ヴィス東京オフィス
今回は、近年オフィス移転や改装など働き方改革の選択肢として注目されている「デザイナーズオフィス」について取り上げます。
デザイナーズオフィスとは、「企業ブランド向上を軸にデザインされたオフィス」のこと。
単にイメージ的に"今どきのおしゃれなオフィス"ということではなく、従来の典型的なオフィス風景(島型に置かれたデスク、壁のロッカー、アルミパーテーションの会議室といった、会社が異なっても見栄えの変わらない「画一的なオフィス」)に対して、企業理念やブランド、経営課題への取り組みなどを具象化した「個性あるオフィス」を指しています。
デザイナーズオフィスは、働き方改革の流れの中で採用が進んでいます。本特集の前回記事で取り上げた「居抜きオフィス」の広がりも、個性的で高品質な内装を持つオフィスが増えたことが背景にありました。
「オフィス移転の新たな選択肢「居抜きオフィス」の今と将来 ~「働き方改革」時代のオフィス移転入門[第8回]~」
今回は、1998年に創業し、2004年からデザイナーズオフィスを手がけ、現在までに5,000件以上の実績を持つ株式会社ヴィスを訪問し、デザインする側から見るデザイナーズオフィスの現在についてお話をうかがいました。
株式会社ヴィスは、デザイナーズオフィスを企業の理念やイメージを可視化する経営戦略「VI(ビジュアル・アイデンティティ)」の一環と捉え、デザイン、施工から、ウェブサイトやロゴマークのデザインまで、企業やオフィスに関わるビジュアル全体を一貫して手がけています。
自社オフィスも様々なテクニックを駆使しており、当サイトでも2017年に訪問記事を掲載しております。
「数々のデザイナーズオフィスをプロデュースする株式会社ヴィスの東京本社オフィス見学ガイド~注目ポイントPickUp!~」
対応してくださったのは、同社でプロジェクトマネージャーを務める小川慧さん(デザイナーズオフィス事業本部マーケティング2部マネージャー)、佐々木寛恵さん(同部リーダー)のお二人です。
――デザイナーズオフィスとは、一言で言うと何でしょうか。
様々な考え方があるとは思いますが、私は「会社らしさ」が表現されているオフィスだと考えています。「デザイナーズオフィス」と聞くと、「おしゃれな、かっこいいデザイン」を思い浮かべる方が多いと思いますが、最終的な目的はそこではありません。まず、現状のワークプレイスの課題に対するソリューションがあり、そこに理念や事業の特性など、その企業独自の文化を掛け合わせて、オリジナリティのあるオフィスデザインを作っていきます。「いいオフィスができたね」と言っていただけるときは、必ずその会社ならではのデザインになっています。
(小川 慧さん)
――「企業らしさ」の表現手段でもあるのですね。
デザイナーズオフィスは、言わば企業の顔そのものです。良いオフィスデザインができたからといって、そっくりそのまま他の企業に持っていける、という性質のものではありません。ただ、その「らしさ」とは何か、という点には注意が必要です。移転や改装を機に社風やブランドイメージを変えたいという場合には、デザインがそのまま「企業らしさ」を再検討する場にもなります。従来の「らしさ」を見直すべきということになれば、企業のより本質的な部分と最新の経営方針を照らし合わせて、新しい「らしさ」を作っていきます。
(同)
左:小川 慧さん、右:佐々木 寛恵さん
――「デザイナーズオフィスはコストがかかる」という印象の企業が多いのでは。
それは誤解です。標準的な内装費用内でもデザイナーズオフィスを実現することは可能です。たとえば、壁面の色をコーポレートカラーに変えるだけでも「らしさ」は表現できます。ごく一般的な会議室に社員が考えた名前をつけただけ、という事例もあります。単なる数字やアルファベットではなく、独自の名前がついていれば、それだけでも対外的には個性のアピールになりますし、社員も愛着を持てるようになれます。
逆に、規模の大きい計画をお持ちでも、お客様の事業フェーズを考えると、そこまでの必要はないのでは、と思う場合もあります。その場合は次回に持ち越し、今回はそこに向かうステップ的なオフィスを作りましょうという提案をさせていただくということもあります。
(同)
ヴィス東京オフィスの会議室には、作家の名前が付けられています。この部屋の名前は「シェイクスピア」。各会議室が作家のイメージに合わせた内装になっているのも面白いポイント。
こちらは「不思議の国のアリス」の作者ルイス・キャロルから名前をとった会議室「ルイス・キャロル」。ランダムカラーのチェアがポップな印象的です。
――近年、デザイナーズオフィスに求められる要件に変化はありましたか?
