バイオジェン・ジャパン株式会社のオフィス内、役員室があるエリアを撮影。
写真左側に「役員室」が並ぶ。ドアもパーティションもなく、通路に対して完全に開かれている。
※シリーズ記事 ほかに「多発性硬化症を始め難病治療薬を創薬するバイオテクノロジー企業のパイオニア バイオジェン・ジャパン株式会社のオフィスづくり【前編】 (オフィス訪問[1])」「【後編】 (オフィス訪問[2])」「究極の短時間ミーティング環境、アメフトのハドルが由来「ハドルルーム」とは? (バイオジェン・ジャパン株式会社 オフィス訪問[4])」
「役員室」と聞くと、一般的にどんなイメージだろうか。ダークブラウンのエグゼクティブデスクに、深々とした応接ソファを備えた重厚感のある個室をイメージする方も多いのではないか。
そんな「役員室」のイメージを覆す、フルオープンで洗練されたデザインの役員室を持つオフィスが、バイオジェン・ジャパン株式会社の役員室だ。
同社は、希少疾患の治療薬開発に重点を置く世界的バイオテクノロジー企業バイオジェン(Biogen)の日本法人にあたり、本社は東京日本橋にある。
オープンな役員室を作られた狙いを、同社執行役員 本部長 医薬品生産&技術本部 押川 昌一郎 氏に伺った。
同社の役員室。正面は全開放でドアもパーティションも存在しない。
このようにした基本的な狙いは、社員の役員へのアクセスを容易にするためです。私も個室の役員室を使っていたことがありますが、役員が個室に入ってしまうと社員の皆さんは、まず入って来れないのです。
役員が個室に入ると、社員のアクセスが格段に悪くなります。それはビジネス上、とても非効率的なことだと考えていました。とにかく社内のいろいろな人が役員のいるエリアに来て、その場で座って会議ができるように、こういうデザインにしたのです。
(同社執行役員 本部長 医薬品生産&技術本部 押川 昌一郎氏)
社内の誰もが役員のところへ自由にやってきて、その場で話ができるという合理性、効率性を徹底して重視する狙いが同社のフルオープンな役員室には込められている。
確かに、役員室にノックして入らなければならないのであれば、社員の足が遠のきがちになるのも理解できる。それでは重要な情報が迅速に役員まで上がってこなくなるというわけなのだ。
この徹底した合理性、効率性の追求は同社のオフィスづくりにおける特徴のひとつだ。「効率」というとコストダウン的なニュアンスがあるが、同社の場合は、効率よく仕事をするというのは、最大の実力を発揮するという意味合いで使われている。その点について、同社 押川氏の前記事での言葉を以下に引用したい。
我々は製薬企業で、製薬の中でも希少疾病のための薬です。薬がなくて苦しんでいる患者さんのために新薬を開発しています。企業理念として「深く思いやる、患者さんの人生を変える (Caring deeply. Changing lives.)」を我々の会社では掲げています。それは、新薬の開発によって患者さんに貢献したい、患者さんの人生を変えたい、という理念の下、事業を行っているのです。
我々の創薬に患者さんの人生がかかっているので、薬の開発を遅らせるわけにはいかないのです。そのために、効率的に仕事をして、少しでも早く患者さんに薬を届けて貢献していこうとしています。
そこで、どんな働き方をすると、最大のパフォーマンスが上がり、効率が上がるかを考えて、その効率の上がる働き方ができるのは、どういうオフィスなのかを考えて、この環境がベストだと作りました。
(押川氏)
同社の仕事の「効率性」は、薬を待っている世界中の患者さんに、出来る限り早く、新薬を開発し、届けることにつながるという意味での効率性なのだ。そのためのベストな働き方として、役員室はフルオープンで個室にせず、社員の誰もがすぐに相談できる役員室が作られている。
しかし、ここまで役員室をオープンにしていると守秘の問題が気になる。社員が役員に相談する案件も、企業の機密に関連することも多いはずだ。そのあたりはどのように対応しているのだろうか。
役員室をフルオープンにすることで問題になるのは、コンフィデンシャリティ(守秘)ですよね。役員への相談は機密情報も多くなりますから。
相談する内容が機密情報のときは、当社の場合、ハドルルーム(* 常時使える打ち合わせ用個室)に入るようにしています。
一般的に、役員室を個室にしているのは、当社のような常時使える打ち合わせ用個室がないから、役員室を個室にしてそこで打ち合わせをすることで守秘を保つということになっているのだと思います。
では、常に守秘が必要な話をしているか?というと、実はそうではないですよね。どちらかというと、個室は役員の権威ですよね。当社ではそういう権威は必要ないということで、役員室をオープンなスペースにして、社員の皆さんが気軽に出入りしやすいようにしています。
(同)
*) 「ハドルルーム」 同社内にある予約なしで使える打ち合わせ用個室設備。
同社のハドルルームの例
予約なしですぐに打ち合わせに入れる、ハドルルームが数多く用意されていて、緊急かつ機密の打ち合わせに対応している。
