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【岸本章弘のワークプレイス新潮流インタビュー[5]】建築家小堀哲夫氏が実現した「目標の見えないワークプレイス改革に形を与える」共創プロセス <前編>

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小堀哲夫氏 (小堀哲夫建築事務所)

小堀哲夫氏 (小堀哲夫建築事務所)



(編集注) 本記事は、2020年2月27日に取材しました



今、ワークプレイスには行動変容や意識改革を後押しするデザインが求められている。活動に応じて場所を選んだり働き方を変えたりといった使い方を促すABWも、そうした施策のひとつだ。


しかしながら、デザインの初期段階においては、組織が目指している「変革」の行方は必ずしも明確ではないことが多い。変える目的(変わる必要性)や背景にある「危機感」などは明確でありながら、何をどこまで変えるのか、どんなふうに変えるのか、どんなやり方で変えるのか、という目標(どこに向かうか)が曖昧な状態で、場合によっては大まかな方向性や抽象的なコンセプトしか示されていない状態からプロジェクトを始めざるを得ない。


このため、設計要件も流動的になり、それらを事前に定義してから基本設計に取りかかるという一般的プロセスでは対応できそうにない。


そのような曖昧な状態からデザイナー、設計者が関わり、利用者と対話しながらプログラミングとデザインを並行して進める在り方が必要ではないだろうか。


求められる活動や意識をユーザーチームとすり合わせながらイメージを共有し、デザインの解像度を上げていく共創型のプロセスによってNICCA INNOVATION CENTER、梅光学院大学The Learning Station CROSSLIGHT を手がけられた小堀哲夫氏にお話を伺った。





≪日華化学株式会社イノベーションセンターと梅光学院大学新校舎の紹介≫

日華化学研究開発拠点「NICCA INNOVATION CENTER」

繊維用薬剤メーカー日華化学が2017年11月に竣工した研究開発拠点。延床面積7,495.73m²、執務用総席数200席。社内企画部門は同社イノベーション推進本部、設計担当は小堀哲夫氏。2018年度「JIA 日本建築大賞」(日本建築家協会主催)受賞。(写真:新井隆弘 ※)

繊維用薬剤メーカー日華化学が2017年11月に竣工した研究開発拠点。延床面積7,495.73m²、執務用総席数200席。社内企画部門は同社イノベーション推進本部、設計担当は小堀哲夫氏。2018年度「JIA 日本建築大賞」(日本建築家協会主催)受賞。(写真:新井隆弘 ※)

日華化学株式会社イノベーションセンター[外部リンク]



梅光学院大学新校舎(北館)「The Learning Station CROSSLIGHT」

梅光学院大学開学50年記念事業の一環として建築を進め、2019年3月に竣工した新校舎。地上3階、延床面積3,947.79m²、椅子数は1階197脚、2階367脚、3階105脚(造作家具は含まず)。設計は小堀哲夫氏。「アジアデザイン賞_金賞/DFA Design for Asia Awards 2019, Gold Award」「日本タイポグラフィ年鑑2020 部門別ベストワーク賞」など受賞。(写真:Nacasa&Partners ※)

梅光学院大学開学50年記念事業の一環として建築を進め、2019年3月に竣工した新校舎。地上3階、延床面積3,947.79m²、椅子数は1階197脚、2階367脚、3階105脚(造作家具は含まず)。設計は小堀哲夫氏。「アジアデザイン賞_金賞/DFA Design for Asia Awards 2019, Gold Award」「日本タイポグラフィ年鑑2020 部門別ベストワーク賞」など受賞。(写真:Nacasa&Partners ※)

梅光学院大学新校舎[外部リンク]








■どういう場が必要なのか分からない状態から始めること

小堀哲夫氏インタビュー



岸本 私も梅光学院大学のプロジェクトに参加し、ワークショップの現場に立ち会いました。施設としては学校ですが、教職員のフリーアドレスのオフィスもあり、想定される活動要件が流動的な状態で、教員や職員、学生も交えて、この空間で何ができるのかを考えるワークショップでした。この設計案は何を意図しているか、この方向で活動してもらうことがユーザーにとってどういうプラスになるかをしっかりと伝えながらリードしていくプロセスが興味深かったです。


日華化学のイノベーションセンターなどでも、Webサイトを見ると、事前に何度もワークショップを実施していますね。そうしたプロセスの中で、小堀さんが建築家としてどのように関わっていったのか、ヒントを見つけたいと思います。


