ポニーキャニオン新オフィス コンセントレーションワークスペース
総合エンタテインメント企業のポニーキャニオンが、オフィスをリニューアルし、ABWを導入した。同社は2019年5月に六本木にオフィスを一棟借りで移転し、当「みんなの仕事場」でも全フロアを紹介したが(前回記事)、その後2020年にコロナの感染拡大によって働き方が大きく変わり、今回のオフィス刷新に至った。前回も対応していただいた古宇田隆之助氏(人事総務本部人事総務2部部長)に、リニューアルの狙いやプロジェクトの苦労などを伺った。
――お久しぶりです。ポニーキャニオンさんはこのコロナ禍でどんな影響を受けていますか?
ビジネス上の影響としては、ライブ関係が軒並み中止や延期になり、チケットやグッズ等の売上も打撃を受けました。しかし一方で、いわゆる巣ごもり需要によって、アーカイブ(旧譜)も含めて音楽や映像の配信が伸長してカバーできたため、2020年度は減収増益という結果になりました。
――オンラインライブには場所を選ばず参加できるので、集客数が増えたりといった効果もあったのでしょうか。
おっしゃる通り、その結果、海外のお客様が弊社コンテンツに触れていただく機会は劇的に増えました。海外で、40年以上前の松原みきさんの「真夜中のドア」がバズったり、アニメの売上も伸びるなど、世界中にお客様がいることを認識しました。
――現場の方たちの試行錯誤は経験したことのないようなものだったでしょうね。
これまでは基本的にはリアルがメインでしたから、苦しい状況の中で関係者が必死に知恵を絞って、今できる最適なことは何かを考えてくれました。考えてオンラインの形を作っていきました。プラットフォームが整ってきたことも後押しになりました。感染状況が少し落ち着いた時点ではパーフェクトな感染対策で声優ライブをリアルで実施し、お客様も安心して見ていただくことができ、大変な高い評価をいただきました。これは非常に大きな自信につながる経験になったと思います。
――働き方ではどんな変化がありましたか?
2020年2月20日からテレワークを始めて、出社禁止ではないものの、上長の許可が要ることになったため、出社率はクリエイティブ部門で2割前後、全社で15~20%ぐらいになりました。テレワーク自体は前年夏に国の「テレワークデイズ」に参加していたこともあり、システム部門のメンバーの頑張りでスムーズに移行できました。一方で、対面コミュニケーションを非常に大事にしてきた会社ですから、それができなくなったことで不具合が出たり、なかなか思うようにコミュニケーションをとれなくなりました。
――どんな対策をしましたか?
各部門でオンライン飲み会を開いたり、運動不足対策としてプロの講師を招いたオンラインのピラティス講座を開いたりもしました。苦境を乗り越えるために、ここでもいろいろな試行錯誤がありました。
――エンジニアは在宅勤務が難しいのではないですか?
コロナによって、新譜がほとんど発売延期になったため、フル稼働していた平時に比べると、エンジニアや制作技術系の社員も出社の必要性は切迫していませんでした。取材やプロモーションもできない状況でしたし。
また、在宅勤務対策として、制限はあるもののリモートでの作業もできるように急遽対応したので、最低限の作業は在宅でも実施できました。
音楽の新作は配信も含めて毎月15~20作品程度あるのですが、プロモーションも止まったのでアーティストも活動できなくなり、今は最適ではないという判断からほとんどが無期延期になりました。リリース直前に延期ということもありました。映像部門では、通常なら公開予定から半年程度でパッケージ版をリリースしますが、そもそもの劇場公開が延期になったので、やはりずっと後ろに延期されました。
古宇田隆之助氏(人事総務本部人事総務2部部長)
――現場はかなり混乱したでしょうね。今回のリニューアルは、それに対応できるようにということですね。
以前の記事でもお答えしたように、この泉ガーデンANNEXに移転したときは、自分の帰る席がちゃんとある会社にしたいというみんなの要望が元になっていました。ところが今度は、人が集まれない状態になってしまったわけです。オフィスが本当にがらんとなり、机と椅子と机の上の荷物しかないという状況が何か月も続いて、参ったなと思いました。そこでトップがオフィスを見て回ったりした結果、2020年の夏ごろ、このオフィスを大幅に変えようということになりました。
――今回も全フロアのレイアウトを変えたのですか?
