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イトーキの新本社「XORK」に見る、オフィスの最新形態「ABW」と建設環境基準「WELL認証」(前編)~働き方改革時代のオフィス移転[第5回]~

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株式会社イトーキ「ITOKI TOKYO XORK」完成披露会

株式会社イトーキ「ITOKI TOKYO XORK」完成披露会



オフィスはワーカーを収容する「箱」――働き方改革の進展を背景に、そうした認識が急速に過去のものとなりつつあります。



現代のオフィスには、ワーカーの創造性や生産性向上を促進するための機能が求められます。様々なワークプレイス改革の動きがある中、近年注目を集めているキーワードに「ABW」と「WELL認証」があります。


ABW(Activity Based Working)」は、オランダのヴェルデホーエン社が提唱したワークスタイルについての考え方です。ワーカーが活動(Activity)に適した空間を能動的に選択することで、創造性や生産性を向上させようというもの。日本でも「働き方改革」を背景に導入事例が増えつつあります。


WELL認証(WELL Building Standard)」は、住環境の品質を、物理的な面だけでなく「人間の心身の健康」という視点も取り入れて評価する新制度です。まだ一般的には耳慣れないかもしれませんが、オフィスというものが多くの人が長い時間を過ごす場であることから、オフィス環境の品質を客観的に計る基準として注目を集めています。



オフィス家具を手がけるイトーキは、このほど、この「ABW」と「WELL認証」を2本柱にデザインした新本社ビルへの移転を行いました。


去る12月3日、東京日本橋の新本社「ITOKI TOKYO XORK(イトーキ・トーキョー・ゾーク)」がオープン。この新本社は、同社にとって新オフィスであると同時にショールームでもあり、様々な試みや工夫が盛り込まれています。ワークプレイス改革の最新事例として、オフィス移転の検討を進める際の参考になるのではないでしょうか。


かなり多岐にわたる取り組みのため、今回は前編として、完成披露会の情報を中心に、「ITOKI TOKYO XORK」の根幹をなす「ABW」と「WELL認証」にスポットを当てて紹介していきます。



■目指すのは「自己裁量の最大化」の実現


同社は個人の生産性向上を通じて企業の変革を導き、社会にも変革をもたらそうという働き方改革時代にフォーカスした考え方を打ち出しています。


今回の新本社移転は、同社自らがこのミッションを実践し、そこから生み出された新しい価値を発信していく目的で計画されました。東京地区にあった4つの事業所の800人におよぶ従業員を「 ITOKI TOKYO XORK(以降XORK)」と名づけた新本社に統合。「XORK」というのは、「WORK」の「W」をその次のアルファベットである「X」に置き換えた造語で、同社は「XORK」での新しい働き方を「XORK Style」と命名しています。


「XORK」は、同社のオフィス、ショールームでもありますが、「XORKStyle」の実験場でもあります。完成披露会において、平井嘉朗氏(代表取締役社長)は、「単なる理論や空間を語る場所ではなく、使い込むことにより新しい価値を創造していきたい。自ら、実験し、失敗し、新しい価値を見いだして、その価値をお客様に示していく」と語りました。



株式会社イトーキ 代表取締役社長 平井嘉朗氏

株式会社イトーキ 代表取締役社長 平井嘉朗氏



冒頭でも述べたように、「XORK」をデザインするにあたって2本柱として採用されたのは、「ABW」と「WELL認証」です。


同社の調査によると、ワーカーの生産性実感や「ワークエンゲージメント(仕事に対する熱意、没頭、活力が揃い充実している状態)」は、「自己裁量」の大きさに比例するそうです。しかし現実には、自己裁量の大きい環境で働いているワーカーはごく少数に過ぎず、全体の約1/4は、自己裁量の小さい中で働いているのが現状です。



そこで、同社はまず「自己裁量」を重視した新本社オフィスを目指すことに決め、次の3つの領域で見直しを行いました。





1.「ワークプレイス」のデザイン: オフィスのデザインなど物理的な環境の見直し。


2.「IT」のデザイン: 移動しやすいインフラ整備や通信ツールの選択、活用を支援するアプリなど


3.「行動」のデザイン: 働き方に関する制度、管理者のマネジメント手法、日常の職場におけるふるまいのエチケット





自己裁量を最大化するために、この3領域の中核をなす総合的なワークスタイル戦略として「ABW」を、ワーカーの活動を下支えする高品質なオフィス環境を実現するため「WELL認証」が選択されました。



新本社をデザインするにあたり見直した3つの領域と「ABW」の関係

新本社をデザインするにあたり見直した3つの領域と「ABW」の関係



■ABWのオフィスデザインの基礎になる「10の活動」

「ABW」では、仕事をオフィスで行う活動を軸に「10の活動」に分類しています。


これによれば。ひとりでの仕事(=ソロワーク)は、「高集中」「コワーク」「電話/WEB会議」、2人での仕事(デュオワーク)は「二人作業」「対話」、3人以上での仕事(コラボレーション)では「アイディア出し」「情報整理」「知識共有」、その他に「リチャージ」「専門作業」があります。



ABWの考え方に基づく「10の活動」(※ 「ITOKI TOKYO XORK」Webサイトに基づいて事務局作成 ©2018 Veldhoen+Company All Right Reserved.)

