこれ!


「変なホテル」のロボットを手がけられた、富田直美さんのインタビューは面白かったです。とくに、ご自分のロボットについて「当初全く不完全なものだった。そしてそこに意味があった」とおっしゃる部分に共感しました。芸事と同じなんです。


もし「完璧な噺」というものがあったら、寄席になんか行かずに録音を聞いていればいい、という話になる。そうではないんです。噺は永久に不完全なもので、だからこそ、同じ演目をたくさんの噺家が何度も高座にかける。見る側にとってもそこが魅力なんです。


私も変なホテルに泊まったことがあります。記事を読んで、あそこのロボットにも前座時代があったのか、と合点がいきました(笑)。



「変なホテル」を仕掛けた異能の経営者が語る「人間を幸せにするロボット」~株式会社hapi-robo st 代表取締役社長 富田 直美氏インタビュー~




落語家 立川談慶氏

著書とともに。落語家 立川談慶氏








真打ち昇進まで14年という長い下積みをされた談慶師匠。談志師匠に叱られるたびにメモした内容が、大部のノートになって残っているそうです。このほど出版社から声がかかり、ノートをもとにした「立川談志語辞典」の本を書くことになったとのこと。まさに「小言は地下資源」というお説そのままのようです。







プロフィール


立川 談慶(たてかわ だんけい)

落語家。1965年長野県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、株式会社ワコールに入社。91年、立川談志に弟子入りし、立川ワコールの前座名で修行生活を送る。2000年二つ目昇進し、談志の命名により、立川談慶に改名する。05年3月真打昇進。


著書

「老後は非マジメのすすめ」(春陽堂書店)[外部リンク]

「大事なことはすべて立川談志に教わった」(KKベストセラーズ)[外部リンク: リンク先は HMV&BOOKS online Yahoo!店 ]

「落語家直伝うまい授業のつくりかた」(誠文堂新光社)[外部リンク]

「なぜ与太郎は頭のいい人よりうまくいくのか」(日本実業出版社)[外部リンク]

「慶応卒の落語家が教える「また会いたい」と思わせる気づかい」(WAVE出版)[外部リンク]

など多数









編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局
取材日:2019年4月25日




         

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