3Fと、8Fの人事総務以外は全フロアを変えました。
――それは大変でしたね。
移転が終わって1年足らずですから、最初は気が遠くなりました。基本的には極力コストを抑えるために壁を立てたり壊したり等の大きな工事はせず、密を避けようという方向になって、具体的に検討に入ったのが9月上旬でした。11月には移転時にも設計やデザインを担当してくれたcdi社、プロジェクトマネジメント全般を担当してくれたJLL社が再結集し、現場も含めたプロジェクトが始動したのは4月です。
大筋はフリーアドレスということになりましたが、会社が始まって以来、未経験の働き方です。フリーアドレスでは先輩のJLL社にノウハウを聞いたりアドバイスをもらいながら、3月末までには大体の道筋が見えていました。今でもPDFファイルが残っていますが、そこまでたどり着くまでに大量の図面を検討し、毎週のように打ち合わせが続きました。
――どういったところで難航しましたか。
最適が何かということがなかなか見えなかったということがあります。感染予防対策ももちろんですが、われわれが最優先にしていたのは、どうしたらみんなが働きやすいのかということでした。最初のころは役員の中でも意見が割れ、調整に時間がかかりました。
――ABWにすることへの抵抗はありませんでしたか。
すごかったです(笑)。これはどうするんだ、あれはどうするんだの応酬でした。例えば固定席がなくなったら郵便物・宅配便などの届け物をどうするのか、とか。固定席があるとないとでは全然違いますから、不安だったのだと思います。経験のない取り組みに対する拒絶反応が強くて、私も頭を抱えました。
――自席が「城」みたいになっていたのですね。
心苦しさの極みでしたが、今では荷物は一人ひと箱になっています。専用の箱 を支給して、出社したら4階の自分のロッカーで必要なものをそれに入れて行きたいフロアに行くという働き方です。
――同業他社などのオフィスも参考にしましたか。
同業他社でもフリーアドレスになっているところは多いので、私も良いところを取り入れようといろいろな会社に見学に行きました。
コクヨさんのライブオフィスは当社と同じように何階にもフロアが分かれていて、そのフロアごとにコンセプトが異なり、働く目的に応じて働く場所を決められるようになっていました。これは大変刺激を受けました。
当社も、もともとは各フロアに集中するエリアや、カジュアルなエリアなどの特色を持たせることを想定していたのですが、だんだんごっちゃになって、何が正しいのかが解らなくなってしまっていました。そこで、最終的には『各フロアでコンセプトを持たせたオフィスにしたい』という点を社長や担当役員にもきちんと説明して理解してもらって進めました。人事総務のメンバーをはじめ、他社や美化委員メンバーなど多くの方の力を借りて何とか形にでき、ほっとしています。
――それでは各フロアを案内してください。
まず5階ですが、ここはコラボレーションワークスペースというコンセプトで、打合せやグループディスカッションなど、複数人での議論を活発に行うエリアになっています。
コラボレーションワークスペース(※)
虎ノ門に2拠点あったグループ会社5社も移ってきており、グループシナジーを発揮しようという意図があります。
今の形に落ち着くまでは、他のグループ会社のサテライトオフィスも欲しいとか、社外の人を入れるのはどうかなど、さまざまな意見が出ました。
コラボレーションワークスペースには、グループ各社が入居している。
カウンター型のコミュニケーションスペース。カウンターは各階にある。
壁の裏に設置されていた部門ごとのメールボックス。この後、古宇田氏の話にも出てくるが、かなり大量にある荷物の扱いもこのオフィスの特徴となっている。
次は6階です。
こちらはカジュアルコミュニケーションワークスペースとなっています。ソファ席を中心にリラックスした雰囲気で執務を行うエリアです。
カジュアルコミュニケーションワークスペース(※)
ユニークなテント型のミーティングスペース(※)
他階と同じカウンター型コミュニケーションスペース。
今まではフロアごとに部門が分かれていたのですが、クリエイティブという名でメンバーが集まり、気楽に気軽にコミュニケーションをとれる場所にしてあります。今まで各フロアに分散して置いていたソファコーナーやカフェコーナーを大きくしてここに置きました。
