リクルート「KUDANZAKA PORT PARK」1階の「タッチダウン」(※)
前編に引き続き、築60年の大規模ビルを賃借しリノベーションしたリクルート「KUDANZAKA PORT PARK」をご紹介します。ご案内は、ワークプレイス統括部ファシリティ・HRグループの西田華乃さんです。
前編
・九段下駅から徒歩1分のヴィンテージビル
・働き方改革から生まれた「CO-EN」としてのワークプレイス
・チームが集まりやすい場所① パノラマ
・当たり前の「床上げ」をせずにSDGsに貢献
・チームが集まりやすい場所② ジョイン
・チームが集まりやすい場所③ ブレスト
・タッチレス88%削減の衝撃
・チームが集まりやすい場所④ タッチダウン
後編
・ウェルビーイングに配慮した執務エリア
・チームが集まりやすい場所⑤ ブレイクとコンビニ
・チームが集まりやすい場所⑥ フォーカス
・まだまだいろいろなエリアが!
・あえて残されたヴィンテージビルの風格
・普通のテナントビルでは実現できないようなことができた
・チームワークを重視するリクルートのアイデンティティ
(※)
このビルの執務エリアでは、従業員のウェルビーイングに対する施策も行われていました。
コロナ禍で多くの人が在宅勤務をしてみて、キッチンのテーブルやチェアで腰を傷めたことがあるのではないでしょうか。また通勤しないことで運動不足に陥る人も増えました。
そこでこのオフィスでは、ホーム家具とオフィス什器の性能を存分に活かすとともに、サーカディアンリズムなどのテクノロジーが導入されています。
西田さん 執務エリアはこんな感じです。ここもすべて天井を抜き、白く塗ることで明るさや広がりを出し、使い勝手が良くなりました。また、こちらもフロアもすべてフラットケーブルを這わせているので床を上げていません。
照明は体に良いと言われるサーカディアンリズムで12時、3時、6時、8時で明るさと照度を変えています。LEDなのでCO2の削減にも繋げています。
画面左部分が元の天井高。天井を抜くことで広々した印象になったことがわかる
湿度・温度・CO2をモニタリングできるシステムが導入されている
西田さん クローズな会議室を作ると間仕切りを作らなければならないし、防災設備の費用もかかりますから、このフロアには通常のクローズな会議室を設けませんでした。すべてオープンスペースにして、必要があればカーテンを引いて会議スペースを作っています。会議の内容によってオープンとクローズを分け、本当にクローズな会議が必要なときは、それがある棟に行ってもらう運用にしています。
当初はクローズなスペースが欲しいという要望もありましたが、別棟に行かないとクローズドなスペースは使用できないという運用にしたら、多くの方がオープンスペースでミーティングしています。カーテンで仕切りを行えば、クローズなスペースの代用として使用することができたんです。
こちらが別棟にある、クローズの中小会議室が並ぶエリア。中央にもテーブルがあり、会議前後にも仕事ができる
― こちらはちょっとおしゃれなエリアになっていますね。
ゼクシィのCO-ENスペース。カウンター横には「三三九℃(三三九度)」のサインも。
西田さん ここは各フロアに設置している小さなCO-EN(気軽に打ち合わせや交流ができる)スペースです。組織ごとのゆるやかなつながりや帰属意識、その組織らしさを表現しているので、ここは統一デザインではなく、部署ごとにデザインして独自色を出しています。スペースによって窓のサインが違ったり、什器も変えています。
吸音材がおしゃれ
最近はどこのオフィスに行っても目にしないことはない、オンラインブースが並んでいました。かなりの台数があります。
西田さん オンライン会議が主流となり、今の働き方には欠かせないものになっています。ここには60台ほどありますが、サウスタワーの本社には400台ほどあります。
― 400台......ケタが違いますね。
中央棟1階には、TABWエリアのひとつで、ランチなどのオフの交流を促進するリフレッシュスペース「ブレイク」があります。
西田さん ここはお昼を食べたり、夜は懇親会でお酒を飲んだりする場所ですね。キッチンも付いています。窓が全部開くようになっており、外と繋がりながら会食ができるというような作りになってます。
テーブルにはQi充電のパネル付き。南ゲートの大テーブルにも同じものがある
西田さん 外に出ると、そこでもビールを飲んだりできるようにテーブルと椅子を配置しています。外階段で2階に上がれるようになっていて、薄暗い裏動線だったのですが、壁をガラス張りにしたり、通路にレンガを敷いたりすることでイメージが圧倒的に明るくなりました。
中央棟2階の別のリフレッシュスペース
― ここは少し天井が高いような......
