六本木の東京ミッドタウン・イーストに移転したコロプラのオフィス(※)
株式会社コロプラは2022年2月に恵比寿ガーデンプレイスから六本木の東京ミッドタウン・イーストにオフィスを移転。新オフィスのコンセプトは、ずばり科学的根拠に基づく徹底的な感染症対策と、ゲーム会社ならではのクリエイターファーストです。コロプラらしさがあふれるオフィスについて、コーポレート本部 経営管理部部長の森林太郎氏にお話を伺いました。
移転前のオフィス(恵比寿ガーデンプレイス)にはボールプールやこたつがあり、コミュニケーションやクリエイティビティを刺激することを重視していた(※)
― 移転した経緯について教えてください。
コロナが感染拡大したときは、正直、「まさか在宅勤務がメインになる日が来るとは」という思いでした。ただ動き自体は早く、2020年2月にはすでに経営層でディスカッションが始まっており、3~4月からは在宅勤務制度を取り入れました。
旧オフィスは恵比寿ガーデンプレイスを4~4.5フロア、約3500坪を借りており、2020年4~5月には約2400坪に縮小したのですが、感染症対策を実現するには工事が必要で、床材の交換や換気ダクトの増強といった工事は働きながら行うのは難しい。そこで別のビルで工事期間をしっかり取って移転するという選択肢を検討しはじめました。
また、ガーデンプレイスではワンフロアが分かれているので400坪のスペースを2つ借りていたのですが、感染症対策としてはフロアが細切れだと換気が良くありません。最終的に移転した東京ミッドタウンなら1000坪の床面積を一枚で取れ、換気が良くなりました。
東京ミッドタウンは空間が広く、感染症対策にも有利(※)
コロナの感染拡大にともなっていろいろと知見を深めていく中で、私たちが決定した新オフィスのコンセプトは「クリエイターファースト&健康を守るオフィス」ということでした。
ワンプレートを広く使えるのはコミュニケーションにも有利だし、「クリエイターファースト」の面でもメリットがあるだろうと考え、2020年12月に東京ミッドタウンへの移転を決めました。
― 移転プロジェクトの進め方は?
弊社の代表である馬場功淳(当時は社長、現在は代表取締役会長兼チーフクリエイター)から、「経営者としてのコンセプトは、『感染症に強いオフィス』だ」と言われて、それ以外は全部任せると言われました。「コロナがいつまで続くかわからないが、もし収まっても、『風邪をひかないオフィス』になるだけでも価値がある」とも言われました。
まず、オフィスを一から構築した経験をもつ人材がいなかったため、PM会社として株式会社ディー・サインと契約しました。その時点では設計会社は決めていません。感染症対策をきちんと詰めてからではないと設計段階に進むことができなかったので、まずはディー・サインさんと徹底的に感染症対策を煮詰めていきました。
― 感染症対策については、別の専門家と検討したのですね。
当初は大学の先生や病院の医師に相談することも考えたのですが、当時は第3波が猛威を振るっていて、そういう方たちは猛烈に忙しかった 。われわれとしてもウィルスについて詳しく知りたいというよりオフィスを作りたいわけですから、感染症対策の正確なデータを持っている専門会社に相談することにしました。そこでメーカーとして科学的なデータを集めているパナソニックのくらし・空間コンセプト研究所を紹介していただいたんです。パナソニックさんは感染症対策に繋がる商品を提供していて、それらに関するデータを大量に保有していました。2021年1月にコンセプトができた後は2~4月までの間は感染症対策について議論を続けました。その結果スタートダッシュが遅れて、2月1日の移転日ギリギリまで工事している状況にはなってしまったのですが。
株式会社コロプラ 森林太郎さん(コーポレート本部 経営管理部部長)
― 感染症対策の仕組みについて具体的に教えてください。
そもそも感染症の経路は何かということから考えました。接触・飛沫・空気感染の3つが主な感染経路で、エアロゾルも対策という意味では空気感染と同様に考え、その経路を物理的に潰していきました。感染対策として基本であるスタンダードプリコーション(手洗いとマスク)を前提に、さらにリスクを減らすためにはどうしたらいいかと考えました。マスクをすれば飛沫感染のリスクは劇的に下がり、手洗いをすれば接触感染のリスクが下がる。ただしマスクをしていても隙間から空気感染することはありますし、休憩スペースでは食事のためマスクを外すこともありえます。それをどう予防していくか対策を検討しました。
