画像提供: Ivan Kruk / AdobeStock(※)
昨今、「マインドフルネス」がブームとなっていることをご存じでしょうか。
マインドフルネスというのは、もともとアジアの仏教圏で修行の一環として用いられていたもので、20世紀後半に欧米諸国に伝播し、臨床に応用されるようになりました。近年は、脳科学の進歩により、ビジネス分野での検証が重ねられ、パフォーマンスの向上や職場の人間関係改善が期待され注目が高まっています。
海外の企業で研修などに導入されていることが話題になったのは2014年頃。そして日本にもマインドフルネスブームがやってきました。最近では、同じくブームになっている「健康経営」とも結びつき、オフィスの生産性を向上させる取り組みのひとつとして、マインドフルネス研修を導入する企業も増えているのです。
ただ、実際のマインドフルネスについて知る人は、まだ多いとは言えません。「GoogleやYahoo!のような大きな企業や外資系企業の流行り」という中途半端な知識で止まってしまっているのではないでしょうか。瞑想と聞いて、何だか怪しいものと思い込み、はなから受け流してしまう人もいるでしょう。
マインドフルネスはなぜ有効なのか、マインドフルネスの効果、本当に生産性が向上するのか。知っているようで知らない様々な疑問を脳の仕組みから解き明かし、マインドフルネスを導入している株式会社丸井グループの取り組みを紹介します。
普通、「休息」といえば「身体を休めること」と思ってしまいがちです。家でのんびりする、休みの日にぐっすり眠る、リゾート地で温泉に入る。人はそのような方法で身体を休めようとします。
でも、たっぷり睡眠をとってもなかなか疲れがとれず、結局いつも疲れている、なんてことはないでしょうか。 会議中に集中できず他のことを考えてしまったり、テレビを見たり読書をしていても、悩んでいることが突然気にかかって、内容が入ってこなかったり。そんな経験を多くの人がしています。
実は、脳というものは、自分が意識をしていない間もフル活動しており、睡眠中も絶えずメンテナンスをしているため、休むことがありません。
私たちの脳は、デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)と呼ばれる神経回路が司っており、脳の消費エネルギーの60~80%を占めているといわれています。このDMNは、脳が意識的に活動をしていない時(車でいうとアイドリング状態)に最も活発に働くネットワークです。
現代は、会社でも家でも、インターネットやテレビ、新聞などの情報があふれています。自分の目的以外の情報に気がそれてしまい、「雑念」によって、完全に無心になることはありません。ぼんやりと何も考えていないつもりでも、そうした様々な「雑念」によってDMNが活発化するため、自分では休んでいるつもりでも、脳は休息できません。つまり、何もしていなくても、ぼうっとしていると自覚していても、脳は勝手に疲れてしまうのです。雑念を放っておくと、思考がさまよう「マインド・ワンダリング」が起こりやすくなり、これが「脳疲労」を引き起こすことになります。脳疲労とは、物理的な疲労以上に「疲れた」という信号が脳から自分自身に発信されている状態を指します。
図: 「みんなの仕事場」にて作成
「いくらたくさん眠っても、疲れがとれない」「肩こりでいつも疲れている」「やる気が出ない、集中力が続かない」と感じている方は、このようなDMNの稼働によって、脳疲労になっている状態だと考えられます。身体をどれだけ休ませたとしても、脳の疲れがとれなければ疲れた状態のままなのです。
マインドフルネスは、雑念を抑え、脳を休ませることによって、脳疲労を回復させる方法として有効といわれています。
マインドフルネスとは、ある心理的な状態のことを指している言葉です。具体的には、「今の自分の状態に意識を向け、今に集中し、感情や思考を判断せず、自分を受け入れる心の状態のこと」がマインドフルネスです。
脳を休めるためには、DMNを使いすぎないようにするということ。マインドフルネス状態になると、頭がスッキリします。
そして、マインドフルネスを継続することで、脳が疲れにくくなり、マインドフルネスな状態を保つことで、自然にストレス解消へとつながっていきます。
一般に、マインドフルネス状態になるためには、瞑想を行います。