また、経営本部以外の本部の本部長と副本部長の固定席、クリエイティブ部門共有のバックヤードも集約してあります。
各部門の共有荷物置き場
7階はコンセントレーションワークスペースです。集中ブース、集中席を配置し、静かな環境で仕事をするエリアです。
コンセントレーションワークスペース(※)
ここは当初はオフィスルールも厳しめにして、会話もダメ、電話もダメ、テレビ会議等もダメ、食事もダメとしていました。
さまざまな集中スペースがある。
立って使える集中スペースも。
後でお話しするように、使われ方を見て、現場の声を聴いた上でルールを若干緩めることになりました。
細かいルール決めは試行錯誤の連続で、かなり苦労しました。
もちろんここにもカウンター型コミュニケーションスペースがある。
――多くの会社が直面するのがペーパーレスの問題です。しかも貴社の場合は紙だけではないですよね。
紙は移転した段階で大幅に減らせていましたが、「ポニーキャニオンさんは紙よりモノですね」とコンサルの方から言われていました。ABW化を目指すとなると、移転時には顕在化していなかったグッズやサンプルなどの在庫や、イベント時の備品等が大きな障壁になることがわかりました。
机の引き出しや自分のロッカーに入れていたそれらを決められたスペースに納めなければいけなくなりました。机の引き出しも撤廃され、自分の荷物のスペースは個人ロッカーに入れ、執務室に持って入れるのは専用の箱ひとつ分だけ、ということが分かったとき、どうすればいいんだという問題になりました。荷物問題はかなり大きかったです。
――基本的には個人から共有スペースに移動しなければなりませんね。
グッズをたくさん扱う部門とそうでない部門があるのですが、プロジェクトメンバーと各フロアを改造していく中で、部門ごとにバックヤードの広さや必要な収納を設計のcdi社とともに細かくヒアリングしてJLL社に共有し、ひとつずつ仕様を決めて調達・配置していきました。当時4つのクリエイティブ本部があり、その共有バックヤードを6階に、全社共通で使えるように一時的に荷物を置くことができる比較的広いスペースを4階に配置しました。現場の人たちがストレスなく動けるようにするために、机上で一方的に決めず、ひとつひとつみんなと話しながら、置く場所を考え、インフラを揃えていきました。
個人ロッカースペースの4階はまさに倉庫街のよう。
フロア全体にキャビネットが列をなしている
個人ロッカーフロアのワークスペース
――各スペースは意図した使われ方をしていますか?
オフィスの運用については、プロジェクトメンバーとともに見学させていただいた富士フィルムビジネスイノベーション社のオフィスが、ここは飲食ダメ、ここはワイワイしてもOKというようなオフィスの運用ルールをアイコンにして現場に掲示しているのがとても参考になりました。早速、当社でも絵心のある人事総務の女性メンバーにサインを作ってもらうことにしました。センスがあってひと目で分かるサインを作ってくれたので、至るところに貼っています。
各フロアにアイコンで示されたルール
――ルール決めは、オフィスの使い勝手に直結しますね。
当初、6階のカジュアルコミュニケーションワークスペースにはあまり行かず、7階のコンセントレーションワークスペースに人が集中するのではないかと想定していたんです。そのためルールも厳密化したのですが、実際に動きはじめたら、7階の人気があまりなくプロジェクトメンバーからも要望が出てきたのでルールを変えることにしました。全体に、想定したよりもずっと、現場がコミュニケーションを求めていたということです。そこで、7階の半分は電話や会話もOKとマイナーチェンジしました。他の場所もルールを緩和したほうが働きやすくなるかもしれないので、要望が出てきたら都度検討していこうと思っています。
当社の場合は、人にもよりますが、電話が多いのでそれを制限してしまうと動きづらくなるようです。7階を半分OKにして、4階も今は禁止ですが、緩和することも検討しています。1回決めたルールは絶対ということではなく、少しでもスペースが使いやすくなるように調整していくつもりです。
――現在の出社率はどのくらいですか?