感染対策の考え方(※)
接触感染・飛沫感染・空気感染ごとにシーンを想定して、対策の採用・不採用を決めていきました。接触感染なら水循環型の手洗い機を入れたり、消毒スプレーを各会議室の入り口に置いたり。接触感染を防ぐために床や什器などに抗ウィルス素材のリノリウムを使ったり、手を使わず肘で開閉することができるドアノブのアタッチメントを導入したり。飛沫感染は基本マスクをしていれば大丈夫なのですが、マスクを外すタイミング、たとえば食事をする可能性がある場所にはアクリルパーテーションを置きました。執務中はマスクを外すことは少ないので、執務室にはアクリルパーテーションは置いていません。
換気に関しては、全エリアを区分けし、個々のエリアの面積と高さ、収容人数から1人あたり1時間あたり何m²の空気が循環するのかをディー・サインさんに計算してもらった結果、厚生労働省が求めている「1時間あたり1人あたり30m²の換気」を満たさない場所があったので、換気量を増強する工事を行いました。
― 徹底していますね......
あとは、出社者と在宅者のコミュニケーションや出社者同士の1on1のため、1人用~2人用の個室ブース(ワークポッド)を大量に導入しました。これも感染症対策に有利と考えた製品選定をしています。
― 個室ブースを40台導入したオフィスもなかなかないと思います。それだけ必要性が高いということですか?
感染症対策の中で結構予算をかけて、最初から台数を入れました。弊社は1on1ミーティングを頻繁に行うので、広めの会議室は数を減らし、1on1やオンライン会議などに柔軟に使える個室ブースを大量に確保しました。個室ブースについても防音性、換気性能、無線LANがちゃんと入るかどうか、レンタルで製品を比較して、防音と換気はバーターで換気性能が高いと防音性は下がることがわかりました。最終的にコクヨ製のワークポッドを導入したのは、防音、換気、無線LANの面で当社が求める高い水準でバランスがとれていたからです。
― そこまで感染症対策を徹底したのは、コロナがもたらすリスクがコロプラにとってそれだけ重大なものだったからでしょうか?
弊社はもともとモノ作りということをすごく突きつめて考える社風・会社で、代表の馬場もエンジニア出身ですから、すごく突きつめるタイプなんです。当時、経営層が多くの経営リソースを注いだのはまさにコロナを調べることでした。弊社はもともと根拠があれば前例など関係なく意思決定する会社ですが、2020年4月時点で「次のオフィスのコンセプトは『感染症対策』」と言い切れたのは、経営層が調べ抜いて「これに対処しないと経営が成り立たない」と判断したということだと思います。
― コロナ禍による影響のどの点を最も重視されたのでしょうか?
弊社は、コロナ前から、チームでのクリエイティブなモノ作りには、顔を合わせたコミュニケーションが重要と考えています。「最新のテクノロジーと、独創的なアイデアで"新しい体験"を届ける」が弊社のビジョンですが、良いものを作るためにはみんなで顔を合わせてコミュニケーションをとるという考え方をもってきました。
― コロナ下ではコミュニケーションが阻害されると。
はい。モノ作りは、社内のさまざまな職種の人たちがディスカッションをしながら行っていきます。コロナが蔓延したフェーズには最大で出社率2割、在宅率8割まで落とし、90~95%は同じことができるとわかりました。ただ現場では、コロナ前には起きなかったようなミスが目に付くようになりました。「在宅勤務だと出社している人に声をかけにくい」「相談が足りなかったために手戻りしてしまった」「相談していれば防げたチェック漏れがあった」といったコミュニケーションミスです。そこで、やはり社員を出社させたい、コロナ禍でも出社率を高めたいという思いにつながりました。
もっとも、ただ「出社してください」と言うのでは人は離れていきます。「ここまでやってもう大丈夫だから、安心して出社して来てください」と言えるようにするために、ロジカルな根拠に基づいた設計・構築をする。それが、徹底的に考え抜いた感染症対策を実現した理由です。
― 皆さんの働き方としては、フリーアドレスなのですか?