瞑想のやり方は様々ですが、一般的なものでは、今の自分の呼吸に意識を向けます。自分がどんな呼吸をしているのかを意識してみて、呼吸の深さや吐いたり吸ったりする息の感覚などを感じてみます。身体の感覚にも意識を向け、今の自分の身体の感覚を感じてみます。雑念が浮かんだら、自分の呼吸に意識を戻します。最初はいろいろな音が聞こえてくるかもしれませんが、自分の呼吸に意識しているうちに気にならなくなります。このような瞑想を、毎日5~10分ほどかけて続けます。
マインドフルネスは、当初は痛みの緩和のために開発されたものですが、人の認知のゆがみを修整することでうつ病などを改善する「認知療法」に用いられることによって、多くの人に知られるようになりました。
2014年、アメリカの『タイム』誌が「マインドフルの革命」と題した記事を載せ、マインドフルネスへの注目が集まりました(Kate Pickert, "The Mindful Revolution", Time[外部リンク])。
昨今、日本でも組織の健康づくりのため、GoogleやApple、Intel、Facebookなどの外資系企業をはじめ、メルカリやSansanなど国内企業でも研修プログラムとして導入してきました。とくに最近では、多くの企業が取り組む「健康経営」の一環として取り入れる企業も増えています。
そこで、実際にマインドフルネスを導入して成果を上げている株式会社丸井グループにお話を伺いました。
丸井グループでは、病気の予防・対策のみならず、「今よりももっとイキイキと過ごせる環境」を整える健康経営を目指しています。「心と体」ではなく「アタマとカラダ」を鍛えるという丸井グループの健康経営では、脳の仕組みを理解した上でマインドフルネスを導入したとのことです。
株式会社丸井グループ 健康推進部 保健師 山﨑 由美子さん
丸井グループの経営理念は、「お客さまのお役に立つために進化し続ける」「人の成長=企業の成長」というものです。これを実現するために様々なプロジェクトがあるのですが、そのひとつが「健康経営推進プロジェクト」です。
健康度を上げていけば生産性も上げることになり、かつ人としても成長していくことになる。病気の人を減らす予防=アブセンティズムを減らす「ディフェンス活動」もしていますが、私たちはより健康度を高め、活力ある組織にする取り組み=「オフェンス活動」に力を入れています。
「どうしたら薬に頼ることなく、ストレスがあっても元気でいられるか」ということから予防医学にも視野を広げ、10年ほど前から自分自身が瞑想≒(マインドフルネス)には着目していました。私が学んだのはTM瞑想(ヒンドゥー教に由来するマントラ瞑想法)でした。体調不良を感じていませんでしたが、実際に瞑想を続けた結果、健康度がさらに上がったことを実感したのです。この瞑想法をどこかで活かせると良いなと考えていた際に、社内で健康経営推進プロジェクトがスタートすることになりました。そこで、プロジェクトのメンバーに瞑想を教えたり、健康講話として瞑想の方法や効果についての話をしたりという機会が増えたのです。
(山﨑 由美子氏)
自ら瞑想を学び、健康度が上がり、仕事や人生等もうまくいくという自分の実体験から、マインドフルネスの考えを健康経営の一環として取り入れることを担当メンバーとともに推進した山崎さん。丸井グループでは、今では瞑想デーや瞑想ルームを作り、活用している店舗もあるそうです。
TM瞑想とは科学的根拠と効果に基づいた瞑想法で、世界600万人以上の人が実践しているとのこと。瞑想による脳の活性化、血圧安定、コレステロール値の抑制、抑うつ状態改善、職場の人間関係改善などの検証データが豊富にあるそうです。
マインドフルネスを含む、丸井グループの健康経営の取り組みはどのようなものなのでしょうか。
当社の健康経営を支える「健康経営推進プロジェクト」は、社員が主体的に健康と向き合うように、全事業所から公募でメンバーを選考しています。メンバーになると、1年間、座学やグループワークを通じて健康経営について学び、事業所の代表として研修内容を各事業所の社員に伝えていくという役割も担っています。研修終了後もメンバー同士で情報交換をしたり、日本健康マスター検定を受験したりしているようです。
丸井グループには、自ら手を挙げチャレンジする風土があります。上からの指示ではなく、自発的に意欲がある人が健康経営に参加しているので、積極的に研修で学んだことを実施する姿勢がうかがえます。健康推進部としては、そういったメンバーのために多くの健康経営のメニューを用意し、その中で自分がやりたいと思ったことに取り組んでもらっています。