小堀 僕らは建築デザインを通して場所をつくるプロです。一方、オーナー、クライアント側は、そこでどう働くか、どういう企業理念に基づいて会社を運営していくかを考えるグループ。その両者が場を作っていくとき、今までは「餅は餅屋」で、「こういうふうに働きたいからこういう場が欲しい」「分かりました、こういう場ならこのくらいの予算で、このくらいのプランニングです」というのが一般的な形でした。合理的で分かりやすいし、諸条件を整理し、そのビルディングタイプのコードの中で設計していけばいいわけです。


しかし今、どういう場が必要なのか、じつは分からなくなってきているんですよね。資本主義が発達し、テクノロジーも進化して、街にもカフェなどの働く場が乱立した、圧倒的な場の飽和状態にある。そもそも自分たちの場が必要なのか、作る意味があるのかという大きなジレンマが企業の中にあります。


しかし建築をデザインする側が、彼らに想像できないような場を提示できる可能性は十分ある。その創造的な知的行為を見ると、彼らの考え方も少しずつ変わっていきます。


岸本 「どこでもいいというわけではない」と。


小堀 そうそう。それがまず僕らにとって最初に必要なことで、彼らの想像の域を超えていかないと何も始まりません。僕らのプリンシプルは、つねに原理を超えていくということです。方向性が間違っていても修正していけばいい。まずこうあるべきだということを僕らが提示する必要性があるんです。


そういう空間が紙から立体に立ち上がると、私たちと彼らの双方が想像していなかった情報量を得ることができます。まずその状況に持っていかなければ、創造性の高い場、イノベーションが起こる場が欲しいという要求に応えられません。


日華化学にしても梅光学院大学にしても、最初にわれわれが提示したのは、彼らの要求を満たしながらも、かなり異なった目線のものでした。すると彼らも新しい発想を得はじめる。その場でどういう働き方をすれば自分たちの理想が通用するかという発想にチェンジするわけです。今までは、「あれが足りない、これが必要だ」という不足の欲求の塊の建築になってしまう可能性がありました。そこから脱却しなければ新しい場は創造できないし、企業側にとっても本当に自分たちが求めている場所が見えてこないのです。




■建築プロジェクトでキャズムを越える

小堀哲夫氏インタビュー



岸本 梅光学院大学のワークショップでは、私は家具チームのメンバーとして関わったわけですが、参加ユーザーの当初の反応は、「これだと今の授業のやり方ができなくなる」という、まさに「あれができない、これができない」という話でした。それに対して「この空間はそもそもこのためにデザインされている」とデザインの意図を伝えると、ユーザー側の変革リーダーが、「むしろこれを使って何ができるか考えよう」と議論の方向を変えていきました。こうやったら何ができるのかと空間のポテンシャルを引き出す活動を考えはじめるモードに変わった。それを見て、今までこのような例には出会わなかったと思い、醍醐味を感じましたね。


小堀 そこが建築プロジェクトの面白いところです。オフィスプロジェクトも同じですが、場を議論したり提示したりすると、人々の考え方そのものが変化していく。


イノベーションの課題におけるキャズム理論で言われるアーリーアダプターと後続のマジョリティの間の深い溝を飛び越えるジャンプに必要なものとして、僕らは建築プロジェクトを考えます。建築プロジェクトは人々の意識を未来に向けさせることができる。「あれが足りない、これができない」ではなく、自分たちがどう働きたいか、どう生きたいかという自己実現的な成長欲求に持っていけば、最終的には働く意義や今の組織の在り方まで、自分ごとで考えられるようになるんですね。


従来のピラミッド構造的な組織では、自分の役職のことだけやっていればよかったのですが、最近ではティール組織などさまざまな組織論があり、人々が信頼関係によって様々なところに属する生命体のような組織構造が一番強いと言われています。空間もそうあるべきだと思うんですよね。梅光学院大学は三次元のセミラティス構造で解き、ネットワークのように上下左右いろいろなところにつながっていて、ここは廊下、ここは教室という区切りがなく、どの場所もどこかとつながっています。組織論的にいうとホラクラシー型組織といわれますが、組織もそうあるべきなんです。




大階段で行われる授業(写真:Nacasa&Partners ※)

大階段で行われる授業(写真:Nacasa&Partners ※)



廊下から見え隠れする教室とラーニングコモンズ(写真:Nacasa&Partners ※)

廊下から見え隠れする教室とラーニングコモンズ(写真:Nacasa&Partners ※)