西田さん はい、ここは中央棟2階ですが、棟によって全然高さが違うんです。中央棟は先ほど言ったように四方を囲まれていて光が届きにくいため、元は暗くてじめっとしていた雰囲気があったのですが、壁を抜いてガラスにして採光をとったことで明るく広いスペースになりました。
また、「コンビニ」があって、お昼を食べる場所になってます。
西田さん 当初はAmazon Goと同じようなシステムで、タッチレスでお金を払うようにしていましたが、今はバーコード決済になっています。今は過渡期なので、今後は技術進化すると思いますが、ひとつの失敗というか、過渡期の試みでした。
(※)
ソロや、2人などの少人数でも使いやすいTABWエリアが「フォーカス」。
昔は、東京理科大が入居していた北棟の6階にあり、部室として利用されていたそうです。
西田さん ここは天井が低く、窓も一つしかない暗いエリアなのですが、コンクリートを全部撤去して、サテライト的に使ってもらっています。他の棟からちょっと離れているので使いにくいかなと思ったんですけど、意外とここが好きな人も結構いるようです。こんな使い方だと、天井が低くてもあまり気にならないかなと思います。
TABWエリアを中心に、このオフィスの重要な施策を紹介してきましたが、紹介しきれなかった素敵なエリアがまだまだあります!
メインエントランスである南ゲート。タッチダウン的に使える大きなテーブルがあるが、実は脚がなく、吹き抜けの天井からワイヤーで吊っている
こちらが吹き抜けの2階部分。汎用性の高いスペース
冒頭で紹介した「パノラマ」のある南棟は、エレベーターを使わず非常階段でも移動ができます。扉なしで出られる階段なので、内階段のような感覚で、気軽に上下移動ができます。
こちらは階段え見かけたクラシックなデザインの「60年物」のフロアサイン。かっこいい
「ブレイク」エリアにあったオールジェンダートイレ
トイレつながりで、こちらは特別に入らせていただいた女性用トイレです。
コミュニケーショントイレと称して、手を洗いながらコミュニケーションしてもらうに為にあえて真ん中の手洗い場を円形にしているそうです。
西田さん パウダーコーナーがあって、コロナ禍で手を洗う時間も長くなった人が多いし、女性は結構トイレでお喋りするので、「このあと懇親会に行く?」などと些細なお喋りをしたりしています(笑)。そういうちょっとしたコミュニケーションは、リモートではなかなか難しいですよね。
個室の壁には「隠れスーモ」が。場所によってスモミだったりいろいろなリクルートのキャラクターが隠れているそう
最後に、「KUSANSHITA PORT PARK」全体の構造を振り返っておきましょう。
「KUDANZAKA PORT PARK」の俯瞰図。南GATEがメインエントランスで、奥に西棟と北棟、中央に中央棟がある。九段坂に面する南棟は1階が入口だが、西棟は2階が入口になっている
― 自分が今どの棟にいるのか、何階にいるのか、慣れるのに時間がかかりそうですね。
西田さん ミーティングスペースのところでも話したように、棟やフロアで機能を分ける運用をしています。また、中央棟が4つのビルに囲まれて全体に暗かったため、明るさを保つために中央棟はガラス張りにして、周囲の通路にはレンガを敷きました。
― なにか学校っぽい、不思議な空間になっていましたね。
西田さん オフィスっぽくない、面白い空間は随所にあります。古いですから、柱も多く、当初は60年前のコンクリート構造が露出していて、天井高も手が届きそうなほどで圧迫感がありました。
「パノラマ」の全景。レトロな構造がよくわかる。
中央棟の外階段。大学キャンパスのラウンジのような雰囲気
北棟に向かう通路。学校の昇降口のような空間
建築当時のコンクリートやレンガをあえて残しているエリアもある
西田さん 全体的には、天井を抜くことで圧倒的に広がりが違うことがわかりました。また、半地下の暗い社員食堂だったところにはレンガを敷いたり壁をガラス張りにして採光を良くして、壁を作らずに素材を活かして味を出せたと思います。
西田華乃さん(ワークプレイス統括部ファシリティ・HRグループ)
― あらためて移転のプロジェクトを振り返ると、物件取得が2019年、企画から設計を行って2021年3月に竣工ということでしたね。プロジェクトチームは全体ディレクションにどのように関わったのでしょうか?
西田さん リクルートのメンバーは6人のプロジェクトチームでしたが、PMをやってくださったコスモスモアさん、デザイン会社のスキーマさんなど多くのパートナーの皆さんの協力があって実現しました。コスモスモアさんは、2020年1月にはリクルートの社内で移転決議をとったところから伴走してくれました。
― 移転プロジェクトで苦労したことは?