(同)
実際のマインドフルネスの研修の内容と効果について聞いてみました。
健康経営推進プロジェクトでは、ビジネスパーソン向けのマインドフルネスを展開しているインナーコーリングという企業の研修を行いました。八正道を活用して、日本のビジネスパーソン向けに開発したオリジナルプログラムで、僧侶がコーチを務めるものです。
この研修内容は、マインドフルネスの基礎知識・実践方法、日常生活の中でマインドフルネスな状態になれる方法や習慣化のコツなどといったものです。中でも、短時間でもその場に意識を向けるマインドフルネス("チェックイン")は好評で、会議の始まりなどに5分の"チェックイン"を取り入れる職場も増えています。
また、京都の春光院というお寺の副住職が監修した瞑想の効果測定ができる「JINS MEME」も体験しました。このメガネをかけて瞑想をし、それをプロジェクターで映すと輪が見えます。瞑想できている場合は、輪が小さくなるというもので、マインフルネス状態になっているか可視化でき、自分の状態がわかるものでした。
(同)
研修後にマインドフルネスを実際に業務に取り入れた現場や社員には、どのような効果があらわれているのでしょうか。
店舗は営業時間が長いので、集中力が途中で切れてしまうというある社員は、休憩時間などに1分ほどの瞑想を取り入れました。すると、気持が切り替えられるようになり、お客さまに喜んでいただけるご提案ができることも増えたとのこと。
また、本社の事務仕事を担当している社員は、電話応対の業務を数多くこなさなければいけません。机には処理中の案件が書かれた大量のポストイットが貼られていましたが、マインドフルネス研修後に、電話を取る前に瞑想を取り入れることにしたら、電話の話に集中することができ、ポストイットの枚数が減ったそうです。
瞑想を習慣化した社員の中には、店舗のイベントに大成功して成果に結びついたり、仕事への意欲がさらに向上したという例も見られます。「瞑想を始めてから良いことばかり」という声もあるそうです。
瞑想を継続していくと、まず前向きな気持ちになり、感情が安定します。それにつれて良好なコミュニケーションが増えていき、仕事が楽しいと思えるようになります。
別の視点からみると、睡眠の質がアップするので頭がすっきりし、それにより思考がスピードアップし、業務もスピードアップし、改善・提案件数が増える。最終的にチーム力がアップし、自己効力感がアップして、仕事が楽しくなります。感情が安定し、日々イキイキしてくると、仕事のスピードが上がるので、新たな活力が生まれ、明るい気持ちになり、新たなチャレンジ力にもつながるというわけです。
マインドフルネスを継続している人は、かなり高い効果を発揮しています。ただ聞いただけの知識は知識ではなく、自分の内側での体験(実感)があって、はじめてその人の本当の知識となり、行動(習慣化)につながるというものです。特に、マインドフルネス=瞑想は、自分でやってみないと実感することができませんので、とにかくやってみて、それを習慣化できれば、本当に効果が高いと感じられると思います。
(同)
マインドフルネスによって、このようなマインドの変化が起きることがわかりましたが、一方では、継続しなければ効果が半減してしまうようです。
どのように継続を促すかは難しいところですが、会社が強制するのではなく、上司や同僚が何だかいつもイキイキしていたり、良いことがあったりするのを側で見ていて、「じつは瞑想をしているんだよ」という感じで伝わるほうが興味がわいて、やってみたいという気持ちになるのではないでしょうか。健康推進部としては、瞑想をはじめた人ができるだけ多くの人に広めていきたくなる雰囲づくりをサポートしようと思っています。
弊社が目指しているのは「すべてのステークホルダーのしあわせの重なり合いの拡大です」。健康経営の取り組みでも、イキイキと働ける社員を増やして、しあわせをお客さまにも広げていけるようにしていきたいです。
(丸井グループ健康推進部 関口 明央氏)
インナーコーリングの研修を受けた社員の満足度は高く、研修後1ヶ月たった時点ではほぼ全員が瞑想を継続していました。しかし、3ヶ月、半年、1年たつと継続している人はかなり減ってしまう。課題は「いかに継続するか」ということのようです。