今は上限を少し緩めて、オフィス全体で50%以下にしてテレワークと出社を両立しようというフェーズです。私のいる人事総務は多いときで60%、少ないときで30%ほどですが、フロアによっては7階など20~30%もないところもあります。当社は時差出勤推奨なので、朝から晩までいる必要もなく、朝はテレワークで昼から出社も自由ですので、日によって、時間によって変わります。
――結果的に社員の皆さんの反応はいかがですか。
ABW化でみんなの気持ちを変えていこうと、JLL社にコンサルしてもらってアドバイスを受け、足りない部分は何か、必要なものは何かというテーマでワークショップを3回やり、みんなで意見をぶつけ合いながら必要なものを抽出して、事務局で対応していきました。途中でアンケートを取り、出てきた問題点を議題にまたワークショップをやりながらルールを決定していきました。厳しい意見、辛辣な意見もありましたが、「いろいろな場所で気分を変えて仕事ができて最高です」「きれいなオフィスでいろいろな場所が使えるのはいい」など肯定的な意見も多数あり、理解してくれている人も多く、担当者として救われました。
――リモートが多くなったことでマネジメント上の問題などは?
基本的には1on 1ミーティングなどを推奨していますが、コロナ禍でコミュニケーションが不足してメンタルが悪化してしまう人も増えましたので、メンタルヘルスケア・マネジメントを始めました。自分自身を守るセルフケアを従業員全員に対して、部下の話をきちんと聞いて的確に変化に対応するためのラインケア研修を管理職に対して始めました。
時系列的には、毎年11月にストレスチェックを行い、個々人のストレス状態を把握してもらい、その後セルフケア研修でストレスへの対処法を学んでもらい、3月の期末後には上長と面談をしますので、その前に管理職向けにラインケア研修を実施して傾聴の仕方や最適なコミュニケーションの取り方などを学んでもらっています。
5階の1on1ルーム
――フロアがたくさんあって人が行方不明になったりということは?
そういう声はあり、解決に向けてBeacapp HEREを導入しました。従業員の出社・在席状況やフロアの混雑具合、満空状況をリアルタイムで把握でき、コロナ感染拡大防止効果も期待しています。
各フロアの在席状況
あてずっぽうに電話しなければならなかったり、そもそも出社しているのかわからなかったりする不安は、いったん解決できるかなと期待しています。
――今後はどのような働き方を目指していきますか。
従業員が安全に働くことができ、高い生産性を構築できるテレワーク環境を向上させていきます。
ABW化をさらに進めていくために、HR戦略室主導で今年は年明けからワーケーションの実証実験、2月にはサテライトオフィスの実証実験を行いました。サテライトオフィスは今、4社ほどを検証中で、こちらも社員の声を吸い上げながら決めていくつもりです。テレワークが当たり前になり、出社したらちゃんとコミュニケーションもでき、外出したら帰社しなくてもサテライトで効率的に仕事ができるようにしたい。さらに、ワーケーションもできるようになれば、と思っています。限られた時間を使って働きやすい場所で効率よく仕事ができるという働き方の実現が根本で、それを少しずつ具現化していきます。
※
エンターテイメント企業はもともと働き方の自由度が高く、アーティストなど社外との付き合いが多いこともあって、従業員意識の自立性が高い。自席を「自分の城」のように捉える傾向があるのもそのあらわれだろう。働く場所を選ばなければならないABWは、一見するとその働き方に反するように見えてしまうかもしれない。しかし気分で場所を選ぶことができ、ボーダーレスなコミュニケーションも配慮したオフィスは、クリエイティブな仕事にもふさわしいものではないだろうか。社員の皆さんの意識改革に挑む古宇田氏の苦労は、確実に報われつつある。
ポニーキャニオンは1966年10月、ニッポン放送のグループ会社として誕生。1970年には、㈱キャニオンレコードを設立、電機メーカ―系のレコード会社が多かった時代にフジサンケイグループというマスコミを背景に設立されたユニークなレコード会社でした。同時期に情報時代の新製品・ビデオソフトに着目、他社に先駆けて発売を開始します。80年代には音楽パッケージがレコードからCDへと変化、音楽・映像共にパッケージ売上が急激に伸長しました。映像作品のデジタル化が始まった90年代後半には、世界初となるDVDソフトを、2006年には日本初のBlu-ray作品を発売します。一方で2000年代初頭には映像・音楽の配信ビジネスをスタート.そして現在、音楽・映像という枠組みにとらわれないコンテンツの充実と事業を推進し、総合エンタテインメント企業として様々な分野にチャレンジしています。
コーポレートサイト https://www.ponycanyon.co.jp/ [外部リンク]
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2021年11月2日
2016年11月17日のリニューアル前の旧コンテンツは
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