(写真は株式会社ストライプインターナショナルのオープンミーティングスペース)
≪もくじ≫
[1] 会議室は原則使わずオープンなミーティングスペースを使う
[2] 会議に大型液晶モニターやプロジェクターは使わない(基本的に)
[3] 会議にホワイトボードは使わない(基本的に)
[4] ホワイトボードや大型モニターは使わない分、打ち合わせの距離は近い
[5] 「発散型」の会議のために未来妄想室がある
[6] 「発散型の打ち合わせ」「収束型の打ち合わせ」
先日取材した、株式会社ストライプインターナショナルでは、2011年頃から残業削減を中心とした働き方改革に取り組み、現在は18:05には強制消灯してしまうドラスティックな労働環境の改善を図っている(*1)。
*1) 「第6回:社員の働き方を変えた、社長の強行作戦」
2016年12月15日「日経ビジネスONLINE」ストライプインターナショナル社長 石川康晴の「止まったら負け」
この働き方改革による残業削減は、まずは幹部が強制的に定時の18時に退社することから始まり、定時退社のために社員一人一人が自分の仕事を棚卸して非効率な仕事を止める習慣をつけることで、現在では一般社員も18:05分の消灯時には退社するようになっているという。それまでは22時まで残っていることが多かったそうなので、徹底的な改革だ。
働き方改革で、残業を削減するため、仕事の徹底的な効率化が図られたのだが、その過程で、会議時間が大幅に削減されている。同社の打ち合わせのありかたが、よくある企業の会議とずいぶん異なっているように取材者には思われた。
同社が図った「会議のスリム化」は以下の3点だ。
(1) 会議数を減らす
(2) 会議時間を半分にする
(3) 出席人数を減らす
ただ、これだけでは、会議がスリム化できる理由が良く分からない。というのも、どの企業も会議は必要だから行っているので、簡単には減らせないし、会議時間も議論し始めると終わらないのでむしろ伸ばしたいくらいであり、社内調整もあるので出席人数も簡単には減らせないとなるからだ。
そこで、どうして同社が会議のスリム化ができたのかを、取材者が観察して読み取ったポイントを中心に、読み解いていきたい。
執務スペース近くの、リラックスして打ち合わせできるソファータイプのミーティングスペース。
カウンタータイプのエリアでも、独りで集中して仕事をしたり、ノートパソコンを並べて打ち合わせも行われる。
執務デスク近くにも、丸テーブル型のミーティングスペース。
こちらは、短時間の立ち会議ができる丸いハイテーブル。
もう少し話込めるような場所として、セミオープンなパーティション付ソファで作られたファミレス型ミーティングスペース。
クローズドな会議室ではなく、打ち合わせは予約不要の執務エリア近くに多く作られたオープンなミーティングスペースで行われるようになっている。
オープンなミーティングスペースを多く作る、というのは昨今のオフィス作りのトレンドでもある。しかし、同社のミーティングスペースには大きな特徴がある。お気づきだろうか。
社内のオープンミーティングスペースには、普通のオフィスで見かけるプロジェクターや大型液晶モニターがないのだ。打ち合わせの時に持ってくるわけでもない。
いったい打ち合わせのときには、どうしているのか?
その点を同社に尋ねると、資料は事前に作成し、社内共有サーバに挙げてあり、事前共有されていて、打ち合わせでは、皆それを読んだうえで話をするとのことだ。つまり、基本的にプロジェクターや大型液晶モニターを使って打ち合わせをしないのだ。
また、資料の説明に終始してしまうような情報共有的な打ち合わせが行われないとのこと。これも働き方改革での会議の効率化だ。情報共有目的の会議出席はないため、聞くだけの会議に呼ばれることもなく、各人の会議に当てる時間は本当に必要な会議だけになっている
あと、もう一つ、ないものに気づかれただろうか。
大型液晶モニターがないだけではなく、ホワイトボードも基本的には使用していない。そのため社内でホワイトボードを見かけることがない (もちろん数は少ないがいくつかはある)。
先進的な会議というと (取材者の認識が遅れているのかもしれないが)、ホワイトボードに書き込みながらディスカッションを進めて、アイデアを引き出して、皆の認識を合わせるといったイメージがあった。しかし、基本的にホワイトボードを使わない同社の打ち合わせ風景を見ると、ホワイトボードは時間効率が良くないのではないかと気づかされた。
同社の打ち合わせは、情報共有的なものは省かれているので、社内関係者10数人が集まるようなミーティングは最小限しかなく、ミーティングは関係する少人数で行われるものが多い。