※ハドルルームについては、以下の記事で詳しく取り上げている。
究極の短時間ミーティング環境、アメフトのハドルが由来「ハドルルーム」とは? (バイオジェン・ジャパン株式会社 オフィス訪問[4])
なるほど、こうした部屋がすぐに使えるのであれば、役員室を機密の会議室として使わなくても済むわけだ。
また、同社の役員室は、社員の人たちが話しやすいように工夫が凝らされている。
同社の役員室で、実際に仕事をしている風景をスローシャッターで撮影。
役員室には、相談に来た人が座って相談できるよう、向かいに椅子がついている。 また、役員用デスクは、すべて上下昇降デスクになっている。その点を尋ねた。
役員室をオープンにしていても、役員が机に向かって座っていると声をかけにくいんですよ。座っていると、忙しいというオーラが出るんですね。座って忙しそうなオーラを出していると、社員の皆さんは、それを見て「仕事をしている。忙しそうだ。声をかけるのをやめよう」と考えてしまうんです。
ところが、上下昇降デスクで高さを上げて、立って仕事をしていると、カフェやバーのカウンターと同じで、立っている人には話しかけやすいんですよ、歩く人と目線が同じということもあってね。そういうコンセプトで、役員室は、立っても座っても仕事ができるようにということで、こういう形にしたんですよ。
(同)
こちらも伺ってみると、なるほど、と思わず膝を打ってしまう工夫だ。確かに、立って仕事をしている人には話しかけやすい。そこまでして徹底して社員の役員へのアクセスを広く開くようにしているのが非常に印象的だ。また、相談が長引きそうであれば、デスクを通常の高さにして座って話すこともできるし、先ほどのハドルルームに移動することもできる。
写真は、役員室間を隔てる収納棚を中心に撮影したもの。
収納棚の裏には透明なガラスパネルが上方は天井まで、前方は1m弱せりだして設置されていることが分かる。
社員がアクセスしやすいオープンな役員室ではあるが、左右に声もれなどはあまりしないよう、隣り合う役員室間の遮音は行われている。つまり、通常の話をする分には、隣の音がうるさいということがないよう作られているのもポイントだ。つまり、役員の人たちも自席で集中して仕事ができるような工夫がなされている。
左手に役員室が並ぶ。ちなみに一番奥が社長室(同様にオープン)となっている。
また、役員室の近くにはカフェスペースが作られていて、社員がコーヒーを飲みに来た流れで、コーヒー片手に役員室に立ち寄れるような作りになっている。
(ちなみに、もっとも大きなカフェは、役員室から最も遠いところに作られている)
手前がカフェスペース。奥が役員室。
以上、同社の役員室を紹介してきた。いかがだったろうか。
当初、取材者は前面がフルオープンにされた役員室を見て驚き、そのような形に至った理由を取材したのだが、その取材を通じて、コミュニケーション促進ということに留まらず、役員が、統率者としてのリーダーシップを最大限発揮できるようにすることを重視して作られていることに気づかされた。
つまり、この役員室のオープンさは、すべて、リーダーシップを最大限発揮させるためなのだ。そのために、いかに社内情報を、事業のリーダーにすばやく集約することができるか、また、そこからすぐに対策会議を開き、指揮が執れるか、それにより事業を効率的に推進できるかを考えて、オフィスづくりがされている。
また、特筆すべきは、社員の人たちが役員の人たちにアクセスしやすいだけでなく、役員の人たち自身が仕事に集中しやすい環境も両立するよう追求して、その高度なバランスが取られていることも見逃せない。その点は、単に役員席が一般社員と並んでいるというフラットなありかたとは一線を画すものだ。これは同社の一般社員の執務席も集中して仕事ができるよう視線を隠せる程度のパーティションで囲われ、幅180cm近いデスクスペースが確保されているところから分かるように、社員も役員も仕事で最高のパフォーマンスを上げられるよう執務スペースに配慮がされている。
そうした中で、同社の、社員の誰もがふらりと来て話ができる先進的なフルオープンの役員室が作られているのを見て、これからの時代の役員室のありかたを考えさせられた。役員室の作り方の問題は、リーダーシップの問題でもあるのだ。
多発性硬化症を始め難病治療薬を創薬するバイオテクノロジー企業のパイオニア バイオジェン社(Biogen, Inc.)の日本法人。バイオジェン社は、1978年スイス・ジュネーブにて創業。現在、本社はアメリカ、マサチューセッツ州ケンブリッジにあり、神経疾患、自己免疫疾患、希少疾患の治療法開発に重点を置く世界的バイオテクノロジー企業。企業理念「Caring Deeply. Changing Lives. (深く思いやる。人生を変える。)」を掲げる。
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局
作成日:2017年6月9日
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