弊社の従業員数は、コロプラ本体791名、グループで1367名です。オフィスを使用しているのはグループを含めて900名ほどですが、現状ではコロナ対策で出社率は7割ほどに抑えているので600人台ということになります。
移転の前も今も固定席なのですが、別の席で働いていても怒られるようなことはありません。特にエンジニアなどノートパソコンで仕事をする方たちは、自席以外のお気に入りの場所で働いていたりします。チームが許容する範囲内ですが。
smoozyという従業員の座席や会議室の空き状況が分かるシステムを社内で作り、月ごとに変わる出社・在宅者の座席状況をシステム上で確認することができます。このシステムで名前が表示されている席は、今月はその人の席ということです。次の月にその人が在宅になったら、その席はチェックアウトされて空くので、別な人が座ることができるようになります。
― 「今月、私は在宅します」という感じの運用ですか?
会社としてこういう働き方をさせたいという観点とバランスをとっています。今は出社率7割で3割が在宅です。基本的には、パフォーマンスがまったく落ちない職種なら在宅でもOKです。現実的にはやはり出社率100%は難しいですから。その3割の在宅の人たちが毎月緩やかに切り替わっていくわけです。
― 出社する人の席は誰かが決めるのですか?
席はチームリーダーが決めます。弊社は職種別管理のマトリックス組織で、たとえばサウンドチームではサウンドのマネジメントができる人、デザイナーグループではデザイナースキルがある人が管理職になっていますが、座席や意思決定単位はゲームタイトル単位になります。プロジェクトにおいてはディレクターの指示下にありますが、監督者は違う場所に座っていることになります。たとえばあるエリアは全員「白猫プロジェクト」の開発メンバーだったりします。その中での各席はチームディレクターが決めます。
取締役も同じように働いていて、個室があるのは社長と会長だけです。
― 移転後の皆さんの反応はいかがですか?
おかげさまで全体としては好評ですが、要望はたくさん来ていて、潰していっているところです。
「感染症が怖いので出社したくない」という声は一切ないので、その点では成果があったと思っています。
移転プロジェクトの最中は従業員向けに「ColoTube」と称した動画ツールを通じて、工事中のオフィスや感染症対策について具体的に説明したり、役員陣にも語ってもらったり定期的に移転の状況を発信していました。
― 今後改善したいこと、現状の課題などは?
感染症対策はひと通りできたので、クリエイターファーストの観点からより詰めていきたいですね。高い水準で実現できているつもりですが、やはり要望や課題はあります。特に音と光の問題です。
デザイナーの一部からは、移転してからちょっと明るいと感じている、という声があがるようになりました。例えば、光源が画面に反射してしまうのでなるべく抑えたいといった要望です。移転前は暗かったのか、我慢してくれていたのかわかりませんが、とにかくそういう阻害要因をひとつずつ取り除いているところです。
音の問題は、「気が散る」などの声があります。移転前はブラインド開閉を手動でしていたので、そこに座っている人が自由に操作していたのですが、新オフィスでは自動で開閉するので、意図していない光が入ってストレスだったり、開閉音で気が散ったりするようです。だから少し開閉の頻度を下げることも検討しています。
― なかなか皆さん、要望が多いですね(笑)。
― ところで、「無限バナナ」というコーナーがあるそうですが......。
移転前にはビュッフェでサラダやフルーツなどを提供する制度があったのですが、感染リスクのために中止になりました。そこで今度は「バナナの食べ放題」を行うことにしました。バナナは皮で個包装されていますから、「バナナを提供することは感染症対策に矛盾しない」と判断したんです。結果、アンケートでも好評をいただいています。
― 1日に何本ぐらい食べられるのですか?
