皮膚科医/美容ジャーナリスト 岩本 麻奈氏
働き方改革が声高にうたわれる中、ワークライフバランス――ことに仕事と育児の両立は働く女性にとって大きな課題となっています。先進国の中でも、日本における女性の社会進出は著しく遅れています。その主たる原因は「アンコンシャス・バイアス(意識されない偏見)」と思われます。皮膚科専門医、コスメプロデューサー、美容ジャーナリストというマルチな肩書きだけでなく、3人の成人した男子の母親であって、日本・フランス・アセアンを走り回って活動されている、岩本麻奈さんにお話を伺いました。
――日本、フランス、アセアン諸国と広範囲で活動をされているのですね。
専門分野での活動は主に日本になります。月に一度、銀座、原宿などのクリニックで皮膚科医として抗老化医療、先端医療の分野でカウンセリングをしています。一方、メインに居住しているカンボジアのプノンペンでは、現地の女性に向けてスキンケアについての記事を書いたり、美容イベントで講演したり。隣国タイのバンコクでは、在留日本人を対象にした美容セミナーなども行っています。
最近、日本だけでなく世界的に"サスティナビリティ(=持続可能性)"という言葉をよく使いますが、カンボジアをはじめとするASEAN諸国の持続可能な発展のために、何が私にできるのかという視点で活動しています。まだ日本では知られていない美容や健康にいい食品、あるいは現地の薬草なども探し、いいものがあれば日本で紹介したいと思っています。
その他に本を書き下ろしたり、雑誌に掲載する原稿を書く仕事も多くなってきました。ただ、パソコンがあって、Wi-Fi環境が整っていれば、どこでも可能な作業ですから、場所はそれほど問題ではありません。生活の場がそのまま仕事場となっていますね。
――20年ほど住んでいらしたパリではどんな活動を?
4年前に50歳になりました。50歳になったことを知命(天命を知る)と呼ぶことを知ったのをきっかけに、折り返し点を過ぎた人生を見すえて、度胸が出てきたのでしょうね。フランス女性の恋愛事情やその基盤となるライフスタイルを赤裸々に紹介したのを契機に、「美と恋愛」や「生活と教育」をテーマに何冊か本を上梓しました。それまで「よい子の美容教科書」みたいなものしか書いていなかったので、私にとっては冒険でした。
今も年に数回パリに戻りますが、フランスの美容情報の収集の他、生活感や空気感のキャッチアップをしています。パリを離れて2年になりますが、いまだにパリの女性のライフスタイル、彼女たち時代感覚、時事問題への関心など、ヴィヴィッドな情報を体感することは新鮮であり、そのようなテーマに対する問合わせも多いです。
――仕事と子育ての両立はどのようにしていたのですか?
日本で子育てをしていた期間は臨床医として働いていました。子どもは保育園に預け、ベビーシッターを頼んだり、母に助けてもらったりという日々でした。育休も定着していなかった時代です。託児所がある市中病院に勤めていた頃は、子連れ出勤でした。勤め先が郊外になったときには、5時起床で子どもを保育園に預け、それから車で出勤しました。さすがに身体に堪えて免疫機能が落ち、子どもの感染症に罹患したり、ただの風邪が常に重症化したり。3人目を産んだ後の脱毛は地肌が透けるほどでした。患者さんから「先生、お大事に」と言われたこともあります。
医大の同級生が、よく、「私たち女性は男性の1.5倍がんばって、ようやく同レベルと言われる。仏教でも、女に生まれたこと自体が業を背負っているのだから、しょうがない」と言っていました。まったくナンセンスで、女への"呪い"そのものです。しかし悲しいことに当時の私には反論できる知性がありませんでした。何も分からず、必死になって現実と格闘していました。それこそがもっと変だということに自分も周囲も無自覚で、政治も社会も分からずにボーッと生きていたのでした。
――日本で3人の年子を育てるという壮絶な子育ての中で、印象的だったことは?
あっという間の嵐のような時間でした。過ぎ去ってしまえば、記憶は飛んでしまいますが、それでも覚えていることがいくつかあります。
あるとき、保育園が「母親の愛情を示すために子ども服に名前を刺繍してください」と言ってきました。「子どもは敏感肌、刺繍が刺激になるのでマジックで書きます」と、皮膚科医の特権(?)でスルーしましたが、今だったら、こう言います。「愛情表現は刺繍だけですか? 保育園は働くママとかわいい子どものためにあるのですから、ママの貴重な時間を無駄遣いづかいさせないで!」と。
外出の時は、子どもたちに迷子防止紐をつけていましたが、一度駅のホームで、上品そうな老婦人に「子どもは犬ではありません」と忠告されました。「子どもは3人、私の手は2つ。子どもが線路に落ちたら、保護責任者義務違反罪に問われるのは私です」と答えました。
医学の研修留学で、家族いっしょにフランスに住みはじめたころ、子育てに対する社会的なサポートの内容だけでなく、フランス人ママの適度な手抜き感、そして周囲が干渉しないことがとても心地よく、身にしみた記憶があります。
――フランスは日本に比べて女性の社会進出が進んでいるのですね。
フランスに20年ほど住んで、フランス人のバックボーンとなっているライフスタイルの哲学を間近で観察しました。カルチャーショック、まさに衝撃でしたね。
女性の社会進出についてはフランス女性の80%以上が定年まで働いているし、そうした女性への支援制度は日本に比べて格段に整っています。ソワレ(夜会)に出席することを日常としているブルジョワ(特権階級)か、それとも特別の事情がある場合を除いて、専業主婦の存在はありえません。夫婦の財布は別々で、妻が夫のお金を預かることはなく、また、妻の財布は妻だけのためにあります。
日本とフランスでは、文化や習慣、また歴史的背景、制度などに大きな違いがあるのは当然ですが、それにしても、実際の生活における皮膚感覚といったものの違いは想像以上です。
――日本女性の特徴は?
