ワークスケープ・ラボ 代表 岸本 章弘(きしもと あきひろ)氏
テクノロジーとビジネスの変容によって、働き方、仕事、人が多様化し、求められるワークスペースも目まぐるしく変化しています。生産性を上げ、ストレスなく働けるオフィス空間のあり方について、オフィスデザイン研究の第一人者として活躍しているワークスケープ・ラボ 岸本章弘氏に伺いました。
■日本のオフィスデザインはなぜ変わらなかったのか
――岸本さんが編集していたオフィス研究情報雑誌「ECIFFO」は、オフィスデザインに携わる人のバイブルだったのではないでしょうか。
私はもともとはオフィス家具メーカーのコクヨで、オフィスの設計をやっていました。「ECIFFO」の編集長をしていたのは研究所に移ってからですね。雑誌とは情報を発信するものですが、「ECIFFO」はむしろ情報を収集するチャンネルとしての意味のほうが大きかった。設計事務所やファシリティマネージャーという仕事は、あまり表に出てこないものなので、取材先も好意的でした。先進オフィスの動向を知るために、オフィス研究者としてテーマを考え、オフィスや人の取材からヒントを得て、次世代オフィスのコンセプトを開発していました。
その後独立し、現在はワークプレイスコンサルタントとして、ワークプレイスの研究、オフィスの設計からコンセプトづくりまでのデザインコンサルや、ワークプレイスに関係する編集の仕事をしています。
――オフィスデザインという研究領域は、日本ではあまり一般的ではないように感じます。
昔は「オフィスレイアウト」と呼ばれたりしていました。大手設計事務所が手がける本社ビルなどの設計では、ロビー周りや役員フロアのデザインはありましたが、それ以外の一般執務エリアでは、顧客の要求に基づいて組織を配置したり、会議室を作ったりというのが「オフィスレイアウト」の仕事でした。当時はトータルなデザインというより平面上のエンジニアリング的なアプローチが大きかったと思います。
――欧米と日本とでは、オフィスというものについての考え方が違うのでしょうか。
空間をデザインする上で何を優先するかということが違うと感じます。ビジネスの要件、組織の要件、個人の要件と分けると、ヨーロッパでは人間が中心、アメリカでは人間とビジネスが優先されます。これに対して、「仕事場に私的なことを持ち込むな」と言われたりもしてきた日本では、個人の優先度は低く、ビジネスと組織を優先します。このため作業空間としてのストイックなものになっていくわけです。
優先するファクターは地域/文化により異なる (C)ワークスケープ・ラボ(※)
これに比べると、北欧などでは、働いている人間のためには一定レベルの環境を提供するという考え方で、役員と一般社員の区別なく、全員が窓つきの個室を与えられることが多いです。アメリカでも、窓側の個室はマネージャー用というような区別はあるものの、一人一人のスペースがしっかり確保されているものが多い。日本人から見れば、一人当たりの面積が広くて恵まれた空間ですね。
このように、ビジネスを遂行していく上で何が必要か、ビジネスを遂行する人間にどう向き合うのかといったことが、日米欧で異なるわけです。もっとも、現実には業種によってもまたかなり違いますし、同じ業種でも企業による違いも大きく、単純化はできませんが。
――日本では、つい最近まで、旧来のストイックなオフィスが主流でした。
90年代以降にITの進展があり、アメリカはデジタルエコノミーの時代の到来とともに、社会インフラも含めた産業の主軸がIT系に移りました。たとえば銀行のオフィスが大きく変わるということではなく、銀行そのものが主流ではなくなるという変化が起こったのです。西海岸のドットコム企業が興隆し、従来とは違う働き方やオフィスの作り方をしたということです。変化というよりも新陳代謝というべきでしょうね。
その間、日本のオフィスは組織構造をそのままレイアウトした島型対向式のインテリアで、大きな変化はありませんでした。これはビジネスがあまり変化せず、産業や組織の新陳代謝が進んでいないことが大きな要因だと思います。オフィスというものは、マネージメント、理念、ワークスタイル、カルチャーなど様々なものが反映されたものです。それらが変わらなければオフィスも変わらないし、変える必要もありません。