西田さん すごくタイトなスケジュールの中で、築60年ということから雨漏りなど経験したことのないような工事上の障害などもあり、苦労しました。概ねは順調だったと思いますが。
― 本当にさまざまな工夫が凝らされていましたが、リクルートには、自分流に手を加えるというカルチャーがあるのでしょうか?
西田さん はい、もともと自分たちで自由にできる物件を探していました。今のオフィスはB工事でほぼほぼできていて、最初から天井が張られていて、壁があって、カーペットが貼られていて、扉があります。そこから天井を抜いたり床を斫ったりすると原状復帰も含めてコストがかかりますし、オーナーや管理会社にも承認をとらなければなりません。それに対して、このビルは何をしても良かったということが大きかったですね。すべてゼロベースで考えることができました。
― 普通のテナントビルでは実現できないようなことを、しかも安くできる点が魅力だったと。
西田さん そうですね。
― 移転して皆さんの働き方が変わったりはしましたか?
西田さん もともと2015年から働き方改革に取り組んでいましたから、リモートワークやフリーアドレスには慣れていたというべースがあります。それがコロナ禍で加速し、本拠地以外にもいろいろなワークスペースを選べるようになりました。その中で、各チーム、各部、各組織がこの九段下オフィスの雰囲気やフレキシビリティを受け止めてキックオフなどに活用してくれています。選択肢がより豊かになったという感じですね。メイン拠点はサウスタワーだけど研修は九段でやろうとか、ちょっと雰囲気を変えてやろうとか、シーンによって選ぶことが多くなっています。
― チームということが非常にとても大きなテーマになっていることについては?
西田さん リクルートのアイデンティティとして、もともとチームで働くことが重視されてきました。昔は「協働推進」と言っていましたが、個の力だけでなく、チームで関係性を構築して成果を出していく、組織と個の力が互いに引き合ってより高いパフォーマンスを引き出すという考え方をします。
― 部門を超えたチームや、社外パートナーとのコラボレーションも含めて、ですね。
西田さん そうですね。象徴的なのが「Ring」という新規事業起案制度です。社内で新規事業を提案して、グランプリを取ると具体的に事業推進のバックアップをしてもらえますが、会社を超えて社外の方も一緒に提案してもいいんです。ここの移転プロジェクトでも多くのパートナーさんと協働した話をしましたが、やはり社内の人間だけで考えていてもアイデアが詰まってしまうので、外の専門家の方や、一見オフィスに関係なさそうなところにも勉強しに行ったりして発想を広げていきました。
― 今後この九段下オフィスにも社外のコラボレーションパートナーなどが入ったりすることもありそうでしょうか?
西田さん そうですね、見学に来ていただく方にもよく「貸してほしい」と言われます。ランニングステーションもそうなのですが、コロナ禍前には、ここをもっと社外の方にも使っていただき、コラボレーションできる場所にしたいという考えをもっていたので、5類解禁を機に少し検討していきたいと思っています。
― この建物でそういうコラボが進んでいくと、面白いものが生まれそうですね。
― イベントなどが催されることはありますか?
西田さん 最初にご案内した「パノラマ」がよく使われています。今日はたまたま予約が入っていませんでしたが、8割ほどがイベントの予約で、撮影やオンライン発信、部のキックオフに使われて、イベント終了後にはケータリングを頼んで懇親会をすることがありますね。今後は総務もイベントを仕掛けていくことが大切かなと思っていて、「集まるオフィス」というコンセプトでもあるので、人が集まるきっかけを作っていきたいと思っています。
― ファシリティマネジメントの重要な仕事として、設備の交換とか修理だけでなく、コミュニケーションを促進するイベント・企画などが含まれていくようになるのではないでしょうか。
西田さん 私たちもそう思っています。よく「偶発的な出会いの仕掛けを作る」などと言いますが、例えばカフェマシンを置くという事例がありますが、おいただけでは実現しないと考えています。そこからコミュニケーションを促進するには、もっとエッセンスが必要で、これからの時代の総務には、そのきっかけづくりが大切なのではないかと。オフィスというハードの上のソフトをどうやって広げていくか、仕掛けていくかが腕の見せどころになると思います。
※
「KUDANSAKA PORT PARK」は、リクルート本社が入居する最先端オフィスビル「グラントウキョウサウスタワー」と対照的とも思える、築60年のヴィンテージビルでした。まさに高度成長期の歴史的建造物ですが、ピカピカの最新ビルでは味わえないような古さを深みのある"味"として生き返らせるさまざまな工夫とテクノロジーの結晶でもあると思いました。2023年夏頃に完了する本社リニューアルとあわせて、同社の働き方がどのようなものになるか、大変楽しみです。
取材協力
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2023年5月8日
2016年11月17日のリニューアル前の旧コンテンツは
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