今、自分の事務所では物件は一人ではなく数人が並行して担当しているので、様々な情報がプロジェクトを超えて横に流れていきます。そういった中で、組織論と空間のありようにはかなり共通点があり、それらを同時にデザインしていかなくてはダメだと気づきました。上田信行先生(同志社女子大学現代社会学部現代こども学科名誉教授)がよく話す「KDKHモデル」、「空間・道具・活動・人のすべてを同時にデザインしていくことで場が動いていく」ということに近い。


われわれがやるべきなのは、場の設計とともに、どう働きたいかをデザインし、互いに影響しあいながら変化していくことです。建築によって強い空間ができるといろいろな活動が生まれます。建築が与える場のパワーはすごいと思います。


岸本 「KDKH」やワークショップのシーンを少し見せてください。



模型を見ながらのワークショップ(写真:小堀哲夫建築設計事務所 ※)

模型を見ながらのワークショップ(写真:小堀哲夫建築設計事務所 ※)



小堀 最初にやったワークショップがこれです。参加者全員にイノベーターになれというのですが、なかなか一般的な視点から移動できません。イノベーターに近づくには大きい壁があり、そこに建築という大きいきっかけがあるという話をよくします。


日華化学で最終的にやったことは、ワークショップを通してアイデアを熟成させることでした。働き方をデザインしようというところから始まったんです。


どういう場かということを想像して働き方を考えることが非常に大事なので、空間の模型を必ず持っていきます。空間と働き方は切っても切れないはずなのに、これまでは、働き方を考える人と空間を考える人が互いに交わっていなかった。働く側も実際の空間をイメージしながら考えられれば、より具体的に、どうなりたいか、こういう場所だったらこういう働き方ができるという潜在的な欲望が出てきます。場をイメージできないと、「トイレが汚い」「リフレッシュコーナーが狭い」といった生理的欲求や不足が出てきてしまう。それでは意味がありません。でも、具体的な場のイメージが目の前にあると、不足欲求は設計で直していけばいいと意識が変わるんですね。そのために毎回模型を作っていくんです。




■知識を肉体化する「立体的ビジュアルシンキング」の力

上田信行名誉教授(同志社女子大学現代社会学部現代こども学科)のファシリテーション(写真:小堀哲夫建築設計事務所 ※)

上田信行名誉教授(同志社女子大学現代社会学部現代こども学科)のファシリテーション(写真:小堀哲夫建築設計事務所 ※)



小堀 これが上田先生で、必ずこういう体を動かすということをやります。身体的にデモをやったりしながら場を考えて議論し、それが何回も続くんですね。ここは、ワークショップでみんなが働き方をプレゼンテーションする。そのための場所としてステージを作る。


岸本 上田先生のファシリテーターとしての役割が大きいですね。


小堀 大きいです。スケッチから始まってワークショップをするのですが、その前のワークショップがすごく大事で、ワークショップの前に、こうやって何回もワークショップをするんです。




ワークショップ前のワークショップ(写真:小堀哲夫建築設計事務所 ※)

ワークショップ前のワークショップ(写真:小堀哲夫建築設計事務所 ※)



小堀 物作りは個人的な作業ですが、あらゆる人たちの知見を短期間に集約させるのはすごく良い手法だ、われわれの事務所内でもそうあるべきだと思い、デザインを固めるためのワークショップをやっています。実験的に映像を映してみたり、グラフィックレコーディングを使ってみたり、いろんなことをやりながら、どういうワークショップにするかを考える。


岸本 本番のワークショップでどんなことをやろうとか、何を提示しようとか、これで伝わるとか、そういうやり方をしても伝わらないとか、こうやって盛り上げようとか。


小堀 建築は場のデザインです。会議も場、ワークショックも場です。すべて場のデザインというコンセプトで、どういうワークショップを運営したら人々がアイデアを創出でき、新しい考え方に導くことができるか、あらゆるツールを含めたやり方を議論していきます。