その様子を見ていると、距離が全体的に近いのだ。なるほど、大型モニターを見るわけでなく、ホワイトボードを使うわけでもないので、少人数で近寄って話している。ノートパソコンの画面はお互い覗き込めるくらいの距離感だ。
それを見ていて取材者は、アメリカの文化人類学者エドワード・ホールのプロセミックス(proxemics)理論の物理的距離と心理的距離の話を思い出した。興味深い理論なので紹介してみよう。有名な理論なのでどこかで聞いたことがあるかもしれない。
プロセミックス理論とは、人間同士の心理的距離は4つの物理的距離に分けられるというもので、以下の表のようにまとめられる。
物理的な距離 | その距離でできること | 距離の持つ意味 | |
---|---|---|---|
密接距離 | ~45cm | 抱きしめたり、触れ合える距離。匂いや体温を感じる。 | 親子、恋人同士などごく親しい者同士で取る距離。そうでない者だと不快を感じる。 |
個体距離 | 45~120cm | 匂いや体温を感じるほどではないが、手を伸ばせば届く距離 | 家族や友人同士が取る距離。そうでない者だと不快を感じる。 |
社会距離 | 120~370cm | 向かい合って話す距離。お互いが全身を見れる距離。 | 社会的な付き合い(仕事で話す、仕事の依頼など)の距離。 |
公衆距離 | 370cm~ | 隔離された(十分に離れていると感じる)距離 | 細かな表情は見えない。 |
「かくれた次元」(エドワード・ホール著 Edward Hall, 1966 , 日高・佐藤 訳, 1970, みすず書房) ※距離は原著のインチ・フィートをセンチメートルに換算。表は「みんなの仕事場」運営事務局が作成。
ビジネスでは、「社会距離」を保つので、120~370cmの間隔で挨拶したり、立ち話をしたり、仕事を依頼したりすることが多い。家族や友達、親しい同僚とは「個体距離」の45~120cmくらいを取るし、内緒話は「密接距離」の45cmでする。
この物理的な距離については、同書籍執筆時代でのアメリカ人を対象とした調査による距離感なので、時代や民族の違いにより変わりうる。そのことは、著者のホール自身が同書内で民族によるその距離感の違いに関して言及しているが、最近の日本のビジネス環境であれば、おおよそ納得のいく距離感であるかと思う。相手に対して親近感がわくと、心理的な距離が短くなるとともに、相手との物理的な距離も短くなるという法則も示している。
ここからすると、一般的な企業の会議というと、120~370cmという「社会距離」でコミュニケーションを取っていると言える。礼儀正しく、ビジネス作法通りだ。
他方、同社のミーティングは、もっと距離が近い。家族や友達同士でコミュニケーションする、45~120cmの「個体距離」と言っていいだろう。つまり、同社のミーティングは、コミュニケーションの密度が一般的な企業のそれより高いのではないだろうか、ということなのだ。言語的情報に限らず非言語的な情報も含めて、短時間で高い情報量を交換できる形態なのではと思った次第だ。
もちろん、大型モニターやホワイトボードを無くしたからといって、どの企業でもコミュニケーションの密度が上がるわけではなくて、そこは企業のカルチャーがあるがゆえに、逆にホワイトボードなどが不要になっているとも言えるかもしれない。
しかし、大型モニターやホワイトボードを使わないほうが、会議は時間効率化できるのではないかと取材者が思うようになったのは、こちらのオフィスの打ち合わせ風景を見たことが大きい。
業務推進的な会議はともかく、ブレーンストーミングのような形で、みんなでアイデアを出し合う場合は、ホワイトボードは役立つのではないかと読者の方も思うだろう。確かにそのとおり。そして、同社にはそのための部屋がオフィスの真ん中にある。それが「未来妄想室」だ。
オフィス執務スペースの中央付近に大きなガラスの窓が3方についた部屋。
打ち合わせ中の風景を外から撮影。中でやっていることが執務スペース側から見えるよう、3方向に大きなガラス窓がつけられているとてもオープンな作りだ。
未来妄想室と呼ばれる部屋の中は壁の一面がすべて黒板になっている。ソファやベンチシートなどリラックスしながら打ち合わせができるように作られ、冷蔵庫があって飲み物も飲める。
ここでは、新規事業の企画会議のような、いわゆる「発散型の打ち合わせ」がされるとのこと。アイデアをどんどん広げていくタイプの会議だ。だから、「 妄 想 室 」なのだ。そして、壁一面に広がる黒板も、思考の限界を書き込むボードの広さで制約を受けることがないよう、考えうる限り広く取られている。
同社のホワイトボードを基本的に使わないミーティングスペースと、他方、「未来妄想室」のような壁一面の黒板のある会議室が用意されているのを見て、一般的な会議というものは何のために行っているかを気づかされることになった。