日本人はよく「どっちを取るか?」という言い方をします。結婚する際には「仕事を取るか、家庭を取るか」、出産後は「仕事を取るか、子どもを取るか」。両方を取るのは「二兎追う者は一兎も得ず」になるから、どちらかを選ぶべきだというのです。これを完璧主義と呼んでいいかは疑問です。マルチな能力を持っている人には不利ですし、視野の狭い人間を作ることになるからです。
フランス人は、不完全でもやりたいことをやってみたい、やらせてみようというスタンスです。フランス女性は「女性として生まれたのだから、その特権を一度の人生ですべて享受したい」と思っています。ラテン民族は"いいかげん"。それって、"良い加減"だと思うんです。
恋愛もしたい、子どもも産みたい、仕事もしたい。「なんでもやりたい」と主張します。意志(will)の強さは、優れた実行力(way)を生みます。パートナーにもはっきりとモノを言い、家事は「どう分担するか」ではなく、男も女も関係なく二人でやるもの、社会生活を営むために最低限できなくてはいけないことという認識ですから。
――それにくらべると日本人女性は自己主張が弱いですね。
それこそが「アンコンシャス・バイアス」なのです。女性はしとやかで、自己主張をするのははしたない。そう言われて育ってきました。周囲の人や家族や親戚でもない赤の他人までが、寄ってたかって、「両立は無理だ」、「母親が外で働いていると子どもに悪い影響を与える」、「家庭をおそろかにしたら旦那が浮気に走る」など言いたい放題。言われた女性はその空気感に抵抗できません。
それは感染症となって、次は自分が感染源になっていきます。周囲に拡散され、時系列で母娘と代々引き継がれて、時間空間を自在に駆け巡って暴れまわる"呪い"となります。呪いこそ女性の社会進出の最大の桎梏(手かせ足かせ)ではないでしょうか。
これまで気の遠くなるほどの長い間、男性によって人類史が動かされてきたのですから、当然といえば当然のことです。女性は歴史の表舞台から抹消されるか、諸悪の根源のように言われてきました。歴史上の有名人物はほとんどが男性でした。女は愛嬌、可愛くあれ、愛されてなんぼ、男を立て内助の功に尽くのが女の生き様だと、言われ続けてきたのです。私もバブル期をチャラチャラ生きてきた過去があるので、懺悔の意味をこめて、これからは機会ある毎にアンコンシャス・バイアスについて発言していこうと思っています。
――フランス人女性はそのような"呪い"とは無縁なのですか。
フランス人は空気が読めませんからね(笑)。かりにそんなことを言われても、フランス女性は「Et alors?(それが何か?)」と言うでしょう。日本の良き母親は、キャラ弁など手間と愛情を込めた弁当を手作りします。でも、フランスでは幼稚園(日本で言うところの保育園機能つきの幼稚園)から給食があります。働く母親には子どもの昼食を準備している時間などなく、夫との愛を確認する時間はもっと大事ですから。自分のやりたいことをやるのがフランス人女性なのです。
――「働く母親」の捉え方が違うのですね。
哲学の問題なのかもしれません。歴史も違います。フランス人は、大人になるとは「自立し、自律すること」、つまり「自分の人生に自分で責任を持つ」という考え方を、子どもの頃から叩き込まれます。男も女もありません、と言っても1968年五月革命以前は日本以上に女性の地位が低い国だったのです。
日本は島国で色々な意味で守られてきました。外国からの侵略にさらされることはほとんどありません。戦国時代であれば、大陸だったら周囲の国が切り取り奪い合いに狂奔したでしょう。それに日本の男性は欧米の暴力的なマッチョぶりに比べればかなり優しいのではないでしょうか。
日本女性は人生に責任を持てない、持ちたくないという人が、いまだ多いようです。仏教の五障三従の考え、「幼にして父母に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従う」の"呪い"も意識下に脈々と流れているのかもしれません。自立せず、誰かの庇護の下にいることは、楽といえば楽ですから。
――日本人女性(男性も)もこれからは変わらなければいけない、と。
私は多様性の尊重を主張しています。庇護の下にいることに幸せを感じるのなら、それはそれでいい。その生き方を選ぶのは自由です。しかし、講演や著書に対する反応などを見ると、おそらく8割くらいの日本人女性が「何かおかしい」と思っているように感じられます。
男女の役割分担が当たり前だった昭和の高度成長時代は、今や遠い過去となっています。女性も働いて家計を支えなくてはいけない時代なのです。子育ても家事も、女性の職分や領分などではありません。男も女も、経済と精神面の両方で互いに支え合って生きていく、それこそが"愛の完成"となる時代なのです。