岸本 レゴを使ってイメージを重ねたり、議事録ではなくグラフィカルに描いてもらうグラフィックレコーディングなども用いられるのですね。


小堀 いつも使うのは、上田先生が開発したツールであるCubeです。「知識の模型」と言っているのですが、知識はノートに書くだけでは自分の中でしか表出しませんから、それを外に出すためにCubeを使います。立方体に自分の考え方を表出化し、転がしたり交換したり、議論したりします。概念をアーキテクチャーする、コンストラクションしていくという考え方で、手に触れたり交換したり、物体として外に出すと、情報量が100倍にもなります。これを「知識の肉体化」と呼んでいます。言葉だけで議論していると、「誰々さんの考え方」でしかありませんが、考え方を表出化すると、物に対して容易にクリティカルになれるんです。日本人は相手のことを推し量ってしまうからなかなかイノベーションを起こせないし、コミュニケーションできない。物体に置き換わった瞬間、「これはちょっと違うんじゃないの」「こうしたらいいんじゃないの」という言葉が出てきます。



知識を肉体化するツール「cube」(写真:小堀哲夫建築設計事務所 ※)

知識を肉体化するツール「cube」(写真:小堀哲夫建築設計事務所 ※)



岸本 「誰々さんの意見」ではなく「この意見」になるわけですね。


小堀 そう。今まで概念設計では、付箋などでやり取りしていましたが、ひとつの立体として見せ合うことがすごく大事だという建築家としての勘から活用するようになりました。


Cubeは1000人の講演会などでも使っています。僕が喋って終わりだと知識の交流になりませんから、Cubeを使って1000人規模で議論するわけです。


型から自由になることですごくドライブしてくるんです。人間、何でも自由だと言われると苦しい。緩いコード、緩い型がありながらもつねに動けるというのが大事です。


梅光学院大学で考えたのはそこです。ある程度、緩い空間が連続していく。フリースペースだと、それはそれで大変なんです。今大事なのは、場と意識を同時に変えるドライブ感で場を設計していくことです。場だけ先に変えて働けと言っても、「こんなところで働けません」となる。かといってラディカルに働こうと思っている人が旧態依然とした場に押し込められたら窮屈でしかない。


岸本 ワークショップの前にプレワークショップがあるわけですね。一方で、ワークショップの中で都度出していく案やアイデア、その複数の選択肢には、最後にはミリ単位で決めなければならないから、リサーチに基づいた根拠が必要になりますね。


小堀 ワークショップと本当の設計業務は同時進行で、リサーチも同時に行います。やみくもに場を提案するのではなく、リサーチの結果に基づいた根拠をつぶさに観察していきます。日華化学の場合も、いろいろと場の研究をして、どういう場が必要なのか、どのくらいの面積が必要か、すべて頭の中にインプットした後にコンセプチュアルなモデルを提出しました。


これはプロでなければできないことで、アイデアを出したり面白い空間を創造したりすることは、非常にフラットな関係性でやることですが、調査という圧倒的に泥臭い作業がベースにないと、絵に描いた餅でしかありません。そこが非常に大事なんです。


梅光学院大学でやったのは、調査の結果をまた立体化していくことです。学校がどのように使われているかを分析するのに、一目瞭然で分かるように、必要面積を円にして利用率を嵩にしました。どの空間がどのくらい使われているかを一瞬で分かるようにしたことで、この空間がこんなに使われていた、ここは全然使われてないというような問題か見えてきた。




空間の利用状況を立体的に可視化する(写真:小堀哲夫建築設計事務所 ※)

空間の利用状況を立体的に可視化する(写真:小堀哲夫建築設計事務所 ※)



小堀 どの教室がどのくらい、いつ使われているかを模型化すると、いろいろな見方ができて面白い。この部屋は、やっぱりこっちに持って行こうぜというように差が出るんですよね。そういう身体感覚に基づいたオフィス設計が非常に大事です。


岸本 ビジュアルシンキングという考え方は昔からありますが、小堀さんがおっしゃっているのは、それをさらに立体にするということですね。立体的な物が与えられたら、とりあえず動かしたり交換したり、具体的なものからフィードバックを受けることが参加者のハードルを下げ、発想や思考の可能性を広げることにつながっている気がしますね。


僕もいろいろなプロジェクトをやっていますが、コンセプチュアルな議論はなかなか難しく、訳の分からない空中戦になって、何か盛り上がったけど、後になるとあまり覚えてないなんてことがあります。それらをモノとして見える形にして、「〇〇さんの意見は......」ではなく、「この意見は......」とするだけで、いろいろな意見や反応を引き出せるのはいいですね。


ワークショップでのフィードバックや反応を受けて、次回までにまたアップデートしていくのですか。




模型を使ったワークショップ(写真:小堀哲夫建築設計事務所 ※)

模型を使ったワークショップ(写真:小堀哲夫建築設計事務所 ※)



小堀 今回は、一回やって、それをもう一回見せていくことを繰り返しました。愚直に模型を作りながら議論し、作って議論するということを、何かが見えてくるまで繰り返した。1回目のワークショップの後に振り出しに戻って、その場でどんどん模型を作りながら考えると、何がよくて何が悪いかが見えてくる。それを7回繰り返したんです。かなりハードでした。




■脱構築されていく「働く」のイメージ

岸本章弘氏

岸本章弘氏



岸本 ワークショップで出たものを持ち帰って、もう一回チームでワークショップをやると、その間にお客さんの側では何かが起こっているんですか?