――オフィスを変える必要がなかったのですね。
日本ではスタートアップが育たないなどと言われますが、高度成長期の成功体験から抜けきれず、なかなか変われませんでした。本当におもしろいオフィスを作っているところは、どうありたいという理念がはっきりしています。理念が反映されたオフィスは説得力があるし、個性的です。
日本の企業に「どんなオフィスにしたいのか?」と聞くと、えてして、「どうすべきなのか?」、もしくは「ほかの人はどうしているのか?」と聞き返されます。これは日本人によくある、「正解に従いたい」という感覚なのでしょうが、もちろん正解なんてものはありません。そんな状態であえてオフィスを変えようとしても、かえってミスマッチが生まれかねません。
■コラボレーションとインフォーマルコミュニケーション
――雑談などのコミュニケーションを重視してオフィスデザインを考えるということも、欧米から始まっているように感じます。
まず、欧米では仕事が分業されているということがあります。日本企業の名刺には所属が書いてありますが、ジョブディスクリプションが曖昧で、何をする人なのかわかりません。アメリカ企業では各仕事が定義されていて、名刺にも何をする人なのか書いてある。そういう人たちが全体で成果を出すには、個人の領域を超えて、チームでコラボレーションせざるを得ません。そのためにはコミュニケーションが必要になってくるわけです。
雑談のような偶発的なコミュニケーションをインフォーマルコミュニケーションと言います。オフィスで観察していると、コーヒーを入れに来る人が出会い、ちょっとした会話が生まれたりします。気になる雑誌や普段と違う面白いものがあったりすると、「これ見た?」などの会話も生まれます。そういったものを組み合わせることで、インフォーマルな交流を促進する機能をデザインできるわけです。
カフェスペースや給湯室などといった人の集まるマグネットスペースは、どれだけ頻繁に、どれだけ遠くから人を引き寄せるか、来た人をどれだけそこに長く留まらせるか、つまり誘引力と保持力が問題になります。
――コラボレーションにはインフォーマルコミュニケーションが必要なのですか。
コラボレーションが必要になるということは、それだけ仕事が複雑化、高度化しているということです。ワークスタイルは、今、コラボレーションを要しない分業型情報処理の仕事はITを駆使して自動化し、オフィスでは人間にしかできない創造的な仕事をするという方向に向かっています。そのためには、チームを機能させるためのインフォーマルコミュニケーションが必要になります。
余談ですが、アメリカ人は、どう勘違いしたのか、日本人はコラボレーションが得意だと思っていたようです。日本では仕事の責任をグループで負っていて、休んでも誰かがカバーしてくれる。そんな共同作業の態勢をアメリカ人はコラボレーティブと感じていました。われわれからすると、それはグループワークではあっても、コラボレーションと呼べるレベルではないのですが。
――日本でインフォーマルコミュニケーションが重視されなかったのはなぜでしょう。
重視されなかったわけではありませんが、普段からある程度できていたとは言えると思います。日本語は高コンテクストの言語ですし、日本人は「同じ釜の飯」を食っていれば、あまり話をしていない人ともそこそこ意思疎通ができる。同じ会社の同じ場所で、同じ勤務時間に仕事をしていれば、お互いの人となりもなんとなくわかる。相手が今どういう状況にあるか、どんな経歴や能力をもっているかなど、いろいろなことがわかりますから、そういう相手とならいつでもチームで一緒になれる。
アメリカ人は人種も多様で組織は安定していないし、転職の多い流動的な労働市場にいますから、そうはいかないんですね。しかも英語は日本語にくらべて低コンテクストなので、明確に言葉で伝えることが絶対に必要なのです。