私がこの仕事を始めた10年前は、エントランス周辺の見直しを行うだけで、ワークスペースはほぼ従来のままのレイアウトという事例が大半でした。しかし、ここ数年で、オフィス全体にデザインを取り入れた提案が採用されるようになってきました。お客様にどう見られるかを重視した考え方から、社員に対して、さらに今後入社してほしい人材に対してもオフィス環境を整えることが重要だという考え方へシフトしていると感じます。
(同)
――デザイナーズオフィスを採用する会社の業種には傾向がありますか?
以前は、来客が多い企業や、人材紹介といった競合他社との差別化に積極的な業種の会社が多かったですね。次に、ITベンチャーなど、ブランディングや優秀な人材採用に重点を置く業種。最後に、経営者の方がオフィスにこだわりを持っている企業。この3タイプに大別できました。ここ数年で、製造業や出版社、コールセンターなど、幅広い業種でデザイナーズオフィスが採用されるようになってきています。当社ではデザイナーズオフィスのメリットを得られない業種はないと考えています。
(同)
――生産性向上の手法としては、どのような要望がありますか?
全体的に増えているのが「ABW(Activity Based Working)」ですね。ワーカーが今やるべき作業に適した場所を自発的に選んでいく、というタイプのオフィスです。導入したいという要望は多いのですが、ただ本当にABWが効果的な手法かどうかは、一概には言えません。仕事のあり方は企業により千差万別ですから、万能の解決策というわけではないのです。ABWを含めたトレンドについてはご説明させていただきますが、ヒアリングやサーベイ(アンケート調査)の結果に基づいて、最適と考えられる手法を提案しています。
フリーアドレスも、合う/合わないが分かれる手法ですが、確実に増えてきています。従来は難しいと言われた開発者中心のオフィスでも、各席に大型ディスプレイを置き、社員の方が自分のノートパソコンを持ち歩いて座った席のディスプレイに繋いで作業をする、というスタイルでフリーアドレス化を実現した事例があります。
(同)
――執務スペース以外での傾向は?
フリースペースを設置されるお客様が増えています。全社員が集まる場所、社内の打合せ場所、社員がひと息入れる場所、社外の方を招いたイベント会場など、様々な目的で利用できるフレキシブルなスペースです。天井を抜いてカフェ風にしたり、ライブラリ風にするなど、執務スペースとは明確に異なるデザインにして、エントランスに面して設置する事例が主流です。使いやすく、社内外のコミュニケーションの活性化に効果があると好評です。そういったスペースをなくしたいという声は皆無で、むしろ広げたいというニーズの方が強いですね。先日も、もともと4つあった会議室を2つに減らして、その分フリースペースを広げたい、という事例がありました。
逆に、会議室の数は減少傾向にあります。会議室の使用頻度を調べて、社内ミーティングに使う頻度が高いなら、会議室よりもオープンミーティング用のスペースを増やしましょう、と提案することはよくあります。コミュニケーションの活性化にもなり、必要になったら会議室や執務スペースに転用できる拡張スペースにもなるため一石二鳥なのです。
(同)
ヴィス東京オフィスのフリースペース「サロン」。外部から人を招いたイベントやセミナーにも利用されている。
――人材採用の面で効果的なデザインは?