小堀 お客さんの方で起こっているのは働き方の発見です。自分たちはこんな働き方をしていいんだと思うようになっていく。場から得るイメージというのはすごいもので、自分たちがこういう働き方をできるとわかると、思い込みや既成概念のタガが外れて、まったく違うアイデアが出てきます。日華化学さんの場合でも、「自分の席はどこか」というような議論からは早々に脱却して、自分はこの場でどう働いてどう成長し、どう生きていきたいのか、今までの自分の中にあった「働く」ということのイメージを脱構築していきました。


岸本 前回のワークショップを踏まえて次を出すと、「その間に私たちは考えてこう思っていた」と。


小堀 今度はこう来たか、みたいな繰り返しの中で働き方を脱コード化していく。今まで、いかに自分がサラリーマンというピラミッド構造の中で生きてきたかということに、良い意味で気づいていくんですよね。


会社としては、全員にベンチャーになることを求めてはいませんが、一人ひとりが創出した新しいアイデアを利用したいわけです。そういう意味では、会社という資本主義の中で生きているんだけど、ちょっとフリーになるかもしれないという喜びを感じはじめると、どんどんドライブがかかってきます。それはやはり場がないとイメージできないと思う。場ができて初めて空間がイメージできる。その連続をモデル化している感じですね。




スクエアのバリエーション(写真:小堀哲夫建築設計事務所 ※)

スクエアのバリエーション(写真:小堀哲夫建築設計事務所 ※)



バザール感のあるオープンスペース(写真:佐々木龍一 ※)

バザール感のあるオープンスペース(写真:佐々木龍一 ※)



バザールのオープンスペースで、上田先生と(写真:小堀哲夫建築設計事務所 ※)

バザールのオープンスペースで、上田先生と(写真:小堀哲夫建築設計事務所 ※)




小堀 実際にできた空間でいうと、「バザール」と「コモン」という大きいカテゴリーがあり、今まで個室で働いていた人たちが広場にバッと集まるというものでした。広場が立体化していくと、みんなが外に出てくる。周りに実験室があるわけです。働く場所も自由だし、椅子も照明もすべて可動で、すべて自分で意思決定しながら働かなければいけない場ですから、どのように働けばいいのかも含めて、ワークショップで考えるわけです。メンバー全員が施設運営メンバーとして次にどういうイベントをしようかと考えはじめます。




食堂でのイベント(写真:片岡杏子)

食堂でのイベント(写真:片岡杏子)




小堀 これは食堂です。食堂を開放してエックススクール(XSCHOOL)という勉強会をやっているのですが、こちらも同じで、ここでどういうイベントを開催すれば研究員たちが興味を持つのかなど、そういう活動のデザインを自分でやるわけです。最初は僕がやるのですが、移行していくとしめたもので、人々がデザインしはじめる。アーキテクトと言ったほうがいいかな。ものごとを構築していく力を持つと、それがイノベーションにつながっていくんですよね。


参考:XSCHOOL|make.f 未来につなぐ ふくい魅える化プロジェクト[外部リンク]



アーキテクトは「建築をする人」ですが、「建築」する対象は建物だけでなく、すべてを構築していくんです。ワークショップを通して、アーキテクトマインドが伝播していく。そういうマインドを持って動きはじめると、場がどんどん変化していく。今、本当に面白い状況になっています。



岸本 プロセスを通して、スキルなどが移転してリテラシーが育っていくんですね。自分たちの環境を使いこなすリテラシーが育ち、新たに企画してまた経験を積み重ねていく。


小堀 地域交流イベント「いこっさNICCA」などを通じて近隣の人々に会社を改めてアピールするなど、もともと人を呼ぼうというのがありましたが、よりそれが強くなりましたね。イベントも社員が中心になって企画しているんですよね。どう使っていこうかというマインドになって、竣工するとすごくドライブがかかる、ドンと動き始める。今回すごくそれを感じました。


岸本 実際にできあがって入居したときの反応はどんな感じでした?