ABWの考え方に基づく「10の活動」
(「ITOKI TOKYO XORK」Webサイトに基づいて事務局作成 ©2018 Veldhoen+Company All Right Reserved.)(※)



ABWのオフィスの最大の特徴は、各活動に最適化したシングルタスクを行うための集合体としてのワークプレイスになっていることです。



従来の日本型オフィスにおいては、自席が固定されており、日常業務やアイディア出し、電話連絡などあらゆる作業を行う「マルチタスク」型だったと言えます。これに対して、ABWのワークプレイスは、例えば、ソロワークなら高度の集中を必要とする活動用の場、3人以上の創造力が必要な話し合いにはアイディア出し専用の場、というように、特定の活動に合わせて用意されています。ワーカーは活動によってそうした場を選び、移動していくわけです。


「XORK」には、個室だけでも93室が用意されています。同じ活動用の個室であっても、異なるデザインや家具選びが施され、まったく同じ形状の部屋は存在しません。同社の前オフィス(300人規模)では、個室は10室しかなかったとのこと。「XORK」の従業員は800人ですが、一人当たりで換算すると3倍以上になっています。


このほかに、オープン型の各活動に対応したゾーンが用意されているわけですから、活動を行うワーカーは、まず、今から行う活動にはどのワークプレイスが最適かということを能動的に判断していかなくてはなりません。この「判断する」というプロセスが、活動対象への理解とモチベーションを高めていきます。さらに活動に最適な場を使うことによって、創造性、生産性の向上という効果をもたらすわけです。



参考までに、「XORK」に用意されたワークプレイスの事例をいくつか見てみましょう。



ソロワーク「高集中」用の部屋

ソロワーク「高集中」用の部屋



3人以上で行う「アイディア出し」用の部屋

3人以上で行う「アイディア出し」用の部屋



3人以上で行う「知識共有」用の部屋

3人以上で行う「知識共有」用の部屋



■あるべき活動割合に応じてワークプレイスを配分

ABWの考え方に基づき、ワークプレイスのシングルタスク化を進めていくと、オフィスのレイアウトに関する考え方も大きく変わっていくことになります。


下の写真は、XORK完成披露会で示された「島型」「フリーアドレス」と「ABW」を比較したスライドです。



オフィス形態ごとのレイアウト指標の違い(※ ITOKI TOKYO XORK完成披露会スライドより)

オフィス形態ごとのレイアウト指標の違い
(ITOKI TOKYO XORK完成披露会スライドより)(※)



従来、最も一般的だった島型オフィスは、組織のかたちをそのまま反映したレイアウトです。



フリーアドレスは、在籍率を基準にしたレイアウト。在籍率が70%ほどなら、オフィスが用意する席はそれに合わせるという考え方です。



さらに、ABWでは、ワーカーの活動の割合がレイアウトに落とし込まれます。企画が○人、営業が□人という人数比ではなく、ソロワークが○%、デュオワークが□%、という活動割合が基準になり、ワークプレイスの配置が決定されるのです。


このように活動を分類したり、その割合を割り出したりすることは、ほとんどの企業では未経験のものだと思われます。


「XORK」では、「10の活動」に基づいた社内アンケートをとったそうです。その結果、ソロワークの時間が7割弱、2人以上の活動時間は約3割でした。「対話」や「アイディア出し」などの活動は、生産性を高めるために有効と言われるものですが、そうした活動が占めている割合が実際には低いことが明らかになったのです。


そこで同社は、今回の新本社移転に際して、理想とする活動時間配分を定めました。


働き方改革に対応して活動時間全体を短縮した上で、ソロワークを49%に、2人以上のペア/チームワーク活動を43%にまで引き上げる。「リチャージ」の割合も、従来の4%を8%と倍増しました


このように、「XORK」におけるワークプレイスは、活動実態を反映するのではなく、「あるべき割合」に合わせて配分されました。


今回の「前編」では詳しく触れる余裕がありませんが、「XORK」に実装された注目すべきIT関連機能のひとつが、オフィス内のワーカーの所在地を記録する、というものです。ワークプレイスが活動ごとのシングルタスクになっているため、所在地データをまとめると、どの活動にどれだけの時間が割かれているのかがわかるわけです。これを見れば、理想の時間配分に合った活動ができているかをつねに把握し、それができていないのはなぜか、といったことをいつでも検討できます。