ほとんどのお客様は、多かれ少なかれ人材採用への効果を期待されています。その場合、オフィスの情報やビジュアルをSNSなどを通じて積極的に発信されることが多くなるので、見栄えのするデザインになるのは当然として、特に「写真映え」には気を遣います。撮影するならここ、というポイントを作ることが重要になります。
(同)
言い変えるとストーリーを「語ることができるオフィス」なんですよね。社員の方々が、「こんなに楽しいオフィスがあるんだよ」「みんながモチベーション高く仕事に取り組んでいるんだよ」といったポジティブなメッセージをどんどん発信していきたい、と思えるオフィス作りを心がけています。発信する側も楽しくなるオフィスです。
(佐々木 寛恵さん)
――オフィスの魅力という点では、家具も重要ですね。
家具はオフィスデザインにおいてはとても重要な要素です。人材採用を考えると、グレードの高い椅子などは想像以上の効果があります。デスクはさほど見た目が変わりませんが、「人間工学に基づいて作られた椅子」などは印象の強さが違います。とくに長時間着席して仕事をするエンジニアが多いオフィスでは、大きなセールスポイントになるでしょう。
グリーンの需要も上がっています。最近ではフェイクグリーンのクオリティが上がり、本物と変わりない自然な見た目に仕上がるようになったため、リラックスできる空間を実現できます。本物のグリーンはランニングコストが発生しますが、フェイクなら初期コストのみで済みます。
(同)
――直近の実績の中から、参考になる事例を紹介してください。
入り口正面に置かれたカフェ風のバリスタカウンター(株式会社TOK)(写真提供=株式会社ヴィス ※)
TOK様は、東京・板橋にあるベアリングメーカーです。2018年春の本社ビル移転に伴い、デザイナーズオフィスを導入されました。デザイナーズオフィスのメリットが業種を問わないことを示す好事例です。 以前のオフィスは、従来の無機質な「事務所」でしたが、移転を機に、働く内容に応じて場所を選ぶABWの考え方を導入し、オフィスのスタイルを一新しました。
変化の象徴として、入り口正面にカフェ風のバリスタカウンターを導入しました。コミュニケーションゾーンも4人用テーブルやファミレスブース、カウンタースペースなど多種多様のスペースを用意し、壁をホワイトボード化していたるところで打合せができるようにしました。また、明るくスタイリッシュなカフェテリアも設置しています。
デザイン上優先したのは自由な働き方ができるオフィスでしたが、コミュニケーションの活性化という点でも成果が上がりました。とくに、これまでほとんど交流がなかった部署のメンバー同士のコミュニケーションが活発化されたとのことです。卓球台を置いたのですが、卓球をする人、見る人の間で新しいコミュニケーションが生まれたと好評です。
(同)
明るくスタイリッシュなカフェテリア。(株式会社TOK)(写真提供=株式会社ヴィス ※)
エントランス(株式会社ソルブレイン)(写真提供=株式会社ヴィス ※)
ソルブレイン様は、仙台でウェブ制作をされています。オフィス移転時にデザイナーズオフィスを採用されました。オフィスの魅力を積極的に情報発信に活用されている事例です。
ご要望は「仙台で一番かっこいいオフィスを創りたい」というものでした。そこで、木目を基調としながら、最先端のサイバー感とナチュラルさを共存させたオフィスをデザインしました。
ホームページには内装をうまく背景に取り入れた画像が並んでおり、先進的で明るい企業イメージが伝わってきます。人材採用のページには、ハイグレードの椅子「アーロンチェア」を導入されたこともしっかり掲載されていますね。
社員の方々がオフィスで働いている風景やリラックスされている様子は、facebookで意欲的に発信されています。どの投稿にも遊び心があふれていて、社員の方が楽しんで発信されていることが伝わります。
(同)
木目を基調にしてナチュラルとサイバーを共存させたオフィス(株式会社ソルブレイン)(写真提供=株式会社ヴィス ※)
エントランスの壁面を飾るコラボアート。テーマは「融合」。(株式会社インサイト)(写真提供=株式会社ヴィス ※)