しかし、反面、日本人は言葉だけでのコミュニケーションは苦手で、なかなか前に進まないことがあります。たとえば電話会議はアメリカでは普通で、たいていの会議室に音声会議システムがありますが、日本ではあまり普及していません。日本人は「例のあれ」とか、ちゃんとした言葉で言わなくてもすむ関係でやっているから、言葉だけでコミュニケーションしようとするとなかなかうまくできないわけです。
――デジタルな世の中にあって、とてもアナログな効果のようにも思えます。
アメリカの経営学者トーマス・アレンが70年代に見出した「アレン曲線」というものがあります。これは同僚との物理的距離とコミュニケーション頻度の相関関係を表しており、近い人ほどよく話すということです。一方で、インフォーマルコミュニケーションの頻度とハイパフォーマーは相関関係にあるとされています。いろいろな人とインフォーマルコミュニケーションをしている人ほど、高い成果が出せるのです。新しい情報を手に入れたり、アイデアに対するヒントをもらったり、ヒントを与えたり、一緒に考える。日本の諺でいえば「三人寄れば文殊の知恵」ですね。ハイパフォーマーはこういったことがちゃんとできているとわかったのです。
物理的に近くにいる人と、よく話をするのは当たり前のことですよね。ただ、アレンが調査したのはEメールがない時代でした。オンライン・コミュニケーションができるようになると、距離は影響しなくなるのではないかと言われていたのですが、最近の、人にセンサータグをつけた行動調査やデジタルツールの利用分析によると、Eメールであってもアレン曲線は維持されるそうです。つまり近くの人ほどよく話すわけです。今の時代になっても、空間的距離には相変わらず意味があるのです。
■広がっていくオフィス空間
――オフィス空間は、今、どのように変わりつつあるのでしょうか。
かつてのオフィスは、書類というアナログな情報を人手で処理するための情報処理工場であり、人間もシステムの一部でした。だから個々の生産性よりも、業務フローや組織構造が重視されていました。業務フローに合わせた遂行部隊としての組織があり、オフィス空間は、その組織を効率良く配置するための箱でした。最初に話した「オフィスレイアウト」の世界ですね。成果は、そうしたシステムの性能で決まっていました。個人がユニークなクリエイティビティを発揮してもらってはむしろ困る時代だったわけです。
ところが、今、情報はアルゴリズムが処理し始め、人間は関わらなくてもよくなりつつある。人が対話するコラボレーションでプロジェクトを進める時代になるわけです。組織も業務フローを遂行する部隊のように固定されたものではなく、プロジェクトに参加している個人やチームを育てるビジネスコミュニティの方向へ向かっています。
オフィス空間の役割は、組織を配置する空間から、機能を効果的にしつらえる「知識創造工房」へと変わるわけです。システムを利用し、チームで仕事をする人の能力、チームとしてのパフォーマンスが成果を決めるようになります。つまり中心は人間になるのです。
システム中心から人中心への変化 (C)ワークスケープ・ラボ (※)
――最近のオフィスは、仕事をするスペースがとても多様ですね。
かつての仕事はデスクワーク、つまり分業型の情報処理がメインでした。それにたまに会議などの集合型情報伝達が入るという形です。これが基本なので、いつもの席にいないと「席外し」などと言われます。つまり、まず決まった席があり、そこでほとんどの仕事をこなすということが前提で、たまにそこを離れても必ず戻ってくるわけです。
ところが、今、情報処理型の仕事はどんどんアウトソーシングや自動化されていき、メインの仕事は、デスクで完結できるようなシンプルなものではなくなり、討議や提案、創作といった協働型知識創造や、論考、立案、構想といった熟考型知識創造が求められつつあります。すると、そのためのエリアも個人の集中作業のための空間、ミーティングのための空間、コラボレーションのための空間というように多様化し、仕事の内容に応じて場所を選ぶようになりました。そこで、それぞれの「ワークセッティング」をアクティビティに応じて使い分ける「アクティビティ・セッティング」という概念が生まれたのです。
「セッティング」として多様化するワークスペース (C)ワークスケープ・ラボ (※)