同社では、このデータを蓄積・分析することで、ABWをより効果的に活用するための運用方法、社内制度のあり方などソフト面のノウハウをブラッシュアップしていく予定です。


イトーキは2018年10月にABW提唱者ヴェルデホーエン社と業務提携しており、ヴェルデ社がワークスタイルのコンサルティングを、イトーキがデザインを行うコンサルティング事業に乗り出すことを発表しています。「XORK」で蓄積されたABW活用のノウハウは、大きなアドバンテージになるでしょう。



■健康を重視した「WELL認証」の7つの概念

次に、「XORK」のもうひとつの柱である「WELL認証」について見ていきましょう。


前述した通り、ワークエンゲージメント向上のために、快適なオフィス環境はたいへん重要な要素です。


そこで同社が取り組んだのが、オフィス環境の品質を客観的に評価する指標「WELL認証」の取得でした。


WELL認証は、「空気」「水」「食べ物」「光」「フィットネス」「快適性」「こころ」という7つの概念からなり、さらにその下位に、必ず達成しなくてはならない必須項目と任意選択の加点項目が合計で100個設けられています。必須項目を満たした上での加点の大小で、「プラチナ」「ゴールド」「シルバー」のランクが設けられており、「XORK」は予備認証でゴールドレベルを達成しました。


これまで日本国内でWELL認証を取得された事例は「大林組技術研究所本館テクノステーション」(ゴールド認証)しかありません。同社では2019年の本審査を通過を目指しています。



下の表は、「WELL認証」の各概念に含まれる審査項目をまとめたものです。



単に物理的な環境基準を満たせばいいというものではなく、「フィットネス」「こころ」などのように企業内の制度や運用ルールや、「食事」のように外部業者の協力を得なければ達成できないような項目も存在します。空気や水、光などの基準も、日本における規定よりも厳しく設定されており、難易度はかなり高いものとなっています。



(※ 「一般社団法人グリーンビルディングジャパン」Webサイトに基づき事務局作成)

(「一般社団法人グリーンビルディングジャパン」Webサイトに基づき事務局作成)(※)



例えば、評価項目「空気」におけるオフィス内の空気に含まれるPM2.5の値。



「XORK」内の空気は、外気に対してPM2.5の値が-18㎍(マイクログラム)になっているとのこと。通常のオフィスビルは、屋内の二酸化炭素濃度を減少させるために外気を取り込みますが、このときPM2.5も取り込んでしまうのですが、これを高性能のフィルターを付けて解決しました。


また、評価項目「快適性」に対応するため、「XORK」内には237個のサウンドマスキングシステムが設置されています。このシステムを設置する場合、これまでは音漏れしてはいけない場所に10個程度というのが一般的ですが、「XORK」ではこれをオフィス全体に採用しています。


「快適性」では、ワーカーの視線にも配慮する必要があります。「高集中」活動用のゾーンでは、視線を遮るようにパーテーションを高くするなど配慮しました。


評価項目「食事」への対応では、糖分が30mg以上の食べ物や飲み物をオフィス内で提供することを取りやめています。


評価項目「フィットネス」「こころ」は、オフィス環境における心と体の健康の維持を目的とするもので、これまでの環境基準型の評価とはまったく異なる性格のものです。「XORK」には、トレーニング機器が置かれている部屋のほか、瞑想用の個室も用意されています。10の活動のひとつ「リチャージ」に対応する場でもあります。



「リチャージ」に対応した瞑想のためのスペース

「リチャージ」に対応した瞑想のためのスペース



このように「WELL認証」を獲得するためには、相応の準備が必要になります。


認証を得ることは難しくても、オフィス移転やレイアウト変更などを進める場合などで、オフィスの品質を図る客観的な指標として役立つと考えられます。


今回は、イトーキの新本社「ITOKI TOKYO XORK」を「ABW」と「WELL認証」という二つの視点から駆け足でご紹介しました。


ABWを導入にあたって、「自己裁量の最大化」や「活動の時間配分」という考え方、そしてWELL認証の認証項目などは、オフィス移転やレイアウト変更を検討する際の参考にできるものだと思います。次回の後編では、オフィスデザインに盛り込まれた具体的なアイディアや工夫、そしてIT関連の機能については取り上げる予定です。




更新をお楽しみにお待ちください。




後編はこちらから

イトーキの新本社「XORK」に見る、オフィスの最新形態「ABW」と建設環境基準「WELL認証」(後編)~働き改革時代のオフィス移転[第7回]~










取材協力

ITOKI TOKYO XORK

株式会社イトーキ









編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2018年12月3日




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