小堀 みんな最初はびっくり仰天ですよね。




オープン後の「NICCA INNOVATION CENTER」(写真:新井隆弘 ※)

オープン後の「NICCA INNOVATION CENTER」(写真:新井隆弘 ※)



岸本 いろいろやってきたけれども、できあがった空間はそんなに簡単にイメージできないということ?


小堀 イメージできないから圧倒的に感動するのですが、それをどう使いこなしていくかということを考えはじめます。


岸本 自分たちのイメージを超えた空間に放り込まれたとき、どうやって使えばいいのかという戸惑いではなく、その前にいろいろなことをやっているから、「さあ、これをどうやって使いこなそうか」というモードにちゃんと変わるわけですね。


小堀 これを使いこなすぞ、使おうぜ、使うぞ、というモチベーションになっていますよね。ワークショップの建築プロジェクトは、どう働きたいかと考えるきっかけになっています。面白いですよ、そういうのを見ると。


岸本 入居後の反応や、その後の影響はどうですか。予想を超えていたエピソードなどありますか?


小堀 エックススクールを通じて地域に開き始めたことですね。福井県の産業と日本国中のクリエイターをつなげる活動を日華化学という場所でやっている。あと面白いのは「MO-SOミーティング」というのが始まったことです。とにかく妄想することから始めようという活動だそうです。今までは交差点のようなイメージだったのですが、そこで何かクラッシュする、何かぶつかってつながっていく活動の場ができたことには非常に驚いています。こういうことは今まではなかった。


岸本 いろいろな場所でそれぞれ小さくつながっているのではなく、全部がそこでつながると、ポテンシャルとして相乗効果を持つ可能性があるんですね。


小堀 それは大きいですよね。以前はよくある中廊下をはさんだ個室形式の研究室で、それでもみんなは非常に満足していたんですが、誰かが「タコツボから骨壺へ」と言ったんですよ。ずっとタコツボにいるといつかお前ら死ぬぞという意味です。とにかくオープンイノベーションを推進しようというコンセプトでした。だから彼らにとっては圧倒的に環境が変わったんです。それは大きいですよね。




■INTERMISSION(岸本章弘)


綿密なリサーチの結果を根拠に、それらを大胆に超えるアイデアを提案することで、ユーザーの前向きな議論を引き出し、自分事としての大胆な想像を促す。そうしたプロセスを加速させる触媒として「見えて触れる形」の力を発想の場で活用することが、効果的な共創プロセスを支えているのだろう。


革新的な環境づくりを支える「形を創るプロ」の役割が垣間見えた気がする。後編では、さらに今後のワークプレイスのあり方や、それを生み出す姿勢についても聞いてみたい。


(岸本章弘)




後編につづきます

【岸本章弘のワークプレイス新潮流インタビュー[5]】建築家小堀哲夫氏が実現した「目標の見えないワークプレイス改革に形を与える」共創プロセス <後編>







プロフィール


小堀哲夫(こぼり てつお)

建築家・小堀哲夫建築設計事務所 代表

1971年岐阜県生まれ。法政大学大学院工学研究科建設工学専攻修士課程修了。大手設計会社を経て、2008年に小堀哲夫建築設計事務所設立。法政大学 デザイン工学部建築学科教授、梅光学院大学客員教授、名古屋工業大学非常勤講師を務める。2017年には「JIA日本建築大賞」と「日本建築学会賞」の二大建築賞を史上初となる同年内でダブル受賞し注目を集めたほか、2019年には福井県内で手がけた日華化学・NICCA INNOVATION CENTERが自身2度目となるJIA日本建築大賞を受賞。


岸本 章弘(きしもと あきひろ)

ワークスケープ・ラボ代表

オフィス家具メーカーにてオフィス等の設計と研究開発、次世代ワークプレイスのコンセプト開発とプロトタイプデザインに携わり、オフィス研究情報誌 『ECIFFO』 編集長をつとめる。2007年に独立し、ワークプレイスのデザインと研究の分野でコンサルティング活動をおこなっている。

千葉工業大学、京都工芸繊維大学大学院にて非常勤講師等を歴任。

著書『NEW WORKSCAPE 仕事を変えるオフィスのデザイン』(2011)、『POST-OFFICE ワークスペース改造計画』(共著、2006)

ワークスケープ・ラボ [外部リンク]






取材協力

小堀哲夫建築事務所[外部リンク]





編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2019年2月27日

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