出社メンバーで1人あたり週で2~3本くらいです。だから、1日あたりだと200本ほどですね。
― 毎日200本!
まあ日によりけりですが、「ゴールデンウィークの中日はちょっと減らそう」とか「台風が来そうで出社制限がかかるかもしれないから、来週は発注をちょっと抑えよう」とか、総務にもだいぶ発注ノウハウが溜まってきました(笑)。基本は持ち帰り禁止ですが、日持ちを考えて金曜日だけOKにしました。
最初はバナナにするかみかんにするかで激論を交わしたんですよ。みかんは汁気があるので発注が大変そうなのと、健康経営の観点からも、炭水化物・タンパク質がより多いバナナを食べてもらおうということになりました。
― 他にもユニークな福利厚生制度があるそうですね。オンラインランチサポートとか。
出社している人と在宅勤務の人がミックスしているランチには、ランチ代の補助を出すという制度です。オンラインランチを推奨するということでもないのですが、コミュニケーションをとってほしいという考え方です。出社組の人たちはかたまってランチするのでコミュニケーションはとれるのですが、在宅の人はひとりで食事することになる。在宅勤務をずっとしているとメンタルヘルスに不調をきたしやすいというデータもありますから、彼らにコミュニケーションのきっかけを与えようという趣旨もあってこの制度を始めたんです。出社組の人たちが2、3人でかたまっているのに混じって会話ができる制度ということですね。
― 健康経営に力を入れている理由は?
体調を崩してしまったら元も子もないですし、コロナの感染防止に力を入れたのも、そこに配慮しなければ人材が採れない時代になっているからです。一般的には働き手の在宅希望率は高いということを把握しながらも、弊社ではあえてなるべく出社を促すスタンスですから、「出社したくなるオフィス」がどうしても必要になるわけです。「出社したほうが働きやすい環境があるから出社したい」と従業員から言ってもらえるような環境を提供したいと思っています。
― 今、多くの会社ではハイブリッド出社になっており、オフィスでのコミュニケーションを重視する会社が多いのですが、ゲーム開発は個人作業が多いのでは?
どちらかというと、成果を上げるためにはコミュニケーションが必要という発想です。先ほど話した音や光の問題などは、コミュニケーションとはまた別の個人作業のしやすさの問題ですから、そのストレスを可能な限り減らしたいと思っています。
全会議室にGoogle Meetを導入したので、ボタンひとつで在宅の人とコミュニケーションできる。そういうツール面でストレスを減らすような環境を作っています。接続するまでの30秒や光の反射も、我慢すればできるものかもしれませんが、可能な限りストレス要因を排除しつづけています。
※
コロナの感染拡大以来、企業は対策に追われてきました。マスク着用を義務化し、エントランスには消毒スプレーを置き、パーテーションを立てたり、着席できる場所を互い違いにしてディスタンスをとったり。こうした対策は今でも行われていますが、多くの場合、対策の根拠が理解されておらず、単にやみくもに行われ、だからこそなかなか不安を払拭できないという実態に陥っています。感染症対策を徹底したコロプラの新オフィスは、テクノロジーの最先端に立つこの会社らしいクレバーさが感じられるものでした。科学的に感染症対策を突きつめれば、安心・安全のラインをより明確に引くことができる。
オフィスの意味が問われる昨今、会社としての真剣な取り組みが従業員たちの出社意欲に確実に結びついている理想例だと思いました。
後編では、実際にコロプラのオフィスを案内していただき、その様子をレポートしていきます。ぜひ合わせてお読みください。
取材協力
世界初の位置情報ゲーム『コロニーな世界☆PLUS』から始まり、現在は『白猫プロジェクト』、『クイズRPG 魔法使いと黒猫のウィズ』などのスマートフォン向けゲームの開発・運営をはじめ、海外展開、XRサービス、投資育成事業を展開しています。
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2022年10月4日
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