新規事業の企画会議のような打ち合わせが「未来妄想室」で行われる。つまり、将来に向けてどうしていくのが良いのか、といった発想を会議の参加者でどんどん広げていくような会議だ。現時点の現実という1点から、未来に向けて可能性の枝をどんどん伸ばしていく。これが「発散型の打ち合わせ」だ。「未来妄想」というネーミングのとおり、将来ありえる可能性をいろいろと模索し、プランニングしていくわけだ。そこで、広がる発想を書き留めていくために、壁一面の黒板が用意されている。通常のミーティングでホワイトボードを使わないのとは対照的だ。
とすると、同社でオープンなミーティングスペースで行われている打ち合わせは、「発散型」の逆の「収束型の打ち合わせ」、つまり、1つの答えを出すタイプの打ち合わせ、になるのではないか。
同社の執務スペース全景 (フロアはパーティションで仕切られることなく、デスクの島はジグザグに配置することで、近寄って話しかけやすいように作られている。)
ここで、同社に限らず、多くの企業で日常的に行われている会議について考えてみたい。その会議の目的の多くは、日々業務を進めていくために行う、報告・共有活動であったり、調整活動と言えるだろう。言ってみれば業務推進的な打ち合わせだ。情報不足、認識・思惑・方向性のズレなどを整え、ビジネスの方程式に値を入れてある一つ(か数個)の答えに向かって収束させる「収束型の打ち合わせ」と言えるのではないだろうか。そこでは、会議から無限の答えが生まれてくることはなく、案件ごとの妥当な答えを導き出し、それを共有し、その方針で進めていくというのが、こうした「収束型の打ち合わせ」の特質に思われる。
【注】もちろん、多くの会議が業務推進的なものであり、「収束型」だとまとめてしまうのは、乱暴かもしれない。業務推進的とはいえ、アイデアを練ったり、多くの関係する内容を漏れなく考慮するため、例えば、システム開発など多岐に渡る要件を漏れなく対応するため、どちらかというと発散的な部分を持つ会議も存在しているだろう。ここでは打ち合わせを「発散型」か「収束型」かと二分して議論を単純化している。
多くの企業で日常的に行われている会議の多くが、情報不足、認識・思惑・方向性のズレなどを整え、ビジネスの方程式に値を入れてある一つ(か数個)の答えに向かって収束させる「収束型」の打ち合わせであるとすれば、そこで使われている、プロジェクターや大型液晶モニターやホワイトボードといった会議ツールは何のためにあるのだろうか。
思うに、それらは、多くの場合、ビジネスの問題の解き方を参加者に見せて合意を取ることに使われているのではないか。もちろん、これは会議を「発散型」か「収束型」かの二分法で論じた、非常に限定的な条件での極論ではあることは申し添えたい。
ただ、その考え方をさらに進めてみると、会議の関係者の合意が取れるのであれば、プロジェクターや大型液晶モニターやホワイトボードは使わなくても良いとも言える。つまり、一般の企業の中で行われている多くの会議のかなりの部分は、社内のコミュニケーションのあり方を変革することで、実はかなり数が減らせたり、時間を短くしたり、出席人数を減らすことが出来るのではないか、というのが本稿の趣旨だ。
そうでなければ、同社が働き方改革で、残業の大幅削減を実現してしまうというドラスティックな改革は実現しえなかったのではないだろうか。冒頭に挙げた、同社が図った「会議のスリム化」のポイントである、(1) 会議数を減らす、(2) 会議時間を半分にする、(3) 出席人数を減らす、ということが少し違った形で見えてくるように思う。
今回の取材を通じて、企業における「会議」が、企業体を推進させるエンジンであり、そのあり方で企業運営は大きく変わるものだと、取材者は今回の取材で認識をしなおすことになった。
[1]会議室は原則使わずオープンなミーティングスペースを使う
[2]会議に大型液晶モニターやプロジェクターは使わない(基本的に)
[3]会議にホワイトボードは使わない(基本的に)
[4]ホワイトボードや大型モニターは使わない分、打ち合わせの距離は近い
[5]「発散型」の会議のために未来妄想室がある
[6]「発散型の打ち合わせ」「収束型の打ち合わせ」
「earth music&ecology(アース ミュージックアンドエコロジー)」や「E hyphen world gallery(イーハイフンワールドギャラリー)など女性に人気のアパレルブランドを始めとして、現在ではライフスタイル事業も展開するファッションブランド企業。
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局
取材日:2017年3月28日
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