――仕事をする場所も、社内にとどまらなくなっていますね。
90年代以降、「オルタナティブ・オフィス」と総称されるソリューションが誕生しました。それまでは、一人ひとりが拠点としてのデスクや個室を持っていました。オルタナティブの特徴は、その"席"がなくなっていき、様々なタイプの用途空間、機能空間にとって代わったということです。
大きく言えば、オルタナティブとは場所の流動化です。そして、組織そのものもまた流動化し、テクノロジーも更新されていくとき、それを支えるオフィスには、さらにひとつ先の仕組みが必要になります。
流動化するワークスペース (C)ワークスケープ・ラボ (※)
仕事専用のセンターオフィスを、ライフの方向あるいはパブリックの方向へ移行させていくと、会員制オフィス、コワーキングスペースなどの形になりますし、働く機能をどこまでつけるかという問題もありますが、カフェもワークの方にシフトして機能が拡張されていく。ホームも個人専用のワーク機能が拡張されます。こうして分離されていた公私が、混合・融合していくわけです。
こうしたことを、企業がこれまでのようにすべて自前でやることは現実的ではありません。会員制のオフィスなら、その役割を担ってくれますから、それらを連携させれば弾力的(elastic)なワークスペース戦略を遂行できます。この「エラスティック・ワークスペース」コンセプトは10年以上前に提案したものですが、それがリアルに可能になるネットワーク型のワークプレイス・プラットホームがようやく実現しつつあるととらえています。
■オフィスのポテンシャルを引き出す能力
――今後、オフィスの役割はどのようなものになっていくのでしょうか。
たとえば「テクノロジーが進化したら、10年後にはこんな働き方ができるようになる」と未来を考えるとき、実際には自分は今より10歳年をとっているし、10歳年下の人が今自分のいるポジションにいるかもしれません。だから、未来は複数の変数のもとに考えなければなりません。
テクノロジーは共通のプラットホームとして進化していきますが、ワークスタイルは、完全にバーチャルになる会社もあれば、テレワークレベルで留まる会社、できるだけリアルに人を集めようとする会社もあるでしょう。米ヤフーやIBMのようにテレワーク制度を見直す会社の話も聞こえます。テレワークは全員ができるようにするべきですが、実際に個々のワーカーがテレワークをすべきかは、能力や仕事内容によるでしょう。昔ながらのOJT指導も無駄ではありません。オフィスの使い方には様々なポテンシャルがあるのです。オフィスは経営のツールですから、マネージャーにはオフィスを使いこなす能力も求められます。自分との相性を含めた環境リテラシーを知ることが必要になるでしょう。
ワークスケープ・ラボ 代表 岸本 章弘(きしもと あきひろ)氏
オフィスという空間が、変化するビジネスに応じて刻々と姿や役割を変え、そこで働く人々を支えてきたことをあらためて知ることができたインタビューでした。オフィスは多くの人の知恵の結晶であり、そのポテンシャルを引き出すのは、あくまでもそこで働く人間。ビジネスパーソンは、ワークスタイルをサポートしてくれるオフィス環境についてのリテラシーをもっと深めてもいいのではないでしょうか。
プロフィール
岸本 章弘 (きしもと あきひろ)
オフィス家具メーカーにてオフィス等の設計、先進オフィス動向研究、次世代オフィスコンセプトの開発とプロトタイプデザインなどに携わり、オフィス研究情報誌 『ECIFFO』 編集長をつとめる。2007年に独立し、ワークプレイスのデザインと研究の分野でコンサルティング活動をおこなっている。
千葉工業大学、京都工芸繊維大学大学院非常勤講師等を歴任。
ワークスケープ・ラボ[外部リンク]
著書
『NEW WORKSCAPE 仕事を変えるオフィスのデザイン』(2011)[外部リンク]
『POST-OFFICE ワークスペース改造計画』(共著、2006)[外部リンク]
編集・文・撮影:アスクル「みんなの仕事場」運営事務局 (※印の画像を除く)
取材日:2018年12月19日