脳は習慣化を好むと言われますが、脳の変化には、やはり継続的な働きかけが欠かせないのです。脳科学者の茂木健一郎氏は、「習慣化は今ある生活の中に組み込めばいい!何かをやったり、続けるときにやる気はいらないのです。やる気があろうとなかろうが、太陽が昇ったから、今日も仕事をするかと思ってやるものなのです。それを毎日毎日続けていると、やがて習慣化して自動的にできてしまいます。」(『脳を鍛える茂木式マインドフルネス』世界文化社出版)と述べています。
左から、丸井グループ健康推進部 保健師 山﨑 由美子さん、産業医 小口 まほこさん、関口 明央さん
以前、当サイトでインタビューしたピョートル・フェリクス・グジバチ氏は、著書『Google流 疲れない働き方 やる気が発動し続ける「休息」の取り方』で、「マインドフルネスの習慣が身に着くと、フローに入りやすくなる」と述べています(SBクリエイティブ)。フローとはトップアスリートが最大のパフォーマンスを発揮する状態のことですが、マインドフルネスは、"フロー"に入りやすい心と体のバランスを調整できるようになるのです。
【参考】
「笑いながらでも仕事はできる!疲れない働き方から生まれる良質なアウトプット 元グーグル人事担当者に聞く、強い心を保つための自分の「軸」の作り方」[当サイト記事]
また、『「マイナスからゼロ」を「ゼロからプラス」に変える健康経営!カギは従業員の生産性』[当サイト記事] という記事で取材した、ソリューションメディア「健康プラス」を運営する米田哲郎氏は次のように述べています。
マインドフルネスは、ただの「瞑想」と言ったものから、企業の(健康)ニーズに合わせて取り組む幅も広がり、進化しています。
次のようなユニークな取り組み事例がありますが、自社の経営課題を見きわめ、様々なマインドフルネスの取り組み方法の中から選択することにより、健康経営=経営課題の解決につながるでしょう。
・マインドフルネス×ストレッチとして、ストレス・腰痛や肩こり改善策にしている取り組み
・ヘルスツーリズムの一環で寺院にこもり、日常業務から離れてイノベーションを生み出す取り組み
・禅の考えとともに、自身を俯瞰し、ストレス耐性につながるレジリエンス力を上げる取り組み
・ヨガ×マインドフルネスとして、呼吸法と合わせた取り組み
・自社でマインドフルネスの講師を育成して、社内で広げる取り組み
マインドフルネスの成果を引き出すためには、次のようなことが検討ポイントになります。
・研修受講中だけではなく、従業員が継続していくためのフォロー体制を整える
・マインフルネスの知識(ロジカルな説明)と実践のバランスを調整し取り入れる
・職種にあったマインドフルネスを組み込む
・来てもらいたい対象者の集め方を検討
・研修をするだけでなく職場環境などを見直すキッカケとする
(株式会社シーピーユー 代表取締役社長 米田 哲郎氏)
予防・対策から踏み出せない企業も多い中、一歩進んだ健康経営を実践している株式会社丸井グループの事例は参考になるものです。
今の状態をよりプラスに向けることができるマインドフルネスをうまく取り入れれば、幸せになるために健康度を上げる理想的な健康経営を実現することができそうです。
さて、マインドフルネスというと瞑想が必須のように思われがちですが、じつは、瞑想をしなくても、普段の生活の中で簡単にマインドフルネス状態になることができます。
たとえば食事、ウォーキングやマラソン、ヨガ、楽器の演奏や音楽鑑賞などによって、時間を忘れるほど深く集中し、自分にとって無心になることができれば、瞑想と同様の効果が得られるそうです。
まずは、瞑想してみて、マインドフルネスの感覚を知ることから始めてください。「集中しているのにリラックスした状態」という感覚をつかめたら、自分にとっての瞑想に代わる方法を探してみましょう。
マインドフルネスでご自身のパフォーマンスの変化を実感してみましょう。マインドフルネスは、うまく習慣化することができれば、人生を幸せにしてくれる方法のひとつです。
健康経営の導入や、すでに個人的に継続している人の勧めなどによって、多くの人がマインドフルネスを体感すれば、日本全体の健康度が上がり、さらには幸福度が上がるのではないでしょうか。
株式会社丸井グループ[外部リンク]
株式会社シーピーユー[外部リンク]
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
制作日:2018年11月12日
2016年11月17日のリニューアル前の旧コンテンツは
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