――最近の講演テーマは「女という呪い~アンコンシャス・バイアスからの解放」。"呪い"というのは面白い発想ですね。
男女格差を示すグローバル・ジェンダーギャップ指数(世界経済フォーラムWEF)で、日本は2018年度、149カ国中110位で、G7の中ではダントツの最下位でした。なんとアジアのデベロッピング・カントリーズよりも低い。アジアでは女性の社会進出がめざましく、バリバリ働いている国が多いのです。外食文化が進んでいて女性の家事負担が軽いことも一因でしょう。
先日の徳島での講演では、日本のグローバル・ジェンダーギャップ指数の惨憺たる結果は、アンコンシャス・バイアスにあるのではないかということを、歴史や文化を踏まえて"過激"にお話しました。本当に男女差というものはあるのか?私の得意分野である男女の身体的特徴面からも追求してみました。そのようなテーマにいたたまれなくなったのか、たまたまなのか、稀少な男性参加者は皆さん途中で退席なさりました(笑)。
じつは"呪い"とはコインの裏表なのです。女性だけではなく、男性も同じように空想冒険活劇の「男は男らしくあれ」という"呪い"をかけられてきました。女も男も、呪いの本質であるアンコンシャス・バイアス、自縄自縛からは解き放たれるべきです。女性が働く分、男性も当たり前に家事育児をする。今まで家庭で家事を教えられなかった男性こそ、学校で家庭科を勉強すべきではないでしょうか。妻は夫の収入を補うために働くのではなく、能力があれば自分が一家の大黒柱になることもできる、それが常識となる時代はすぐにやってきます。
そのような意識改革、「らしさ」の"呪い"からの解放が、日本女性の社会進出には不可欠だと思います。若いお母さんたちに、今回私が最初に語ったような"仕事と子育て両立の苦労話"のバトンを渡してはいけません。世の中に満ち満ちているアンコンシャス・バイアス、是非皆様も一度ゆっくり考えてみてください。私の心からのお願いです。
皮膚科医/美容ジャーナリスト 岩本 麻奈氏
――アスクル「みんなの仕事」でお気に入りの記事を教えてください。
世界最年長プログラマー、若宮正子さんの記事です。実は記事の中もアンコンシャスバイヤスがいくつか忍び込まれておりました。そもそも論で、もし若宮さんが男性の最高齢プログラマーだったら果たしてここまで注目を浴びたか?ということもあります。
それは置いておいても、とても元気が出る記事でした。若宮さんは、知的好奇心が旺盛でいらっしゃるのはもちろん、ひとつのことに特化してヴィヴィッドに探求なさっているのが何より素晴らしいと思いました。外見に関係なく若い精神を持つ方は間違いなく若く魅力的です。
『アップルやマイクロソフトも絶賛!81歳でゲームアプリを開発した「世界最年長プログラマー」が、女性活躍社会・人生100年時代に「贈る言葉」~若宮 正子氏インタビュー』
明るく笑顔を絶やさず、気さくな岩本さんがインタビューで話されたことはまさしく正論で、女性には共感できる内容ですが、本人もおっしゃっているように、男性にとっては少々過激なのかもしれません。しかし、岩本さんのお話を伺い、日本の女性の社会進出を促すには、制度や助成金の充実よりも先に、まずは働く女性、そして男性の意識改革が大切なのではないかと感じました。
プロフィール
東京女子医大卒。
皮膚科専門医、一般社団法人・日本コスメティック協会・名誉理事長、一般財団法人・内面美容医学財団・学術理事、Laboretoire ODOST顧問、ナチュラルハーモニークリニック顧問医師、巡活マッサージ®テクニカルスーパーバイザー、コスメプロデューサー、美容ジャーナリスト、エッセイスト。
日本、フランス、カンボジアをベースに美と健康、生活スタイルに関する情報を独自の視点を交えて発信。日本滞在中はグランプロクリニック銀座などで皮膚科医としてカウンセリングや診療を行う。
パリのマダムに生涯恋愛現役の秘訣を学ぶ(ディスカヴァー・トウェンティワン)[外部リンク]
生涯男性現役 男のセンシュアル・エイジング入門(ディスカヴァー・トウェンティワン)[外部リンク]
結婚という呪いから逃げられる生き方 - フランス女性に学ぶ(ワニブックス)[外部リンク]
女医が実践するいつまでたってもキレイの事典(ディスカヴァー・トウェンティワン)[外部リンク]
他多数
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局
取材日:2019年2月20日
2016年11月17日のリニューアル前の旧コンテンツは
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