インサイト様はインターネット広告を扱っておられます。オフィス作りの際に、他にはない同社だけのオンリーワンを追求した事例です。
ユニークなのは、10mあるエントランスの壁面への、2人のアーティストによるコラボレーションアートです。テーマは「融合」。2人に左右それぞれから描き始めてもらい、中央で絵が重なるという仕掛けでテーマを表現しています。世界に唯一のエントランスとなったと同時に、会社の象徴的な存在にもなっています。また、作品制作の模様を映像で公開されており、ブランディングの一環として積極的に活用されているところもポイントです。
このエントランスはアートが主役で、社名のサインは片側の壁に小さく置かれているのも特徴的で、全体的にはシンプルな作りで落ち着きのある雰囲気となっています。
(同)
アートが主役のエントランス。社名パネルは、写真右奥に置かれています。(株式会社インサイト)(写真提供=株式会社ヴィス ※)
――デザイン案はどのような流れで作成するのでしょうか。
現状の働き方の調査・分析に基づいて、経営者とプロジェクト担当者からヒアリングを行い、課題や希望を明確化したうえで案を作成していきます。とくに重視しているのは経営者のヒアリングです。オフィスデザインはワークスタイルの変革をともなうこともあり、強いリーダーシップが必要になる場面が多いからです。
(同)
――ヴィスのこのオフィスを見学することもできるのですね。
はい、適宜セッティングさせていただいています。実際に使われているオフィスを見ていただくのが一番ですから。たとえば、当社のオフィスの中央には「Vis Cafe」というスペースがあります。電子レンジやポットなどを置いた場所をカフェ風にして名前をつけたもので、自然に社員が集まるため、コミュニケーションを活性化するポイントとなっているのですが、見学されたほとんどの方が「これを導入したい」と好評です。実際に目にすることで、具体的な効果を実感していただけるのではないかと思います。デザインを担当させていただいたお客様のオフィスを見学いただくこともあります。
(小川さん)
――デザイナーズオフィス導入を検討するにあたり、企業側が準備をしておくべきことは?
デザイナーズオフィスと聞くと敷居が高そうに感じられるかもしれませんが、デザインについて特別な準備が必要ということはありません。「何のための」オフィスなのか、デザインを通して実現したいことは何か、今ある課題は何なのかを考えておくのが重要です。移転を決めたら、物件を決める前に、早め早めにご相談いただきたいと思います。物件の条件によっては、デザインの制約があり、希望を反映できない場合があるためです。
当社の強みは、豊富な実績を持つことと、実際にそこを使われている方からのフィードバックの多さです。どのような業種からのどのようなニーズにも対応できますし、最大限の効果を実現できる蓄積があります。導入を検討してみようと思われたなら、ぜひご相談ください。
(小川さん)
かつての日本企業は、どちらかというと、オフィス内を外部に見せるものではないという感覚が主流だったように思います。これに対して、現代のオフィスでは、逆に外側だけでなく内側までも企業の情報発信手段になりつつあるようです。
デザイナーズオフィスは、企業理念やブランドを、取引先、社員、求職者を含む社会全体に届ける新たな「武器」であると言ってもいいかもしれません。
小川さんによれば、成長企業の経営者の間では、今やデザイナーズオフィスは「導入して当たり前になりつつある」とのこと。
それはすなわち、働く人にとっても、デザイナーズオフィスで働くのが当然という時代がもうそこまで来ていることを意味します。
デザイナーズオフィスが特別なものではなく、普通の「オフィス」と呼ばれるようになる日は、想像以上に近いのかもしれません。
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局(※の写真を除く)
取材日:2019年3月5日
2016年11月17日のリニューアル前の旧コンテンツは
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